≪会社法8条1項の保護対象に他人の商標が含まれると判示した事例≫
【判旨】
①会社法8条1項による保護対象には、他の会社の商号に加えて、他の会社の商品名や商標等も含まれる。
②会社法8条1項にいう「不正の目的」とは、不正な行為や状態を欲する意思を要し、具体的には、他の会社を害する目的や違法性のある目的、公序良俗に反する目的等をいう。
【キーワード】
会社法8条、商標、商号、不正の目的


第1 事案
1 事案の概要
 本件は、婦人服・子供服のデザイン、製造及び販売等を業とする原告が、繊維製品の企画、製造及び販売等を業とする被告において、原告及び原告代表者とのライセンス交渉中に、ライセンス契約の締結を前提に、その商号を原告代表者の氏名のアルファベット表記や原告の登録商標と同じ「araisara」を含むものに変更したところ、その後、ライセンス交渉が決裂して原告との契約締結の可能性がなくなったにもかかわらず、嫌がらせや損害賠償請求の交渉材料にするという不正の目的をもって、原告であると誤認されるおそれのある上記商号を使用しており、これによって原告の営業上の利益が侵害されるおそれがあるとして、会社法8条に基づき、被告に対し、商号の使用差止め及び商号変更登記の抹消登記手続を求めた事案である。
2 当事者
(1)原告
 原告は、婦人服・子供服のデザイン、製造及び販売等を業として、平成16年1月に設立された有限会社である(設立時期につき弁論の全趣旨)。原告代表者は、ファッションショーの東京コレクションに参加するなどしているデザイナーであり、原告は、平成21年7月、原告代表者の氏名であるAをアルファベットで表記する「araisara」につき、洋服・コート等を指定商品として、商標登録した。
(2)被告は、繊維製品の企画、製造、輸出入及び販売等を業とする株式会社である。
3 当事者間の業務提携と被告の商号変更等
(1)原告は、日本の伝統を題材にした「araisara」という服飾ブランドを展開しており、平成21年春以降、東京コレクションに参加するなどしていた。
(2)被告代表者は、有名ブランドの製造下請等を業とするhap株式会社の代表取締役であり、平成21年2月ころ、知人の紹介で原告代表者と知り合った。その後、原告代表者と被告代表者は、協議の結果、「araisra」の別のブランドである「sara-aito」という服飾ブランドを立ち上げて展開することを合意し、平成22年1月、上記ブランドを取り扱う会社として、被告の前身である「株式会社aito」を設立した。
(3)被告は、平成22年4月以降、原告及び原告代表者(以下、両者を合わせて「原告ら」ということがある。)との間で「araisara」ブランドを取り扱うライセンス契約(以下「本件契約」という。)の締結に向けた交渉を開始して協議を重ね、同年5月31日に商号を現商号である「araisara japan株式会社」(以下「本件商号」という。)に変更し、同年6月15日にその旨の変更登記を行うなどした。しかしながら、同年7月18日に被告代表者が原告代表者から契約書案の内容について抗議を受けたことを契機として、被告代表者は、原告らとの本件契約の締結を断念し、同年8月3日、原告らに対し、交渉の打切りを通告した。
(4)被告は、現在、営業活動を行っていない上、本件契約締結交渉の過程で多額の金員を支出したことから、今後、法的整理手続の対象となるおそれもあり、今後、原告との間で本件契約を締結する可能性はない。
4 ここで取り上げる争点
(1)本件商号は原告であると誤認されるおそれのある商号か
(2)被告による本件商号の使用は不正の目的によるものか

第2 判旨 -請求認容-
1 争点(1)(本件商号は原告であると誤認されるおそれのある商号か)について
 「…原告は、Aという氏名の代表者兼デザイナーの下で、その氏名のアルファベット表記である「araisara」という名称の服飾ブランドを展開し、「araisara」の語につき、洋服、コート等を指定商品として、商標登録を得ている。これに対し、被告の使用する本件商号である「araisara japan株式会社」は、「araisara」という主要部分につき、外観において原告の服飾ブランド名や登録商標と同一であり、称呼においても原告の服飾ブランド名、登録商標及び原告代表者の氏名の称呼と同一である。本件商号のうち、「japan」の部分は、「araisara」という企業の日本法人といった印象を与える付加的な部分にすぎない。したがって、本件商号は、主要部分の外観又は称呼において原告の用いているブランド名や保有する登録商標や原告代表者名と同一であることから、原告であると誤認されるおそれのある商号であるというべきである。
 この点につき、被告は、本件商号が原告の商号とは類似してないから、原告であると誤認されるおそれはない旨主張する。しかしながら、会社法8条1項が「他の会社であると誤認されるおそれ」と規定するだけであって、「他の会社の商号であると誤認されるおそれ」と規定していないことからすると、同条は、不正の目的をもって他の会社であると誤認されるおそれのある名称又は商号の使用を禁じることにより、他の会社の営業上の利益を広く保護することにその趣旨があるのであって、他の会社の商号のみを保護することにその趣旨があるのではないと解するのが相当である。そうすると、同条によって保護される対象には、他の会社の商号に限られず、他の会社の商品名や商標等であって他の会社であると誤認されるおそれのあるものも含まれるというべきである。
2 争点(2)(被告による本件商号の使用は不正の目的によるものか)について
 「会社法8条は、商号選定自由の原則(同法6条1項)の下で、故意に他の会社の商号等に類似した商号等を使用して公衆を欺くといった反社会的な行為を防止すること等を目的として設けられたものであって、不正競争防止法2条1項1号とは異なり、他人の商号等の周知性を要件とすることなく、これに類似した商号等の使用に対する差止請求権を定めている。このような規定の趣旨に照らすならば、会社法8条1項にいう「不正の目的」とは、不正な行為や状態を欲する意思を要し、具体的には、他の会社を害する目的や違法性のある目的、公序良俗に反する目的等をいうものと解される(最高裁昭和34年(オ)第1188号同36年9月29日第二小法廷判決・民集15巻8号2256頁参照)。
 これを本件についてみると、…事実関係を総合すれば、被告は、本件商号を保有する実質的な根拠を喪失し、かつそのことを十分に認識しているにもかかわらず、法的整理手
続の対象となる可能性もある状況の下で、原告に自己の要求する損害賠償金等を支払わせるために、その支払を社名変更ないし商号変更登記抹消の条件とし、現在もその主要部分が原告のブランド名や登録商標、原告代表者の氏名のアルファベット表記と同一の本件商号を自己の名称として使用し続けているものであり、原告が被告に対して損害賠償債務等を負っているのか否かについてすら未確定の状態で、被告が、履行上の牽連関係にすらない損害賠償金等の支払を商号変更登記抹消の条件とすることは、原告を害し、不正な状態を欲する意思に基づくものというべきであるから、被告には不正の目的があるといえる。
 したがって、被告による本件商号の使用は、不正の目的によるものというべきである。」

第3 若干の検討
1 本判決の意義

 会社法8条1項は、「何人も、不正の目的をもって、他の会社であると誤認されるおそれのある名称又は商号を使用してはならない。」と規定し,同条2項は,「前項の規定に違反する名称又は商号の使用によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある会社は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と規定している。本判決は,同条の保護対象に他人の商標権が含まれることを明らかにした点で,重要な意義を有する。また,本判決は、会社法8条1項の「不正の目的」を広く捉える考え方を採用しており、この点も重要である。以下、これらの点について若干の考察を加える。
2 会社法8条の保護対象について
 
既述のとおり,会社法8条1項は、「何人も、不正の目的をもって、他の会社であると誤認されるおそれのある名称又は商号を使用してはならない。」と規定している。この文言からは、同項は、「名称又は商号としての使用」を禁じていることがわかるのみで、他の会社の名称や商号を使用することのみが禁じられるのか、他の会社の商標等を使用することも禁じる趣旨であるのかは、必ずしも定かではない。
 この点、学説上は、同項の保護対象は商号のみであると解するもの、商標等も含むと解するものがあったが(学説の紹介については,本判決の判例評釈である弥永真生「判批」ジュリスト1430号29頁等を参照)、本判決以前、この論点について判示した公表裁判例はなかった。
 このような状況のなか、本判決は、公表裁判例としては初めてこの点について判示し、商標権が本条の保護対象に含まれることを明らかにした点で、重要な意義を有する。
3 会社法8条1項の「不正の目的」の意義
 会社法8条1項の適用が認められるのは,行為者に「不正の目的」が認められる場合に限られる。この点,学説の多数は,同項の「不正の目的」とは他の会社の営業と誤認・混同を生じさせる意図であると限定的に解しており,その旨述べる裁判例もわずかながら存在する(東京地判平成10年7月16日判タ985号263頁)。かかる見解によれば、本件のように、他社に自己の要求する損害賠償金を支払わせるために当該他社の商標を使用する行為については、同条の適用は認められないことになろう。
 しかしながら、裁判例の趨勢は、本項の「不正の目的」とは、他の会社の営業と誤認・混同を生じさせるような特定の目的に限定されるものではなく、不正な行為や状態を欲する意思を有する場合をも広く含むとしている(最判昭和36年9月29日民集15巻8号2256頁の他、知財高判平成19年6月13日判時2036号117頁、大阪地判平成21年9月17日平成20年(ワ)第6054号も同旨)。
 本判決も、従前の裁判例の趨勢にしたがい、上記のように「不正の目的」が認められる場合を広く解するものである。

以上
2013.7.10 (文責)弁護士 高瀬 亜富