【判旨】
文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約に我が国が国家として承認していない国が事後に加入した場合において,我が国が当該国との間で同条約に基づく権利義務関係は発生しないという立場を採っている以上,同国の国民の著作物である映画は,著作権法6条3号所定の著作物には当たらない。
【キーワード】
ベルヌ条約 著作権法6条3号

 


【事案の概要】

  本件は、北朝鮮で製作された同目録1ないし3記載の各映画(以下「本件各映画」という。)の著作権者であるX2及びX2から当該映画について上映、放送、第三者への許諾等の独占的な権利を受けたX1が当該映画をテレビで上映したAの権利義務を承継した一審被告Yに対して、各映画は北朝鮮の国民の著作物であり、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)により我が国が保護の義務を負う著作物として著作権法6条3号の著作物に当たると主張して、本件各映画に係る1審原告X2の公衆送信権(同法23条1項)が侵害されるおそれがあることを理由に、1審原告X2において本件各映画の放送の差止めを求めるとともに、Aによる上記の放送行為は,本件各映画について1審原告X2が有する公衆送信権及び1審原告X1が有する日本国内における利用等に関する独占的な権利を侵害するものであることを理由に、上記各権利の侵害による損害賠償を請求した。

 【争点】
 ベルヌ条約に我が国が国家として承認していない国が事後に加入した場合に当該国の著作物が著作権法6条3号によって保護されるか。

 【判旨】
一般に,我が国について既に効力が生じている多数国間条約に未承認国が事後に加入した場合,当該条約に基づき締約国が負担する義務が普遍的価値を有する一般国際法上の義務であるときなどは格別,未承認国の加入により未承認国との間に当該条約上の権利義務関係が直ちに生ずると解することはできず,我が国は,当該未承認国との間における当該条約に基づく権利義務関係を発生させるか否かを選択することができるものと解するのが相当である。
 これをベルヌ条約についてみると,同条約は,同盟国の国民を著作者とする著作物を保護する一方(3条(1)(a)),非同盟国の国民を著作者とする著作物については,同盟国において最初に発行されるか,非同盟国と同盟国において同時に発行された場合に保護するにとどまる(同(b))など,非同盟国の国民の著作物を一般的に保護するものではない。したがって,同条約は,同盟国という国家の枠組みを前提として著作権の保護を図るものであり,普遍的価値を有する一般国際法上の義務を締約国に負担させるものではない。
 そして,前記事実関係等によれば,我が国について既に効力を生じている同条約に未承認国である北朝鮮が加入した際,同条約が北朝鮮について効力を生じた旨の告示は行われておらず,外務省や文部科学省は,我が国は,北朝鮮の国民の著作物について,同条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を同条約により負うものではないとの見解を示しているというのであるから,我が国は,未承認国である北朝鮮の加入にかかわらず,同国との間における同条約に基づく権利義務関係は発生しないという立場を採っているものというべきである。
 以上の諸事情を考慮すれば,我が国は,同条約3条(1)(a)に基づき北朝鮮の国民の著作物を保護する義務を負うものではなく,本件各映画は,著作権法6条3号所定の著作物には当たらないと解するのが相当である。最高裁昭和49年(行ツ)第81号同52年2月14日第二小法廷判決・裁判集民事120号35頁は,事案を異にし,本件に適切ではない。

 【解説】
 条約の国内適用に関しては、自動執行性の有無が問題になるところ、文学及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約においては、第5条1項に「著作者はこの条約によつて保護される著作物に鉗子、その著作物の本国以外の同盟国において、その国の法令が自国民に現在与えており又は将来与えることがある権利及びこの条約が特に与える権利を享受する。」と記載されており、条約によって、著作者を内国民待遇とするとされているため、ベルヌ条約の解釈、及び本邦の著作権法の条文解釈が問題となる。
 本件において最高裁は、条約締結国が負担する義務が普遍的価値を有する一般国際法上の義務である場合(A)のような、特別な場合と、そうでない場合(B)を分け、後者の場合には、権利義務関係を発生させるか否かを選択できるとした。
 そして、本件ではベルヌ条約について文言解釈を行い、(B)の性質を有する義務であると判断した上で、我が国の外務省や文部科学省が北朝鮮の国民の著作物について、ベルヌ条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を負わないとの見解を示しており、我が国は権利義務関係を発生させないとの選択をしていると判断した。
 なお、最高裁昭和49年(行ツ)第81号同52年2月14日第二小法廷判決・裁判集民事120号35頁 においては、原告はパリ条約での保護を当初求めたが、それが否定された上で、旧特許法(大正10年法律第96号)32条の解釈の問題として検討されており、本件事案と事案を異にするとの判断は正当であると考えられる。
 以上の様に、著作権を含む国際的な権利についての一事例として実務上参考になると思われる。


¹ 旧商標法(大正一〇年法律第九九号)二四条の準用する旧特許法(大正一〇年法律第九六号)三二条は、外国人の特許権及び特許に関する権利の享有につき相互主義を定めたものであるが、同条にいう「其ノ者ノ属スル国」はわが国によって外交上承認された国家に限られるものではなくまた、外交上の未承認国に対し右相互主義の適用を認めるにあたってわが国政府によるその旨の決定及び宣明を必要とするものでもないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものであって、採用することができない。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 

2011.12.19 (文責)弁護士 宅間仁志