【判旨】
イ号方法が特許発明と均等であるかが争われた事案で、裁判所は、特許権者が、外形的に特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するように解されるような行動をとったことから、均等ではないと判断した。
【キーワード】
均等 第5要件 出願経過 外形的
 

【事案の概要 】
 本件は、鉄骨柱の転倒防止方法について特許権侵害訴訟である。以下のクレームについて、下線部分がイ号方法との相違点となる。そこで、原告は、イ号方法が特許発明と均等な方法であると主張した。

A①複数のエレクションピースを周方向に間隔をおいて上方の端部に有する既設の鉄骨柱に、前記
 エレクションピースに対応する複数のエレクションピースを下方の端部に有する新設の鉄骨柱を接
 合すべきとき、
A②前記既設の鉄骨柱の上側に降ろした前記新設の鉄骨柱の転倒を防止する方法であって、
B①前記既設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第1のスリットと、前記新設の鉄骨柱の各エ
 レクションピースが入る第2のスリットとを有し、前記第1のスリットの水平方向の幅が前記第2の
 スリットの水平方向の幅より大きい環状の固定ジグであって
B②2本のボルトを前記第1のスリットの両側に該第1のスリットに対して水平方向に進退可能に取
 り付け
B③かつ1本のボルトを前記第1のスリットの下側に該第1のスリットに対して上下方向に進退可能
 に取り付け、
B④また2本のボルトを前記第2のスリットの片側に該第2のスリットに対して水平方向に進退可能
 に取り付けた固定ジグを、
C①前記第1のスリットに前記既設の鉄骨柱のエレクションピースを差し込むと共に、
C②前記第2のスリットに前記新設の鉄骨柱のエレクションピースを差し込んで所定位置に配置する
 こと、
D①その後、前記第1のスリットに対して進退可能である前記ボルトのねじ込みにより前記固定ジグ
 と前記既設の鉄骨柱の前記エレクションピースとを連結すると共に、
D②前記第2のスリットに対して進退可能である前記ボルトのねじ込みにより前記固定ジグと前記
 新設の鉄骨柱の前記エレクションピースとを連結する
E ことを含む、鉄骨柱の転倒防止方法。

                         イ号方法
    (赤枠がスリット。上側のスリット幅が下側の幅よりも広く、特許発明とは逆) 

【争点】
 拒絶理由を回避する補正のうち、どこまでが意識的除外と解される外形的行動にあたるといえるか。

【判旨抜粋】
3 争点3(被告製品を使用した鉄骨柱の転倒防止方法による本件特許発明1の均等侵害の成否)について
 (1) 本件特許発明1の方法と被告製品の説明書記載方法を対比すると,本件特許発明1においては,既設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第1のスリットの水平方向の幅が,新設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第2のスリットの水平方向の幅より大きいのに対し(構成要件B①),説明書記載方法においてはこの組合せが逆となり,既設の鉄骨柱(110)の各エレクションピース(112)が入るスリット(122)の水平方向の幅が,新設の鉄骨柱(116)の各エレクションピース(114)が入るスリット(120)の水平方向の幅より小さいため,説明書記載方法は構成要件B①を充足せず,本件特許発明1の技術的範囲に属しないといえる。
 原告は,本件特許発明1の方法と説明書記載方法との間に上記のような相違点があるとしても,説明書記載方法は,本件特許発明1の方法と均等な方法であると主張する。

 (2) 本件特許発明1に係る特許請求の範囲に記載された構成中に説明書記載方法と異なる部分が存する場合であっても,①上記部分が本件特許発明1の本質的部分ではなく,②上記部分を説明書記載方法におけるものと置き換えても,本件特許発明1の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が説明書記載方法の使用の時点において容易に想到することができたものであり,④説明書記載方法が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤説明書記載方法が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,説明書記載方法は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,本件特許発明1の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
 
そして,上記⑤の要件については,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認し,又は外形的にそのように解されるような行動をとった場合には,特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から当該製品や方法を意識的に除外したものと解すべきである。
  
 (3) 本件特許の出願経緯は,以下のとおりである。
  ア …出願当初の請求項1に係る上記発明においては,既設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第1のスリットと新設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第2のスリットの水平方向の幅の大小は限定されていなかった。 
 …出願当初の請求項4には,特許請求の範囲を「前記他方のスリットは,前記一方のスリットより水平方向の幅が大きくなるように形成された,請求項3に記載の鉄骨柱のずれ修正方法。」とする発明が,それぞれ記載されていた(乙1の1)。
出願当初の請求項4に係る上記発明においては,既設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第1のスリットと新設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第2のスリットの水平方向の幅については,他方のスリットが一方のスリットより大きくなるように形成されるが,いずれか特定のスリットの水平方向の幅が他方のスリットの水平方向の幅より大きいと限定するものではなかった。

  イ 出願当初の明細書には,発明の詳細な説明として,以下の記載があった(乙1の1)。

「【0015】/環状の固定ジグに設けた2つのスリットのそれぞれに既設の鉄骨柱のエレクションピースと新設の鉄骨柱のエレクションピースとを差し込み,一方のスリットに係わるボルトによって固定ジグとエレクションピースとを連結し,他方のスリットに係わるボルトによってずれを修正するものであるため,エレクションピースの取付け位置とは関係なくずれ修正方法を実施できる。その結果,鉄骨柱の断面形状が四角形,多角形,円形,楕円形その他の形状であっても,断面形状の影響を受けない。また,エレクションピースは鉄骨柱の隅部にある必要がなく,隅部間の中央付近に取り付けることもできる。これにより,隅部に存在している冷間成形時の機械的特性の影響を排除できる。」
「【0016】/ずれ修正方法を実施する場合,前記他方のスリットの水平方向の幅が前記一方のスリットの水平方向の幅より大きくなるようにスリットを形成することが好ましい。」

  ウ (略)

  エ …
   特許庁審査官は,平成13年2月16日,本件特許出願に係る請求項1~9に係る発明は,その出願前に頒布された引用文献1~3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたとして,原告に対し拒絶理由を通知した。この拒絶理由通知書の備考欄には,「引用文献1には,第1及び第2のスリットを設けた鉄骨柱固定用ジグである点が記載されている。/引用文献2には,上下に並んだエレクションピースの各々について,水平方向の力を与えるためのボルトを設ける点が記載されている。/スリット幅を適宜選択することには格別の進歩性は認められない。」,「引用文献3には,ジグを環状に形成する点が記載されている。」と記載されていた(乙1の7)。

  オ 原告は,特許庁審査官に平成13年5月24日付け意見書(乙1の8)を提出し,同日付け手続補正書により,鉄骨柱の転倒防止方法,固定ジグ,鉄骨柱のずれ修正方法について請求項1等を変更し,請求項を2つ追加する等の補正をして,請求項1を以下のように変更した(乙1の9)。

「【請求項1】複数のエレクションピースを周方向に間隔をおいて上方の端部に有する既設の鉄骨柱に,前記エレクションピースに対応する複数のエレクションピースを下方の端部に有する新設の鉄骨柱を接合すべきとき,前記既設の鉄骨柱の上側に降ろした前記新設の鉄骨柱の転倒を防止する方法であって,/前記既設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第1のスリットと,前記新設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第2のスリットとを有し,前記第1のスリットの水平方向の幅が前記第2のスリットの水平方向の幅より大きい固定ジグであって少なくとも1本のボルトを前記各スリットに対して進退可能に取り付けた固定ジグを,前記第1のスリットに前記既設の鉄骨柱のエレクションピースを差し込むと共に,前記第2のスリットに前記新設の鉄骨柱のエレクションピースを差し込んで所定位置に配置すること,/その後,前記第1のスリットに対して進退可能である前記ボルトのねじ込みにより前記固定ジグと前記既設の鉄骨柱の前記エレクションピースとを連結すると共に,前記第2のスリットに対して進退可能である前記ボルトのねじ込みにより前記固定ジグと前記新設の鉄骨柱の前記エレクションピースとを連結することを含む,鉄骨柱の転倒防止方法。」

 この補正により,既設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第1のスリットと新設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第2のスリットの水平方向の幅の大小につき,第1のスリットの水平方向の幅が第2のスリットの水平方向の幅より大きいと限定され,特許請求の範囲の減縮がされた。 

 また,上記意見書には,以下の記載がある(乙1の8)。 

(ア) 「本願発明によれば,既設の鉄骨のエレクションピースと,既設の鉄骨上に吊り降ろした新設の鉄骨柱のエレクションピースとがそれぞれ差し込まれる固定ジグのスリットの第1のスリット部と第2のスリット部との水平方向の幅について,第1のスリット部の幅を第2のスリット部の幅より大きいものに設定したことから,…」

(イ) 「引例1の特開平8-199819号公報(判決注:引用文献1)に記載の既設の鋼管柱2のエレクションピース5と,新設の鋼管柱3のエレクションピース7とに被せられる接続函体11にあっては,該接続函体の両側面材17,18が規定するエレクションピース5,7をぞれぞれ差し込むための,反力プレート19で上下に仕切られた2つの空間の水平方向の間隔は同一である。」

「これは,引例2の特開平8-189201号公報(判決注:引用文献2)に記載された柱接続治具7および引例3の特開平326211号公報(判決注:「特開平8-326211号公報」の誤記。引用文献3)に記載された連結用の治具30においても同様である。」

(ウ) 「本願発明は,既設の鉄骨柱の上側に降ろした新設の鉄骨柱の転倒を防止し,また,水平方向のずれを修正する固定ジグのスリットについて,既設の鉄骨柱のエレクションピースを差し込む第1のスリット部の水平方向の幅を,新設の鉄骨柱のエレクションピースを差し込む第2のスリット部の水平方向の幅よりも大きいものとしたことを特徴とし,水平方向に関して互いにずれた状態である両鉄骨柱のエレクションピースの両スリット部への差し込みの許容と,各スリットに対して水平方向へ進退可能であるボルトのねじ込み作業に要する労力および時間の軽減との双方の実現を可能とする。/しかるに,引例1,2および3(判決注:引用文献1~3)は,本願発明の上記構成上の特徴について開示するところがない。」

 

  カ これに対し,特許庁審査官は,平成14年4月18日,上記エの拒絶理由通知書に記載した理由により,本件特許出願について拒絶査定をした(乙1の11)。
 原告は,この拒絶査定に対して不服審判を請求し(乙1の12),平成14年6月27日付け手続補正書により,明細書全文を本件明細書のとおり補正したところ(乙1の13),同年10月25日,特許庁審査官は,本件特許出願について特許査定した(乙1の15)。

 (4) 上記(3)認定の出願経緯からすると,出願当初の請求項1においては,既設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第1のスリットと新設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第2のスリットの水平方向の幅の大小について限定はしていなかったものである。また,鉄骨柱のずれ修正方法に係る出願当初の請求項4においては,「前記他方のスリットは,前記一方のスリットより水平方向の幅が大きくなるように形成された,請求項3に記載の鉄骨柱のずれ修正方法」と記載され,この「他方のスリット」,「一方のスリット」とは,出願当初の請求項3における「前記第1のスリット及び前記第2のスリットの一方」,「前記第1のスリット及び前記第2のスリットの他方」のことであるから,第1のスリットの水平方向の幅が第2のスリットの水平方向の幅よりも大きい固定ジグだけではなく,第2のスリットの水平方向の幅が第1のスリットの水平方向の幅よりも大きい固定ジグも含めたものとして記載していたといえる。
 その後,原告は,拒絶理由の通知を受け,出願当初の請求項4の記載のように,「前記第1のスリット及び前記第2のスリットの一方の水平方向の幅が他方の水平方向の幅より大きい固定ジグ」などと補正することが可能であったにもかかわらず,上記(3)オの補正により,請求項1等につき,「前記第1のスリットの水平方向の幅が前記第2のスリットの水平方向の幅より大きい固定ジグ」と補正したのであるから,第1のスリットと第2のスリットの水平方向の幅の大小につき,第1のスリットの水平方向の幅が第2のスリットの水平方向の幅より大きいものだけに限定したものといえる。この減縮補正は,拒絶理由通知が指摘した引用文献1~3に記載された2つの空間(スリット部)は水平方向の幅が同一であり,本件特許発明の構成上の特徴を開示していないことを主張してされたものであるから,当該拒絶理由を回避するためにされた補正と認められる。 
 本件特許に係るこのような出願経緯からすると,既設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第1のスリットと新設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第2のスリットの水平方向の幅の大小については,上記(3)オの補正において,第1のスリットの水平方向の幅が第2のスリットの水平方向の幅より大きいものに限定されたことにより,
外形的には,これとは逆の第1のスリットの水平方向の幅が第2のスリットの水平方向の幅より小さいものを本件特許発明1に係る特許請求の範囲から意識的に除外したものと解さざるを得ない。
 したがって,説明書記載方法は,均等侵害の要件のうち,少なくとも上記(2)の⑤の要件を欠くことが明らかであるから,その余の要件について検討するまでもなく,説明書記載方法が本件特許発明1の方法と均等な方法であるとする原告の主張は理由がない。

 (5) 原告は,上記補正に引用例との抵触を避ける意図はなかった,手続補正上の制約から出願時の明細書と図面に記載されていない事項を追加する補正は許されなかったなどと主張する。
   しかし,上記(4)で認定したように,上記補正は拒絶理由を回避するためにされたものと認められ,また,上記(3)イで認定したように,本件特許の出願当初の明細書(乙1の1)には,「
前記他方のスリットの水平方向の幅が前記一方のスリットの水平方向の幅より大きくなるようにスリットを形成することが好ましい。」と記載されていることからすると,仮に他方のスリットの水平方向の幅が一方のスリットの水平方向の幅より大きい旨の補正をしたとしても新規事項の追加に当たるということはできず,手続補正上の制約があったとは認められないことから,原告の上記主張は理由がない。

【検討・考察】
 本件は、いわゆる均等の第5要件(意識的除外等の特段の事情)についての具体的判断を示した事例である。そこで、以下では、第5要件の根拠となる禁反言の法理について検討し、当該検討結果に基づき本件の攻防及び判断を考察する。

 (1)包袋禁反言法理と第5要件の関係
 包袋禁反言法理とは、通常、イ号製品がクレーム文言を充足する場合に、特許出願経過を参酌し、クレームの技術的範囲を限定的に解釈する法理をいう。これに対して均等侵害の第5要件は、「対象製品等が特許発明の特許出願手続きにおいて特許請求の範囲から意識的に除外させたものにあたるなどの特段の事情がないこと」であって、禁反言の法理に基づくものとされている(最高裁平成10年2月24日判決「ボールスプライン軸受け事件」)。
 このように文言侵害及び均等侵害の両者について、包帯禁反言の法理が適用される。しかし、文言侵害では、クレームの技術的範囲を減縮する目的で適用されるのに対し、均等侵害では、クレームの技術的範囲の拡張を制限する目的で適用される。特許請求の範囲の技術的範囲は第1次的には、クレームに基づいて判断される(特許法70条1項)という原則がある以上は、例外である禁反言の適用はある程度慎重になされる必要がある。これに対して、技術的範囲を拡張する均等の場面においては、権利の外観に対する第三者の信用を保護するという観点からは、禁反言の法理が適用されやすいと解される。そうであるからこそ、前掲最高裁は、均等物等について意識的除外した場合のみならず、外形的にそのように解されるような行動をとった場合にも、禁反言の法理が適用される旨判示したのだと思われる。 

 (2) 本件についての検討
 出願当初のクレームでは、上下に2つあるスリットのスリット幅について何らの限定もなかったが、上下のスリット幅が同一である公知発明を引用する拒絶理由を受けた特許権者は、上側のスリットの幅が下側のスリットの幅よりも幅広であると補正した(外形的行動)。
 前述のように、権利外観法理の観点から、均等侵害の場合は、文言侵害の場合よりも、禁反言の法理の適用を積極的に認めるべきで
あると解するから、前記外形的行動のみをもって、当該補正に係る構成要件については均等を認めないと判断されるべきである。
 他方、前記補正の意図について、原告は、上記補正に引用例との抵触を避ける意図はなかったと主張し、裁判所は、当該拒絶理由を回避するための補正であると認定しているが、均等第5要件を検討する場面において、補正の意図の有無や意図の内容は問題にならないと考える。その意味において、原告の主張は失当であるように思われる。

 

以上

2011.12.5 (文責)弁護士 溝田宗司