平成26年9月17日判決(知財高裁平成25(ネ)第10090号)
【判旨】
無効理由の回避が確実に予測されるためには,その前提として,当事者間において訴訟上の攻撃防御の対象となる訂正後の特許請求の範囲の記載が一義的に明確になることが重要であるから,訂正の再抗弁の主張に際しても,原則として,実際に適法な訂正請求等を行っていることが必要と解される。
【キーワード】
特許権侵害、特許法104条の3、訂正の再抗弁、知財高裁2部判決

【事案の概要】
 本件は,名称を「共焦点分光分析」とする発明についての本件特許(特許第3377209号)の①特許権の譲渡人である控訴人レニショウ トランデューサ システムズ リミテッド(控訴人RTS)及び②特許権の譲受人である控訴人レニショウ パブリック リミテッド カンパニー(控訴人レニショウ)が,被控訴人に対し,被控訴人が製造,販売している原判決別紙物件目録記載の各分光分析装置(被控訴人製品)が本件発明の技術的範囲に属すると主張して,①控訴人RTSにおいては,その特許権保有中における本件特許権侵害の不法行為に基づいて,損害賠償金8000万円(特許法102条3項)及びこれに対する不法行為後の日で本件訴状送達日の翌日である平成22年12月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合により遅延損害金を,②控訴人レニショウにおいては,一般不法行為(控訴人RTSが有していた本件特許を被控訴人が侵害したことが前提となる。)に基づいて,損害賠償金3億3600万円及び①と同旨の遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。
 なお,本件特許権は,平成24年6月8日の経過をもって,存続期間満了により消滅している。
 原審は,平成25年8月30日,被控訴人製品は,スポット照明モードにおいて特定の設定(本件設定)をした場合には,本件発明7~本件発明10及び本件発明13(本件発明)の各技術的範囲のいずれにも属するが,本件発明は,いずれも,「高感度ラマン分光法の最近の動向と半導体超薄膜への応用」に記載された発明(乙16発明)に基づいて容易に想到することができるから,本件発明に係る特許はいずれも特許無効審判により無効にされるべきものであるとして,控訴人らの請求を全部棄却する判決を言い渡した。

 控訴審において、控訴人らは、上記乙16発明に基づく無効主張に対して、原審で主張したものとは異なる新しい訂正の再抗弁の主張を追加した。ただし、この新しい訂正に基づく再抗弁の主張と並行して訂正審判請求又は訂正請求(以下「訂正請求等」という。)はされなかった。これは、本件の手続が以下のような経緯をたどったからであった。
 まず、控訴人ら(一審原告ら)は,平成22年11月16日,本訴を提起したところ,被控訴人は,平成23年12月22日原審第6回弁論準備手続期日において,本件発明7について乙16発明に基づく進歩性欠如を含む無効の抗弁を主張し,同日付けで控訴人らはこれに反論した。その後,控訴人レニショウは,平成24年7月3日,本件訂正審判請求をし,同年9月11日,本件訂正を認める審決が行われ,控訴人らは,平成24年9月18日,原審において本件訂正に基づく訂正の再抗弁を主張した。
 さらに,被控訴人は,平成24年11月5日,特許無効審判請求(無効2012-800183号)をし,平成25年7月2日,無効不成立の審決が行われたことから,これに対する審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成25年(行ケ)第10227号)を提起した。その後,平成25年8月30日,乙16発明に基づく進歩性欠如を理由とする無効の抗弁を認めた原判決が行われ,控訴人らの請求が棄却された。
 このように、控訴審において控訴人らが新しい訂正に基づき再抗弁を主張した当時は、上記審決取消訴訟が知財高裁に係属しており、訂正請求等の手続を行うことができない状況にあった(特許法126条2項、134条の2第1項)。
 このため、被控訴人らは、新しい訂正の再抗弁の主張と共に、「訂正の再抗弁を主張するに際して訂正請求等を行っている必要性はなく,訴訟の当事者(特許権者)が訂正請求等を行いたくても行えないような場合に訂正の再抗弁を認めないとすれば,当該当事者の権利を不当に害することになる」と主張した。

【争点】
 控訴審で新しく主張された訂正の再抗弁に関し、実際に訂正請求等を行っている必要があるかが問題となった。具体的には、本件発明7に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものか否か(乙16号証を主引例とする進歩性欠如の有無)の判断に際し、被控訴人らの新しい訂正の再抗弁の主張が許されるかが問題となった。

【判旨抜粋】
(2) 訂正審判請求又は訂正請求の必要性につき
ア 控訴人らの主張
 ・・・(上記説明したとおりなので省略)・・・
イ 訂正請求等の必要性について
 特許権侵害訴訟において,被告による抗弁として特許法104条の3に基づく権利行使の制限が主張され,その無効理由が認められるような場合であっても,訂正請求等により当該無効理由が回避できることが確実に予想されるようなときには,「特許無効審判により無効とされるべきものと認められる」とはいえないから,当該無効の抗弁の成立は否定されるべきものである。そして,無効理由の回避が確実に予測されるためには,その前提として,当事者間において訴訟上の攻撃防御の対象となる訂正後の特許請求の範囲の記載が一義的に明確になることが重要であるから,訂正の再抗弁の主張に際しても,原則として,実際に適法な訂正請求等を行っていることが必要と解される。
 仮に,訂正の抗弁を提出するに当たって訂正審判等を行うことを不要とすれば,以下のような弊害が生じることが予想される。すなわち,①当該訂正が当該訴訟限りの相対的・個別的なものとなり,訴訟の被告ごとに又は被疑侵害品等ごとに訂正内容を変えることも可能となりかねず,法的関係を複雑化させ,当事者の予測可能性も害する。②訂正審判等が行われずに無効の抗弁に対する再抗弁の成立を認めた場合には,訴訟上主張された訂正内容が将来的に実際になされる制度的保障がないことから,対世的には従前の訂正前の特許請求の範囲の記載のままの特許権が存在することになり,特許権者は,一方では無効事由を有する部分を除外したことによる訴訟上の利益を得ながら,他方では当該無効事由を有する部分を特許請求の範囲内のものとして権利行使が可能な状態が存続する。
 したがって,訂正の再抗弁の主張に際しては,実際に適法な訂正請求等を行っていることが訴訟上必要であり,訂正請求等が可能であるにもかかわらず,これを実施しない当事者による訂正の再抗弁の主張は,許されないものといわなければならない。なお,無効の抗弁が,実際に無効審判請求をしなくても主張できると解される一方で,訂正の再抗弁は,実際に訂正審判等をする必要が求められるわけであるが,これは,無効の抗弁が,客観的根拠を有する証拠等に基づいて主張する必要があるのに対し,訂正の再抗弁は,所定の要件さえ満たせば特許権者において随意の範囲にて主張することが可能であることに由来する相違であって,両者の扱いに不合理な差別があるわけではない。
 ただし,特許権者が訂正請求等を行おうとしても,それが法律上困難である場合には,公平の観点から,その事情を個別に考察して,訂正請求等の要否を決すべきである。その理由は以下のとおりである。
ウ 例外となる背景事情
 平成23年法律第63号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)においては,特許無効審判が特許庁に係属している場合,当該無効審判に係る審決取消訴訟を提起した日から起算して90日の期間内に限り,訂正審判請求ができるとし(旧特許法126条2項),裁判所は,当該訂正に係る特許を無効審判において審理させることが相当であると認めるときには,事件を審判官に差し戻すことができると定めていた(旧特許法181条2項)。これらの規定は,裁判所から特許庁への柔軟な差戻しを認めるとともに,特許権者において,当該審決に示された判断を踏まえて合理的な期間内に無効理由を回避する訂正をし,特許庁において,改めて訂正後の特許の有効性を判断することにより,特許発明の保護を図るという利点をもたらす一方で,特許権者が訂正審判請求を繰り返すことにより,審理又は審決の確定が遅延するという問題点を有していた。そこで,平成23年法律第63号による改正後の特許法(以下「新特許法」という。)は,審決取消訴訟提起後の訂正審判請求を禁止し(旧特許法181条2項の削除,新特許法126条2項),併せて,無効審判手続における審決予告制度(新特許法164条の2第2項)を導入し,特許権者において,無効審判請求に理由があるとする予告審決を踏まえて訂正請求をすることを可能とした(新特許法134条の2第1項,164条の2第2項)。
 したがって,新特許法下においては,裁判所に審決取消訴訟に提訴され,これが係属している間,審理の迅速かつ効率的な運営のために,特許権者が訂正請求等を行うことは困難となったものである。
 また,旧特許法下においても,例えば,特許権侵害訴訟において被告が無効の抗弁を主張するとともに,同内容の無効審判請求を行った後に,被告が,新たな無効理由に基づく無効の抗弁を当該侵害訴訟で主張することが許され,その無効理由については無効審判請求を提起しないような例外的な場合は,既存の無効審判請求について訂正請求が許されない期間内であれば,特許権者において,新たな無効理由に対応した訂正請求等を行う余地はないことになる(新特許法下においても同様である。)。
 以上のような法改正経緯及び例外的事情を考慮すると,特許権者による訂正請求等が法律上困難である場合には,公平の観点から,その事情を個別に考察し,適法な訂正請求等を行っているとの要件を不要とすべき特段の事情が認められるときには,当該要件を欠く訂正の再抗弁の主張も許されるものと解すべきである。
 そこで,上記特段の事情について具体的に検討する。
エ 本件における具体的事情
a ・・・(手続の経緯は上記説明したとおりなので省略)・・・
b 以上の経緯によれば,現時点において,知的財産高等裁判所に上記審決取消訴訟が係属中である以上,特許権者である控訴人レニショウは,訂正審判請求及び訂正請求をすることはできない(特許法126条2項。同法134条の2第1項参照。)。
 しかしながら,控訴人らが,当審において新たな訂正の再抗弁を行って無効理由を解消しようとする,乙16発明に基づく進歩性欠如を理由とする無効理由は,既に原審係属中の平成23年12月22日に行われたものであり,その後,控訴人レニショウは,平成24年7月3日に本件訂正審判請求を行ってその認容審決を受けている。また,被控訴人が平成24年11月5日に乙16発明に基づく進歩性欠如を無効理由とする無効審判請求を行っていることから,控訴人レニショウは,その審判手続内で訂正請求を行うことが可能であった。さらに,新たな訂正の再抗弁の訂正内容を検討すると,本件発明である共焦点分光分析装置として通常有する機能の一部を更に具体的に記載したものであって,控訴審に至るまで当該訂正をすることが困難であったような事情はうかがわれない。
 すなわち,控訴人レニショウは,乙16発明に基づく無効理由に対抗する訂正の再抗弁を主張するに際し,これに対応した訂正請求又は訂正審判請求を行うことが可能であったにもかかわらず,この機会を自ら利用せず,控訴審において新たな訂正の再抗弁を主張するに至ったものと認められる。
 そうすると,控訴人レニショウが現時点において訂正審判請求及び訂正請求をすることができないとしても,これは自らの責任に基づくものといわざるを得ず,訂正の再抗弁を主張するに際し,適法な訂正請求等を行っているという要件を不要とすべき特段の事情は認められない。
 したがって,控訴人らの新たな訂正の再抗弁の主張は,その余の点について検討するまでもなく,失当というべきである。

【検討】
 訂正の再抗弁については、①無効主張がされている請求項について訂正審判請求ないし訂正請求をしたこと、②当該訂正が特許法126条の訂正要件を満たすこと、③当該訂正により、当該請求項について無効の抗弁で主張された無効理由が解消すること(特許法29条の新規性、容易想到性、同36条の明細書の記載要件等の無効理由が典型例として考えられる。)、④被告製品が訂正後の請求項の技術的範囲に属することを、主張・立証すべきである、とされている(東京地裁平成19年2月27日判決(平成15年(ワ)第16924号))。
 これら①~④のうち、本件では①の要件の解釈、すなわち、「訂正審判請求ないし訂正請求をした」ことにつき、実際にこれら手続を行っていなければ訂正の再抗弁が認められないのかが問題となった。この点については、訂正審判請求ないし訂正請求を現実になすことは必要でないとの考え方と、「訴訟上の攻撃防御の対象となる訂正後の特許請求の範囲を一義的に明確にする必要があることと、訂正審判等が行われずに無効の抗弁に対する再抗弁を認めた場合に、特許権として対外的には従前の訂正前の特許請求の範囲のまま存在し、これと訴訟上のみ主張された訂正後の特許請求の範囲との関係が、第三者から見て複雑になることを」を理由に現実になすことが必要であるとの見解があるとされている(平井昭光「特許法104条の3と訂正に係る再抗弁」 特許判例百選 第4版 p.153)。
 本判決は、「訂正の再抗弁の主張に際しては,実際に適法な訂正請求等を行っていることが訴訟上必要であり,訂正請求等が可能であるにもかかわらず,これを実施しない当事者による訂正の再抗弁の主張は,許されないものといわなければならない」と判示し、後者の立場に立ちつつも、「ただし,特許権者が訂正請求等を行おうとしても,それが法律上困難である場合には,公平の観点から,その事情を個別に考察して,訂正請求等の要否を決すべき」で、「特許権者による訂正請求等が法律上困難である場合には,公平の観点から,その事情を個別に考察し,適法な訂正請求等を行っているとの要件を不要とすべき特段の事情が認められるときには,当該要件を欠く訂正の再抗弁の主張も許されるものと解すべき」とした。
 本判決がこうした例外を許容するのは、平成23年改正前特許法下においても、同改正後の特許法下においても、訂正請求等の手続に時期的制限が設けられているからである。実際に、平成23年改正後の特許法については、同法126条2項に「訂正審判は、特許無効審判が特許庁に係属した時からその審決が確定するまでの間は、請求することができない。」とされ、特許無効審判における訂正請求も、時期的な制限の下で認められるに過ぎない(同法134条の2第1項)。
 本判決では、上記規範を定立した上で、本件事案については、特許法上、控訴人らは訂正請求等をできないものの、被控訴人らの特許庁及び裁判所に対する手続状況に鑑みると「適法な訂正請求等を行っているとの要件を不要とすべき特段の事情が認められる」とはいえないと判断した。そして、特段の事情が認められない事情として、(a)問題となった乙16発明に基づく無効理由に対しては訂正審判を請求して訂正が認められていること(一度訂正を行っていること)、(b)被請求人が無効審判を請求していたために、同無効審判の手続においても訂正請求のチャンスがあったこと、(c)新たに主張された訂正の再抗弁の訂正内容について控訴審に至るまでに当該訂正を行うことが困難であったという事情がうかがわないこと、の3つを挙げた。
 当職は、知財高裁の規範やその理由は妥当なもの考える。本件においては、乙16発明に基づく無効理由について、特許庁の判断(有効)と裁判所の判断(無効)とが分かれたため、特許権者の対応が遅れ、侵害訴訟の控訴審で訂正請求等をできなくなったという事情があったことがうかがわれる。もっとも、おそらく裁判所はこの点も考慮した上で、上記(a)~(c)の事情がある以上、特許権者としては乙16に基づく無効理由への対策については、訂正請求等のチャンスがある段階で“固めの訂正(確実に無効理由を回避できる訂正)”をしておくべだったと考えたのではないかとも推測される。
 ただ、実務においては、「適法な訂正請求等を行っているとの要件を不要とすべき特段の事情が認められる」か否かは判断が難しい場面の方が多いと考える。例えば、被疑侵害者(被告)からの無効主張はされていないものの、特許権者(原告)において合理的に予想し得る無効理由(瑕疵)を特許権が内包しており、その瑕疵を取り除く機会もあったのにそれを利用しなかったようなケースではどのように判断されるのか、今後の実務の積み重ねが待たれるところである。
 本判決は、訂正の再抗弁の要件①について、訂正請求等の要否を正面から論じた裁判例として実務上大変参考になると考え、紹介した次第である。

(文責)弁護士 柳下彰彦