ひきつづき,勝訴可能性を予測します。

1.文言該当性

侵害との判断に至るためには,クレームの一言一句が侵害物件に該当しなければならない,というのが原則です。 しかし,往々にして,「該当するのかな?」という箇所が生じます。 クレームの文言解釈手法については,特許法70条1項,2項の解釈問題になりますが,多くの判例の蓄積がされている論点であり,簡単に答えの出る問題ではありません。そのため,専門家による判断に委ねることが適切であると考えられます。

また,均等論と言って,クレームの文言には該当しないものの,なおクレームの技術的範囲にあてまはることから,侵害物件に該当するという法理論もあります。均等論では,①対象製品との違いがクレームに記載された発明の本質部分でないこと,②その違いを対象製品におけるものに置き換えても,特許発明と同じ効果を奏すること,③その置き換えが対象製品の製造時点で容易であること,④対象製品そのものが特許発明の出願時における公知技術から容易に想到できたものでないこと,⑤対象製品が出願手続きにおいてクレームから意識的に除外されていないこと,の5つの要件を満たした場合に,対象製品が文言に該当しなくてもクレームの技術的範囲に該当すると判断されます。【均等論って何?

さらに,間接侵害(特許法101条)といって,クレームに記載の製品の製造のためだけに用いる専用品の販売などについて,直接的にクレームに記載された発明を実施するものでなくても,侵害とみなす旨の規定もありますので,事情によりこの点についても検討が必要です。

2.立証可能性

訴訟に勝つためには,侵害者が御社の特許を侵害していることを「立証」(「証明」ともいいます。)しなければなりません。 この「立証」は,「経験則に照らして全証拠を総合検討し,・・・高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである」とされています(最判昭50・10・24)。これを数値化するのは難しいのですが,いずれにしても,相手方の反証にもかかわらず,なお自らの主張が正しいことを裁判所に説得的に説明する必要があります。

そして,訴訟では,裁判官をこのレベルまでの確信を抱かせるまで説得するための証拠を提出しなければならないのです(弁論主義の第3テーゼ)。 特許侵害訴訟では,侵害者の製品(行為)が御社の特許のクレームに該当することを,書面や実験データなどの証拠に基づき立証しなければなりません。

3.有効性

特許侵害訴訟において原告の訴えが認められるためには,特許が有効である必要があります。

特許発明が新規性・進歩性を有しない場合等には,特許無効審判が請求されると,特許が無効にされます(特123条)。そして,無効審決が確定したときは,特許権は,初めから存在しなかったものとみなされます(特125条本文)。そのため,侵害訴訟を提起した後に,特許が無効になってしまったらば,原告敗訴ということになります。

また,上記の特許無効審判による手続きとは別に,特許侵害訴訟を提起された裁判所は,独自にその特許の有効性を判断することができます。そして,裁判所により,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,原告はその特許権を行使することができません(特許法104条の3)。 したがって,訴訟を提起する前に,御社の特許の有効性を検討しておく必要があります。

「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」の解釈については,「単に特許庁における無効審判の審決の結果を予想して無効の抗弁の可否を判断するわけではなく,審決取消訴訟を想定して,当該無効審決が審決取消訴訟によっても維持され,その判決が上告審においても維持される旨の心証を形成した場合に初めて無効の抗弁を認めるべきであろう。」との意見があり(清水節知財高裁判事(執筆当時東京地裁判事),飯村敏明・設樂隆一編著『リーガル・プログレッシブ・シリーズ知的財産関係訴訟』127頁~128頁),現在の実務もこれに従っていると思われます。

審決取消訴訟における審決の取消率を見ると,下記の図のとおり,無効不成立審決(有効審決)の取消率,無効審決の取消率共に30%程度で推移しています。 このことから,裁判所と特許庁における権利有効性の判断は,おおむね一致していると考えてよいでしょう。 特許権者たる御社としては,御社の特許が特許庁及び裁判所における有効性判断をクリアするものであるか否かを事前に検討することが必要になります。

http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/jiyutoseigi201504.pdf

無効の抗弁における特許の無効理由については,特に限定はなく,特許法123条1項各号に規定される無効理由がいずれも主張されえます。 中でも,進歩性違反(特29条2項)により無効と判断されることが圧倒的に多いので,先行技術調査を徹底的に行うことが極めて重要となります。 また,記載要件違反(特36条4項1号,6項),の主張も被告から多くなされますので,例えば,明細書に実施例が乏しいような場合,実施例の追試によって明細書の記載を補うことが可能かどうかも検討する必要があります。 補正要件違反(特17条の2第3項)や,御社の特許が分割出願に係る場合の分割要件違反(特44条1項)についても,慎重に検討することが必要です。

無効の抗弁に対しては,特許権者は,再抗弁として,以下の1~3を主張立証することにより,当該抗弁を排斥することができます。

  1. 原告(特許権者)が適法な訂正請求又は訂正審判請求を行っていること(ただし,訂正請求等が困難な場合には,この要件が要求されない場合もあり得ます)
  2. 当該訂正によって被告(侵害者)が主張している無効理由が解消されること
  3. 被告製品(侵害者の製品)が当該訂正後の請求項に係る発明の技術的範囲に属すること

この特許権者の再抗弁に対しては,当該訂正後の請求項に係る発明に,新たな無効理由が存在することが侵害者の再々抗弁となると考えられます(東地判平19・2・27「多関節搬送装置事件」参照)。

4.その他

上記に挙げた特許の有効性以外にも,先使用権(特79条),試験又は研究のための実施(特69条1項),国内消尽,並行輸入,権利者の一機関としての実施など,事案に応じて,予測される相手方の抗弁について検討する必要があります。 詳しくは,【クレームに該当していれば勝てる?

以上をフローチャートにすると以下のようになります。