【知財高判平成23年1月11日(平22(行ケ)10160号)】
【要旨】
引用発明2の課題が,ワークをダイシングする際の保持力と,ダイシングにより得られるチップ状ワークをピックアップする際の剥離性とのバランスを考慮したものであることを考慮しても,当業者は,引用発明2の構成に係る粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)と粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)とをそれぞれ別個の構成のものとして認識することができ,それぞれが有する技術的意義も個別に認識することができるから,粘着剤層(2a)について,チップ状ワークを粘着剤層から剥離する時の軽剥離性に着目し,この粘着力が相対的に弱いものとして,独立して抽出することができる。
【キーワード】
引用発明の認定,一部抽出
事案の概要
1.事案の概要
本件は,拒絶審決に対する取消訴訟において,原告は,引用発明の認定に誤りがあるとして,審決の取消しを求めたが,引用発明の認定について審決の判断に誤りはないとして,請求を棄却した事例である。
2.引用例2(特開2004-134689号公報)の記載
引用例2に記載された発明は,半導体チップなどのチップ状ワークと電極部材とを固着するための接着剤を,ダイシングする前にワーク(半導体ウェーハ等)に付設した状態で,ワークをダイシングに供するために用いられるダイシング・ダイボンドフィルムに係る発明である(【0001】)。
発明が解決しようとする課題は,ワークをダイシングする際の保持力と,ダイシングにより得られるチップ状ワークをそのダイ接着用接着剤層と一体に剥離するピックアップ時の剥離性とのバランス特性に優れるダイシング・ダイボンドフィルムを提供することである(【0009】)。
その解決手段は,ダイシング・ダイボンドフィルムの一部を構成する粘着剤層のうち,ダイ接着用接着剤層上のワーク貼付部分(3a)に位置的に対応する粘着剤層(2a)は軽剥離が可能な粘着力が相対的に弱い部分とし,他方,ダイ接着用接着剤層上のワーク貼付部分以外の部分(3b)に位置的に対応する粘着剤層(2b)は接着剤層とダイシング時やエキスパンド時に適度に接着して,粘着剤層と接着剤層とが剥離しないようにした粘着力が相対的に強い部分としたものであって(【0014】【0015】【0019】~【0022】【0027】【0029】),その粘着剤層は,粘着剤層(2a)と粘着剤層(2b)とに粘着力の差を設けやすい放射線硬化型粘着剤により形成されることが好ましく,ワーク貼り付け部(3a)に対応する粘着剤層(2a)部分にのみ紫外線を照射することによって形成され(【0023】【0035】【0081】【0084】【0087】),(メタ)アクリル系ポリマーを主成分として含むものが考えられる(【0038】【0039】)との,ダイシング・ダイボンドフィルムの発明である。なお,上記紫外線を照射しない部分は十分な接着力を有しており,粘着剤層(2b)を形成する。
3.原審審決
本件審決は,引用例2には,「半導体ウェーハをダイシングし,半導体チップを得,半導体チップをダイボンドするのに用いられるダイシング・ダイボンドフィルムであって,イミド系樹脂を含むダイ接着用接着剤層と,前記ダイ接着用接着剤層の一方の面に貼付された粘着力が低下した粘着剤層とを有し,前記粘着力が低下した粘着剤層は,放射線硬化型樹脂を含む材料を紫外線により硬化させることにより形成されたフィルムであって,(メタ)アクリル系ポリマーを主成分として含むこと」が記載されていると認定した。
争点
引用例2から,引用発明2として,粘着剤層のうち,粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)を取り出し,粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)を除外して,引用発明を認定することは許されるか。
判旨
本判決は,引用発明として,粘着剤層のうち,粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)を取り出し,粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)を除外して,引用発明を認定することに関し,以下のように認定した。
「以上によると,引用発明2は,ワーク貼付部分(3a)に位置的に対応する粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)と,ワーク貼付部分以外の部分(3b)に位置的に対応する粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)とを設けるもので,粘着力が異なる2種類の粘着部分(2a)と(2b)とは,互いに異なる領域に各別に形成されているものであり,また,粘着部分(2b)はダイシング時やエキスパント時の機能を有するものであるのに対し,粘着部分(2a)はチップ状ワークを粘着剤層から剥離するピックアップ時の機能を有するものであって,この粘着剤層(2a)が担う軽剥離が可能とするとの機能は,粘着剤層(2b)とは独立した機能の併存によって達成されるものであるから,粘着剤層(2b)が存在することによって影響を受けるものではなく,粘着剤層(2a)のみによって独自に発揮されるものということができる。
そうであるから,引用発明2の課題が,ワークをダイシングする際の保持力と,ダイシングにより得られるチップ状ワークをピックアップする際の剥離性とのバランスを考慮したものであることを考慮しても,当業者は,引用発明2の構成に係る粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)と粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)とをそれぞれ別個の構成のものとして認識することができ,それぞれが有する技術的意義も個別に認識することができるから,粘着剤層(2a)について,チップ状ワークを粘着剤層から剥離する時の軽剥離性に着目し,この粘着力が相対的に弱いものとして,独立して抽出することができるものということができる。」
その上で,引用発明を以下のように認定し,審決が認定した引用発明に誤りはないと判断した。
「したがって,粘着剤層につき,放射線硬化型樹脂を含む材料を紫外線により硬化させることにより形成されたフィルムであり,(メタ)アクリル系ポリマーを主成分として含むものである引用発明2につき,粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)部分に着目して,「半導体ウェーハをダイシングし,半導体チップを得,半導体チップをダイボンドするのに用いられるダイシング・ダイボンドフィルムであって,イミド系樹脂を含むダイ接着用接着剤層と,前記ダイ接着用接着剤層の一方の面に貼付された粘着力が低下した粘着剤層とを有し,前記粘着力が低下した粘着剤層は,放射線硬化型樹脂を含む材料を紫外線により硬化させることにより形成されたフィルムであって,(メタ)アクリル系ポリマーを主成分として含む」発明と認定した本件審決には誤りはなく,原告の主張は採用することができない。」
検討
本判決は,粘着剤層のうち,粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)を独立して抽出し,粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)を除外して,引用発明2として認定した。
本判決は,粘着剤層(2a)を独立して抽出できる根拠として,粘着剤層(2a)の機能は,粘着剤層(2b)の機能と独立した機能として併存しており,粘着剤層(2a)のみによって独自に発揮されることから,当業者は,粘着剤層(2a)と粘着剤層(2b)をそれぞれ別個の構成として認識し,それぞれが有する技術的意義も個別に認識することができるから,粘着剤層(2a)を独立して抽出することができることを挙げている。
一方,本判決が「引用発明2の課題が,ワークをダイシングする際の保持力と,ダイシングにより得られるチップ状ワークをピックアップする際の剥離性とのバランスを考慮したものであることを考慮しても…」と述べている点は,前掲〔反射偏光子事件〕が課題を解決するための必須の構成を無視して引用発明を認定することができないと判断した点について言及しているものと考えられる。すなわち,引用例2において,発明が解決しようとする課題が,ワークをダイシングする際の保持力と,ダイシングにより得られるチップ状ワークを剥離する際の剥離性とのバランス特性に優れるダイシング・ダイボンドフィルムを提供することにあり,粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)によりワークをダイシングする際に保持できるようにし,粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)により容易に剥離できるようにしていることからすると,粘着剤層(2a)及び粘着剤層(2b)は,いずれも課題を解決するための必須の構成であって,その一部を取り出すことはできないようにも思える。
しかし,知財高判平成19年1月30日平18(行ケ)10138号〔反射偏光子事件〕において,課題を解決するための必須の構成であるかどうかの判断においては,取り出す一部の構成が技術的に意味を有さなくなるかどうかが考慮されていることや,知財高判平成22年12月21日平22(行ケ)10220号〔携帯型家庭用発電機事件〕において,取り出す一部の構成が技術的に独立し分離することができる場合に独立した技術的思想と認定することができることからすると,本判決では,粘着剤層(2a)は,粘着剤層(2b)と独立した機能があり,粘着剤層(2b)を除外しても粘着剤層(2a)は技術的に意味を有さなくなるわけではなく,粘着剤層(2a)が技術的に独立し分離することができるため,例え,粘着剤層(2a)と粘着剤層(2b)が課題を解決するための手段に含まれる構成であったとしても,粘着剤層(2a)を独立して抽出することができると判断されたものと考えられる。
本判決を踏まえると,課題を解決するために設けられた構成であったとしても,当該構成に独立した機能があれば,課題解決に不可欠な構成とはいえず,当該構成を抽出して引用発明を認定することは許されるものと考えられる。
以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一