平成26年12月18日判決(東京地裁 平成24年(ワ)第31523号 流量制御弁事件)

【判旨】
被告の実施製品について,均等侵害が成立すると判断した。
【キーワード】
流量制御弁,第3要件,均等侵害成立

【事案の概要】
     被告アィ・ランドシステムは,被告Aが発明した「流量制御弁」に係る特許権(以下「本件特許権」という。)の設定登録を受け,その後,本件特許権は,エコライン株式会社(以下「エコライン」という。)を経て原告加藤建設に移転登録された。また,原告アースアンドウォーターは,原告加藤建設から本件特許権につき専用実施権の設定登録を受けている。
     本件は,(1) 被告2社による被告製品1~4の製造販売等が本件特許権及び専用実施権の侵害に当たり,以下を求める。

① 原告アースアンドウォーターが被告らに対し,特許法100条1項に基づく被告製品1~4の製造販売等の差止め,同条2項に基づく廃棄並びに民法709条,特許法102条2項,会社法429条1項及び民法719条に基づく損害賠償金3785万2699円並びにこれに対する不法行為ないし請求の後の日である各訴状送達日の翌日(被告2社及び被告Aについては平成24年12月13日,被告Bについては同月14日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払。
② 原告加藤建設が被告らに対し,民法709条,特許法102条3項,会社法429条1項及び民法719条に基づく損害賠償金310万7775円並びにこれに対する不法行為ないし請求の後の日である上記各訴状送達日の翌日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(以下,これらの請求を「特許権侵害に関する請求」と総称する。)

【本件特許】
     特許番号    第4100693号
     発明の名称   流量制御弁
     出願日     平成16年9月7日
     登録日     平成20年3月28日


 本件特許権は,被告Aによる発明につき,被告アィ・ランドシステムが特許出願をして特許登録されたものであり,その後,被告アィ・ランドシステムからエコラインへの平成21年11月2日受付の移転登録がされ,さらに,エコラインから原告加藤建設への平成23年6月1日受付の移転登録がされた。原告アースアンドウォーターは,原告加藤建設から,地域を日本国内全て,内容を本権利に関する全てとする本件専用実施権の設定を受け,同年9月29日受付による設定登録を受けた。


     本件特許の請求項1は以下のとおり。

     水栓の口端に接合される接合金具と水を吐出する吐出金具との間に形成される通水室に,制水駒を内在させて流量を調節し,前記通水室の下端に網状の流速緩和体を設けて成る流量制御弁において,
     前記制水駒は,その中心を通る直径上に対称に蝶羽根を設けて成る制水盤と,該制水盤に重畳されて前記蝶羽根間に露出される盤面内でその中心に点対称状に所要形状で所要数の通水孔を開口して成る通水盤とから成り,
 該制水駒が前記接合金具に内嵌するブッシュを介して前記通水室に内設されて成る流量制御弁。
     請求項1に係る発明(以下,「本件発明」という。)を分説すると,以下のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A-①」などという。)。

         A-① 水栓の口端に接合される接合金具と
    A-② 水を吐出する吐出金具との間に
    A-③ 形成される通水室に,
    A-④ 制水駒を内在させて流量を調節し,
    B        前記通水室の下端に網状の流速緩和体を設けて成る流量制御弁において,
    C-① 前記制水駒は,
    C-② その中心を通る直径上に対称に蝶羽根を設けて成る制水盤と,
    C-③ 該制水盤に重畳されて前記蝶羽根間に露出される盤面内でその中心に点対称状に所要形状で
                     所要数の通水孔を開口して成る通水盤とから成り,
    D        該制水駒が前記接合金具に内嵌するブッシュを介して前記通水室に内設されて成る
    E        流量制御弁。

【被告製品】
     被告製品2においては,上記制水駒をブッシュを介して通水室に内接するものではなく,制水駒を接合金具に形成されたV型のテーパに圧入することによって通水室に内設する構成を採用している。

【文言該当性に係る裁判所の判断】
     本件発明が制水駒を接合金具に内嵌するブッシュを介して通水室に内設するものであるのに対し(構成要件D),ブッシュを設けることなく制水駒を接合金具に形成されたV型のテーパに圧入することによって通水室に内設する構成を採用しているから,構成要件Dを文言上充足しない。

【争点】
     構成要件Dについて,均等侵害が成立するか。

【争点の説明】
     本件特許発明は,具体的には,下図赤枠内の流水の制御に係る装置である(図の番号は,本件明細書の番号。)。
                     
     上図2の17番が,水道の蛇口の先端,本件明細書で言うところの,「口端」である。
     これを口端側から見ると,下図のようになる。

          

     図1及び図3にあるように,当該実線の円が,水が流れる部分(本件明細書中の「通水穴」)であり,破線の円が蝶羽根によって,塞がれている通水穴であり,通水穴をどの程度閉鎖及び解放するかによって,水量を制御することができるというものである。
     そして,本件発明は,制水駒を「7」のブッシュを介して通水室に内接するものである。

【判旨抜粋】
     原告らは,被告製品3は上記のとおり特許請求の範囲に記載された構成と異なるが,①ブッシュを介して内設することは本件発明の本質的部分ではなく,②これを被告製品3のように置き換えても本件発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③そのように置き換えることに本件発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が被告製品3の製造時点において容易に想到することができたものであり,④被告製品3が本件特許権の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考することができたものではなく,かつ,⑤被告製品3が特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないから,被告製品3は特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして本件発明の技術的範囲に属する(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)と主張するのに対し,被告らは原告らの主張のうち上 記③の点のみを争っている。
     イ そこで判断するに,本件発明における通水室は,水栓の口端に接合される接合金具と水を吐出する吐出金具との間に形 成され(構成要件A①~③),上端(入水側)と下端(出水側)が開口された筒状の空間を指すものと解される(明細書(甲8)の段落【0007】,【図2】 参照)。また,構成要件Dの「ブッシュ」は,特許請求の範囲の文言上,接合金具に内嵌され,上記通水室に制水駒を内設させるものとされているが,明細書の発明の詳細な説明の欄をみてもその具体的な構成やブッシュを設けることによる作用効果に関する記載は見当たらない。そして,構成要件Cに記載の構成から成る制水駒を通水室に内設することにより,1個の制水駒によって多様の流量制御に対応することができるという本件発明の技術的意義(明細書の段落 【0003】~【0005】参照)に照らすと,制水駒は,上記形状の通水室内に下端から落ちることなく止まるよう,また,制水駒と通水室の間から水漏れがしないよう,通水室内に固定されていることを要すると解すべきものとなる。
     ところで,通水室に制水駒を固定するに当たっては,これらを直接結合 するか,他の部材を介して間接的に結合するかのいずれかであるところ,本件発明は後者を採用したものであるが,ブッシュを介在させることの技術的意義は明細書に記載されていない。また,物を製造するに当たり,製造原価を削減する,工程を減らし工期を短くするなどの目的で部品の数を減らすことは,当業者であ れば当然に考慮すべき事柄と解される。そうすると,本件発明の特許請求の範囲及び明細書の詳細な説明の記載に接した当業者であれば,ブッシュを省略し,制水駒を通水室に直接結合する構成への設計変更を試みるものと考えられる。そして,本件発明の実施例に示されたとおり,通水室の断面及び制水駒の形状が円形であること,通水室には上端から下端方向に水が流れることからすれば,制水駒が下端から落ちることなく,かつ,制水駒と通水室の間から水が漏れないように両者を固定するため,接合金具の内側を下端側が狭まったV型のテーパ状に形成し,その円周部分に円盤状の制水駒を直接圧入するように構成することは,当業者にとって容易に想到できたものと考えられる
     ウ 以上によれば,被告製品3(大商外2社への販売品)は,本件発明と均等なものとしてその技術的範囲に属すると判断するのが相当である。

【解説】
     本件は,均等侵害が認められた,極めて珍しい事例である。本件においては,本件発明では,制水駒を上掲した図中「7」のブッシュを介して通水室に内接させているものであるところ,被告製品では,ブッシュをもうけず,「V型のテーパに圧入することによって通水室に内設する構成」を採用していた。
     裁判所の認定によれば,当該変更は,作用効果には関係なく,また,当業者であれば,部品を減らすという観点等を考慮すれば,容易に想到することができたと認定された。
     裁判所の認定自体は,極めて妥当なものであると思料する。
 しかしながら,本件では,裁判所の認定にあるように,構成要件Dは作用効果に関係せず,そもそも不要な限定であったと考えられる。
 本件は,均等侵害が認められた,実務上極めて珍しいケースであり,クレーム作成において,参考となる事例であるため,ここに紹介する。

(文責)弁護士 宅間仁志