【平成26年11月28日判決(東京地裁 平成25年(ワ)第24709号)】

【判旨】
 発明の名称を「ネット広告システム」とする特許権(特許第5177727号。以下「本件特許権」という。)を有する原告が,被告の管理運営に係るシステム(被告製品)が同特許権に係る発明の技術的範囲に含まれるなどと主張して,被告に対し,被告製品の生産等の禁止及び廃棄を求めるとともに,損害賠償請求として2240万円及び附帯請求として遅延損害金の支払を求めた事案。裁判所は,被告製品は本件発明の技術的範囲に属さず,また,被告製品におけるバナーサーバーがヤフーサーバーであり,被告がリンク情報のみ提供しているという事実関係の下では,被告がヤフーサーバーを実質的に支配し,管理・利用しているとは認められないとし,更に,均等侵害及び間接侵害に係る主張についても認めず,請求を棄却した。

【キーワード】
複数主体による特許権侵害,支配管理論

1 事案の概要

(1)本件特許権の内容
 本件特許権の請求項1に係る発明(以下「本件特許発明」という。)の内容は,以下のとおりである。

構成要件

内容

A インターネットに接続可能な端末であるクライアントと,
B 前記クライアントからの要求により該当する商品の広告をネット上で紹介提供する多数の参加企業のホームページが保管された複数のバナーサーバーと,
C 前記バナーサーバーが提供する各前記企業の広告画像情報を予め分類仕分けして保管記憶した商品マスタを備えた店舗サーバーとからなる連携システムにおいて,
D 前記店舗サーバーは,前記クライアントからのアクセスに基づき予めバナー情報マスタに記録保存された前記バナーサーバーのアイコンを含む当該店舗サーバーのホームページを当該クライアントのディスプレイ上に表示すると共に,
E 表示された前記ホームページにおいて所定のバナーサーバーのアイコンが前記クライアントによってクリックされると前記クライアントのディスプレイ上に当該クライアントがクリックしたバナーサーバーから提供された前記広告画像情報を主表示すると共に,
F 各前記企業のカテゴリーとそれに属するアイテムを体系的に記録した前記商品マスタから当該広告画像情報を表示した同一画面上に関連商品の他のバナーサーバーの広告画像情報の一覧表リストを副表示して両者を併記し,
G 前記副表示されたバナーサーバーのアイコンが前記クライアントによってクリックされると当該クリックされたアイコンのバナーサーバーから提供された前記広告画像情報を主表示し,且つ
H 同一画面上に関連商品の他のバナーサーバーの広告画像情報の一覧表リストを副表示することにより,
I 該当する広告以外に他の店舗の商品リストを次々と閲覧可能にすることを特徴とするネット広告システム。

 本件特許発明によれば,構成要件G~Hに記載のように,ある店舗の広告ページに他の店舗の広告バナーが副表示され,当該広告バナーから他の店舗の広告ページに飛ぶことができ,更に当該他の店舗の広告ページには,別の店舗の広告バナーが副表示され…といった具合に,他の店舗の商品リストを次々と閲覧可能にすることで,クライアントの希望商品の選択の幅が増えるとともに,サイト側の閲覧回数も増加し,ワンクリック単価が安くなるという効果を奏する(下図参照)。

(2)被告の行為
 被告は,ネットオークション(ヤフオク,楽天など)の比較サイトを運営し,オークションサイトのAPIガイドラインに従って,商品情報や価格情報の提供を受けていた。また,被告の比較サイトでは,出品された商品の画像情報(主表示)と共に,現在開催中のオークションの他の商品の画像情報(副表示)が表示される構成となっていたが,当該画像情報のデータはヤフーサーバーに保存されており,被告サーバーからはリンク情報のみが提供されている状態であった。

2 本件の争点

 本件の争点は,下記のとおりである。本稿では,主に構成要件充足性(争点2-ア)及び複数主体による侵害(予備的主張)の成否(争点2-イ)について採り上げる。

(1) 本件請求に係る本件訴えの適法性(争点1)
(2) 侵害の成否(争点2)
ア 構成要件充足性(争点2-ア)
イ 複数主体による侵害(予備的主張)の成否(争点2-イ)
ウ 均等侵害(予備的主張)の成否(争点2-ウ)
エ 間接侵害(予備的主張)の成否(争点2-エ)
(3)  差止め及び廃棄請求の可否(争点3)
(4)  損害(争点4)

3 裁判所の判断

(1)構成要件充足性(争点2-ア)について
 構成要件充足性の判断においては,被告製品が,①「商品マスタ」(構成要件C)②「バナー情報マスタ」(構成要件D),③「複数のバナーサーバー」(構成要件B)などを備えているか否かが争われた。
 この点につき,裁判所は,構成要件Cの「商品マスタ」は「店舗サーバー」に保管されていることから,主表示される広告画像情報は店舗サーバーからの画像情報であることが必要であるとした。その上で,被告製品において,現在開催中のオークションに掲載されている画像情報は,ヤフーサーバーに保存されている画像情報を表示しているにすぎず,被告サーバー(=店舗サーバー)に保管された画像情報ではないから,被告製品は構成要件Cを充足しないとした。
※判決文抜粋(下線部は筆者付与)
 特許請求の範囲の「前記副表示されたバナーサーバーのアイコンが前記クライアントによってクリックされると,当該クリックされたアイコンのバナーサーバーから提供された前記広告画像情報を主表示し,且つ」(構成要件G)との記載からは,主表示される画像情報は,バナーサーバーから提供される画像情報であることが規定され,「前記バナーサーバーが提供する各前記企業の広告画像情報を予め分類仕分けして保管記憶した商品マスタを備えた店舗サーバーとからなる連携システムにおいて」(構成要件C)との記載から,バナーサーバーが提供する画像情報は,商品マスタに保管記憶されているものであることが規定されている。そうすると,副表示されたバナーサーバーのアイコンをクリックして,主表示される画像情報(構成要件G参照)は,商品マスタに保管記憶された画像情報であることが必要とされ,商品マスタは,店舗サーバーに保管されていることが明らかであるから(段落【0009】参照),主表示される画像情報は店舗サーバーからの画像情報であることが必要である。
 これに対し,被告製品において,現在開催中のオークションに掲載されている画像情報は,ヤフーサーバーに保存されていることに争いはない(上記エ(ア)a)から,現在開催中のオークションに掲載されている画像情報を主表示とする場合は,ヤフーサーバーに保存されている画像情報を表示しているにすぎないのであって,被告サーバーに保管された画像情報ではないから,結局,被告製品では,構成要件Cの「店舗サーバー」を構成する「商品マスタ」からの画像情報が提供されているとはいえず,構成要件Cを充足しないものといわざるを得ない。
 同様に,裁判所は,「バナー情報マスタ」(構成要件D)及び「複数のバナーサーバー」(構成要件B)についても,現在開催中のオークションに掲載されている画像情報がヤフーサーバーに保存されているものであることを理由に,構成要件を充足しないとした。


(2)複数主体による侵害(予備的主張)の成否(争点2-イ)について
 原告は、予備的主張として、ヤフーサーバー内における各出品事業者の出品情報を記憶する領域(=画像情報が保存される領域)が構成要件Bの「複数のバナーサーバー」に該当し、当該領域を含むヤフーサーバーは実質的に被告により支配・管理されているから、被告の行為は特許発明の実施に該当するなどと主張した。
 これに対し,裁判所は,本件では被告がヤフーサーバーを実質的に支配し,管理・利用しているとは認められないとして,被告の主張を退けた。
※判決文抜粋(下線部は筆者付与)
 3  争点2-イ(複数主体による侵害の成否)について
   (1)ア  原告は,被告製品におけるバナーサーバーがヤフーサーバーであり,被告がリンク情報のみ提供しているとしても,被告はヤフーサーバーを実質的に支配し,管理・利用しているのであるから,被告による特許権侵害(直接侵害)を認めるべきである旨主張する。
 しかし,被告以外にも,ヤフーサーバーを利用している者は,多数存在していることが認められるのであり,以下に詳述するとおり,被告がヤフーサーバーを実質的に支配し,管理・利用しているとは認められない。
    イ  原告は,甲31号証などを根拠として,被告がヤフーサーバーを実質的に支配管理しているとか,ヤフー社と連携しているなどと主張する。
 この点,被告自身も,ヤフー社により一般に公開されているAPIを利用していることは認めているところであるが,これをもって,ヤフーオークションに出品されている商品の管理やシステムの運用を行っているヤフーサーバーを被告が管理しているとはいえない。
 甲49号証によれば,被告サイトで入札を行うには,ヤフーオークションIDが必要となり,ヤフーオークションIDを登録しなければ入札等ができない仕組みとなっていることが認められるが,このことから,直ちにヤフー社と被告が連携して共同運営を行っていると認めることは困難である。
    ウ  被告とヤフー社が共同しているか否かにかかわらず,そもそも,ヤフーサーバーにおいて,本件発明の構成要件たる「バナーサーバー」や「バナー情報マスタ」及び「商品マスタ」を備えた「店舗サーバー」が備わっているのかについて,原告は何ら立証していない。
   (2)  以上からすると,被告がヤフー社と共同して本件特許権を侵害しているとの原告の主張も認められない。
 なお,原告の主張は,ヤフー社の管理するオークションの商品画像情報を保管するサーバーを道具として利用することにより,被告が本件特許権を直接侵害している旨の主張とも解釈し得るが,甲32号証ないし甲44号証を含む本件全証拠によっても,被告が,ヤフー社の管理するオークションの商品画像情報を保管するバナーサーバーを道具として利用しているとは認められない。


(3)その他の原告主張について
 原告は,更に,「本件発明の中核をなす特徴的部分は表示態様のみであり,広告画像情報の保存先が被告サーバーでなく,ヤフーサーバーであるという相違部分は,本件発明の本質的部分ではない」などとして,均等侵害を主張したが(争点2-ウ),裁判所は,広告画像の表示態様だけでなく,広告画像情報の取得と保存,保存情報間のリンク付け等をいかなる手法・手段で実現するかという点や,主表示や副表示を連携して切替表示するためのサーバーやマスタデータの構成も本件特許発明の本質的部分であるなどとして,被告の主張を退けた。
 また,間接侵害の主張についても,本件では間接侵害の成立の前提となる直接侵害者が存在しないとして,これを退けた。


4 検討

(1)先行事例との比較
 複数主体による特許権侵害において,支配管理論により特許権侵害を肯定した先行事例としては,眼鏡レンズ供給システム事件(東京地裁平成19年12月14日判決,以下「眼鏡事件」という。)がある。眼鏡事件では,構成要件充足性の判断において,2つ以上の主体の関与を前提に,「行為者として予定されている者が特許請求の範囲に記載された各行為を行ったか,各システムの一部を保有又は所有しているかを判断すれば足り,実際に行為を行った者の一部が履行補助者でないことは,構成要件の充足の問題においては問題とならない」と判示した。すなわち,眼鏡事件では,①構成要件充足性の判断の段階では侵害主体が誰であるかを判断せず,②実施行為の認定において,システムの支配管理者という規範的概念を用いて侵害主体を判断するという,2段階の判断枠組みを採用した。
 これに対し,本件では,広告画像情報が被告サーバーではなくヤフーサーバー(第三者のサーバー)に記憶されていることを根拠に,構成要件の充足性が否定されており,眼鏡事件とは判断枠組みが若干異なるように思える。眼鏡事件では,侵害行為を実施している複数の主体同士が,眼鏡レンズの発注側と製造側という,事業上の強い関連性を有していた事例であるが,本件では,被告はヤフーサーバーのAPIやヤフーオークションIDを利用していたにすぎず,眼鏡事件と比べて両者の関連性は弱く,このような相違が構成要件充足性の判断枠組みにも影響を与えたものとも推察される。

(2)実務上の指針(クレーム作成上の注意点)
 原告は,均等侵害の主張(上記「3」「(3)」)において,「本件発明の中核をなす特徴的部分は表示態様のみであり,広告画像情報の保存先・・・は,本件発明の本質的部分ではない」と主張している。しかし,上記のような主張を行うのであれば,そもそもクレーム(特許請求の範囲)の作成時点において,広告画像情報の保存先(≒取得先)を限定しない表現でクレームを記載すべきであったと考えられる。
 例えば,クレームの文末を「ネット広告システム」ではなく「ネット広告表示装置」等の装置クレームとして記載した上で,「参加企業のホームページが保管された複数のバナーサーバー」「広告画像情報を・・・保管記憶した商品マスタを備えた店舗サーバー」などの構成要件を,それぞれ「複数の参加企業のホームページのデータを取得するホームページ取得手段」「広告画像情報を予め分類仕分けして保管記憶した商品マスタを取得する商品マスタ取得手段」のような「~取得手段」という表現に改めることが考えられる。この「取得」という表現であれば,自社のサーバー内の記憶装置からデータを取得することも,インターネットを通じて他社のサーバーからデータを取得することも,同様に権利範囲に含まれるため,広告画像情報の保存先は限定されず,複数主体により特許権侵害が行われているケースにおける侵害立証が容易になると考えられる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸