【判旨】
本件事案の事実関係の下においては、本件発明の具体的な技術思想、すなわち、プリズムに面取り部を設けることを着想した者をもって、発明者と認めるのが相当であることに照らせば、本件発明の発明者は、プリズムに面取り部を設けることを着想したB及びCであって、原告を共同発明者と認めることはできない。
【キーワード】
職務発明、相当の対価、発明者の認定、特許法第35条


【事案の概要】
被告会社の元従業員である原告が、被告会社に対し、在職中に発明した光集積回路の職務発明について、その特許を受ける権利を被告会社に承継させたとして、改正前特許法に基づき、承継の相当の対価の内金1億円等の支払を求めたところ、裁判所は、本件事案の事実関係の下においては、願書に発明者として記載されてはいるものの、原告は本件発明の発明者ではないとして、請求を棄却した事案である。
【争点】
原告は、本件発明の共同発明者か。
【判旨抜粋】
「(イ) 本件特許の出願から本件補正が行われるまでの事情
・・・Bは、昭和63年11月30日付けで、発明報告書1及び2を作成し、被告に提出した。各発明報告書には、発明の概要や発明者等について、次のとおり記載されている。
(発明報告書1)・・・
  発明の概要・・・部品であるプリズムの一部を面取りし、その表面を粗面加工する等の加工をすることで、無用な光信号成分(迷光)を低減することを特徴とした光IC・・・
  発明者・・・B(筆頭)、C・・・
(発明報告書2)・・・
  発明の概要・・・光ICの一部を構成するプリズムに関して、その一部に溝を入れることで、無用な光信号成分(迷光)を低減化する構造を採用した、光IC・・・
  発明者・・・B(筆頭)、C、原告・・・
被告は・・・各発明報告書に記載された発明の内容が、『レーザーカプラータイプの光学ピックアップに用いるプリズムの一部に迷光低減手段を設ける』という点において共通していたため、上位概念での権利化を図るべく、各発明報告書を合体させ・・・1個の発明として出願した・・・被告は・・・特許庁から拒絶理由通知・・・を受けたため、上位概念での権利化を断念し・・・とおり補正(本件補正)した。・・・本件補正後の独立の請求項は、請求項1、5及び6であり、このうち、請求項1の発明(本件発明)及び請求項5の発明は、発明報告書1に基づくものであり、請求項6の発明は、発明報告書2に基づくものである。・・・上記認定事実によれば、レーザーカプラー方式の光学ピックアップのプリズムの斜面に面取り部を設けることを発想したのはB及びCであると認められ、原告が上記発想をしたと認めることはできない。」
「・・・原告は、プリズムの斜面に面取り部を設けることを発想したのは原告ら及びBらであ・・・ると主張し・・・同人の主張を裏付ける事実として、① 昭和63年7月5日にDが作成し、原告の承認印が押されている図面(乙27図面)・・・に、プリズムを面取り形状にした図が記載されていること・・・を挙げる。・・・しかしながら、Bが作成した化合物半導体事業室の88年(昭和63年)6月度の月次報告(乙18)に、同事業室において・・・旨が記載されていること(なお、上記月次報告の作成日は昭和63年7月13日であり、これは乙27図面の作成日より8日後であるが、乙第18号証の表題からすると、同号証に記載された内容は、化合物半導体事業室において昭和63年6月に実施された作業の状況であると認めるのが自然である。・・・)、仮に・・・迷光対策としてプリズムに面取りを設けることを着想したのが原告であり、同着想に基づき乙27図面が作成されたものであって、Bは同着想を流用したにすぎないのであれば、面取りの方法による迷光対策について、光デバイス事業部において何らかの実験結果報告書等が作成されていて然るべきであるが・・・そのような事実を裏付けるに足りる証拠はなく、かえって、B及びCらにおいて、面取りの方法による迷光減効果について実験し、その結果をまとめたエンジニアリングレポート(乙27レポート)を作成していること、面取りの方法は、迷光対策上有効なだけではなく、量産化に適するなどの実装プロセス上の要請にも適うものであることからすると、レーザーカプラーのエンジニアリングサンプルの設計を検討していた過程で面取りの発想が生じたというBの陳述(乙28)に、特段不自然な点はみられないこと等に照らすと、B及びCは、レーザーカプラーのエンジニアリングサンプルの設計を検討していた過程で、昭和63年6月に、プリズムに面取り部を設けることを着想したと認めるのが相当であるから、Bらによる上記着想後に原告らにより乙27図面・・・が作成された事実(上記①の事実)は、上記・・・認定を左右するものではない。」
「・・・発明者とは、自然法則を利用した高度な技術的思想の創作に関与した者、すなわち、当該技術思想を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与した者をいい、単なる補助者として、研究者の指示に従い、データをとりまとめたり実験を行ったにすぎない者などは、発明者には当たらない。・・・本件では、上記の具体的な技術思想、すなわち、プリズムに面取り部を設けること・・・を着想した者をもって、発明者と認めるのが相当である。・・・そうすると、上記・・・事実関係によれば、本件発明の発明者は、プリズムに面取り部を設けることを着想したB及びCであると認めるのが相当であり、原告を本件発明の共同発明者と認めることはできない」
【解説】
 本件は、「原告が共同発明者である」との事実が認められるか否かが問題となった事案であり、条文の文言等の解釈が問題となった事案ではない。しかし、発明者の認定において、証拠を詳細に分析し判断を下しており、証拠の準備、主張の方法等実務的には参考になる点が多い。
 証拠の準備について注目すべきは、本件特許発明(①プリズムの一部を面取りする、②プリズムの一部に溝を入れる、の2件の発明)につき、①、②に対応する発明報告書が被告会社に残っていたことである。報告書は、昭和63年に作成され、本件提訴(平成21年)まで20年以上保存されていたことになる。また、昭和63年当時の月次報告、図面、エンジニアリングレポート等も保存されており、被告会社の文書管理システムとその運用のレベルの高さには驚くものがある。本件訴訟においては、上記2件の発明報告書が決定的な証拠となっているので、長期間(少なくとも、特許権の存続期間満了から10年間)保管を続けるという社内文書の保存ルール構築の重要性について改めて考えさせられる。
 また証拠の準備、主張の方法については、乙27図面(面取りされたプリズムの図面で、原告の押印がされている。)に対する判示も参考になる。乙27図面よりもBらの月次報告の内容の方が早くなされたことを認定しつつ、プリズムを面取りすることにつき原告も発明者であるならば、あるべき原告名義の実験結果報告書等が存在しないこと、かえってB及びC名義のレポートが存在すること、が原告主張を排斥する一因となっている。こうした考え方は、事実認定の定石的考え方の一つではあるが、改めてその重要性を認識させられるところである。

2011.9.12 (文責)弁護士 栁下彰彦