【平成26年10月30日判決(知財高裁平成25年(ネ)第10112号 白カビチーズ事件】

【判旨】
 被告の実施品は、本件発明と置換可能性がなく,本質的部分が異なるとして均等侵害が成立しないとした。

【キーワード】
白カビチーズ,第1要件,第2要件,均等侵害不成立

【事案の概要】
  本件は,発明の名称を「食品類を内包した白カビチーズ製品及びその製造方法」とする特許権(特許第3748266号(以下「本件特許」という。))を有する控訴人が,被控訴人株式会社明治(以下「被控訴人明治」という。)による原判決別紙「被告製品目録」記載のカマンベールチーズ製品(明治北海道十勝カマンベールチーズブラックペッパー入り切れてるタイプ。以下「被控訴人製品」という。)の製造販売等は本件特許権の侵害に当たり,かかる侵害行為を被控訴人明治ホールディングス株式会社(以下「被控訴人明治ホールディングス」という。)が教唆ないし幇助しているとして,被控訴人らに対し,不法行為に基づく損害賠償(一部請求)として1億円及びこれに対する不法行為後の日(訴状送達の日)である平成24年12月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
 原審は,被控訴人製品及びその製造方法(以下「被控訴人製品等」という。)は,本件特許の請求項1及び2記載の各発明の技術的範囲に属しないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は,これを不服として控訴した。
 以下,控訴審の均等侵害に係る部分についてのみ解説する。

【本件特許】
      特許番号  特許第3748266号
      発明の名称 食品類を内包した白カビチーズ製品及びその製造方法
      出願日   平成15年12月19日
      出願番号  特願2003-422837号
      登録日   平成17年12月9日
    本件特許の請求項1は以下のとおり。
  原告は,本件特許権の無効審判請求事件(無効2007-800027号)において訂正請求をし,当該訂正は,平成23年2月17日付け審決において認められ,確定した(以下,本件特許権の特許出願の願書に添付された明細書で,上記審決により訂正されたものを「本件明細書」という。)。
 訂正後の本件特許権の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,次のとおりである(以下,請求項1記載の発明を「本件発明1」,請求項2記載の発明を「本件発明2」といい,併せて「本件各発明」という。)。
「 【請求項1】成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛料を均一にはさんだ後,前記チーズカードを結着するように熟成させて,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ,その後,加熱することにより得られる,結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品。」
「 【請求項2】成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛料を均一にはさみ,前記チーズカードを結着するように熟成させることにより,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ,その後,加熱することを特徴とする,結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品の製造方法。」
 本件各発明の構成要件を分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A1」などという。)。
 
   本件発明1
 A1 成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛料を均一にはさんだ後,
 A2 前記チーズカードを結着するように熟成させて,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に
    一体化させ,
 B その後,加熱することにより得られる,
 C 結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品。

 本件発明2
 D1 成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛料を均一にはさみ,
 D2 前記チーズカードを結着するように熟成させることにより,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれ
    ない状態に一体化させ,
 E その後,加熱することを特徴とする,
 F 結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品の製造方法。

【被告製品】
ア 被告製品
(ア) 略円板状に成型したチーズカードにつき,○(省略)○の段階でチーズ
      カードを上下に2分割し,○(省略)○
(イ) ○(省略)○
(ウ) ○(省略)○各個片を,○(省略)○アルミ箔により個別に密着包装して切断面にカビを生育させない状態
    にした後,カップ(プラスチック容器)に収納し,
(エ) 前記カップに収納した各個片を○(省略)○させ,後日前記カップの上面をプラスチックフィルムでシール密
         封するが,○(省略)○
(オ) その後,前記密封したカップごと6個の個片を加熱殺菌することにより得られる,
(カ) 外縁部及び6ポーションカットの切断面からのチーズの漏れのない,各個片の表面のうち上面,底面及び
    外縁部を構成する面は白カビで覆われるものの,6ポーションカット切断面は白カビに覆われずに黒胡椒
         とチーズが露出している,前記各工程を経て得られる個片からなるカマンベールチーズ製品。
イ 被告製品の製造方法
(ア) 略円板状に成型したチーズカードにつき,○(省略)○の段階でチーズカードを上下に2分割し,
         ○(省略)○
(イ) ○(省略)○
(ウ) ○(省略)○各個片を,○(省略)○アルミ箔により個別に密着包装して切断面にカビを生育させない状態
         にした後,カップ(プラスチック容器)に収納し,
(エ) 前記カップに収納した各個片を○(省略)○させ,後日前記カップの上面をプラスチックフィルムでシール密
         封するが,○(省略)○
(オ) その後,前記密封したカップごと6個の個片を加熱殺菌することにより得られる,
(カ) 外縁部及び6ポーションカットの切断面からのチーズの漏れのない,各個片の表面のうち上面,底面及び
         外縁部を構成する面は白カビで覆われるものの,6ポーションカット切断面は白カビに覆われずに黒胡椒
        とチーズが露出している,前記各工程を経て得られる個片からなるカマンベールチーズ製品の製造方法。
(作成者注 本件においては,被控訴人の製造方法等は,企業秘密に属するものであることから,上記「○」のように,公開されていない。)

【判旨抜粋】
  (2) 均等侵害については,最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁が示す5つの要件について判断する必要があるところ,本件では,事案の内容に鑑み,まず,置換可能性(第2要件)から判断する。
    ア 置換可能性(第2要件)について
     本件各発明は,構成要件C及びFの「香辛料を内包」との構成により,通常のカマンベールチーズ製品と
             比べて,外観上全く見分けがつかないとの作用効果を奏するものである
     これに対し,被控訴人製品等は,6ポーションカット切断面が白カビに覆われておらず香辛料が露出して
             いるから,上記作用効果,すなわち,通常のカマンベールチーズ製品と比べて,外観上全く見分けがつ
             かないとの作用効果を奏しないことは明らかである。
     したがって,被控訴人製品等は,第2要件を充足しない。
   イ 非本質的部分(第1要件)について
     前記1(1)で認定した本件明細書の記載(【0001】~【0005】)によれば,本件各発明の本質的部分す
            なわち技術思想の中核的部分は,構成要件A2及びD2の「チーズカードを結着するように熟成させ」
            て,「結着部分から引っ張ってもはがれない状態に一体化させ」,さらに,構成要件B及びEの「その後,
            加熱」することにより,構成要件C及びFの「香辛料を内包」との構成を得,これによって,通常のカマン
            ベールチーズ製品と比べて,外観上全く見分けがつかず,また,加熱時に流動化したチーズが切断面
            から流れ出たり,香辛料が流出したり漏れたりすることがないという作用効果を奏する点にあるものと
            認められる。
     これに対し,被控訴人製品等は,構成要件C及びFの「香辛料を内包」との構成を具備しないから,通常
            のカマンベールチーズ製品と比べて,外観上全く見分けがつかないとの作用効果を奏するものではない
            し,「香辛料を内包」との構成によって,加熱時に流動化したチーズが切断面から流れ出たり,香辛料が
           流出したり漏れたりすることがないという作用効果を奏するものでもない
     そうすると,本件各発明と被控訴人製品等との上記相違点は,本件各発明の本質的部分というべきであ
            る。したがって,被控訴人製品等は,第1要件も充たさないものである。

【解説】
 本件は,原審において,本件発明の構成要件A2,D2さらに構成要件C,Fのいずれも充足しないと判断された。
 控訴審において,控訴人は,上記各構成要件の文言該当性を争うとともに,構成要件C及びFについて,均等侵害を主張した。
 控訴審は,上記のように,被控訴人製品のカマンベールチーズの切断面において,被控訴人製品は当該切断面部分が白カビに覆われておらず,香辛料が露出していることから,「外観上全く見分けがつかないとの作用効果を奏しない」ことから,置換可能性がなく,「『香辛料を内包』との構成によって,加熱時に流動化したチーズが切断面から流れ出たり,香辛料が流出したり漏れたりすることがないという作用効果を奏するものでもない」ことから,当該相違点は本件核発明の本質的部分であるとして,均等侵害を認めなかった事例である。
 事例判断ではあるが,裁判所が,均等侵害に係る主張を取り上げて,各要件を判断する裁判例はすくなく,実務的に参考になると考えられるため,ここに取り上げる。

(文責)弁護士 宅間仁志