【平成26年12月25日判決(東京地裁 平成24年(ワ)第11459号)】

【事案の概要】
 「FOMA」という名称のW-CDMA方式を使った第3世代携帯電話通信サービス(本件通信サービス)を提供する原告が、特許第4696179号の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する被告に対し、ランダムアクセスチャネル(RACH)へのアクセス制御に関する通信網の作動方法又は通信システム(方法と併せて「本件通信方法等」という。)を使用して上記サービスを提供した行為は当該特許権を侵害しないと主張し、不法行為に基づく損害賠償債務等の不存在確認を求めた事案である。なお、判決には閲覧制限部分があり、以下では当該閲覧制限部分を「●(省略)●」と表記する。

【キーワード】
書類提出命令,特許法105条1項、証拠調べの必要性、正当な理由

【特許請求の範囲】
 本件特許権に係る特許請求の範囲の請求項9の発明(以下「本件発明1」という。)は、原審において以下のとおり分説された。本件特許権に係る特許請求の範囲の請求項22の発明(以下「本件発明2」という。)については、本件発明1と概ねカテゴリー違いの発明であるため説明を省略する。
「 A 少なくとも1つの基地局(100)を備える、移動無線網として構成された通信網の作動方法であって、
 B 前記基地局は、少なくとも2つの移動局(5、10、15、20)の存在する無線セルを展開し、
 C 前記基地局(100)は、前記少なくとも2つの移動局(5、10、15、20)に情報信号と、当該情報信号とともにアクセス権限データ(55)を送信し、
 D 当該情報は、どの移動局(5、10、15、20)に対して、複数の移動局により共通に使用可能通信チャネル(30)上で基地局に送信するための権限が割り当てられているかという情報を含んでいる方法において、
 E 前記アクセス権限データ(55)は、アクセス閾値(S)に対するアクセス閾値ビット(S3、S2、S1、S0)と、複数の移動局(5、10、15、20)のユーザクラスに対するアクセスクラス情報(Z3、Z2、Z1、Z0)を含んでおり、
 F 前記アクセス権限データ(55)は、共通に使用可能な通信チャネル(30)への移動局(5、10、15、20)によるアクセスを、次のように許可するよう作成されており、すなわち
 F1 所属のアクセスクラスビットが第1の値を有するユーザクラスに所属する移動局が、アクセス閾値(S)に関係なく通信チャネルにアクセスすることができるように作成されており、
 F2 所属のアクセスクラスビットが第2の値を有するユーザクラスに所属する移動局は、通信チャネルへの当該移動局のアクセス権限を検出するために、前記アクセス閾値(S)がランダム数または擬似ランダム数(R)と比較されるアクセス閾値評価を実行しなければならず、少なくとも1つの移動局(5、10、15、20)の通信チャネルへのアクセス権限が比較結果に依存して割り当てられる
 G ことを特徴とする方法。」

【争点】
 被告は、主位的には、仮に原告方法等の構成が別紙2記載のとおりのものであるとしても、●(省略)●から、原告方法等は本件各発明の構成要件を充足する旨主張する(以下、この主張を「主位的主張」という。)。これに対し、原告は、●(省略)●ような構成は、各構成要件C~F2を充足しないと主張する(その余の各構成要件の充足性は争っていない。)。
 また、被告は、予備的主張として、仮に各構成要件C~F2の解釈が原告の上記主張のとおりであるとしても、原告方法等の下では、●(省略)●ような構成とはいえないから各構成要件C~F2を充足する旨主張し(以下、①及び②の主張をそれぞれ「予備的主張1」及び「予備的主張2」という。なお、いずれの主張においても、原告方法等のその余の構成は別紙2のとおりであることが前提とされている。)、原告はこれを争っている。

裁判所の判断

 裁判所は、書類提出命令の申立てについて以下のとおり判断した。
 「(1)被告は、①原告方法等の構成が原告の主張するとおりのものであることは示されていない、②原告の行った前記実験(甲16)には信用性が認められないなどとして、予備的主張1及び予備的主張2に係る事実を立証するため、特許法105条1項に基づき、原告の所持する●(省略)●等の提出を求める申立て(以下「本件申立て」という。)をする。
 (2)しかしながら、既に説示したとおり、上記各事実は被告において立証すべき事実であり、また、仮に上記実験に信用性が認められないとしても、それにより直ちに上記各事実が認められることになるものでもないから、上記①及び②の主張はいずれもそれ自体文書提出命令の必要性を基礎付けるものではない
 被告は、既に説示したとおり、原告方法等においてSIBとして●(省略)●が送信されているかを、原告からの情報開示によることなく、独自に調査・解析することができるのであり、そのための実験は、遅くとも被告による最初の実験(乙4)が行われた平成23年9月以降3年以上の間、日本全国のいずれの地域においても行う機会が存在したものである。しかるに、被告が証拠として提出した実験結果は2通にすぎず(乙4、19。前説示のとおり、これらの実験結果は、原告方法等が別紙2のとおりであることを裏付けるものであった。)、これ以外に実験が行われたのか否かすら定かではない。
 弁論の全趣旨によれば、被告は、本件提訴に先立つ平成23年11月の原告との面談において、原告に対し、上記実験結果(乙4)を示して原告方法等が本件各発明の技術的範囲に属する旨を主張した事実が認められるところ、仮に上記実験結果のみに基づいて上記主張をしたのであれば、確たる根拠もなく特許権侵害の主張をした結果、原告による本件提訴を招来したと評価されてもやむを得ないところである。しかも、被告は、本件提訴後、予備的主張1及び予備的主張2の立証としては、上記2通の実験結果を提出したにすぎず、また、自ら反訴を提起したり損害額又は不当利得額の主張をしたりしようともしない。
 このような被告の応訴態度は、自ら行うべき立証の機会を放棄して原告の反証や●(省略)●を求め続けてきたと評価せざるを得ないものであって、被告は、原告方法等において予備的主張に係る事実が存在しないと推測しながら探索的に本件申立てをしたものと推認されてもやむを得ないところである。したがって、本件申立ては証拠調べの必要性を欠くものであるから、当裁判所は本件申立てを却下する。」

検討

 本件では、控訴審(知財高判平成28年3月28日・平成27年(ネ)第10029号)においても、控訴人(被告)が書類提出命令の申立てを行った。
 本件では、原告(被控訴人)は、本件通信方法(原告通信方法)を使用して本件通信サービスを提供している。判示内容によれば、本件通信サービスは、3GPP規格に準拠しているところ、3GPP規格はランダムアクセスチャネルの過負荷を制御する仕組みを定めており、これにすべて準拠すれば、本件発明1及び本件発明2の各構成要件を満たすこととなる(3GPPでは、具体的には、システムブロック情報(SIB)5に含まれる「AC-to-ASCマッピング」及び「持続スケーリングファクターsi」、SIB7に含まれる「動的持続レベルN」を用いた制御を行っている。)。なお、本件通信方法等において、3GPP規格に定めるすべての仕様を実施しているか否かについては争いがある。
 控訴人は、主位的に、本件通信方法等の構成が概ね被控訴人の主張するとおりであるとしても、「アクセス閾値」について控訴人の主張する解釈に従えば、本件通信方法等が本件特許の技術的範囲に属すると主張した。また、控訴人は、予備的に、上記クレーム解釈をとらないとしても、本件通信方法等は、システムブロック情報(SIB)5及び7において構成されるシステム情報が、現に●(省略)●とされているか、被控訴人のネットワーク内部が●(省略)●とされることのできるように構築されているため、「アクセス閾値」に該当し、その技術的範囲に属すると主張した。そして、控訴人は、特許法105条1項に基づき、本件通信方法等において、予備的主張1及び2の構成を備えていることを立証するため、すなわち、侵害行為立証のため、被控訴人の所持するBTSにおいて使用・製造された呼処理アプリケーションプログラムのソースコード及びBTSマニュアル、RNC用プログラムのソースコード及びマニュアル、局データ等のソースコード、マニュアル等の提出を求める申立て(以下「本件申立て」という。)をした。本件申立てに係る書類は、原審で申し立てられた書類提出命令とほぼ重複するものである。
 原審と控訴審では、証拠調べの必要性についての判断が異なる。原審は、証拠調べの必要性の判断基準について示していない一方、控訴審は、これを示している。具体的には、控訴審においては、「書類提出命令の必要性に関する判断は、民訴法181条1項に基づくものである」と述べて一般法(民訴法)に基づくことを示しつつも、「特許訴訟における『侵害行為を立証するため』の書類提出命令については」として、特許訴訟の特殊性を考慮したうえで、「目的物が相手方の支配下にあり、これを入手する途がない場合や、方法発明において物に当該方法についての痕跡が残らない場合など、その必要性が高い場面が少なくない」と立証の困難性を考慮している点が興味深い。そのうえで、控訴審は、「立証すべき主題が営業秘密に直結するものが多いため、当該情報にアクセスすること自体を目的とする濫用的な申立てや、確たる証拠に基づかない探索的な申立てに対し、応訴を強いられる相手方の不利益も大きい。」と反対利益も考慮したうえで、「書類提出命令の発令に関しては、当該訴訟の要証事実である侵害行為自体の疎明を求めるものではなく、濫用的・探索的申立ての疑いが払拭される程度に、侵害行為の存在について合理的な疑いを生じたことが疎明されれば足りる」と判断した。
 具体的事案に対する判断として、原審は、「被告は、既に説示したとおり、原告方法等においてSIBとして●(省略)●が送信されているかを、原告からの情報開示によることなく、独自に調査・解析することができるのであり、そのための実験は、遅くとも被告による最初の実験(乙4)が行われた平成23年9月以降3年以上の間、日本全国のいずれの地域においても行う機会が存在した」と判断した。他方、控訴審は、「上記のような実験結果が既に提出されているとしても、それは、実験の際に捕捉した当該SIB5又はSIB7の信号の状況を示すにすぎず、原告方法等が、仮に、限定された場合にN●(省略)●する構成を備えていた場合に、これを適時に捉えた結果を検出させることが容易であるとはいえない。また、上記の立証すべき主題は、原告方法等においてどのように設定することができる構成を備えているかという問題であることから、その証拠は被控訴人側に偏在している。」として、立証の困難性を具体的に考慮し、「さらに、上記の実験結果は、被控訴人主張の事実に沿うものではあるものの、被控訴人から、N●(省略)●され、ASC●(省略)●されていることについての立証をしたものではないから、被控訴人による反対事実の立証が十分に効を奏しているとして、証拠調べの必要性を否定することはできない。」と判断した。このように原審と控訴審とで結論が異なったのは、実験によって結果を得ることに対する評価の違いにあると考えられる。原審は、被告は「独自に調査・解析することができ」、実験は「3年以上の間、日本全国のいずれの地域においても行う機会が存在した」という点を重視しているようである。このような観点からは、実験によって結果を得ることは困難ではないと判断することも可能といえる。他方、控訴審は、「原告方法等が、仮に、限定された場合にN●(省略)●する構成を備えていた場合」という特定のケースを仮定したうえで、「これを適時に捉えた結果を検出させることが容易であるとはいえない」と判断した。前述のとおり、3GPPでは、具体的には、SIB5に含まれる「AC-to-ASCマッピング」及び「持続スケーリングファクターsi」、SIB7に含まれる「動的持続レベルN」を用いた制御を行っているところ、SIB5又はSIB7の信号の状況は変わり得ることから、実験によって特定のケースの結果を得ることは、実験によって「適時に」信号の状況を捉えた結果を検出することを意味する。このように考えれば、実験によって特定のケースの結果を得ることは困難といえ、控訴審のような判断になろう。
 なお、特許法105条1項ただし書の「正当な理由」の有無については、原審、控訴審は、表現の違いはあるものの、開示することにより文書の所持者が受けるべき不利益(秘密としての保護の程度)と、文書が提出されないことにより書類提出命令の申立人が受ける不利益(証拠としての必要性)とを比較衡量するという点において、同趣旨の基準を示しているものと考えられる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 梶井啓順