【平成23年6月10日(東京地裁 平成22年(ワ)第31663号)】
【キーワード】
著作権法、著作物、ビジネスプラン、二分木、図面、図表、設計図
【事案の概要】[i]
端的なビジネスプラン図(2つ)及び説明文で構成される「バイナリーオートシステム」との表題が付された原告図面(以下「原告図面」という)の著作物性が争われた事案である。原告は、原告図面と類似の表現を用いる被告の資料(以下「被告資料」という)が、原告図面の著作権を侵害するとして、被告に対し、著作権侵害を理由として損害賠償を請求した。なお、いずれの資料も、連鎖取引販売(ネットワークビジネス、特商法33条1項)によるビジネスプランを説明する趣旨と考えられる。
⑴ 原告図面(赤枠、赤字部分は原告により追記)[ii]
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以下、「図A」に関し、19個の円と18本の直線を組み合わせた組織図様の図形を「①部分」、この組織図様の図形の頂点にある円から下方向に伸びた1本の破線を「②部分」、組織図様の図形の略上半分を囲むように描かれた略三角形状の図形を「③部分」という。
⑵ 被告図面(赤枠、赤字部分は原告により追記)
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本稿では、特に原告図面の「図A」の著作物性に焦点を当てて説明する。
【判旨(概要)】
原告図面の「図A」の①部分ないし③部分について以下のとおり述べた上、図形の著作物としての創作性を認めることはできないとした。
①部分について
「複数の構成員から成る組織の構成を図式化するのに各構成員を円で表現し,構成員相互の結び付きを直線で図示している点は,ごくありふれた表現形式であって・・・それ自体何ら個性ある表現とはいえない。また,1人の構成員の下に必ず2人の構成員が割り振られる本件システムの内容を前提とする限り,その内容を図式化して表現しようとすれば,自ずと①部分のように1つの頂点を基に順次2本ずつ枝分かれしていく二分木(バイナリーツリー)のような表現形式を採らざるを得ないのであって・・・何ら個性ある表現とは認められない。」
②部分について
「これも通常用いられるごくありふれた表現形式である。」
③部分について
「①部分及び②部分の存在を前提に本件ビジネスプランの内容である「左右の大小のグループのうち…小さい方のグループが報酬計算の算出基準となる」ことを図式化して表現したものであるが,その内容を図式化して表現するために,大小2つのグループのうち世代が共通する部分を略三角形の形状をした図形で囲むことは,やはりありふれた表現形式であって,何ら個性ある表現とは認められない。」
【若干のコメント】
本件について、訴訟にまで至った経緯等は明らかでないが、明らかに著作物性が認められない表現の一つの参考事例となるため、本稿で取りあげた。原告図面は、一見して、二分木(バイナリーツリー)グラフであり、特に情報処理分野に携わる者にとって馴染みのある(ありふれた)表現である。また、情報処理分野にかかわらず、頂点に位置する1つの要素を起点に枝分かれするツリー構造(各要素からの枝分かれを2つに限定する構造である場合)を視覚化する際、自ずと二分木のような表現形式を取らざるを得ない。
「学術的な性質を有する図面、図表」の著作物(著作権法10条1項6号)に関しては、そもそも設計図等の様に実用性・機能性が重視されるような場合、表現の選択の幅が小さく、著作物として(創作性が)認められるケースは限定される。プレゼン資料に掲載される様な図表は、設計図以上にシンプルな表現である場合が多く、著作物としての保護は期待し難いであろう。成果としてイラストや図表入りの報告書等を作成する業務を委託するようなケースにおいて、委託者側としては、著作権の権利帰属を合意するのみではなく、当該成果の利用に支障が生じないよう利用条件を明記する等の工夫も検討しておくのが望ましいと考える。
以上
弁護士 藤枝典明
[i] 原告図面及び被告資料は、いずれも裁判所ウェブサイトより抜粋
[ii] 原告の主張によれば、バイナリーオートシステムは、「ある物品やサービス等を購入又は販売する人の集団内における報酬の算出方法を定めたものであり、Aが紹介した2人の人物B,Cを必ず左右2つのグループに振り分け、更にB,Cを起点とする2つのグループにA,B又はCが紹介した人物D,E,F,G…を振り分けていき、各人の下に2つのグループの形成を繰り返していくことで、最初に形成された左右2つのグループを維持していき,最終的に同2グループ内のメンバー全員が一定期間内に購入して得られたポイントを合計し,同2グループを比較して合計の少ない方又は多い方のポイントを基準としてAに支払われる報酬額を決めるシステム」をいうとされる(いわゆるネットワークビジネスと考えられる)。