平成26年4月23日(知財高裁 平成25年(ネ)第10080号等
【判旨】
 本件契約第10条(契約解除後の権利義務の処理に関する規定)が念頭においていないような場合については、同条の定める契約解除後の権利関係の調整をそのまま適用する前提を欠くことになり、これを当事者間の利害調整や衡平の観点から適宜調整の上適用することが、本件契約の合理的解釈といえる。
【キーワード】
 製作委託契約、解約、著作権の帰属、請負代金の返還


第1 はじめに

 本件は、映像等の録音録画物の製作委託契約における契約条項(契約が解除された場合の権利義務に関する条項)の解釈が問題となった事案である。裁判所は、委託者に有利な条項の適用を限定的に解釈しており、契約実務を行う上で参考になると思われるため、ここで取り上げる。
  なお、本件の争点は多岐にわたるが、ここでは上記論点に関する判示のみを取り上げることとし、事案の紹介もこれに必要な限度に止めるものとする。

第2 事案

1 事案の概要
  本件は、フリーのカメラマンである控訴人と、被控訴人ポニーキャニオン株式会社との間で締結された製作委嘱契約(以下、「本件契約」とう。)の解釈が問題となった事案である。

 2 契約内容

  控訴人と被控訴人は、平成21年12月ころ、平成21年11月1日付けで控訴人が被控訴人の委託に基づき録音録画物の製作業務を行い、被控訴人が控訴人に対して一時金150万円及び印税を支払うことを内容とする契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
   本件契約に係る製作委嘱契約書には、次の記載がある。
第1条(目的)
① 控訴人は、被控訴人に対し、別紙目録記載の録音録画物(複製、頒布、上映、放送、公衆送信等に適する未編集の録音録画物、以下、原版という)の製作業務(撮影業務(音声の収録を含む)をいう、また、必要な関連業務を含む、以下、本件業務という)を被控訴人の委嘱に基づき行うことを承諾し、被控訴人はこれらに関する対価を控訴人に支払うことを約諾した。
前項に基づき製作された原版(全ての収録素材を含む)及び原版を制作する過程で生じた中間成果物(以下、併せて、本件成果物という)に関する所有権並びに著作権法上の一切の権利(著作隣接権、並びに著作権法第27条、28条の権利を含む)、産業財産権及びその他一切の権利は被控訴人に帰属するものとする。」

第2条(対価)
① 被控訴人は、本契約の一切の対価として下記の金員(一時金及び印税、以下、本対価という)を支払うものとする。尚、本対価には、控訴人に対する報酬金の他、本件成果物の撮影費(撮影機材費、撮影素材費、交通費等の経費等を含む)、本件成果物製作に関与した者(控訴人以外のムービーカメラマン等を含む)に対する一切の報酬を含むものとする。
(1) 一時金として、金1、500、000円(源泉税込、消費税別)を以下の通り、現金振込をもって控訴人の指定する銀行口座宛に支払うものとする。
【支払い】
平成21年12月末日迄に:金750、000円(消費税別)
被控訴人の原版受領後10営業日以内に:金750、000円(消費税別)

第9条(解約)
前条に定める原版の検収が完了する前において、被控訴人、控訴人のいずれかが次に定める各項のいずれかに該当する事由が生じた場合は、当該行為者の相手方は相当の催告期間を定めて是正を求めた後、当該行為者がその催告期間内に解約事由を是正することができないときは、本契約を解約することができるものとする。但し、本条第5号、第6号及び第7号に該当する事由が生じた場合は、当該行為者の相手方は当該行為者に対して一方的に通告して即時本契約を解除することができるものとする。

(10) その他、被控訴人、控訴人のいずれかが本契約に定める各条項のいずれかに違反した場合。」

第10条(解約の効果)
① 被控訴人が、前条の解約により本契約を終了させたときは、控訴人はそれまでに被控訴人より受領した金員を被控訴人に返還しなければならない。
② 被控訴人は、本契約を解約した場合においても、本契約によって取得した著作権、及び控訴人がそれまで取得した本件成果物の素材の所有権はすべて被控訴人に独占的に帰属するものとする。」

3 控訴人に対する支払

  被控訴人は、控訴人から一時金支払の前払の要望を受けたことから、控訴人に対
し、次のとおりに一時金を支払った。
① 平成21年12月28日 71万2500円
② 平成22年 6月21日 45万2381円
③ 同年 7月15日 22万6191円
④ 平成23年11月10日 14万5393円
 (合計153万6465円)

4 本件契約の解除
(1)催告

  被控訴人は、平成24年5月23日に控訴人に到達した書面により、控訴人に対し、控訴人が本件成果物に当たる映像をソニーPCL株式会社が運営する「高画質ビデオ素材ライブラリー」へ掲載していることが本件契約に違反するとし、その掲載と販売を中止しすること、被控訴人に映像素材を引き渡すことを求めた。

(2)解除の意思表示

  被控訴人は、平成24年6月12日に控訴人に到達した書面により、控訴人に対
し、本件契約を解除する旨の意思表示をした。(乙15、16)

5 原判決

 以上のような事案において、被控訴人は、控訴人の債務不履行に基づき本件契約を解除し、本件契約第10条の定めにより、受託者たる控訴人に対して支払済みの請負代金の返還を求める一方(10条1項)、本件契約に基づく成果物(以下、「本件成果物」という。)の著作権が被控訴人に帰属することの確認や本件成果物たる映像素材の引渡し等を求めた(10条2項。第一審反訴事件)。
  原審東京地判平成25年8月29日平成24年(ワ)第32409号等は、上記被控訴人の請求をほぼ全て認容した(既払金に関する遅延利息の始期が遅らされたのみ)。
  これに対し、控訴人の控訴等により本件が知財高裁で審理・判断されることになった。

第3 知財高裁の判旨

 知財高裁は、以下のとおり判示して、本件契約10条2項の適用は認めたものの、同10条1項の適用は認めなかった。結果として、既払金の返還請求を認容した点について原判決の判断を覆された(著作権等は被控訴人に帰属するものの、)。
「 本件契約第10条は、被控訴人による解約により契約が終了した場合には、被控訴人が控訴人に対して既払金の返還を求めることができるとする定めを置く一方で(同条①)、本件契約によって控訴人から被控訴人が取得した著作権及び本件成果物の素材の所有権を失わないとする特則を規定しており(同条②)、被控訴人に片面的に有利な規定となっている。
 確かに、本件契約第9条(10)を除く同条の他の号を見ると、受託者が順調に受託業務を遂行していない場合や委託者に成果物の著作権等を取得させることが困難となった場合など(同条(1)~(3))、どちらか一方の金銭的信用力が極めて悪化した場合や破綻した場合など(同条(4)~(7))、受託者に著しい不行跡があった場合など同条(8)、(9))であり、このような場合に委託者が契約を解約したときには、委託者が既に支払済みの金銭を回収するとともに、責めのない委託者が将来的な著作権等の権利をめぐる紛争に巻き込まれる懸念をなくし、あるいは、契約違反をした受託者への制裁又は違反の予防として、受託者から委託者に納入された映像素材の著作権等の権利を引き続き委託者が保有し続けるとしてもやむを得ないものであり、契約当事者双方もそのように解釈して本件契約を締結したものと推認される。したがって、本件契約第10条は、そのような場合にはこれを全面的に適用しても必ずしも合理性に欠けるものではないといえ、言葉を換えれば、本件契約第10条に定める契約解約後の権利関係の調整規定が全面的に適用されるのは、そのような場合に限られると解される。しかしながら、逆に、本件契約第10条が念頭においていないような場合については、同条の定める契約解除後の権利関係の調整をそのまま適用する前提を欠くことになり、これを当事者間の利害調整や衡平の観点から適宜調整の上適用することが、本件契約の合理的解釈といえる。
 そこで、以下、上記観点から検討するところ、①本件作品を収録したDVD等は既に発売されおり、したがって、本件作品は映像動画として完成品と評価できること、②被控訴人が控訴人に支払った対価は、ほぼ上記本件作品の作成のために費消されたものと推認できること、③本件映像動画1及び本件映像動画2は、本件納品映像動画が撮影された同一機会に撮影の角度、画角を変えて撮影されたものであり、上記2に認定判断のとおり、本件成果物に該当するから、被控訴人がそれらを収録した映像素材の引渡しを受けるべきものであること、④仮に控訴人による当該映像動画の引渡未了や公衆送信化により被控訴人に損害が生じたのであれば、被控訴人は、別途、控訴人に対して損害賠償請求をすることが可能であること、⑤本件映像動画1及び本件映像動画2の合計は32映像であるが、本件作品に含まれるのは500映像であり、被控訴人に引き渡されなかった映像数が納入された映像数に比して格段に少ないこと、が認められる。以上の点を考慮すると、本件は、本件契約第10条が本来的に想定する事例とは異なるものであり、契約の合理的解釈として、同条②に基づく権利等の維持の効果を認める必要性は高く、その適用はあると解されるものの、同条①に基づく既払金の返還の効果は、これを認める必要性は低いだけでなく、その時機も逸していて殊更に大きな負担を控訴人に強いるのであるから、その適用はないと解するのが相当である。 」

第4 若干の検討
 知財高裁は、以下のような一般論を述べたうえで、本件の個別事情に基づき、本件契約10条2項の適用は認められないとした。

 「本件契約第10条が念頭においていないような場合については、同条の定める契約解除後の権利関係の調整をそのまま適用する前提を欠くことになり、これを当事者間の利害調整や衡平の観点から適宜調整の上適用することが、本件契約の合理的解釈といえる」

本件契約10条の定めは以下のとおりであり、これを素直によめば、解除事由の有無を問わず、同条各項の適用が認められることになりそうであるが、裁判所は、上記のように述べてその適用場面を限定したのである。

 第10条(解約の効果)
① 被控訴人が、前条の解約により本契約を終了させたときは、控訴人はそれまでに被控訴人より受領した金員を被控訴人に返還しなければならない。
② 被控訴人は、本契約を解約した場合においても、本契約によって取得した著作権、及び控訴人がそれまで取得した本件成果物の素材の所有権はすべて被控訴人に独占的に帰属するものとする。」

契約書をドラフトするときは、自身(依頼者)に片面的、一方的に有利な契約条項を盛り込みたくなるが、それが公平を欠くとされる場合には本件のように適用場面が限定されたりすることになる。故意又は重過失ある場合の損害賠償責任を免除する旨の規定についても同様の議論があるのは周知のとおりである。
 契約書をドラフトするときは、余りにも不公平と思われる契約条項についてはその有効性が否定され、あるいは適用場面が限定される可能性があることを念頭においておかなければならない。
 自社(依頼者)のリスクヘッジを図りつつ、上記のような不公平すぎる(と思われる)条項を排除してうまい落としどころを見つけることが肝要と思われる。

以上
(文責)弁護士 高瀬亜富