平成26年7月30日判決(東京地裁 平成25年(ワ)第28434号)
【キーワード】
修理規約,利用規約,著作物性
【判旨】
原告規約文言は,疑義が生じないよう同一の事項を多面的な角度から繰り返し記述するなどしている点において,原告の個性が表れていると認められ,その限りで特徴的な表現がされているというべきであるから,「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号),すなわち著作物と認めるのが相当というべきである。

第1 はじめに

  本判決は,インターネットを介して提供されている時計修理サービスに関する利用規約の模倣につき著作権侵害の成立を認めた事例です。利用規約は事業者が用意する契約書のようなものですが,一般に,契約書については著作物性が認められにくいといわれています。
本稿では,本判決がいかなる事情に注目して利用規約の著作物性を認めたのかを中心に,判旨を紹介・検討していきます。なお,本来であれば著作物性が争われた修理規約の文言を紹介したうえで検討していきたいのですが,公開されている判決文には修理規約の文言は適示されていません。

第2 事案
 1 概要

 本件は,千年堂という屋号で時計修理サービス業を営む原告が,銀座櫻風堂という屋号で時計修理サービス業を営む被告に対し,被告は,被告の管理する銀座櫻風堂のウェブサイト(被告ウェブサイト)に掲載した文言(修理規約を含む。)及びトップバナー画像を作成し,同ウェブサイトを構成したことにより,原告の管理する千年堂のウェブサイト(原告ウェブサイト)に関する著作権を侵害したなどと主張して,不法行為(著作権侵害)に基づく損害賠償金1000万円の支払いを求めるなどした事案である。

2 当事者
 (1)原告は,千年堂という屋号で,インターネットを通じて時計修理サービスを提供している株式会社である。
 (2)被告は,銀座櫻風堂という屋号で,インターネットを通じて時計修理サービスを提供している株式会社である。
3 著作権侵害の成否が争われたもの
 本件で著作権侵害の成否が争われた物件(著作物性が争われた物件)は以下のとおりである。
 (1)原告ウェブサイト上の文言(原告ウェブサイト文言)
 (2)原告作成のトップバナー画像(原告トップバナー画像)
 (3)原告ウェブサイトの構成(原告サイト構成)
 (4)原告の修理規約(原告規約文言)
4 本稿で取り上げる争点
 (1)著作権侵害の成否(争点1)
 (2)損害の発生の有無及び額(争点2)
5 争点に関する当事者の主張
 (1)著作権侵害の成否(争点1)について
 ア 原告の主張

  原告は,以下のとおり,規約の個々の文言について著作権侵害を主張するとともに,一まとまりとしての原告規約文言全体が模倣されたことを理由とする著作権侵害も主張しました。
  「原告規約文言1ないし59が,いずれも著作権法による保護の対象となる「思想又は感情を創造的に表現したもの」であることについては,別紙4「修理規約文言対比表」の「原告の主張」欄に記載のとおりである(筆者注:別紙4の内容は公開されていません。)。
また,原告規約文言は,これを構成する各文言が一体となって,原告の時計修理理念,顧客に対する修理スタンス,問題の解決方法を表現しており,原告の個性,評価,意見を独創的に表現したものであって,全体として「思想又は感情を創造的に表現したもの」といえるから,著作権法による保護の対象となる著作物といえる。」

イ 被告の主張
  「原告規約文言は,著作物とはいえない。」
 (2)損害の発生の有無及び額(争点2)について
 ア 原告の主張

「被告が被告ウェブサイト上で原告ウェブサイト上の文言等を無断使用した直後から,原告に対する時計修理の依頼がそれまでの半分以下となり,原告の月間予想売上が500万円以上減少した。また,原告は,類似ウェブサイト運営による信用低下を防止する目的で,原告ウェブサイト上の文言等の変更を強いられ,その結果,500万円以上の費用を負担した。」

イ 被告の主張

「原告の売上が減少したのは,被告ウェブサイトが直接的な原因であるとはいえず,原告の損害と被告ウェブサイトの公開との間に因果関係は認められない。仮に,因果関係が認められるとしても,原告に500万円の損害が発生したかは疑問であり,その根拠も不明確である。ウェブサイトを修正したとしても,リニューアル費用の相場は1万円から5万円程度であり,それを超える損害は生じない。」

第5 判旨
 1 著作権侵害の成否(争点)について

 本判決は原告ウェブサイト文言,原告トップバナー画像,原告サイト構成,個々の原告規約文言に関する著作権侵害の主張については,創作性のない部分が共通するに過ぎないなどとして退けました。
 他方,原告規約文言全体に関する著作権侵害の主張については,以下のとおり判示して認めています。

(1)判断基準

「一般に,修理規約とは,修理受注者が,修理を受注するに際し,あらかじめ修理依頼者との間で取り決めておきたいと考える事項を「規約」,すなわち条文や箇条書きのような形式で文章化したものと考えられるところ,規約としての性質上,取り決める事項は,ある程度一般化,定型化されたものであって,これを表現しようとすれば,一般的な表現,定型的な表現になることが多いと解される。このため,その表現方法はおのずと限られたものとなるというべきであって,通常の規約であれば,ありふれた表現として著作物性は否定される場合が多いと考えられる。
しかしながら,規約であることから,当然に著作物性がないと断ずることは相当ではなく,その規約の表現に全体として作成者の個性が表れているような特別な場合には,当該規約全体について,これを創作的な表現と認め,著作物として保護すべき場合もあり得るものと解するのが相当というべきである。」

(2)あてはめ

「…原告規約文言は,疑義が生じないよう同一の事項を多面的な角度から繰り返し記述するなどしている点(例えば,腐食や損壊の場合に保証できないことがあることを重ねて規定した箇所がみられる原告規約文言4と同7,浸水の場合には有償修理となることを重ねて規定した箇所が見られる原告規約文言5の1の部分と同54,修理に当たっては時計の誤差を日差±15秒以内を基準とするが,±15秒以内にならない場合もあり,その場合も責任を負わないことについて重ねて規定した箇所がみられる原告規約文言17と同44など)において,原告の個性が表れていると認められ,その限りで特徴的な表現がされているというべきであるから,「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号),すなわち著作物と認めるのが相当というべきである。
 そして,被告規約文言全体についてみると,見出しの項目,各項目に掲げられた表現,記載順序などは,すべて原告規約文言と同一であるか,実質的に同一であると認められる(表現上異なる点として,原告規約文言の「当社」が被告規約文言では「当店」にすべて置き換えられている点,助詞の使い方の違い,記載順序を一部入れ替えている箇所(別紙4の番号5,38),表現をまとめている箇所(同別紙の番号36),「千年堂オリジナル超音波洗浄」「千年堂オリジナルクリーニング」を「銀座櫻風堂オリジナル超音波洗浄」「銀座櫻風堂オリジナルクリーニング」としている箇所(同別紙の番号50,52)などがあるが,これらは,極めて些細な相違点にすぎず,全体として実質的に同一と解するのが相当である。また,原告規約文言と被告規約文言の相違点が上記のとおりであることは,被告が,原告規約文言に依拠して,被告規約文言を作成したことを強く推認させる事情というべきである。)。
したがって,被告は,被告規約文言を作成したことにより,原告規約文言を複製したものというべきである。」

2 損害の発生の有無及び額(争点2)について

  本判決は,以下のとおり判示し,原告が請求した1000万円の損害賠償について,5万円の限度で認容しました。
「上述のとおり,原告ウェブサイト文言,原告トップバナー画像及び原告サイト構成については,複製権侵害及び翻案権侵害は認められないものの,原告規約文言の全体については,複製権侵害が認められる。
そして,前記前提事実,証拠(甲15,乙1)及び弁論の全趣旨を総合すると(なお,被告ウェブサイトにおいて,平成25年10月20日以降,被告規約文言が掲載されていたと認めるに足りる証拠はない。),原告規約文言の複製権侵害による原告の損害額は,5万円と認めるのが相当である。
この点,原告は,被告ウェブサイトが公開されたことにより,原告の売上が500万円減ったことや,原告ウェブサイトを被告ウェブサイトと異なったものにするための費用として500万円を要した旨主張する。
しかし,原告の主張に係る売上げの減少が,被告ウェブサイトに被告規約文言が掲載されたことによるものであると認めるに足りる証拠はない。また,そもそも,原告のウェブサイトを変更することや,そのために費用をかけることは,専ら原告の経営判断に基づくものというべきであって,被告の侵害行為との間に,相当因果関係を認めることができない。」

第6 若干の検討

 本件では,インターネットを介して時計修理サービスを提供している原告の利用規約について,著作物性が認められました。利用規約はい事業者が用意した契約書のようなものですが,一般に,契約書については似たようなものにならざるを得ず,著作物性が認められにくいとされており,過去の裁判例には,契約書案についての著作物性を否定したものもあります(東京地裁昭和62年5月14日判決)。
しかし,本判決は,修理規約が著作物にあたると判示し,原告修理規約とほぼ同様の修理規約を利用した被告行為について,著作権侵害を肯定しました。結論を導く際,裁判所が着目したのは以下のような事情です(判決文を引用します。)。

疑義が生じないよう同一の事項を多面的な角度から繰り返し記述するなどしている点(例えば,腐食や損壊の場合に保証できないことがあることを重ねて規定した箇所がみられる原告規約文言4と同7,浸水の場合には有償修理となることを重ねて規定した箇所が見られる原告規約文言5の1の部分と同54,修理に当たっては時計の誤差を日差±15秒以内を基準とするが,±15秒以内にならない場合もあり,その場合も責任を負わないことについて重ねて規定した箇所がみられる原告規約文言17と同44など)において,原告の個性が表れていると認められ,その限りで特徴的な表現がされているというべき

 この判示については賛否が分かれると思います。判決文からは原告規約文言の詳細は分かりませんが,BtoCの利用規約を作成する場合,規約が長くなり過ぎないように,また,規約相互間に矛盾が生じないように,同じ事項については繰り返し記載しないようにすることがあります。このような規約の作成方法が一般的であるとすれば,本判決のように,「疑義が生じないよう同一の事項を多面的な角度から繰り返し記述する」点に創作性を認めるという判断もあり得るでしょう。
 他方で,数多あるネットサービスの利用規約の中には,本件修理規約のように,大事な点について繰り返し記載するという表現方法を採用しているものもあると思います。被告としては,このような規約の存在を主張・立証できれば,本判決が着目した点はありふれた表現であるとして修理規約の著作物性を否定できたかもしれません。
 本件は代理人弁護士が就かず,当事者本人が訴訟追行した例ですので,この点に関する主張・立証が十分ではなかった可能性があります。本判決は「利用規約」に著作物性を認めた事案としてある種のインパクトがありますが,上記のような事情もありますので,本判決により利用規約一般について著作物性が認められるのだ,と考える必要はないと思われます。
 利用規約については表現の選択の幅が狭いので,著作物性は認められにくいと考えてよいと思います。とはいえ,何か新規サービスを始めるときに,他社の利用規約をそのまま模倣することはお勧めできません。他社の利用規約がそのビジネスモデルに関して生じ得るビジネスリスクを適切に回避する内容になっているとは限りません。新しいサービスを始める場合には,専門家に相談してきちんと利用規約を作るべきでしょう。

以上

(文責)弁護士 高瀬 亜富