【平成26年6月12日判決(大阪地裁 平成26年(ワ)第845号)】

【要約】 ソフトウェアの制作委託契約において、ベンダーからユーザへのソースコードの著作権移転及びソースコードの引渡義務が否定された事案
【キーワード】 ソースコード、引渡し

1 事案

 原告は、被告に対し、ソフトウェア(「本件ソフトウェア」)の制作及び改訂の業務を委託した(「本件委託契約」)。本件ソフトウェアは、原告が出版する参考書等をベースとして、自動的にテスト問題を作成するためのものである。被告は、本件ソフトウェアを制作し、原告に対し、本件ソフトウェアが記録されたCD-ROMを交付した。被告は、その後も原告の書籍改訂や出版に合わせて本件ソフトウェアのアップデートを行い、原告はこれに対して対価を支払った。
 その後、被告は、原告に対し、ソフトウェアの制作業務を廃業する旨通知した。原告は、被告の通知を受け、第三者に本件ソフトウェアの改変等の業務を委託しようとしたところ、当該第三者からソースコードが必要であるとの連絡を受けた。そこで、原告は、被告に対し、本件ソフトウェアのソースコード(「本件ソースコード」)の引渡しを求めたが、被告はこれに応じなかった。
 本件訴訟において、原告は、被告に対し、本件ソースコードを引き渡すべき契約上の義務を怠った債務不履行責任に基づく損害賠償を請求した。
 原告は、本件ソフトウェアのヘルプファイルには原告の名称が「Copyright (C) 2009 Est Shuppan Co. Ltd.」と表示されている、原告の書籍改訂等のたびに被告が本件ソフトウェアをアップデートすることを前提として本件委託契約を締結した等の事情を主張、被告がソースコードの引渡義務を負うことを主張した。
 被告は、「本件委託契約において、原告から委託され完成させたのは、ソフトウェアプログラムを含むソフトウェア全体としてもパッケージソフトウェア(「本件パッケージソフトウェア」)であり、成果物はこれを封入したCD-ROMであって、それ以上でもそれ以下でもない。原告が引渡しを求める本件ソースコードは、本件パッケージソフトウェアには含まれておらず、本件委託契約において譲渡、納入の対象となっていない。本件ソフトウェア及び本件ソフトウェアの著作権は、すべて被告に帰属しており、原告に移転されたことはない。」と主張した。

2 判決

「(1)本件委託契約の履行に伴う著作権移転の合意の不存在
…被告が、本件ソースコードを制作したものであり、本件ソースコードの著作権は原始的に被告に帰属していると認めることができる。
 その一方で、…原告と被告の間で取り交わされた書面において、本件ソフトウェアや本件ソースコードの著作権の移転について定めたものは何等存在しない。
…被告は、原告に対し、本件ソースコードの開示や引渡しをしたことはなく、原告から本件ソースコードの引渡しを求められたが、これに応じていない。
 また、原告にしても、,平成23年11月に至るまで,被告に対し,本件ソースコードの提供を求めたことがなかっただけでなく,前記…のとおり,原告担当者は,被告に,本件ソースコードの提供ができるかどうか問い合わせているのであり,原告担当者も,上記提供が契約上の義務でなかったと認識していたといえる。
 以上によると,被告が,原告に対し,本件ソースコードの著作権を譲渡したり,その引渡しをしたりすることを合意したと認めることはできず,むしろ,そのような合意はなかったと認めるのが相当である。…」

「(2)ヘルプファイルにおける著作権表示と甲第15号証
…本件パッケージソフトウェアのヘルプファイルに示された著作権表示をもって,本件ソースコードの著作者を推定するものとはいえない。また,本件ソースコードの著作権が原始的に被告に帰属し,かつ,これが原告に移転していないことは上記(1)のとおりであり,上記ヘルプファイルに示された著作権表示をもって,原告が本件ソースコードに対する権利者であることの根拠とすることはできない。
 また,甲第15号証の電子メールにおいて,被告は,上記ヘルプファイルの表示を了承した旨記載しているが,このことをもって,被告が原告に対し本件ソースコードや本件ソフトウェアの著作権を原告に譲渡・処分する旨の意思表示をしたとみることはできない。せいぜい,被告が,原告に対し,本件ソフトウェアを複製することを許諾していることを表示するのみというべきである(乙2)。」

3 検討

 ソフトウェアの開発委託契約等において、ソースコードの引渡しが当然の前提とされてはいないと思われる。本件訴訟において、被告は、社団法人情報サービス産業協会(JISA)の「ソフトウェア開発委託基本モデル契約書(平成20年版)」に基づき、ソースコードを含め、著作権はベンダー側に帰属するものとされているという記載を挙げている。ほかにも、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「情報システム・モデル取引・契約書」においても、「倒産における著作権の帰趨については、対抗要件を具備する制度は存在しないものの、ソースコードや付帯するドキュメントの開示・交付を受けることは、納入物にソースコードを明記するか、エスクロウ制度の活用により対応可能である。」と記載されていることは、ソースコードが当然に引き渡されるべき対象ではないことが顕れている一面があると考えられる。
 本件は、被告から原告に対する著作権の譲渡及びソースコードの引渡しのいずれの義務も認められなかった事案であるが、ソフトウェアの著作権とソースコードの著作権が別々に検討されていることにも注目される。

以上

弁護士 後藤直之