【平成23年2月8日(知財高裁平成22年(行ケ)第10056号)】

【要旨】
 「液体収納容器,該容器を備える液体供給システム,前記容器の製造方法,前記容器用回路基板および液体収納カートリッジ」という名称の本件発明につき,進歩性欠如を理由として特許を無効とした審決を取り消した。

【キーワード】
 特許法29条2項,進歩性,サブコンビネーションクレーム

事案の概要

(特許庁等における手続の経緯)
(1) 原告(特許権者,無効審判の被請求人)は,平成16年11月15日,名称を「液体収納容器,該容器を備える液体供給システム,前記容器の製造方法,前記容器用回路基板および液体収納カートリッジ」とする発明につき特許出願をし(特願2004-330952号),平成18年4月14日,本件特許登録を受けた(特許第3793216号)。
(2)  被告(無効審判の請求人)は,平成21年5月19日,本件特許につき無効審判請求をしたところ,原告は,請求項1,2の特許請求の範囲の記載の一部を改め,請求項5を請求項3にする等した本件訂正請求をした(以下「本件訂正」という。)。特許庁は,これを無効2009-800101号事件として審理した上で,平成22年1月26日,「訂正を認める。特許第3793216号の請求項1ないし7に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。
(3) そこで,原告は,上記(2)の審決の取消しを求め,本件訴訟を提起した。

(本件の請求項1,3(訂正後のもの))
※筆者注
青字部分が記録装置の限定事項であり,緑字部分が液体インク収納容器の限定事項である。請求項1は液体インク収納容器の発明であり,請求項3は,記録装置液体インク収納容器とを備える液体インク供給システムの発明である。

【請求項1】
複数の液体インク収納容器を搭載して移動するキャリッジと,
 該液体インク収納容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と,
 前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され前記液体インク収納容器の発光部からの光を受光する位置検出用の受光手段を一つ備え,該受光手段で該光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段と,
 搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線を有した電気回路とを有し,前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ,その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する記録装置
前記キャリッジに対して着脱可能な液体インク収納容器において,
 前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と,
 少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持可能な情報保持部と,
 前記受光手段に投光するための光を発光する前記発光部と,
 前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とに応じて前記発光部の発光を制御する制御部と,
 を有することを特徴とする液体インク収納容器
。」
【請求項3】
複数の液体インク収納容器を互いに異なる位置に搭載して移動するキャリッジと,
 該液体インク収納容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と,
 該液体インク収納容器からの光を受光する位置検出用の受光部を一つ備え,該受光部で該光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段と,
 搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線を有した電気回路とを有する記録装置
と,
 前記記録装置の前記キャリッジに対して着脱可能な液体インク収納容器と,を備える液体インク供給システムにおいて,
 前記液体インク収納容器は,
 前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と,
 少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持する情報保持部と,
 前記液体インク収納容器位置検出手段の前記受光部に投光するための光を発光する発光部と,
 前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とが一致した場合に前記発光部を発光させる制御部と,を有し,
 前記受光部は,前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され,
 前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ,その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する
ことを特徴とする液体インク供給システム。」

争点

(他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)
サブコンビネーションクレームの発明の認定(進歩性判断の中で)

判旨抜粋

(下線は筆者が付した)
主文 
特許庁が無効2009-800101号事件について平成22年1月26日にした審決を取り消す。
事実及び理由
第1~第4 略(なお,相違点2については以下のとおり)
第5 当裁判所の判断
1  本件発明3について
(1)~(3),(5),(6) 略
(4) ・・・そうすると,甲第3,21,22号証に記載された事項は,解決すべき技術的課題の点においても既に本件発明3と異なるものであって,共通バス接続方式を採用する引用発明に適用するという見地を考慮しても,本件発明3と引用発明との相違点,とりわけ相違点2,3に係る構成を想到する動機付けに欠けるものというべきである。・・・
※筆者注
本件発明3についての相違点2は以下のとおり
「液体インク収納容器に関して,本件発明3は,『前記液体インク収納容器位置検出手段の前記受光部に投光するための光を発光する発光部と,前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とが一致した場合に前記発光部を発光させる制御部と,を有し,』と特定されるのに対して,引用発明の液体インク収納容器(液体インク収納容器)の制御部(記憶装置)は,接点から入力される色情報(識別情報)に係る信号と,情報保持部(記憶素子)の保持する前記色情報とが一致した場合に応答信号を配線を通じて印刷装置側の制御回路に対して送り返す動作を制御するものの,引用発明の液体インク収納容器は,発光部を有しておらず,制御部は,発光部を発光させるものでない点。」
2  本件発明1について
(1)  審決は,本件発明1と引用容器発明の相違点に係る容易想到性につき,次のとおり説示する(55~57頁)。
・「相違点2について
 上記『第7 本件発明3についての当審の判断』のa.で述べたとおり,複数の液体インク収納容器が記録装置のキャリッジの所定位置に搭載される場合において,交換されるべき液体インク収納容器が誤りなく選択されるように,交換すべき液体インク収納容器をユーザにわかりやすく表示するべく引用容器発明の液体インク収納容器に発光部を設けることは,周知技術に基づいて,当業者が容易になし得る程度のことである。本件発明1は液体インク収納容器の発明であり,液体インク収納容器の発光部からの光を受光する受光手段を記録装置が備えるか否かは記録装置側の構成に依存するから,相違点2における『前記受光手段に投光するための』との限定は,液体インク収納容器の発光部の構成を限定するものではない。また,液体インク収納容器の発光部からの光を受光する受光手段を記録装置に設けることは,上記『第7 本件発明3についての当審の判断』のc.で述べたとおり,周知技術を適用して当業者が容易になし得ることであり,そうした場合,液体インク収納容器の発光部は『受光手段に投光するための光を発光する発光部』となる。以上のことから,引用容器発明において,本件発明1の相違点2に係る構成を備えることは,周知技術に基づいて,当業者が容易になし得たことである。」・・・
(2)  本件発明1の特許請求の範囲は前記のとおりであるところ,それによれば,本件発明1の構成が,液体インク収納容器とそれを搭載する記録装置を組み合わせたシステムを前提にして,そのうち液体インク収納容器に関するものであって,上記システムに専用される特定の液体インク収納容器がこれに対応する記録装置の構成と一組のものとして発明を構成していることは明らかである。
したがって,本件発明1の容易想到性を検討するに当たり,記録装置の存在を除外して検討するのは誤りであり,相違点2における「前記受光手段に投光するための」との限定は,液体インク収納容器の発光部の構成を限定するものであるということができ,これに反する相違点2についての審決の判断には誤りがある。
そして,本件発明3と同様に,引用容器発明に甲3,21,22号証等で開示された周知技術ないし事項を適用しても,本件発明1の優先日当時,当業者において,本件発明1と引用容器発明の相違点に係る構成を容易に想到し得るものではない。
したがって,本件発明1の容易想到性に係る審決の判断は誤りである。
3,4 省略
第6  結論
 以上によれば,原告が主張する取消事由は,いずれの本件各発明に関しても理由があるから,主文のとおり判決する。

解説

 本件は,いわゆるサブコンビネーションクレームの発明の認定が進歩性判断の争点になった事例である。本件に即して説明すると,上記のとおり,請求項1は液体インク収納容器の発明であり,請求項3は,記録装置液体インク収納容器とを備える液体インク供給システムの発明である。いわば,請求項1は,「請求項3の記録装置液体インク収納容器とを備える液体インク供給システムの発明」を液体インク収納容器の発明として引き写した内容を有する。この場合,「液体インク供給システム」の発明である請求項3においては,記録装置と液体インク収納容器を本件発明の認定に含めることは当然ではあるが,液体インク収納容器のみの発明である請求項1において,記録装置についての記載をどのように扱うべきか,ということが争点になった。
 もとより,本件発明の認定は,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべき(リパーゼ判決)なので,請求項1においても記録装置部分の記載を含めて認定するのが原則論ではあるが,液体インク収納容器記録装置に含まれるものではないので,当該記録装置部分の記載が問題になり得る。この点,審決は,「本件発明1は液体インク収納容器の発明であり,液体インク収納容器の発光部からの光を受光する受光手段を記録装置が備えるか否かは記録装置側の構成に依存するから,相違点2における『前記受光手段に投光するための』との限定は,液体インク収納容器の発光部の構成を限定するものではない」とし,記録装置液体インク収納容器の限定に役立っていないとして記録装置の存在を除外する扱いをした。これに対し,本件判決は,「本件発明1の構成が,液体インク収納容器とそれを搭載する記録装置を組み合わせたシステムを前提にして,そのうち液体インク収納容器に関するものであって,上記システムに専用される特定の液体インク収納容器がこれに対応する記録装置の構成と一組のものとして発明を構成していることは明らかである。したがって,本件発明1の容易想到性を検討するに当たり,記録装置の存在を除外して検討するのは誤りであり,相違点2における「前記受光手段に投光するための」との限定は,液体インク収納容器の発光部の構成を限定するものである」とし,記録装置の存在を除外する判断をした審決を誤りとした。
 本件の請求項1は,記録装置の「液体インク収納容器位置検出手段」及び「電気回路」の構成に対応して,液体インク収納容器が「少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持可能な情報保持部と, 前記受光手段に投光するための光を発光する前記発光部と,前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とに応じて前記発光部の発光を制御する制御部と」という構成を有しており,液体インク収納容器が,このような記録装置の構成に適した構成を有しているという意味において,「記録装置液体インク収納容器の限定に役立っている」と考えられる。よって,記録装置の存在を除外すべきでないとする本件判決の判断は妥当である。逆に言うと,本件判決は,「記録装置液体インク収納容器の限定に役立っていない」ケースにおいてまで「記録装置の存在を除外すべきでない」と言っているかは分からない。
ちなみに,特許庁審査基準(第III部第2章第4節4.)では,2015年改訂において,
「審査官は,請求項に係る発明の認定の際に,請求項中に記載された「他のサブコンビネーション」に関する事項についても必ず検討対象とし,記載がないものとして扱ってはならない。その上で,その事項が形状,構造,構成要素,組成,作用,機能,性質,特性,方法(行為又は動作),用途等の観点からサブコンビネーションの発明の特定にどのような意味を有するのかを把握して,請求項に係るサブコンビネーションの発明を認定する。その把握の際には,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮する。
4.1.1 「他のサブコンビネーション」に関する事項が請求項に係るサブコンビネーションの発明の構造,機能等を特定していると把握される場合 この場合は,審査官は,請求項に係るサブコンビネーションの発明を,そのような構造,機能等を有するものと認定する。
4.1.2 「他のサブコンビネーション」に関する事項が,「他のサブコンビネーション」のみを特定する事項であって,請求項に係るサブコンビネーションの発明の構造,機能等を何ら特定していない場合 この場合は,審査官は,「他のサブコンビネーション」に関する事項は,請求項に係るサブコンビネーションの発明を特定するための意味を有しないものとして発明を認定する。」
との記載になった。上記4.1.1の記載は本件判決と軸を一にするものと考えられるが,上記4.1.2については本件判決から導けるものではないと思われる。なお,特許庁審査基準では,「他のサブコンビネーション」が特定に役立っているか否かが不明な場合,明確性要件に反するとしている(特許庁審査基準(第Ⅱ部第2章第3節4.)。
 もし,他のサブコンビネーションが特定に役立っていない場合(今回の例で言うと,記録装置液体インク収納容器の限定に役立っていない場合)で,明確性要件違反の問題とされなかった場合,進歩性判断においてどのような判断(論理付け)がなされるかはケースバイケースと思うが,本件発明の認定ではじめから当該「他のサブコンビネーション」の記載を除外するか,一応「他のサブコンビネーション」を含めて本件発明を認定しつつ,当該「他のサブコンビネーション」の構成を相違点として,当該相違点判断の中で本件発明の特定(効果)に影響ない部分を設計事項等の論理付けで容易想到性を肯定していく流れになるのではないかと予想される。
 実務的には,サブコンビネーションクレームを立てる際には,単なる末尾だけを変えたような引き写しの表現とせずに,他のサブコンビネーションとの関連性をクレーム上うまく表現していくこと(要するに,本件請求項1で言うと,記録装置液体インク収納容器の限定に役立っていると主張できるようにドラフトすること)が大切になる。

以上
(文責)弁護士 髙野芳徳