【平成23年 6月10日(東京地判 平成20年(ワ)第19874号)】

【概要】
本件は,特許第1907623号の専用実施権者であった原告が,被告らが共同して胃壁固定具を製造,販売した行為は上記専用実施権の間接侵害(特許法第101条第2号)に当たる旨主張して,被告らに対し,専用実施権侵害の不法行為による損害賠償として5億円及び遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
ここでは,特許法第101条第2号の汎用性要件に焦点を当てて検討する。

【キーワード】
特許法第101条第2号の間接侵害,多機能型間接侵害,汎用品要件

1.本件発明1

A 縫合糸挿入用穿刺針と,
B 該縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた縫合糸把持用穿刺針と,
C 該縫合糸把持用穿刺針の内部に摺動可能に挿入されたスタイレットと,
D 前記縫合糸挿入用穿刺針および前記縫合糸把持用穿刺針の基端部が固定された固定部材とからなり,
E 前記スタイレットは,先端に弾性材料により形成され,前記縫合糸把持用穿刺針の内部に収納可能な環状部材を有しており,
F さらに,該環状部材は,前記縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,前記縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,該環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びる
G ことを特徴とする医療用器具。

2.被告製品の内容

・被告製品は,経皮内視鏡的胃瘻造設術のうち,前記イントロデューサー法の一種で,ダイレクト法と呼ばれる術式において,カテーテルを取り付ける位置の腹壁と胃壁を縫合糸で固定する施術(胃壁固定術)に用いられる医療用器具
・被告製品のうち,「イエロー針」は,構成要件Aの「縫合糸挿入用穿刺針」に相当
・被告製品のうち,「ホワイト針」は,構成要件Bの「縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた縫合糸把持用穿刺針」に相当

3.汎用品要件に関する判旨

「この点について,被告らは,被告製品のイエロー針とホワイト針は,日本国内において広く一般に流通している医療用の中空針にすぎないから,被告製品は,特許法101条2号の「その物の生産に用いる物」から除外される同号括弧書きの「日本国内において広く一般に流通しているもの」に当たる旨主張する。
 そこで検討するに,特許法101条2号括弧書きの「日本国内において広く一般に流通しているもの」とは,日本国内において広く普及している一般的な製品,すなわち,特注品ではなく,他の用途にも用いることができ,市場において一般に入手可能な状態にある規格品,普及品を意味するものと解される。
 しかるところ,証拠(甲4,5,検乙1)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品のイエロー針とホワイト針は,それらが組み合わされて胃瘻造設のための胃壁固定術という特定の用途に使用されるものとして特に設計されたものであり,ホワイト針においては,中空の穿刺針本体のほか,その上端のつまみ部(ハブ),スライダー,ホワイトウイング,体表ガイド,スタイレット等の各部材が組み合わされ,また,イエロー針においては,中空の穿刺針本体のほか,その上端のつまみ部(ハブ),ブルーウイング等の各部材が組み合わされ,これらがそれぞれの機能を発揮することによって,被告製品に特有の胃壁固定が行われ得るように構成されていることが認められる。
 してみると,被告製品の2本の穿刺針(イエロー針とホワイト針)は,それぞれ胃瘻造設のための胃壁固定具である被告製品に特有の構成を備えた「医療用の中空針」であって,市場において一般に入手可能な状態にある規格品,普及品に相当するような単なる「医療用の中空針」とはいえないから,特許法101条2号所定の「日本国内において広く一般に流通しているもの」に当たらないことは明らかである」。

4.検討

 特許法第101条第2号の間接侵害の成立には,「日本国内において広く一般に流通しているもの」の要件(汎用品要件)を充足することが必要となる。汎用品要件に関し,知財高判平成17年9月30日〔一太郎事件・控訴審〕は,「『日本国内において広く一般に流通しているもの』とは,典型的には,ねじ,釘,電球,トランジスター等のような,日本国内において広く普及している一般的な製品,すなわち,特注品ではなく,他の用途にも用いることができ,市場において一般に入手可能な状態にある規格品,普及品を意味するものと解するのが相当である。」と判示し,汎用品要件の解釈を示すが,「特注品」の意義が明確でないことや,「他の用途」は「規格品」といわれる程の他の用途がないといけないのか,また,「普及品」といえるための普及の程度はどの程度かが明らかでないことから,汎用品要件の規範は必ずしも明確とはいえない。また,一太郎事件・控訴審では,一太郎は,市場での流通量からすると一般入手可能であったことから,「普及品」に該当するものであるが,判決では,特に,被告製品が「普及品」であるかについては何ら触れられず,「控訴人製品は,本件第1,第2発明の構成を有する物の生産にのみ用いる部分を含むものでるから,同号にいう『日本国内において広く一般に流通しているもの』に当たらないというべきである。」と判示しており,製品自体の性質あるいは構成にのみ着目して,汎用品要件の該当性の判断がされており,判決で述べられた,汎用品要件の解釈とは必ずしも整合するものではない。
 そして,本判決では,汎用品要件に関し,一太郎事件・控訴審と同様の解釈を示したうえで,「被告製品のイエロー針とホワイト針は,それらが組み合わされて胃瘻造設のための胃壁固定術という特定の用途に使用されるものとして特に設計されたものであり…被告製品に特有の胃壁固定が行われ得るように構成されていることが認められる。してみると,被告製品の2本の穿刺針(イエロー針とホワイト針)は,それぞれ胃瘻造設のための胃壁固定具である被告製品に特有の構成を備えた『医療用の中空針』であって,市場において一般に入手可能な状態にある規格品,普及品に相当するような単なる『医療用の中空針』とはいえないから,特許法101条第2号所定の『日本国内において広く一般に流通しているもの』に当たらない」として,被告製品の汎用品の該当性を否定している。本判決は,被告製品の流通量には着目せず,製品自体の性質あるいは構成にのみ着目して,汎用品要件の該当性の判断を示すものである点で,一太郎事件・控訴審判決と同様の判断枠組みによるものといえる。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 杉尾雄一