【判旨】
訂正をした発明における顕著な作用効果を考慮することなく、同発明が特許法29条2項に該当するとした審決には、誤りがあると判断する。
【キーワード】
カルベジロール、特許法29条2項、顕著な作用効果、虚血性心不全、非虚血性心不全
 


【事案の概要】
原告は,発明の名称を「うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物の利用」とする特許(第3546058号。請求項の数10。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
 本件特許については、平成19年9月13日、無効審判が請求され、本件特許を無効とする旨の審決が出されたため、知的財産高等裁判所に上記審決の取消しを求めて訴えを提起し、さらに、訂正審判を請求した。そこで、同裁判所は、審決を取り消す旨の決定をした。原告は、同審判手続において訂正を請求し、平成22年3月29日、訂正を認容した上で、本件特許を無効にする旨の審決が出された。そこで、原告は、同年5月6日、知的財産高等裁判所に、上記審決の取消しを求めて訴えを提起した。
 原告は、平成22年6月2日、上記訂正後の明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を求めて審判(訂正2010-390052号事件)を請求し(甲7)、特許庁は、同年12月15日付けで、請求不成立の審決をなし、その審決書の謄本は同月24日、原告に送達されたため、原告は、当該訂正2010-390052号事件の審決取消訴訟を提起した。
【争点】
 顕著な作用効果を看過した誤りが存在するか。
【判旨抜粋】
当裁判所は,訂正発明1における顕著な作用効果を考慮することなく,同発明が特許法29条2項に該当するとした審決には,誤りがあると判断する。・・・
1 顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由4)について
 当該発明が引用発明から容易想到であったか否かを判断するに当たっては,当該発明と引用発明とを対比して,当該発明の引用発明との相違点に係る構成を確定した上で,当業者において,引用発明及び他の公知発明とを組み合わせることによって,当該発明の引用発明との相違点に係る構成に到達することが容易であったか否かによって判断する。相違点に係る構成に到達することが容易であったと判断するに当たっては,当該発明と引用発明それぞれにおいて,解決しようとした課題内容,課題解決方法など技術的特徴における共通性等の観点から検討されることが一般であり,共通性等が認められるような場合には,当該発明の容易想到性が肯定される場合が多いといえる。
 他方,引用発明と対比して,当該発明の作用・効果が,顕著である(同性質の効果が著しい)場合とか,特異である(異なる性質の効果が認められる)場合には,そのような作用・効果が顕著又は特異である点は,当該発明が容易想到ではなかったとの結論を導く重要な判断要素となり得ると解するのが相当である。
とした上で、事実認定によって「発明の詳細な説明」、刊行物等を詳細に認定した上で、以下のように判断した。
ア 刊行物Aとの対比
訂正発明1については,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより,死亡率の危険性が67%減少する旨のデータが示されている。これに対し,刊行物Aには,カルベジロールは虚血性心不全・・・の,死亡率改善については何らの記載もない。また,刊行物Aには・・・非虚血性心不全患者・・・死亡率の低下について記載はない。
イ その他の公知文献との対比
本願優先日前,β遮断薬のほかACE阻害薬にも心不全に対する有用性が認められていた,そして,ACE阻害薬及びβ遮断薬の死亡率減少に対する効果に関する報告をみると,①・・・慢性うっ血性心不全患者(虚血性と非虚血性を含む。)に投与・・・死亡率のリスクが16%減少・・・②重度うっ血性心不全(虚血性と非虚血性を含む。)の患者にエナラプリルを投与・・・死亡率が27%減少・・・③心筋梗塞を発症した左室機能不全患者に・・・死亡率のリスクが19%減少・・・④・・・β遮断薬であるビソプロロールを心不全患者(虚血性と非虚血性を含む。)に投与した場合の生存率の改善は実証されていない・・・本願優先日前,β遮断薬による虚血性心不全患者の死亡率の低下については,統計上有意の差は認められていなかったと解される。また,・・・ACE阻害薬の投与による虚血性及び非虚血性を含めた心不全患者の死亡率の減少は16ないし27%にすぎず,また,虚血性心不全患者の死亡率の低下は19%にすぎなかった。したがって,訂正発明1の前記効果,すなわち,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより死亡率の危険性を67%減少させる効果は,ACE阻害薬を投与した場合と対比しても,顕著な優位性を示している。
ウ 虚血性心不全と非虚血性心不全の治療効果の差異
虚血性心不全は冠動脈疾患を原因とする心不全であるのに対し,非虚血性心不全は冠動脈疾患以外の原因で発生する心不全であり,その発生原因が異なるため,生存率も異なり(虚血性心不全の方が非虚血性心不全より生存率が悪い。),薬剤投与の効果も異なるということが,本願優先日前の当業者の技術常識であったと認められる・・・ACE阻害薬の投与により虚血性及び非虚血性を含めた心不全患者の死亡率が16ないし27%減少したという報告がなされていたとしても,虚血性心不全患者に限った場合,同程度の死亡率減少効果が認められると予測し得るとはいえない。
エ 以上のとおり,・・・訂正発明1における死亡率の危険性を67%減少させるとの上記効果は,「カルベジロールを『非虚血性心不全患者』に少なくとも3か月間投与し,左心室収縮機能等を改善するという効果を奏する」との刊行物A発明からは,容易に想到することはできないと解すべきである。
オ 被告の主張に対して
この点,被告は,訂正発明1に係る特許請求の範囲において,「死亡率の減少」という効果に係る臨界的意義と関連する構成が記載されておらず,訂正発明1は,薬剤の使用態様としては,この分野で従来行われてきた治療のための使用態様と差異がなく,カルベジロールをうっ血性心不全患者に対して「治療」のために投与することと明確には区別できないことから,死亡率の減少は単なる発見にすぎないことを理由に,訂正発明1が容易想到であるとした審決の判断に,違法はない旨主張する。
 しかし,被告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。すなわち,特許法29条2項の容易想到性の有無の判断に当たって,特許請求の範囲に記載されていない限り,発明の作用,効果の顕著性等を考慮要素とすることが許されないものではない・・・。
 また,カルベジロールをうっ血性心不全患者に対して「治療」のために投与する例が従来から存在すること,及び「治療」目的と「死亡率減少」目的との間には,相互に共通する要素があり得ることは,原告主張に係る取消理由2の4に対する反論としては,成り立ち得ないではない。すなわち,「『死亡率の減少』との効果が存在することのみによって,直ちに当該発明が容易想到でないとはいえない」という限りにおいては,合理的な反論になり得るといえよう。しかし,被告の論旨は,原告主張に係る取消事由4(「死亡率の減少が予測を超えた顕著性を有する」)に対しては,有効な反論と評価することはできず,その点は,既に述べたとおりである。
【解説】
 本件特許は、「カルベジロール」と「他の薬剤」を併用した薬剤の使用方法の特許である。カルベジロールとは、β及びα1に対するアゴニストとしての効果を持つ薬剤である。アゴニストとは、阻害剤であり、一般的にβ受容体遮断薬と言われる。
 本件で問題となっている慢性心不全患者に対して、β遮断薬は基本的に禁忌であるとされていた。そういった中で期間や使用量を調整する方法によって、心不全患者に対して有効な治療法になり得、その投与方法についての特許が本件特許である。
 裁判所は従来の公知であった文献に、どのように死亡率の減少が記載されているか、カルベジロール及び上記「他の薬剤」としてのACE阻害剤(降圧物質分解酵素の阻害剤)についてどのように記載されているかを詳細に認定し、(また虚血性と非虚血性の心不全(発生原因が異なる。)についても詳細に認定した上で、)それらと比較して、本件特許明細書にある、「死亡率の危険性が67%減少」する効果と比較することによって、顕著な効果が現れていると認定した。
 被告(特許庁)は、特許クレーム中に効果が具体的に記載されていないこと、及び当該投与方法は、「治療」であって、従前の投与方法と区別がつかず、死亡率の減少は単なる発見に過ぎないとの主張に対しては、前者について下線部にあるように明細書中の記載を参照し、後者については、傍点部にあるように、技術的特徴における共通性等の観点から検討されるとされており、共通点が存在することは顕著な効果を判断する場合には当然の前提とされている。その上で、従前と比較して「顕著な効果」が存在するといえるのかが問題となるのであり、被告の主張は有効な反論とは判断できないとしたものと考えられる。
 顕著な効果の認定に、詳細な技術認定がなされ、その上で顕著な効果性を認める判断がなされており、顕著な効果を裁判上争う場合の参考事例となると考えられる。

2011.11.21 (文責)弁護士 宅間仁志