【知財高判平成23年1月31日(知財高裁 平成22年(ネ)第10031号[流し台のシンク事件])】

【判旨】

特許権の侵害を理由とする差止請求について、文言侵害が肯定された。

【キーワード】

充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1.事案の概要(特許発明の内容)

(1)特許請求の範囲

(2)明細書

(3)本件特許の図4と、被告製品との対比

    

2.争点

 「傾斜面」の充足性

3.判旨(下線部は当職が付した)

 上記記載によれば,構成要件C1の「・・・後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」は,従来技術においては,前後の壁面の上部に上側段部が,深さ方向の中程に中側段部が形成されている流し台のシンクでは,上側段部と中側段部のそれぞれに,上側あるいは中側専用の調理プレートを各別に用意しなければならないという課題があったのに対して,同課題を解決するため,後方側の壁面について,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とをほぼ同一の長さに形成して,それら上側段部と中側段部とに,選択的に同一のプレートを掛け渡すことができることを図ったものである。
 ところで,上記記載における「発明の実施形態」では,後方側の壁面は,上側段部から中側段部に至るすべてが,奧方に向かって延びる傾斜面であり,垂直部は存在するわけではない。しかし,本件明細書中には,「本発明は,上述した実施の形態に限定されるわけではなく,その他種々の変更が可能である。・・・また,シンク8gの後方側の壁面8iは,上側段部8fと中側段部8nとの間が,第2の段部8bを経由して,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる上部傾斜面8pとなっていなくとも,上側段部8fと中側段部8nとに同一のプレートが掛け渡すことができるよう,奥方に延びるように形成されているものであればよく,その形状は任意である。」と記載されていることを考慮するならば,後方側の壁面の形状は,上側段部と中側段部との間において,下方に向かうにつれて奥方に向かってのびる傾斜面を用いることによって,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易に同一にすることができるものであれば足りるというべきである。
 そうすると,構成要件C1の「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」とは,後方側の壁面の形状について,上側段部と中側段部との間のすべての面が例外なく,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面で構成されている必要はなく,上側段部と中側段部との間の壁面の一部について,下方に向かうにつれて奥行き方向に傾斜する斜面とすることによって,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易に同一にするものを含むと解するのが相当である。

4.検討

 クレーム解釈は、特許請求の範囲を基準になされ(特許法第70条第1項)、明細書及び図面の記載が参酌される(同2項)。明細書の参酌においては、明細書中の課題(正確には、課題の他に、作用効果、技術的意義、技術的思想も含まれるため課題等)の記載が与える影響が大きいとの指摘がされている[1]
 本判決は、課題等から認定される発明の意義と、明細書の変形実施例の記載に基づき、「傾斜面」の文言を広く解釈している。
 課題等から認定される発明の意義は、クレームを限定解釈する材料として使う裁判例が多く、クレームを広く解釈する材料として用いた裁判例は少ないように思われるため、その点に、本判決の意義があると考えられる。
 また、本件では、原審のとおりにクレーム解釈する根拠が薄い一方で、段落0027の記載が、「本発明は,上述した実施の形態に限定されるわけではなく,その他種々の変更が可能である。」といった一般的な記載に止まらず、具体的な変形実施例の構成が記載されていた点が効を奏したものと思われる(これに対し、例えば、東京地判令和2年2月5日[ホワイトカード事件]では、変形実施例に関し、単なる一般的な記載しかなかったため、クレームが広く解釈されなかった。)

(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一


[1] 「特許権侵害訴訟において本件発明の課題が与える影響」(パテント2020 Vol. 73 No. 10)