【平成26年9月18日(大阪地裁 平成25年(ワ)第5744号[預かり物の提示方法、装置およびシステム事件])】

【判旨】

原告の特許権の侵害を理由とする差止請求について、文言侵害が否定された。

【キーワード】

充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1.事案の概要(特許発明の内容)

(1)特許請求の範囲
1A クリーニング対象の品物の保管業務における顧客からの預かり物の内容をインターネットを介して顧客に提示する預かり物の提示方法であって,
1B 提示者が利用する第1通信装置により,顧客から預かるべき複数の品物又は顧客から預かった複数の品物の画像データを得て,該複数の品物の画像データを記憶手段に記憶する第1ステップと,
1C 顧客が直接利用するウェブブラウザ機能を備えた第2通信装置から受信するユーザ情報と前記複数の品物の画像データに対応づけて前記記憶手段に予め記憶された認証情報とに基づいて認証を行う第2ステップと,
1D 前記ユーザ情報が前記認証情報と一致する場合に,前記記憶手段に記憶された前記複数の品物の画像データの中から,前記ユーザ情報に対応するものを一覧出力形式で,品物の顧客による識別の用に供すべく,前記第2通信装置へ送信する第3ステップとを有し,
1E 当該第3ステップは,品物を識別した顧客の画面上における所定のクリック操作に応じて品物の選択的な返却要求を前記第2通信装置から送信させるようになしたウェブページに,前記品物に対応する画像データを含めて送信する
1F ことを特徴とする預かり物の提示方法。

(2)明細書
【0007】
【発明が解決しようとする課題】・・・
【0008】
・・・顧客CLTが、自分が預けている衣類Sがどのようなものであったかを忘れてしまうことがある。・・・
【0010】
本願発明は以上の如き実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、クリーニング対象の品物の保管業務において、顧客から預かっているクリーニング対象の品物がどのようなものであるかを、コンピュータネットワークを用い、顧客との共有が可能な前記品物の画像データの形態で提示できるようにした預かり物の提示方法、並びにその実施に使用する装置およびシステムを提供するものである。
・・・
【0053】
一方、認証が一致した場合(ステップS22で“YES”)には、サーバマシンSVは、当該IDのレコードを注文情報データベース50から全て抽出し、各画像データパスの属性を参照し、該当する衣類Sの画像データを預かり物画像データベース60から読み込む(ステップS23)。
【0054】
そして、サーバマシンSVは、注文情報データベース50から抽出した所定の注文情報とともに、預かり物画像データベース60から読み込んだ衣類Sの画像データを含めて、当該顧客CLTに応じた「お預かり表」様式のウェブページSB(図5参照)を生成し、この「お預かり表」のウェブページSBをクライアントマシンCM1,CM2,CM3へ送信する(ステップS24)。
・・・
【0060 】
【発明の効果】
・・・顧客から預かっている対象物の内容を画像で遠隔地の顧客に対して視覚的に示すことができるばかりでなく、顧客は、預けている対象物の中から自分が所望しているものを容易且つ的確に前記事業者に対して知らしめることができる。しかも、これを通信により実現するので、前記事業者と顧客との間の速やかな応答が期待できる。

図5

2.争点

 構成要件1Dの「一覧出力形式」の充足性

3.判旨(下線部は当職が付した)

(1) 「一覧出力形式」の意義
・・・
(ア) 「一覧出力形式」のうち,「一覧」には,「全体の概略が簡単にわかるようにまとめたもの」(甲14),「全体が一目で分かるようにしたもの」(乙4)という意味があり,「出力」には,「機器・装置が入力を受けて仕事をし,外部に結果を出すこと」(甲14),「原動機・通信機・コンピュータなどの装置が入力を受けて仕事または情報を外部へ出すこと」(乙4)という意味があり,「形式」には,「物事を行うときの,則るべき一定の手続きや方法・様式」(甲14),「事務などを進めるための,文書の体裁や執るべき手続」(乙4)という意味がある。
 構成要件1Dには,第1通信装置の記憶手段に記憶された複数の品物の画像データの中から,ユーザ情報に対応するものを「一覧出力形式」で,すなわち,全体を一覧できるように,情報を外部へ出す方法で,第2通信装置へ送信する旨が記載されている。ここで,「全体」とは,「ユーザ情報に対応するもの」,すなわち,ユーザ情報に対応する複数の品物の画像データの全てであると読み取ることができる。
(イ) 発明が解決しようとする課題,課題を解決するための手段及び発明の効果において,顧客がどの衣類を預けたか忘れてしまうことがあるが,事業者が預かっている対象物の内容を画像で視覚的に示すことによって,顧客が,預けている衣類を正確に把握でき,その中から,返却を要求したい衣類を事業者に対して容易かつ的確に知らせることができる旨が指摘されており,P1は,本件特許出願の過程で,同様の指摘や補正をしている。このような目的,作用効果のためには,事業者は,顧客に対し,預かった複数の品物の全てについて,1回の出力で,その画像を閲覧できるように提示する必要がある。
 発明の実施の形態においても,預かり物の全ての画像データが読み込まれ,その結果,注文情報データベースから抽出した所定の注文情報と,預かり物画像データベースから読み込んだ衣類の画像データによって生成される「お預かり表」のウェブページに,抽出された全てのレコードに記述されている画像データパスの画像データが表示され,全ての画像データを閲覧することが可能となる。
(ウ) 前記(ア)及び(イ)を併せ考えると,「一覧出力形式」とは,ユーザ情報に対応する複数の品物の画像データが出力された場合,その画像データの全てが一覧できる状態,例えば,ディスプレーに表示される場合には,ひとつの画面上で閲覧できる状態(ディスプレーの大きさや画面の大きさにより,スクロールする必要が生じる場合を含む。)で,情報を外部へ出す方法を意味すると解される。

4.検討

 クレーム解釈は、特許請求の範囲を基準になされ(特許法第70条第1項)、明細書及び図面の記載が参酌される(同2項)。明細書の参酌においては、明細書中の課題(正確には、課題の他に、作用効果、技術的意義、技術的思想も含まれるため課題等)の記載が与える影響が大きいとの指摘がされている[1]
 本件では、「一覧出力形式」のクレーム解釈が争いとなった。判決では課題等として、「顧客がどの衣類を預けたか忘れてしまうことがあるが,事業者が預かっている対象物の内容を画像で視覚的に示すことによって,顧客が,預けている衣類を正確に把握でき,その中から,返却を要求したい衣類を事業者に対して容易かつ的確に知らせることができる旨が指摘」がされていることを理由として、作用効果が発揮されるためには、「複数の品物の全てについて,1回の出力で,その画像を閲覧できるように提示する必要がある」ことを根拠として、「一覧出力形式」とは,ユーザ情報に対応する複数の品物の画像データが出力された場合,その画像データの全てが一覧できる状態と解釈しているため、クレーム解釈において、課題等が重要な役割を果たしているといえる。
 しかし、上記で判決が認定した課題等は抽象的であることからこの課題等から、直ちに、作用効果が発揮されるためには、「複数の品物の全てについて,1回の出力で,その画像を閲覧できるように提示する必要がある」とまではいえず、ここには、課題等をどのように解釈するかという、課題等の解釈も介在しているように読める。
 そして、この課題等をどのように解釈するかに当たっては、発明の実施形態において、複数の品物の全てについて,1回の出力で,その画像を閲覧できる実施形態しか記載されていなかったことも大きく寄与しているものと思われる(そもそも、特許請求の範囲の「全体」の記載自体もそれに沿っているとの認定である)。
 このように、クレーム解釈において、課題等が重要な役割を果たしているとはいえ、その課題等についても解釈の余地があり、これをどのように解釈していくかについて、明細書の他の記載、技術常識等が問題になるものと考えられる。
 なお、控訴審判決も、基本的には原審のクレーム解釈に沿うものである。

弁護士・弁理士 杉尾雄一


[1] 「特許権侵害訴訟において本件発明の課題が与える影響」(パテント2020 Vol. 73 No. 10)