【判旨】
特許権の存続期間の延長登録出願の理由となった薬事法14条1項による製造販売の承認に先行して、医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする医薬品について同項による製造販売の承認がされている場合であっても、先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは、当該先行する承認について延長登録出願の拒絶理由とすることはできない。
【キーワード】
延長登録 特許法67条2項 特許法67条の2 ドラッグデリバリーシステム(DDS)

 

【事案の概要】
本件は,特許第3134187号(以下「本件特許」といい、本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である被上告人が,本件特許権の存続期間の延長登録出願に係る拒絶査定不服審判の請求を不成立とした特許庁の審決の取消しを求めた事案である。
本件特許は、発明の名称を放出制御組成物として,平成9年3月6日,特許出願され、平成12年12月1日、設定登録がされた。被上告人は、平成17年9月30日、販売名を「パシーフカプセル30㎎」とする医薬品(以下「本件医薬品」という。)につき、薬事法14条1項による製造販売の承認(以下「本件処分」という。)を受けた。本件処分よりも前に、有効成分並びに効能及び効果を本件医薬品のそれと同じくする医薬品(以下「本件先行医薬品」という。)につき、薬事法14条1項による製造販売の承認(以下「本件先行処分」という。)がされている。本件先行医薬品は,本件特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しない。
被上告人は,平成17年12月16日,本件処分を受けることが必要であるために本件特許権の特許発明の実施をすることができない期間があったとして,本件特許権の存続期間の延長登録出願をしたが,拒絶査定を受けたことから,これを不服として拒絶査定不服審判の請求をした。
【審決の理由】
特許庁は,平成20年10月21日、本件処分よりも前に,本件医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする本件先行医薬品について本件先行処分がされているのであるから,本件特許権の特許発明の実施について,本件処分を受けることが必要であったとは認められないとして,上記審判の請求を不成立とする審決(以下「本件審決」という。)をした。
【争点】
同一の有効成分を含む医薬品が先行して薬事法14条1項の承認を得ており、また当該医薬品は、67条2項の延長登録をしようとする特許権の技術的範囲には含まれていない場合に、当該特許権は延長登録が認められるか。
 
【判旨抜粋】
特許権の存続期間の延長登録出願の理由となった薬事法14条1項による製造販売の承認(以下「後行処分」という。)に先行して,後行処分の対象となった医薬品(以下「後行医薬品」という。)と有効成分並びに効能及び効果を同じくする医薬品(以下「先行医薬品」という。)について同項による製造販売の承認(以下「先行処分」という。)がされている場合であっても,先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは,先行処分がされていることを根拠として,当該特許権の特許発明の実施に後行処分を受けることが必要であったとは認められないということはできないというべきである。
なぜならば,特許権の存続期間の延長制度は,特許法67条2項の政令で定める処分を受けるために特許発明を実施することができなかった期間を回復することを目的とするところ,後行医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする先行医薬品について先行処分がされていたからといって,先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しない以上,上記延長登録出願に係る特許権のうち後行医薬品がその実施に当たる特許発明はもとより,上記特許権のいずれの請求項に係る特許発明も実施することができたとはいえないからである。そして,先行医薬品が,延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは,先行処分により存続期間が延長され得た場合の特許権の効力の及ぶ範囲(特許法68条の2)をどのように解するかによって上記結論が左右されるものではない。本件先行医薬品は,本件特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないのであるから,本件において,本件先行処分がされていることを根拠として,その特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないということはできない。
 
【解説】
 本件特許はドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System, DDS)という技術分野に属するものである。これはすなわち、薬物の効果を最大限に発揮させるために理想的な体内動態に制御する技術・システムのことである。(特許庁平成22年度特許出願技術動向調査報告書(概要)ドラッグデリバリーシステム(DDS))
http://www.jpo.go.jp/shiryou/pdf/gidou-houkoku/22drag_delivery.pdf
 すなわち、薬剤の成分の問題ではなく、薬剤の成分をどのように効率的に標的に届けるかという分野に関する特許で有り、本件同様、薬剤成分がまったく同じ製品が既に薬事法14条1項の認可を受けているということは十分にあり得る。
 類似事例の裁判例としては、 平成17(行ケ)10345(知財高裁H17・10・11)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/8408D6BEBD05A5514925709800071DD5.pdf
平成18(行ケ)10311(知財高裁H19・7・19)
いずれの事案においても、延長登録は認められなかった。
 従前から有効成分や効果・効能には特徴はないものの、製剤の剤形部分に特徴があるものに関しては延長登録が認められないのではないかとの批判があったが、本判決において、従前の有効成分等に延長登録の対象となる特許発明の技術的範囲に属さない場合には、延長が認められることが示された。
 本判決をうけて、特許庁において、今秋には、延長登録に関して、審査基準を見直すようである。「特許権の存続期間の延長登録出願に関する審査基準及び審査の取扱いについて」http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/sonzoku_encho.htm
 今後とも、DDS分野の進歩は加速していくものと予想されることから、本判決により、DDS分野の特許も延長によって十分保護される流れになるのか、特許庁の審査基準の見直しも含めて十分に注視してゆく必要がある。

2011.8.15 (文責)弁護士 宅間仁志

→トピックス一覧へ戻る