【平成23年6月29日(東京地裁 平成22年(ワ)第18759号)】

 

【事案の概要】

 電子応用機械器具等を指定商品とする「QuickLook」,「クイックルック」等の商標の商標権者である原告が,被告が自社ウェブサイト上の広告画面等に「HP QuickLook」等の標章を表示して使用する行為は,原告の上記各商標権の侵害行為又は侵害とみなされる行為(商標法25条,37条1号,2条3項8号)に該当すると主張して,商標権侵害に基づく損害賠償を請求したのに対し,被告各標章は被告の商品の自他商品識別機能・出所表示機能を果たす態様で用いられているものではないから,その使用は商標としての使用に当たらないとして,原告の請求が棄却された事例

 

【判決文抜粋】(下線は筆者)

主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

  被告は、原告に対し、1億2540万円及びこれに対する平成22年6月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

  本件は、別紙商標権目録1ないし3記載の各商標(以下、それぞれ「原告商標1」などといい、原告商標1ないし3を併せて「原告各商標」という。)について商標権(以下、それぞれ「原告商標権1」などといい、原告商標権1ないし3を併せて「原告各商標権」という。)を有する原告が、被告に対し、被告が別紙被告商品目録の「被告ヒューレット社製品名」欄記載の各商品(以下「被告商品」という。)に関する広告に別紙被告標章目録記載1ないし3の各標章(以下、それぞれ「被告標章1」などといい、被告標章1ないし3を併せて「被告各標章」という。)を付し、電磁的方法により提供するなどした行為が、原告各商標権を侵害すると主張して(商標法25条、37条1号、2条3項8号)、民法709条及び商標法38条3項に基づき、平成19年5月から平成22年4月までの損害賠償として1億2540万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成22年6月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 1 争いのない事実等(争いのない事実以外は、証拠等を末尾に記載する。)

  (1) 当事者
  原告は、コンピュータによる事務処理及び技術計算の請負、パッケージソフトウェアの開発及び販売、事務機器販売等を業とする会社である。
  被告は、卓上型・携帯型計算機、電子計算機、電子計算機用周辺機器、民生用電気機械器具、電子応用装置及び通信機械器具並びにそれらの部品及びそれらの関連機器の研究開発及び製造、前記機械、機器及び製品のソフトウェアの作成及び製造等を業とする会社である。

  (2) 原告の商標権
  原告は、別紙商標権目録1ないし3の各商標権(原告各商標権)を有する(甲34、43ないし46)。

  (3) 被告の行為
  被告は、別紙被告商品目録記載の被告商品を販売している(甲48ないし57、59ないし84)。

 2 争点

  (1) 被告による被告各標章の使用が、原告各商標と同一又は類似の商標を使用するものとして、原告各商標権の侵害行為又は侵害とみなす行為(商標法37条1号)に該当するか。
  ア 被告各標章は、被告商品につき商標として使用されているか。
  イ 被告各標章は、原告各商標と同一又は類似の商標に該当するか。

  (2) 原告各商標権の効力が商標法26条1項2号により被告各標章に及ばないか。

  (3)ア 原告商標1に基づく原告の被告に対する権利行使が権利濫用に当たるか。
  イ 原告商標2及び3の商標登録に商標法46条1項1号(同法3条1項3号)所定の無効事由があり、原告の原告商標権2及び3の行使が同法39条により準用される特許法104条の3第1項の規定に基づき制限されるか。

  (4) 原告の損害

第3 争点に対する当事者の主張

(中略)

第4 当裁判所の判断

 1 被告各標章は、被告商品につき商標として使用されているか(争点(1)ア)について

  商標は、当該商標を使用された結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの(商標法3条2項)、すなわち自他商品識別機能及び出所表示機能を有するものとして登録されるのであるから、ある標章が、当該登録商標の指定商品又は指定役務につき自他商品識別機能及び出所表示機能を果たしていない態様で使用されている場合には、形式的には同法2条3項各号に掲げる行為に該当するとしても、商標の「使用」には当たらず商標権者の登録商標を使用する権利(同法25条)の侵害行為又は侵害とみなされる行為(同法36条1項、37条)には該当しないと解するのが相当である。そこで、本件の事案にかんがみ、被告各標章が被告商品の自他商品識別機能及び出所表示機能を有する態様で用いられているか、すなわち、被告商品につき商標としての使用がされているかについて検討する。

  (1) 被告各標章の構成等
  ア(ア) 被告標章1は、別紙被告標章目録記載1のとおり、ゴシック体の片仮名文字を横一連に配置した構成からなる標章である(甲9)。
  (イ) 被告標章2は、別紙被告標章目録記載2のとおり、「Q」と「L」を大文字、他の文字を小文字として、ゴシック体のローマ文字を等間隔かつ横一連に配置した構成からなる標章である(甲9、10、47ないし57、59ないし84)。
  (ウ) 被告標章3は、別紙被告標章目録記載3のとおり、黒色の横長長方形の中に、上下二段に分けて、白色のやや丸みを帯びたゴシック体のローマ文字により、「Q」及び「L」を大文字、他の文字を小文字とした「Quick」の文字列と、「L」の大文字及び「k」の小文字の間に、下から上にかけて次第に細くなる円形の線からなり、その頂部の内側に接する位置に点が付された二つの円(「O」の欧文字とみられるもの)を等間隔で配置した文字列とを配置した構成からなる標章である。
  イ 被告各標章は、いずれも「クイックルック」の称呼を生じると認められる。
  ウ 「quick」(クイック)、「look」(ルック)は、それぞれ「速い(素早い)」、「見る」等の意味を有する英単語であることを容易に理解することができ、これらの英単語の組合せである「quick look」(クイックルック)からは、「速く(素早く)見る」との意味を理解できるのであって、被告各標章のいずれからも、同様の意味を理解することができる。

  (2) 被告各標章の具体的使用態様
  証拠(甲9、10、47ないし57、59ないし84)及び弁論の全趣旨によれば、被告各標章は、具体的には下記の態様によって使用されていることが認められる。

(中略)

  (3) 被告各標章の使用の商標的使用該当性
  以上を前提に、被告各標章(被告標章3については被告標章3-2及び被告標章3-3として)の使用が商標的使用に該当するか否かについて検討する。
  ア 甲9、10のウェブページ上の表示について
  (ア) 前記(2)アのとおり、甲9及び10において、被告標章1及び2は、「必要な情報への即時アクセスでお客様のビジネスを快適にするクイックルック」、「『HP QuickLook』新搭載」、「うれしい新機能『HP QuickLook(クイックルック)』」、「『HP QuickLook2』を搭載」、「ノートPCに『HP QuickLook2』を採用」などのウェブページのタイトル又は文章中でそれぞれ使用されているものであり、「必要な情報への即時アクセスでお客様のビジネスを快適にする」、「メールや予定がすぐ見られる」、「わずか10秒※でメール、スケジュール、電話帳、仕事リストの表示が可能に。」、「システムオフ状態(スリープ、シャットダウン、休止状態)から、最短10秒、ワン・ボタンで、個人データにアクセスし、閲覧することができます。」、「電源がOFFでも、ボタンを押すだけでメールや予定がすぐ見られる」等の文章は、「クイックルック」、「HP QuickLook」、「HP QuickLook2」、「HP QuickLook(クイックルック)」の内容をそれぞれ説明するために表示されているものと認められる。また、被告標章3-2は、「電源OFFから個人データにアクセス『HP QuickLook2』」との文章を中見出しとする「Outlookの・・・(中略)・・・アクセス可能です。」との文章の横に並んで表示されているものであって、上記文章は、被告標章3-2の内容を説明又は意味するものとして表示されていると認められる。
  (イ) また、証拠(甲9、10、47ないし57、59ないし84、89、90)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、被告製のノート型コンピュータに、「HP QuickLook」(「HP QuickLook2」及び「HP QuickLook3」は、いずれも、そのバージョンアップ版であると認められる。)との名称で特定されるプログラムを搭載することにより、コンピュータの電源を切った状態やスリープ状態、休止状態等においても、当該コンピュータの「QuickLookボタン」又は「QuickLookキー」との名称を付されたボタン又はキーを押すことにより、十秒程度でメールやスケジュール等の内容を確認することができる機能をもたせており、米国HPは、そのビジネスサポートセンターのウェブサイトにおいて、マイクロソフト社製の特定のオペレーションシステム(OS)を搭載したコンピュータについては、「HP QuickLook」との名称で特定される上記ソフトウェアをダウンロードできるようにしていることが認められる。
  (ウ) また、前記(2)アでみた甲9及び10の表示内容からすれば、甲9及び10は、被告製のノート型コンピュータ全般に関する機能として、前記のとおり電源を切るなどした状態においても十秒程度でメール等を表示することができる機能を有することを広告することを目的とするものであって、甲9及び甲10は、特定の型番又は商品名のコンピュータ商品を対象とする広告情報ではないと認められる。
  (エ) そうすると、被告は、「HP QuickLook」又は「HP QuickLook2」、「HP QuickLook3」との表示を、上記ソフトウェア又は機能の名称として使用しているものであって、甲9又は10に接したコンピュータ商品の需要者は、前記(3)ア(ア)でみた甲9及び10における「クイックルック」、「HP QuickLook」、「HP QuickLook2」、「HP QuickLook3」、「HP QuickLook(クイックルック)」及び被告標章3-2に関する説明表示の内容並びに前記(ウ)でみた甲9及び10の広告目的に加えて、前記(1)ウでみたとおり、「quick look」が「速く(すばやく)見る」との意味を有するものと理解されることとも相まって、被告各標章(ただし被告標章3については被告標章3-2)につき、被告製のノート型コンピュータの電源が切られているなど、直ちにメールやスケジュールを開くことができない状態であっても、専用ボタンを押すことにより、すばやくメール等の内容をコンピュータの画面に表示させることができるという、被告製のノート型コンピュータが一般的に有する一つの機能又は上記機能を実現させるために当該コンピュータに搭載されたソフトウェアの名称を表示又は意味すると認識するにとどまるものと認められ、被告各標章から、特定のコンピュータ商品としての被告商品の出所を識別するものとしてその出所を想起するものではないと認められる。
  (オ) したがって、被告各標章が甲9及び10のウェブページにおいて被告商品の自他商品識別機能・出所表示機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから、甲9及び10のウェブページにおける被告各標章の使用は、被告商品に関して、商標としての使用(商標的使用)に当たらない
  イ 甲47について
  (ア) 前記(2)イのとおり、甲47において、被告標章2は、「HP QuickLook2」として使用されているものであり、「電源OFFからでも専用ボタンを押すだけで、メール、スケジュール、電話帳、仕事リストをパッと表示。」、「Outlookのメールデータやスケジュール、電話帳、仕事リストなどの個人データについて、OSが起動していない状態から瞬時※にアクセス可能です。」などの文章は、上記の「HP QuickLook2」の具体的内容を説明するものとして表示されていることが認められる。
  また、甲47には、上記表示と並列して、「またテンキー付きフルサイズキーボードを搭載し、入力作業が効率アップ。多忙なビジネスの現場を、実践機能でサポートするHPのノートです。」との表示があるのであって、これらの表示内容を併せて考慮すると、甲47は、被告製のノート型コンピュータ全般に関し、すばやくメール等を表示することができる機能や、テンキー付きフルサイズキーボードを搭載していることにより、ビジネス用途に利便性を有する旨広告することを目的とするものであって、特定の型番又は商品名のコンピュータ商品を対象とする広告情報ではないと認められる。
  (イ) 以上の甲47の表示内容に加えて、前記のとおり被告が「HP QuickLook2」との表示を、前記ソフトウェア又は前記機能の名称として使用しているものと認められること及び前記(1)ウでみた「quick look」の意味を併せて考慮すると、甲47に接したコンピュータ商品の需要者は、被告標章2につき、被告製のノート型コンピュータのOSが起動していない状態であっても、専用ボタンを押すことにより、すばやくメール等の内容をコンピュータの画面に表示させることができるという、被告製のノート型コンピュータが一般的に有する機能又は上記機能を実現させるために当該コンピュータに搭載されたソフトウェアの名称を表示又は意味すると認識するにとどまるものと認められ、被告標章2から、特定のコンピュータ商品としての被告商品を識別するものとしてその出所を想起するものではないと認められる。
  (ウ) したがって、被告標章2が甲47のウェブページにおいて被告商品の自他商品識別機能・出所表示機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから、甲47のウェブページにおける被告標章2の使用は、被告商品に関し、商標としての使用(商標的使用)に当たらない
  ウ 甲48ないし57、59ないし67について
  (ア) 前記(2)ウでみたとおり、甲48ないし57及び甲59ないし67は、被告商品のうち、別紙被告商品目録1ないし19の各商品の特徴等を説明、紹介しているウェブページの一部であり、被告標章2は、「HP QuickLook2」、「HP QuickLook3」、「QuickLookボタン」又は「QuickLookキー」との表現の中で使用されているものであって、これらの表示のうち「HP QuickLook2」又は「HP QuickLook3」は、「HP QuickWeb」、「HP PowerAssistant」、「HP NightLight」、「周辺光センサー」等と並列して表示されているものであるところ、甲48ないし57、59ないし67の各2ページ目以降において、「HP QuickWeb」につき「事前に専用ウィザードでネットワーク接続の設定をしておけば、QuickWebボタンを押すことで、OSを起動しないで専用ブラウザが起動し、すばやくWebにアクセスが可能です。」、「HP PowerAssistant」につき「消費電力を管理するためにOSやデバイスの構成設定を簡単に変更が可能です。」、「HP NightLight」につき「キーボードを照らすLEDライトをディスプレイ上に搭載しました。」、「周辺光センサー」につき「周囲の明るさをセンサーが感知して、画面の明るさを自動調整します。」等と各説明されていることからすれば、「HP QuickWeb」、「HP PowerAssistant」、「HP NightLight」、「周辺光センサー」等は、いずれも、当該被告商品の有する設備、機能、特徴等を短い言葉で表現したものとして列挙されているものと認められ、これらと並列して表示されている「HP QuickLook2」及び「HP QuickLook3」は、前記「HP QuickWeb」等と同様に、当該被告商品の有する設備、機能、特徴等を短い言葉で表現したものの一つとして表示されているものと認められる。
  (イ) また、前記(2)ウ(オ)でみた使用態様に照らせば、「QuickLookボタン」又は「QuickLookキー」との表示は、「HP QuickLook2」又は「HP QuickLook3」との表示の後に、「QuickLookボタン(若しくはQuickLookキー)を押せばすばやくデータにアクセスできる」との文章中で、又は、コンピュータ製品上のボタン(若しくはキー)写真とともに表示されているものであり、「HP QuickLook2」又は「HP QuickLook3」で表現される設備、機能、特徴等において使用されるボタン又はキーの名称として表示されているものと認められる。
  また、簡易性の説明において「HP QuickLook2」「HP QuickLook2」が被告標章3-2又は被告標章3-3(「QuickLook2」又は「QuickLook3」についての文字と図形の複合標章を含む。)とともに使用されている場合についても、利用者の注目を集めるために機能の表示として用いられているにすぎず、特に、特定の商品と結びついて使用されているものとは認められない。
  (ウ) そうすると、これらの事情に加え、前記(2)ウでみたとおり、「HP QuickLook2」又は「HP QuickLook3」が、「すばやくデータにアクセスできるので、忙しいビジネスパーソンにも嬉しい機能です。」、「ボタンを押すだけでメールや予定がすぐ見られる」などの文章と併せて表示されていること及び前記(1)ウでみた「quick look」の意味とも相まって、甲48ないし57、59ないし67に接したコンピュータ商品の需要者は、被告標章2につき、当該被告商品が有する設備、機能、特徴等のうち、OSが起動していない状態等であっても、すばやくメール等の内容をコンピュータの画面に表示させることができるという機能又は当該機能において使用されるボタン若しくはキーの名称を表示するものと認識するにとどまると認められ、コンピュータ商品である当該被告商品そのものの出所については、当該ウェブページの左上に記載された製品名から想起するものであって、被告標章2から想起するものではないと認められる。
  (エ) したがって、被告標章2が甲48ないし57、59ないし67のウェブページにおいて被告商品の自他商品識別機能・出所表示機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから、上記ウェブページにおける被告標章2の使用は、被告商品に関し、商標としての使用(商標的使用)に当たらない
  エ 甲68ないし84について
  (ア) 前記(4)エのとおり、甲68ないし84は、被告商品のうち、別紙被告商品目録記載20ないし36の各商品の技術仕様(スペック)を説明、紹介するウェブページの一部であり、被告標章2は、「QuickLookボタン」又は「HP QuickLook2」との表示の中で表示されているものであるところ、これは、「OS」「プロセッサー」、「チップセット」等の項目と並列して表示されている「ワンタッチボタン」や「ソフトウェア プリインストール/プリロード」、「主なソフトウェア」との項目の後の、上記の項目の具体的内容を列挙した表示の中で使用されているものであるから、当該表示は、当該被告商品が、その技術仕様の一部として、「QuickLookボタン」との名称のワンタッチボタンや、「HP QuickLook2」との名称のソフトウェアを搭載していることを表示するものとして使用されているものと認められる。
  (イ) そうすると、甲68ないし84に接したコンピュータ商品の需要者は、被告標章2につき、当該被告商品に搭載されているワンタッチボタン又はソフトウェアの名称を表示するものと認識するにとどまるものであって、コンピュータ商品である当該被告商品そのものの出所については、各ウェブページ左上に表示されている各製品名から想起し、被告標章2から想起するものではないと認められる。
  (ウ) したがって、被告標章2が甲68ないし84のウェブページにおいて被告商品の自他商品識別機能・出所表示機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから、上記ウェブページにおける被告標章2の使用は、被告商品に関し、商標としての使用(商標的使用)に当たらない

  (4) 原告の主張について
  ア 原告は、被告商品に被告ソフトウェアが搭載又はインストールされることにより、被告商品と被告ソフトウェアが結合して一つのまとまったデータアクセスシステムを構成し、これが、取引市場において多数存在する他社同種のコンピュータシステムとの間で、被告各標章を識別標章として選択され、識別されると主張するが、被告各標章が、被告商品の機能又は被告ソフトウェアの名称を意味又は表示するものとして使用されているにすぎないことは前記のとおりであり、これらがデータアクセスシステム全体を示す標章として使用されていることを認めるに足りる証拠はない
  イ また、原告は、被告各標章は被告ソフトウェアの名称として用いられているものであるところ、被告ソフトウェアは、被告商品に搭載又はインストールされた後も独立商品性を有し、かつ、その存在が明示されるものであって、被告各標章は、被告ソフトウェアが被告商品に搭載又はインストールされた後も、被告ソフトウェアの識別標章として機能するものであり、コンピュータの需要者は、被告各標章で識別される被告ソフトウェアが搭載又はインストールされたコンピュータを購入したいとの認識をもって被告商品を購入するものであるから、被告各標章は被告商品の商標として使用されていると主張する。
  しかし、被告各標章が、被告商品の機能又は被告ソフトウェアの名称を意味又は表示するものとして使用されているにすぎないことは前記のとおりであり、被告ソフトウェアが被告商品に組み込まれた後において、被告各標章が被告ソフトウェアを表示するものとして認識されることがあるとしても、そのことから直ちに、被告商品の取引者、需要者が、被告各標章を被告商品の識別標識として認識していることが認められるものではない。前記(2)ウ(ウ)の具体的使用態様において検討したとおり、被告商品には、「HP QuickWeb」、「HP DayStarter」、「HP Power Assistant」等の多くのソフトウェア又は機能が組み込まれており、それらも同様に被告のウェブサイト等によって広告されているのであるから、それらとは別個に、被告各標章のみが、被告商品を識別するものとして取引者、需要者に認識されているものとはいえない。また、甲8によれば、被告とは別会社が販売するアップルコンピュータにおいても、「Quick Look」が「ソフトの起動をまつイライラ」を解消する機能を有するものとして搭載されており、この点からみても、コンピュータの取引者、需要者において、被告各標章が被告商品を識別し、その出所を表示するものとして認識されていたものとは認め難い
  ウ 以上のとおり、被告各標章が、コンピュータ商品である被告商品を他の商品と識別する標章として機能し、かつ、被告商品の取引者又は需要者が、被告商品を、被告各標章を識別標識として、他のコンピュータ商品と識別し、これを選択しているものと認められず、原告の上記主張はいずれも採用することができない。

 2 小括

  以上によれば、原告の主張する被告による被告各標章の使用は、商標としての使用(商標的使用)に当たらないから、その余の点について判断するまでもなく、原告各商標権の侵害行為又は侵害とみなす行為(商標法25条、37条1号)のいずれにも該当しないというべきである。

第5 結論

  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

 

【解説】

 商標法26条1項6号によれば、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標に対しては、商標権の効力は及ばない(商標的使用)。この条文は、平成26年の改正で追加されたものであるが、明文で追加される以前から、裁判例としては、本事案のように、ある標章が、当該登録商標の指定商品又は指定役務につき自他商品識別機能及び出所表示機能を果たしていない態様で使用されている場合には、商標の「使用」には当たらず、商標権者の登録商標を使用する権利(同法25条)の侵害行為又は侵害とみなされる行為(同法36条1項、37条)には該当しないと解されていた。
 本事案では、裁判所は、原告が商標権を有する「QuickLook」、「クイックルック」等の商標に対して、被告各標章は、少なくとも同一又は類似の称呼を生じ、同様の意味を理解することができるとしたが、被告各標章に接した需要者は、被告製のノート型コンピュータが有する一つの機能又はその機能を実現させるためにコンピュータに搭載されたソフトウェアの名称を意味すると認識するので、特定のコンピュータ商品としての被告商品の出所を識別するものとして出所を想起しないと判断した。これに対し、被告商品(コンピュータ)と被告ソフトウェアが結合して一つのまとまったデータシステムを構成し、他社のコンピュータシステムとの間で、被告各標章を識別標章として選択され、識別されると主張するが、被告各標章は、被告商品の機能又は被告ソフトウェアの名称を意味するにすぎないとして、認められなかった。証拠からは、被告各標章は、商品としてのコンピュータではなく、被告商品の機能又は被告ソフトウェアを意味すると考えられるので、この判断は、妥当なものといえる。
 商標的使用に該当するか否かは、自他商品識別機能及び出所表示機能を果たしているか否かという規範はあるものの、判断方法については、事例ごとに異なるため、その一つの例として紹介させていただいた。

以上
弁護士 石橋茂