【判旨】
クレームの構成要件B「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,」という文言のうち「載置底面又は平坦上面ではなく」という文言の解釈について,①文言そのものの記載,②特許明細書の作用効果の記載,③出願経過の3点から争われ,知財高裁は,「載置底面又は平坦上面ではなく」という文言について,載置底面又は平坦上面を除外する意味ではない。
【キーワード】
切餅 文言 効果 出願経過 除外

 

1 事案の概要

 特許権者である越後製菓が,佐藤食品工業に対して,以下のクレームについて,特許権を権利行使した。本件では,イ号製品(サトウの切餅)が,構成要件Bを充足するかについて争われた。地裁では,非充足との判断がなされ,知財高裁では,充足との判断がなされた。

構成要件A:焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の
構成要件B:載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,
構成要件C:この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として,
構成要件D:焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した
構成要件E:ことを特徴とする餅。

2 争点
 構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」という文言について,載置底面又は平坦上面を除外するという意味に解釈するか否かについて,①文言,②作用効果,③出願経過の3つの点から争われた。
 
3 1審及び2審の攻防及び判決のまとめ(詳しい判決文抜粋はこちら
(1)争点

 「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け」という要件の,「載置底面又は平坦上面ではなく」という文言は,載置底面又は平坦上面を除外する意味に解釈されるべきか。

当事者の主張

地裁

高裁

原告

 

特許明細書等の記載から,載置底面又は平坦上面を除外していない

×

被告

 

特許明細書等の記載から,載置底面又は平坦上面を除外している

×

(2)地裁
ア 請求項1の文言解釈に関する主張について
 (ア)原告の主張

 a 読点の位置
  要件Bの読点の位置からして,「載置底面又は平坦上面」を除外していないこと
 b 修飾関係
  「載置底面又は平坦上面ではなく」とは,側周表面の特定のための修飾語であること
 c 通常の記載
  通常,「載置底面又は平坦上面」を除外するとき,「載置底面又は平坦上面ではない」と記載すること

 
 (イ)裁判所の判断の概要
 aに対して
  「載置底面又は平坦上面」とは異なる「側周表面」であることを特定することのみを表現するのであれば,「載置底面又は平坦上面ではない・・・側周表面」などの表現をするのが適切であることに照らすならば,原告が主張する構成要件Bの記載形式のみから,「載置底面又は平坦上面ではなく」との文言が「側周表面」を修飾する記載にすぎないと断ずることはできないというべきである。
 bに対して
  本件発明は,構成要件Aにおいて「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅」であることが前提とされる以上,そのような切餅を焼き網に載置した場合の状態として通常想定されるのは,別紙参考図面の図1のように直方体の最も面積の広い面を下にした状態であって,図2及び3のような不自然な状態でないことは明らかである。
 cに対して
  そのように断定はできない。
 
イ 本件明細書記載の作用効果に関する主張について
 (ア)原告の主張の概要
  側面の切り込みの設定によって,噴きこぼれが抑制されるだけでなく,見た目よく,均一に焼き上がり,食べ易い切餅が簡単にできることに本件発明の作用効果があるのであって,載置底面又は平坦上面に切り込みが存在するか否かは,このような作用効果とは無関係である。
 
 (イ)裁判所の判断の概要
  この焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できる作用効果は,具体的には,この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという作用効果を意味するから,載置底面又は平坦上面に切り込みが存在するか否かは,本件明細書に記載された本件発明の上記効果と密接に関係することであって,これと無関係であるなどといえない。
 
ウ 出願経過に関する主張について
 (ア)原告の主張の概要
 a 
  本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し,その結果,本件発明について特許すべき旨の審決がされている。

 b 審査官の指摘
  本件特許の出願経過の当初から,本件発明においては,側周表面のみに切り込みを設けるという構成には限定できないことを審査官より指摘され,原告としても限定しないことを前提に,本件特許についての審査がされている。
 
 (イ)裁判所の判断の概要
 aに対して
  原告は,本件特許の出願過程において,積極的に「(切餅の上下面である)載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみ」に切り込みが設けられることを主張していたが,その主張が,平成17年9月21日付け拒絶理由通知に係る拒絶理由によって認められなかったため,これを撤回し,主張を改めたものというべきであるから,本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し,その結果,本件発明について特許すべき旨の審決がされたとの原告の主張は,その前提において失当である。
 bに対して
  前記拒絶理由通知を発した当時の特許庁審査官が,本件発明の構成要件Bに関して原告主張の解釈に沿う内容の判断を示し,これを受けた出願人たる原告も,特許庁に提出した意見書等の中で,同趣旨の意見を述べていたということ以上の意味を有するものではない。
 
(3)知財高裁
ア 請求項1の文言解釈に関する主張について
  読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分は,その直後の「この小片餅体の上側表面部の立直側面である」との記載部分とともに,「側周表面」を修飾しているものであって,「載置底面又は平坦上面」を除外するものではない。
 
イ 本件明細書記載の作用効果に関する主張について
 (ア)本件発明の作用効果
  ①加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制,②切り込み部位の忌避すべき焼き上がり防止(美感の維持),③均一な焼き上がり,④食べ易く,美味しい焼き上がりの4つである。
 
 (イ)1審被告(控訴人)の主張の概要
  切餅の平坦上面又は載置底面に切り込みが存在する場合には,焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなるため,忌避すべき状態になることから(本件明細書段落【0007】),本件発明における効果②を奏することはないと主張する。
 
 (ウ)裁判所の判断の概要
  上記効果のうち,①が主で,②は従である。したがって,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けたために,美観を損なう場合が生じ得るからといって,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けることが,排除されると解することは相当でない。
  また,当初明細書の段落【0021】には,作用効果に寄与する切り込みの形成方法が記載され,同明細書の段落【0043】,【0045】には,周方向の切り込み等は,側周表面に設けるよりは作用効果が十分ではないが,平坦頂面における場合でも同様の作用効果が生じる旨記載され,図6(別紙図5)が示されている。したがって,周方向の切り込み等による上側の持ち上がりが生じれば作用効果が生じる。よって,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けないとの限定がされているとはいえない。
  さらに,本件明細書段落【0007】の記載は,米菓で採られた噴き出し抑制手段の適用における問題点を記載したものであり,本件発明において,周方向の切り込み等による,上側の持ち上がりによる噴き出し抑制手段を採用するに当たり,載置底面又は平坦上面に切り込み等を設けるか否かについて,本件明細書に何らかの言及がされていると解する余地はない。
  したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
 
ウ 出願経過に関する主張について
 (ア)1審被告の主張の概要
  原告は本件特許の出願過程において,切餅の載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられることを述べた経緯があるため,切餅の載置底面又は平坦上面に切り込みが設けられることを除外するものではないとはいえない。
 
 (イ)裁判所の判断の概要
  本件特許に係る出願過程において,原告は,拒絶理由を解消しようとして,一度は,手続補正書を提出し,同補正に係る発明の内容に即して,切餅の上下面である載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明である旨の意見を述べた。
  しかし,審査官から,新規事項の追加に当たるとの判断が示されたため,再度補正書を提出して,前記の意見も撤回するに至った。
  したがって,原告は,原告が述べた意見内容に拘束されない。
  むしろ,本件特許の出願過程全体をみれば,原告は,撤回した補正に関連した意見陳述を除いて,切餅の上下面である載置底面及び平坦上面には切り込みがあってもなくてもよい旨を主張していた。
  よって,被告の主張は失当である。
 
4 結果の対比

 
文言
作用効果
出願経過
結論
地裁
載置底面又は平坦上面を除外
噴出しの制御,美観の維持の両方が作用効果
意見①[1]:関係がない
意見②[2]関係がない
非充足
高裁
側周表面を修飾
噴出しの制御が主で,美観の維持が従
意見①:関係がない
意見②:積極的に評価
充足

5 私見
 (1)文言について
  意見の分かれる争点であるとは思うが,地裁の判断が正しいと考える。すなわち,要件2の記載からは,「載置底面又は平坦上面」と「側周表面」は並列であるように読むのが正しいと考える。
  高裁の判断は,「載置底面又は平坦上面」の後に読点がないことから,「載置底面又は平坦上面ではなく」という文言が,側周表面を修飾するというが,読点の打ち型に明確なルールがない以上は,読点だけで判断するのは法的安定性を欠くと考えられる。
 
 (2)作用効果について
  地裁の判断が正しいと考える。すなわち,美観の維持についても効果の欄に記載している以上,効果の主従を,出願後に判断して,クレームの解釈に用いるべきではない。効果の記載に忠実にクレーム解釈すべきである。
  加えて,高裁が根拠に挙げる【0043】,【0045】及び図5は,丸餅についての実施例であり,切餅について考慮するべきではない。
 
 (3)出願経過について
  地裁の判断が正しいと考える。すなわち,出願経過の参酌等の法理は,特許請求の範囲の解釈において,通常,技術的範囲を制限するための法理である。したがって,高裁の判断で述べられているように,技術的範囲を制限しない方向に用いるのは,当初明細書で明確に述べられていない事項について意見書等で明確に当該事項について述べた場合,紛争時に当該意見書等に沿う主張が認められる可能性があるということに他ならず,法的安定性を欠くように思える。 


¹ 意見①(平成17年8月1日意見書):
「本発明は,切り込みを天火が直に当たりずらい側周表面のみに設け,しかも切り込みを水平方向に切り入れ,更に周辺縁あるいは輪部縁に沿う周方向に長さを有する切り込みとし,他の平坦上面や載置底面には形成せず・・・前述にように切り込みの焼き上がり具合は決して刃傷のようにはならず,見た目も良いだけではなく,この切り込みの前述のような形成位置設定によって,切り込み下側に対して切り込み上側は膨れるように持ち上がり,まるで最中サンドのように焼き上がり,今日までの餅業界では全く予想もできないきれいにして均一な焼き上がりを実現できたのです。」
² 意見②(平成20年2月20日意見書):
「上下面に切り込みがあろうがなかろうが,切餅の薄肉部である立直側面の周方向に切り込みがあることで,切餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって,噴きこぼれが抑制されるだけでなく,見た目よく,均一に焼き上がり,食べ易い切り餅が簡単にできることに画期的な創作ポイントがあるのです(もちろん上下面には切り込みがない方が望ましいが,上下面にあってもこの側面にあることで前記作用効果が発揮され,これまでにない画期的な切餅となるもので,引例にはこの切餅の薄肉部である側面に切り込みを設ける発想が一切開示されていない以上,本発明とは同一発明ではありません。)。」

以上

2011.11.7 (文責)弁護士 溝田宗司