【ポイント】
本件発明の「車載ナビゲーション装置」における「車載」の意義は、車両が利用されているか否かを問わず、車両に搭載されて、常時その状態に置かれていることを意味する。被告装置は、端末等は携帯されているものであるから、ユーザは、端末等を車内に持ち込まない限り、車両用のナビゲーション装置としては利用することができず、本件発明が「車載ナビゲーション装置」としたことによる作用効果を得られず、本件発明の目的を達することができないから、被告装置は本件発明の文言侵害にも均等侵害にも該当しないとされた事例。
【キーワード】均等侵害、複数主体の特許権侵害 

【事案の概要】
X:特許第2891794号、特許第2891795号(車載ナビゲーション装置に係る特許。以下、「本件特許権」という。)にかかる特許権者
Y:ナビゲーションサービスをユーザに使用させ、被告装置を製造し、当該サービスに供する携帯端末用のプログラムを譲渡等した
 
XはYに対して、ユーザにYナビゲーションサービス(以下、「Yサービス」という。)を使用させ、被告装置を生産し、またはYサービスに供する携帯端末用のプログラムを譲渡等する行為が本件特許権の間接侵害(特許法100条1項)に該当する等主張し、被告装置に含まれるサーバの使用差止、プログラム廃棄、当該プログラムの譲渡等の差止めと、損害賠償(民法709条、特許法102条3項)を請求した。
 
原審は、被告装置が本件特許発明の構成要件「車載ナビゲーション装置」を充足せず、その技術的範囲に属しないことを理由に、Xの請求をいずれも棄却した。
 
この判決を不服として、Xが控訴したのが本件訴訟である。
 
【争点】
被告装置が、本件特許権の文言侵害・間接侵害に該当するか否か。被告装置が、本件特許発明の「車載ナビゲーション装置」を充足するか。
  
【結論】
被告装置は、本件特許発明の「車載ナビゲーション装置」を充足しない。
 
【判旨抜粋】
(1)文言侵害
 以下の2点につき構成要件を充足しないことを理由に文言侵害を否定した。
(i)まず、構成要件「車載ナビゲーション装置」につき、
「被告装置は,「被告サーバー」はいうまでもなく,「本件携帯端末」のいずれも,車両に積載されて,常時その状態に置かれることはなく,被告装置は,「車載ナビゲーション装置」には該当しないというべきである。」
と判示し、構成要件該当性を否定した。
(ii)また、構成要件1-E「読み出された目的地座標デ―タのうちから1の目的地座標デ―タを操作に応じて選択し」につき、
「被告装置においては,ユーザの操作による「選択」に先立って「目的地座標データ」が読み出されることはない。したがって,被告装置は,「読み出された目的地座標データのうちから1の目的地座標データを操作に応じて選択」によって目的地を設定することはないから,構成要件1-Eを充足しない。」
と判示し、構成要件1-Eの充足性を否定した。
 
(2)均等侵害
 以下のとおり、被告装置が本件特許発明の作用効果を奏しないことを理由に、均等侵害を否定した。
「本件各特許発明における「車載ナビゲーション装置」における「車載」の意義は,前記のとおり,車両が利用されているか否かを問わず,車両に積載されて,常時その状態に置かれていることを意味する。このような状態に置かれていることにより,ユーザは,ナビゲーションの利用を欲したにもかかわらず,持ち込みを忘れるなどの事情によって,その利用の機会を得られないことを防止できる効果がある。これに対して,被告装置は,前記のとおり,端末等は携帯(保持)されているものであるから,ユーザは,端末等を車内に持ち込まない限り,車両用のナビゲーション装置としては利用することができない。したがって,本件各特許発明における構成要件「車載ナビゲーション装置」を被告装置の「送受信部を含んだ携帯端末」に置換することによって,本件各特許発明が「ナビゲーション装置が車載されたこと」としたことによる課題解決を実現することはなく,本件各特許発明において「車載ナビゲーション装置」としたことによる作用効果が得られず,結局,本件各特許発明の目的を達することができない。
 以上のとおりであり,被告装置におけるユーザにおいて保持する本件携帯端末が,本件特許発明1の構成要件1-A及び1-F,本件特許発明2の構成要件2-A及び2-H所定の「車載ナビゲーション装置」と均等であるとする原告の主張は採用できない。」
 
【解説】
(1)文言侵害について
 原審では、「車載ナビゲーション装置」とは、車両に載せられたナビゲーションのための装置をいい、ひとまとまりの機器としてのナビゲーション装置が車両に載せられていることを意味すると判示していたのに対し、控訴審では、車両が利用されているか否かを問わず、車両に積載されていることを意味する点では原審の認定と変わりがないが、「常時その状態に置かれていること」を意味すると認定した点で、原審よりもより限定的に解釈している。しかし、常時車両に搭載することは、本件特許公報に何ら記載がなく、常時搭載されているか否かで技術的特徴が何ら変わるものでないところからしても、常時車両に搭載されているものに限定解釈することには疑問がある。
 
(2)均等侵害について
 控訴審は、被告装置が本件特許発明の作用効果を具備しないことを理由に均等侵害を否定していることから、均等の第2要件である「当該異なる部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、」を充足しないことを理由に均等侵害を否定しているものと思われる。
 しかしながら、ここで引用された本件特許発明の作用効果は、明細書の発明の詳細な説明には一切記載されていない「常時車両に搭載されることにより、持ち込みを忘れるなどの事情で利用の機会が得られないことを防止できる」との作用効果であり、明細書の発明の詳細な説明の作用効果に係る記載を均等の第2要件で判断すべき「作用効果」の基礎とすべきとするこれまでの通説・裁判例に反するものであるし、第三者の予測可能性の点、さらには特許法70条2項において、特許発明の技術的範囲は、明細書等の記載を考慮して解釈すべきとした特許法の趣旨にも反し、適切とは言い難いように思われる。
 また、当該利用の機会を得られないことを防止できる効果は、「車載ナビゲーション装置」以外の他の構成要件のどこからも読み取ることができないものであり、本件特許発明の特徴的原理とは何ら無関係の作用効果である。被告装置は、持ち込みを忘れなければ、常時搭載されているナビゲーション装置と同一の技術的機能を果たし、同一の作用効果を奏するものである。
 このように、明細書の発明の詳細な説明に記載されていない作用効果であって、かつ本件特許発明の特徴的原理とは無関係の作用効果を被告装置が備えないことを理由に均等侵害を否定したことは、妥当といえないと思われる。
 
(3)複数主体の特許権侵害について
 原審では、上記のとおり、「車載ナビゲーション装置」を被告装置が充足しない点で、X(原告)請求に理由がないことは明らかであると述べた上、事案に鑑み、「車載ナビゲーション装置」以外の構成要件を検討し、その中で、構成要件2-Dの充足性につき、サーバに本件特許発明に対応する構成がないことをもって、被告装置が構成要件2-Dを充足しないことになるものでないと判示し、構成要件該当性の判断においては、侵害の主体が誰であるかは問題とならないとした。
 この判断枠組みは、複数主体の特許権侵害における判断枠組みとして、既にインターネットナンバー事件(知高判平成22年3月24日)、眼鏡レンズ供給システム事件(東地判平成19年12月14日)等で示された判断枠組みと整合していた。すなわち、これら2事件では、複数主体の特許権侵害における侵害判断につき、①構成要件該当性、②実施行為認定という2段階の判断をし、①では侵害主体は問題とせず、②において侵害主体が誰であるかを判断している。原審も、この枠組みと同様、①では侵害主体は問題としていなかったが、この点につき、控訴審では判断が示されていない。

2011.9.26 (文責)弁護士・弁理士 和田祐造