平成26年1月30日判決(知財高裁 平成25年(ネ)第10079号)
【キーワード】
ソフトウェア関連発明,特許発明の技術的範囲,汎用アプリケーション,複数主体の特許権侵害

【事案の概要】
Xら:特許権者
Y:Xの有する特許権を侵害するとして提訴された者

 Xら(控訴人ら,原告ら)がY(被控訴人,被告)に対し,Yの提供する被控訴人サービスは,Xらの有する「情報データ出力システム」に係る2つの特許権(本件特許1,2)を侵害すると主張して,特許法100条1項に基づく差止請求権によりYサービスの提供の禁止を求めるとともに,民法709条に基づく損害賠償としてX1(会社)において787万5000円,X2(自然人)において1575万円及び遅延損害金の各支払を求めた事案である。
 原判決は,Xらの請求をいずれも棄却したため,これを不服とするXらが,本件控訴を提起した。

 本件特許1「情報データ出力システム」の構成要件を分説すると,次のとおりである。
A 販売する商品の個別情報データと提供する役務の個別情報データとの少なくとも一方を記憶可能,かつ,記憶した前記個別情報データをインターネットにおけるネットワーク上に送信可能な少なくとも1つのサーバ装置を備え,
B 前記インターネットを介して前記サーバ装置にアクセス可能な多数の端末装置が,印字手段を介して前記サーバ装置から受信した前記個別情報データを出力する情報データ出力システムにおいて,
C 前記端末装置各々には,HTTP(HyperText Transfer Protocol)の記述言語に対するそれら端末装置の互換性の相違(HTTPに対する前記端末装置の機種や該端末装置のオペレーティングシステム,前記端末装置にインストールされているアプリケーションソフトウェア,前記端末装置で使用するフォント環境の相違)にかかわらず,それら端末装置が前記情報データを統一された一定の規則性に基づいて規則正しく最適なレイアウトで出力することを可能にする共用アプリケーションソフトウェアがインストールされ,
D 前記共用アプリケーションソフトウェアが,前記情報データを印字する印刷用紙における該情報データの文字数および行数,前記印刷用紙に印字する前記情報データの個数,前記印刷用紙に印字する前記情報データの文字サイズおよび文字フォントを統一された一定の規則性に基づいて規則正しく最適なレイアウトで出力する状態に自動的に設定する機能を有し,
E 前記サーバ装置が,前記共用アプリケーションソフトウェアを前記インターネットにおけるネットワーク上に送信する共用アプリケーションソフトウェア送信手段と,前記情報データを前記共用アプリケーションソフトウェアが電子的に処理可能な中間データに変換するデータ変換手段と,前記中間データを前記インターネットを介して前記端末装置に送信するデータ送信手段とを有し,
F それら端末装置が,前記インターネットを介して前記共用アプリケーションソフトウェアを受信かつインストール可能であり,前記サーバ装置から前記中間データを受信すると,前記共用アプリケーションソフトウェアを利用して前記中間データに変換された前記情報データを前記印字手段を介して出力する
G ことを特徴とする情報データ出力システム。

【争点】
(1)Yサービスは本件各発明の技術的範囲に属するか(本件特許1について)
 構成要件CないしFの「共用アプリケーションソフトウェア」の充足性
 構成要件Eの「共用アプリケーションソフトウェア送信手段」の充足性
(2)本件各特許は特許無効審判により無効にされるべきものか
(3)損害額

【結論】
(1)被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属しない。
(2),(3)判断せず

【判旨抜粋】
 当裁判所も,控訴人らの請求には理由がなく,控訴人らの本件控訴はいずれも棄却されるべきものと判断する。その理由は,次のとおり付加訂正する他は,原判決の「第3 当裁判所の判断」・・に記載のとおりであるから,これを引用する。

 原判決の判旨部分を引用した控訴審の判旨は以下のとおりである。
1 構成要件CないしFの「共用アプリケーションソフトウェア」の充足性
「ア 本件各発明の構成要件CないしFにいう「共用アプリケーションソフトウェア」がどのようなアプリケーションソフトウェアを意味するかについて検討すると,まず,本件各特許の特許請求の範囲には,「前記共用アプリケーションソフトウェアが,前記情報データを印字する印刷用紙における該情報データの文字数および行数,前記印刷用紙に印字する前記情報データの個数,前記印刷用紙に印字する前記情報データの文字サイズおよび文字フォントを統一された一定の規則性に基づいて」「規則正しく最適なレイアウト」(本件特許1)又は「規則正しいレイアウト」(本件特許2)「で出力する状態に自動的に設定する機能を有」するものと記載されており(構成要件D),これによれば,本件各発明の「共用アプリケーションソフトウェア」は,少なくとも,[1]情報データの文字数及び行数,[2]印刷用紙に印字する前記情報データの個数,並びに,[3]印刷用紙に印字する前記情報データの文字サイズ及び文字フォントを,統一された一定の規則性に基づいて規則正しい(最適な)レイアウトで出力する状態に自動的に設定する機能を有するものでなければならず,そのいずれかの機能を欠くアプリケーションソフトウェアは,「共用アプリケーションソフトウェア」に当たらないものと解される。
 また,本件各明細書の記載をみても,・・本件各発明は,従来の技術では,HTTPの記述言語と情報データを受信した端末装置との間に互換性の相違(端末装置の機種やOS,アプリケーションソフトウェア,フォント環境等の相違)があると,情報データが不規則に散在してディスプレイに表示されたり,文字が入り乱れた乱雑な状態で印刷用紙に印字されてしまう場合があったところ,これを,情報データを中間データに変換して端末装置に送信し,端末装置にインストールされた共用アプリケーションソフトウェアの機能により,統一された一定の規則性に基づいて規則正しい(最適な)レイアウトで出力することによって,統一した所定の書式で表示又は印刷させることができるとの作用効果を有するものとされている。そして,本件各明細書において,共用アプリケーションソフトウェアは,「印刷用紙における文字数および行数,印刷用紙に印字する個別情報データのデータ数,文字サイズおよび文字フォント,印刷用紙の上下端縁および両側縁のマージン等を自動的に設定する機能を有し,個別情報データをディスプレイ7または印刷用紙に無駄なく最適なレイアウトで表示または印字する機能」を有するものとされている。
 さらに,・・本件各明細書には,本件各発明の実施例として,(ア)スポーツ用品の販売に供する紙票を出力する場合,(イ)宿泊施設の提供の取次ぎに供する紙票を出力する場合,(ウ)展示会や即売会等のイベントに参加した出展者がイベント会場に来場したユーザーに後日,紹介状や案内状等の郵便物を発送する際の郵便物に貼付する宛名ラベルを出力する場合が挙げられている。そして,このうちの(ア)を例に採ると,本件明細書1中の図6に掲記されたB5縦の紙票には,テニスラケットのメーカー名,商品名,キャッチフレーズ,性能,販売価格及び販売店名が所定の文字数以内,所定の行数以内,所定の列数以内に印字され,テニスラケットの形態(全体図)が所定の範囲に印刷されている。そして,販売店は,この紙票を,テニスラケットやショウケースに貼付したり,広告として使用したり,紹介状や案内状と共に顧客に郵送したりすることもできる旨の作用効果が記載されている(【0079】,【0080】)。上記の[1]ないし[3]の一部でもレイアウトが崩れた場合は,このような作用効果を発揮することができず,各販売店が情報データを製造者から郵送やファクシミリ等で取り寄せなければならなくなり,本件各発明の課題・・を解決することができないこととなる。
 以上によれば,本件各発明にいう「共用アプリケーションソフトウェア」は,上記[1]ないし[3]の全てを統一された一定の規則性に基づいて規則正しい(最適な)レイアウトで出力する状態に自動的に設定する機能を有するものであることを要し,これらを設定する機能を一部でも欠き,又は機能自体はあっても手動で設定しなければならないこともあるようなアプリケーションソフトウェアは,上記の「共用アプリケーションソフトウェア」には当たらないものと解するのが相当である。」

「イ これを被控訴人サービスについてみると,・・,被控訴人サーバにおいては,あらかじめ用意されているテンプレートに従って利用明細に係るPDFファイルが作成され,これが利用者に送信されると,利用者は,元のレイアウトを変更することなく,単に,受信したPDFファイルをリーダーで表示又は印刷するにすぎないことが認められる。このように,リーダーは単に受信したPDFファイルを表示又は印刷するにすぎず,統一された一定の規則性に基づいて規則正しい(最適な)レイアウトで出力する状態に自動的に設定するものではないから,「共用アプリケーションソフトウェア」に該当しない。
 本件各発明の「共用アプリケーションソフトウェア」は,前記アのとおり,利用者端末の機種やOS,アプリケーションソフトウェア,フォント環境等の相違にかかわらず,情報データを統一された一定の規則性に基づいて規則正しい(最適な)レイアウトで出力する状態に自動的に設定する機能を有することが求められている。被控訴人サービスにおいて,上記の要件を充足するアプリケーションソフトウェアを探すとすれば,PDFファイルの作成機能を有するアクロバット等のアプリケーションソフトウェアがこれに該当するというべきであり(なお,アクロバット等のアプリケーションソフトウェアは,利用者端末ではなく被控訴人サーバにインストールされているものと認められる。),利用者が利用明細に係るPDFファイルを表示又は印刷する際に使用する利用者端末のリーダーはこれに該当することはない。」

2 構成要件Eの「共用アプリケーションソフトウェア送信手段」の充足性
「なお,上記1のとおり,リーダーは本件各特許にいう「共用アプリケーションソフトウェア」には当たらないというべきであるが,仮にその該当性が肯定されたとしても,被告サービスにおいては,リーダーが被告サーバから送信されるものではなく,利用者が被告サービスに係るウェブページに設定されたリンクからアドビ社のホームページに移行し,アドビサーバからこれをダウンロードするものであることは,原告ら自身が認めるところである。
 したがって,被告サービスは,「前記共用アプリケーションソフトウェアを前記インターネットにおけるネットワーク上に送信する共用アプリケーションソフトウェア送信手段」を有しているものということはできず,本件各発明の構成要件Eを充足しないものと解される。
 これに対し,原告らは,被告はアドビサーバを自己の道具又は手足として利用しているから,アドビサーバの管理者が被告でなくとも,被告サービスを実施しているのは被告というべきであると主張する。しかしながら,被告サーバとアドビサーバは,異なる法人格を有する被告とアドビ社がそれぞれ管理するサーバであるから,アドビサーバが被告の道具又は手足に当たると解することはできない。加えて,構成要件Eは,共用アプリケーションソフトウェア送信手段が被告サーバに設けられるべきものとしているところ,アドビサーバが被告の道具又は手足と評価されるか否かにかかわらず,その送信手段がアドビサーバにあり,被告サーバにないことには変わりがないのであるから,被告サービスが構成要件Eを充足するということはできない。」

【解説】
 原審,控訴審ともに,構成要件該当性が充足されないことを理由に特許権侵害を否定した。判旨における「リーダー」とは,Adobe Readerのことを指す。本件特許発明の構成要件の一部の実施が,汎用的なアプリケーションとして使用されるAdobe Readerの処理に該当するか否かが争われた。
 Yは,単に,Adobe Readerで読み取り可能なPDF形式のデータを作成するものにすぎず,Adobe Readerは,本件発明1にいう「共用アプリケーションソフトウェア」の機能(印刷用紙における文字数および行数,印刷用紙に印字する個別情報データのデータ数,文字サイズおよび文字フォント,印刷用紙の上下端縁および両側縁のマージン等を自動的に設定する機能を有し,個別情報データをディスプレイ7または印刷用紙に無駄なく最適なレイアウトで表示または印字する機能)を有するものでないから構成要件Cを充足しないと主張した。Xらは,Adobe Readerが上記機能を備えるから構成要件Cを充足する旨主張した。裁判所は,Xらの主張を認容し,Y主張を排斥した。
 判旨のみではAdobe Readerの機能に付きどの程度Xにより立証がされたか不明である。
 ソフトウェア関連発明の特許には,広く一般に使用され,訴訟当事者とは異なる主体が販売するアプリケーションが構成要件の一部を構成することもあり得る。このような場合,当該アプリケーションの構成を示す資料が訴訟当事者の手元には十分にないこともあり,立証に困難性を伴うことも考えられる。

 また,本判決では,Yサービスが,共用アプリケーションソフトウェア送信手段を有していないことを根拠に,Yサービスの構成要件Eの充足性を否定した。その理由の一つとして,本判決は,構成要件Eには,「前記サーバ装置が,・・共用アプリケーションソフトウェア送信手段と・・を有し」とあるとおり,当該送信手段はYサーバ(サーバ装置に相当)になければならないが,Yサーバでなくアドビ社サーバにあるため,構成要件Eを充足しないと判示している。
 同判決における他の非充足の根拠として,Yサービスには,当該送信手段に相当する構成を備えたアドビ社のサーバを含まないこと,アドビサーバがYと異なる法人格を有するアドビ社が管理するサーバであるから,アドビサーバがYの道具又は手足に当たるといえないことを挙げている。したがって,上記のような構成要件Eの「前記サーバ装置が,」との文言がなかったとしても,構成要件Eの充足性が否定された可能性が高い。
 眼鏡レンズ供給システム事件(東京地裁平成19年12月14日判決,以下「眼鏡事件」という。)では,構成要件充足性の判断においては侵害主体が誰であるかは判断されず,実施行為の認定において,クレームに係るシステムの支配管理者という規範的概念が持ちだされ判断された。この構成要件充足性の判断において,2つ以上の主体の関与を前提に,行為者として予定されている者が特許請求の範囲に記載された各行為を行ったか,各システムの一部を保有又は所有しているかを判断すれば足り,実際に行為を行った者の一部が履行補助者でないことは,構成要件の充足の問題においては問題とならないと判示した。
 本件では,Yとは異なる主体が管理することを構成要件充足性の否定の根拠としており,眼鏡事件とは判断枠組みが若干異なるともいえる。眼鏡事件では,眼鏡レンズの発注側と製造側という事業上の強い関連を持った事例であるが,本件では,Yはアドビ社のアプリケーションを利用した者にすぎず,眼鏡事件のような複数主体間の強い関連性を有しないものであり,このような相違が構成要件充足性の判断枠組みにも影響を与えたものとも考えられる。

(文責)弁護士・弁理士 和田祐造