【ポイント】
引用文献との相違点に関する構成がいずれも本件優先日当時において周知慣用技術であったとの主張を複数の文献を挙げて主張したが認められず、本件発明は無効理由を有するものとはいえず、差止請求が認められた例。
【キーワード】周知技術、周知慣用技術、複数文献に基づく周知技術の立証、動機付け

 


【事案の概要】
X(被控訴人):特許第3793216号(液体格納容器、該容器を備える液体供給システム、前記容器の製造方法、前記容器用回路基板および容器収納カートリッジ)にかかる特許権者
Y(控訴人):Y装置の製造,販売等
XはYに対して、Y装置の輸入、販売及び販売のための展示行為が、本件特許権1又は2を侵害し、上記輸入行為等は間接侵害(特許法101条2号)に該当する旨主張し、上記輸入行為等の差止請求をした。
原審は、Y装置の販売行為等が本件特許権1の侵害に該当し、本件特許権2の間接侵害(特許法101条2号)に該当し、また本件特許権1及び2は無効とされるべきものに当たらないものとして、販売及び展示行為の差止請求を認容した。
この判決を不服として、Yが控訴したのが本件訴訟である。
【争点】
本件特許権1及び2が無効理由を有するか否か。
【結論】
本件特許権1及び2は無効理由を有さない。
【判旨抜粋】
本件訂正発明1と主引例として認定された乙A1発明は、以下の相違点1及び2において相違するとした。
相違点1(液体インク収納容器が入れ替わるように配置される構成及び受光手段を備える液体インク収容容器位置検出手段及び本件光照合処理※に用いられる受光部等の液体インク収納容器の位置検出手段について)
「記録装置に関して,本件訂正発明1は,構成要件1A3’(前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され前記液体インク収納容器の発光部からの光を受光する位置検出用の受光手段を一つ備え,該受光手段で該光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段)及び同1A5’(前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ,その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する記録装置)に相当する構成,すなわち,本件光照合処理に用いられる受光部等の液体インク収納容器の位置検出手段を有するのに対し,乙A1発明はこれを有しない点。」
相違点2(発光部、制御部について)
「液体インク収納容器に関して,本件訂正発明1の液体インク収納容器に「受光手段に投光するための光を発光する発光部」が備えられている(構成要件1D’)のに対し,乙A1発明のインクカートリッジには発光部が備えられておらず,プリンタ側の操作パネルに,装着されていない又は通信異常のあるインクカートリッジを報知するための表示ランプが備えられている点。また,本件訂正発明1では,インクタンク内に,前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とに応じて前記発光部の発光を制御する制御部を備える(構成要件1E’)のに対し,乙A1発明では,インクカートリッジ内の記憶装置(制御部)は,プリンタとの接点から入力される色情報(識別情報)に係る信号と,記憶装置の保持する前記色情報とが一致した場合に,応答信号をプリンタ側の制御回路に対して送り返す動作を制御するものの,上記記憶装置(制御部)においてプリンタ側の表示ランプ(発光部)を発光させるものではない点。」
原審は、
「相違点1及び2に相当する構成は,乙A18公報及び乙A17公報等に開示されているとは認められず,このほかに,上記相違点に相当する構成が本件特許の最先の優先日当時において周知慣用技術であったことを認めるに足りる証拠もない。」とした上で、さらに、
「被告らは,相違点1及び2に係る構成が本件特許の最先の優先日当時において周知技術であったことを裏付けるものとして,上記各公報のほかに,乙A2ないしA6,A36,A37,A51,A67各公報も挙げているが,いずれの公報にも,受光部等の構成が断片的に記載されているだけで,上記相違点に係る構成は開示されていないと認められ,これらの公報の記載を総合しても,上記相違点に係る構成が周知技術であったと認めることはできない。」と判示した。
そして、控訴審においても、
「原判決136頁以下の判示内容と同様に(ただし,後記のとおり判断を補足する。),特開2002-301829号公報(乙A3),特開平4-275156号公報(乙A4),特開2002-5818号公報(乙A18),特開平11-263025号公報(乙A36),特開2003-291364号公報(乙A67)中に,本件訂正発明1と乙A1発明1の相違点について本件訂正発明1の構成に容易に想到できるとすべきまでの周知技術ないし事項や,本件訂正発明2と乙A1発明2の相違点について同様に評価すべき周知技術ないし事項が記載されているとはいえない。」と判示した。
そして、そのように判断した理由として、「本件訂正発明1,2の技術的課題ないしそれを踏まえての相違点の構成に至る動機付けの主張を伴わないままにその容易性を主張するものであって,この点において既に理由がない。」とした。
【解説】
被告は、原審において、当該相違点1及び2に係る構成は、いずれも本件特許の優先日当時において、周知慣用技術であったことを、乙A18、乙A17、さらには乙A2ないしA6、A36、A37、A51、A67の各公報を挙げて主張したが(計11文献)、裁判所は、そもそも相違点1及び2に係る構成が、乙A18及びA17には、本件発明の特徴を構成する本件光照合処理が開示されておらず、また、乙A2ないしA6、A36、A37、A51、A67にも、受光部等の構成が断片的に記載されているだけで、相違点1及び2に係る構成は開示されていないとして、当該主張を斥けた。
また、控訴審においても、乙A3、乙A4、乙A18、乙A36、乙A67中に、当該相違点について、本件訂正発明1の構成に容易に想到できるとすべきまでの周知技術ないし事項は記載されているとはいえないと判示し、原審の判断を覆さなかった。
複数文献を列挙し、当該文献に当該技術が複数記載されていることにより、当該技術が周知であることを立証すべき場面は侵害訴訟のみならず特許無効審判でも多く見受けられるが、その際にも、控訴審で「本件訂正発明1,2の技術的課題ないしそれを踏まえての相違点の構成に至る動機付けの主張を伴わないままにその容易性を主張するものであって,この点において既に理由がない。」と判示されているとおり、単に複数の文献を挙げ、その技術的事項を述べるにとどまらず、特許発明の課題と、それを踏まえての相違点に至る動機付けまでが可能か否かを検討した上で、当該検討内容を含めて主張を構成すべきである。例えば市販のあらゆる製品に搭載されているハードディスクの汎用技術が周知であることを立証する場合等であればともかく、本件のように、極めて汎用的な技術的事項とはいえない技術が周知であることを立証する場合には、複数文献に記載されている技術的事項そのものだけでなく、当該技術的動機付けまでも含めて検討することが重要となる。
また、立証すべき周知技術に関する構成が各文献に断片的にしか記載されていないと判示されているが、複数文献に記載の技術的事項のうち、真に共通する技術的事項が何かを特定した上で、文献を取捨選択することも、必要である。
 本件では、特許発明の課題を踏まえての相違点に至る動機付けを試みる場面において、本件発明の特徴たる本件光照合処理に関する構成のより多くをカバーする証拠を周知技術立証の中心に据えるべきではなかったのではないかと思われる。
※本件光照合処理:プリンタにおいて、キャリッジに搭載したインクタンクが受光手段の付近で細かく移動し、インクタンクが装着されるべき搭載位置が受光手段に対向する位置に来たときに、インクタンクの発光部を発光させ、正しい位置にインクタンクが装着されていれば、受光部で受光でき、そうでなければ受光できないという仕組みにより、インクタンクの装着が正しい位置かを確認する処理

2011.8.22(文責)弁護士・弁理士 和田祐造