【平成26年9月11日判決(東京地裁平成25年(ワ)第27293号)】

【ポイント】
製法特許の権利行使において,製造工程が立証不十分であるとされた事例。

【キーワード】
物の製造方法、製法特許、製造方法の立証

【事案の概要】
 原告が,被告に対し,中国の会社である江苏扬农化工集团有限公司(江蘇揚農化工集団有限公司)又はその関連会社(以下「揚農」という。)が中国国内で製造しているエピクロロヒドリンを被告が輸入販売することは原告の有する特許権を侵害すると主張して,①被告製品の輸入等の差止め,②被告製品の廃棄,③特許権侵害に基づく損害賠償金の支払をそれぞれ求める事案。

 
【クレーム】特許第4167288号
本件発明1
A グリセロールを,アジピン酸の存在下で,塩素化剤との反応に付す
B ジクロロプロパノールの製造方法。

【争点】
揚農が別紙製造方法目録記載の第1の工程によりジクロロプロパノールを製造しているか(技術的範囲の属否)

【結論】
 揚農が,グリセロールからジクロロプロパノールを合成する際に,「アジピン酸の存在下で」,塩素化剤との反応に付していることを認めるに足りる証拠はない。

【原告主張】
ア 本件揚農記事の記載,イ 本件電話録音の内容,ウ 中国で行われた多数の研究などを根拠として,揚農がジクロロプロパノールの生産においてアジピン酸を触媒として用いている

[本件揚農記事の内容]
「ジクロロプロパノールはエピクロロヒドリンの合成における重要な中間原料であり,その製造方法は主にプロピレン高温塩素化法および酢酸アリル法であり,どちらもプロピレンを原料とする。」,「近年,バイオディーゼルの副産物であるグリセロールを利用して,塩素化によりジクロロプロパノールを合成する方法が,環境にやさしい化学製造法として中国および海外で開発の焦点となっている。」「実験パート」の項において,「原料:ジクロロプロパノール精留釜残(揚農化工集団ジクロロプロパノール「工段」(中国語原文)より採取)」(なお,この「工段」という中国語の意味について争いがある。)を分析し,複数の方法によりアジピン酸の回収を試みた結果を研究成果として発表

[本件電話録音の内容]
原告の代理人が,中華人民共和国の公証人立会いの下,遼陽文聖化工有限公司のA氏に架電し,同人から,遼陽文聖化工有限公司が揚農に対して1ヶ月に35ないし70トンのアジピン酸を供給していること,揚農が「エピクロロなんとかヒドリン」を製造していることなどを聴取したこと

【判旨要点】以下のとおり、原告主張を排斥
[本件揚農記事について]
揚農において,アジピン酸を触媒として用いるグリセロール法が研究対象となっていたことが認められるとしても,これをもって,揚農が,別紙製造方法目録記載の第1の工程により工業的にジクロロプロパノールないしエピクロロヒドリンを製造していたとはいえず,本件揚農記事は,揚農が工業的にアジピン酸を触媒として用いてジクロロプロパノールを生産している事実を認めるに足りるものではないと言わざるを得ない。
本件揚農記事はアジピン酸を触媒として用いるグリセロール法の工業的な製造方法としての課題について研究した記事であることに照らせば,実験の原料であるジクロロプロパノール精留釜残は,試験・研究用の工程ないし部門から採取されたものである可能性があり,工業的にジクロロプロパノールを製造している工程から取得したものであるということを認めるには足りない。

[本件電話録音について]
被告による電話の相手方に対する反対尋問の機会が保証されていない上,本件電話録音に係る会話に先立つ会話内容等の背景が明らかでなく,電話の相手方が故意又は過失により誤った内容の発言をしている可能性もあってその信用性に疑問があるから,証明力は極めて低いと言わざるを得ず,これをもって,揚農が本件発明の製造方法を実施した事実が認められるものではない。
・・
(3) したがって,揚農が別紙製造方法目録記載の第1の工程によりジクロロプロパノールを製造していることを認めるに足りる証拠はないから,揚農がジクロロプロパノールを製造することが本件発明1の技術的範囲に属するとは認められない。

エ なお,原告は,被告が平成20年8月8日から現在に至るまで輸入しているエピクロロヒドリンは全て別紙製造方法目録記載の第1の工程により製造された物と認められる旨主張するが,そもそも,揚農が平成20年8月8日から現在に至るまで継続的にアジピン酸を触媒として用いていて,それ以外の方法により製造していないことを示す証拠は不十分であると言わざるを得ない。原告は,前記アないしウの時点において揚農がアジピン酸を用いていたことが認められるとした上で,揚農がそれ以前ないしそれ以後に製造方法を変更したことを示す証拠はないと主張するが,触媒の変更が困難であるとの立証がない以上,揚農が平成20年8月8日から現在に至るまで継続的にアジピン酸を触媒として用いていたと認めるには不十分であると考えられる。
・・
(3) したがって,揚農が別紙製造方法目録記載の第1の工程によりジクロロプロパノールを製造していることを認めるに足りる証拠はないから,揚農がジクロロプロパノールを製造することが本件発明1の技術的範囲に属するとは認められない。

【解説】
 一般に、海外での製造工程の立証は,日本の裁判手続きで用いられる証拠収集手続が機能しないため,困難を伴う。具体的な実施内容としての製造工程を示したものではない、一般的な研究発表記事のみでは立証不十分とされる可能性がある点、証拠収集において留意が必要と思われる。

(文責)弁護士・弁理士 和田祐造