【平成26年7月17日(東京地裁 平成23年(ワ)23651号[4H型単結晶炭化珪素の製造方法事件])】

【判旨】

特許権の侵害を理由とする差止請求について、特許権侵害が否定された。

【キーワード】

充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1.事案の概要(特許発明の内容)

A 種結晶を用いた昇華再結晶法により
B 単結晶炭化珪素を成長させる際に,
C 炭素原子位置に窒素を5×1018cm-3以上5×1019cm-3以下導入することを特徴とする
D 4H型単結晶炭化珪素インゴットの製造方法。

2.争点

 構成要件Aの「昇華再結晶法」は,生成物と同じ物質に限定されるか、生成物と異なる物質を含むか

3.判旨(下線部は当職が付した)

(イ)上記認定の事実によれば,本件発明は,高品質の単結晶炭化珪素を得るために導入された炭化珪素原料粉末を原料とし種結晶を用いて昇華再結晶を行う改良型のレーリー法においても解決できなかった課題を解決するために,炭化珪素からなる原材料を加熱昇華させ,単結晶炭化珪素からなる種結晶上に供給し,この種結晶上に単結晶炭化珪素を成長する方法において,炭素原子位置に窒素を5×1018㎝-3以上5×1019㎝-3以下導入するという技術手段を採用したものであると認められる。そうだとすれば,構成要件Aの「昇華再結晶法」は,結晶性固体を「昇華」させて再び結晶させる,すなわち,生成物と同じ物質からなる多結晶固体原料を昇華させてから結晶させて単結晶の生成物を得ることを意味すると解するのが相当である。
(ウ)原告は,構成要件Aの「昇華再結晶法」は,生成物と同じ物質又は生成物と異なる物質からなる多結晶の固体原料を昇華させてから単結晶の生成物を得ることを意味すると主張する。
  しかし,証拠(甲3,乙23ないし25)によれば・・・レーリー法や改良レーリー法を昇華再結晶法として説明する場合に,炭化珪素を原料とすることをあえて明示し,炭化珪素を原料としないレーリー法や改良レーリー法を昇華再結晶法としていないことが認められる。また,証拠(甲15,16)によれば,「High quality SiC bulk growth by sublimation method using elemental Silicon and Carbon powder as SiC source materials」(甲15)及び特許第4427470号の特許公報(甲16)には,炭素粉末と珪素粉末を原料とすることが記載されていることが認められるが,これらは,いずれも一旦炭化珪素を生成する工程を経て,その炭化珪素を昇華させて炭化珪素結晶を得る方法を開示するものである。そうであれば,「再結晶」の原料として,昇華に際し,Siの蒸気,SiC2の蒸気,Si2Cの蒸気などが発生するものであれば足りるとは認められないから,レーリー法や改良レーリー法において,炭素粉末及び珪素粉末からなる原料を加熱昇華させて炭化珪素結晶を得る態様のものがあるとしても,炭化珪素の技術分野において,「昇華再結晶法」が,生成物と同じ物質又は生成物と異なる物質からなる多結晶の固体原料を昇華させてから単結晶の生成物を得ることを意味するものと解することはできない
  原告の上記主張は,採用することができない。

4.検討

 クレーム解釈は、特許請求の範囲を基準になされ(特許法第70条第1項)、明細書及び図面の記載が参酌される(同2項)。明細書の参酌においては、明細書中の課題(正確には、課題の他に、作用効果、技術的意義、技術的思想も含まれるため課題等)の記載が与える影響が大きいとの指摘がされている[1]
 本判決では、課題の記載を直接の根拠として原料を限定解釈しているが、課題には、原料に関する直接的な記載はない点で、課題の記載から、原料を解釈するには、論理飛躍があるようにも思える。一方で、本判決では、不明確な課題の記載に対し、原料に異物質を含むと解釈できる技術常識が認定されていない点で、原告に有利な解釈にならなかったものと思える。
 ただ、餅事件(平23 (ネ) 10002号)、金融商品取引管理システム事件(平29(ネ)10027号)、印鑑事件(平成19 年(ネ)第10025号)との関係では、課題で明確な限定解釈ができないのであれば、限定解釈をする必要はなかったように思われる(これらの事件ではいずれもクレームの限定解釈はされていない)。

(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一


[1] 「特許権侵害訴訟において本件発明の課題が与える影響」(パテント2020 Vol. 73 No. 10)