平成26年5月13日判決(大阪地裁 平成25年(ワ)第3742号)
【ポイント】
請求項の数値範囲の原告立証の実験結果が適切ではなく、非侵害とされた事例
【キーワード】
立証、技術的範囲、実験


【事案の概要】
 原告が,本件製品が原告の有する特許権を侵害するとして,被告に対し,侵害品の製造等の差止め及び廃棄を求めた。本件製品の製造者である補助参加人らが,被告に補助参加した。

 本件訴訟の対象クレーム(訂正2011-390120により訂正された特許第2791553号特許の【請求項1】)は以下のとおり。
A 幅広の不織布を取り付けようとするレンジフードの角形の通気口に合わせて切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口に仮固定してこの通気口を不織布で直接覆って使用する通気口用フィルター部材であって,
B 前記不織布として,一軸方向にのみ非伸縮性で,かつ該一軸方向とは直交する方向へ伸ばした状態で仮固定して使用したとき,120~140%まで自由に伸びて縮む合成樹脂繊維からなるものを使用し,
C 前記不織布を前記一軸方向とは直交する方向へ伸ばして,この不織布により前記通気口を覆うことを可能としたことを特徴とする
D 通気口用フィルター部材。

【争点】
本件製品が,「120~140%まで自由に伸びて縮む」不織布を使用したものかどうか(構成要件Bの充足性)

【結論】
本件製品は,いずれも「120~140%まで自由に伸びて縮む」との構成を有さず,構成要件Bを充足しない。

【判旨抜粋】
「当裁判所は,以下に述べる理由により,本件製品は,いずれも「120~140%まで自由に伸びて縮む」との構成を有さず,構成要件Bを充足しないものと判断する。」
・・
「(4) 「120~140%まで自由に伸びて縮む」の意義
 本件特許の特許請求の範囲においては,「120~140%まで自由に伸び」とされているのであるから,使用者が不織布を切断した結果,通気口の幅に約16.7~28.6%足りない場合であっても,通気口に装着可能な性能を有し,かつ,また,上記の使用態様に鑑み,使用者において,「自らの手等で伸ばして通気口に装着させる」程度の荷重,ないし「仮固定」が維持できる状況において,少なくとも120%は伸張でき,かつ140%まで伸長できる性能を有することが,構成要件Bを充足するといえる前提であると解される。」
「(5) 本件製品についての判定
 ア 甲12等試験
 原告は,本件製品が構成要件Bを充足することを判定する手段として,甲12等試験がふさわしいと主張する。
 しかし,甲12等試験がどのようなものであるかについては,「手伸ばし試験」という以上には主張されておらず,その内容は判然としないが,証拠(甲12ないし18)によると,各本件製品を,縦方向を46又は47cm,横方向を60cmの寸法に切り出し,縦方向と横方向の各両端と中央付近の3か所を,片手でその都度掴んで,任意の力で引っ張るものとうかがわれる。
 しかし,手で伸ばす場合には,荷重は人力の範囲内でいかようにも調整できるのであり,甲12等試験は,およそ客観性,再現性のある試験ということはできないものである上,上記(3)の「仮固定」したときの伸び率を測定するものでもないから,甲12等試験が本件明細書から導かれる不織布の測定方法に当たるということはできない。
 その結果をみても,当該伸ばした箇所において,縦方向(伸びやすい方向)にイ号製品が130%,ロ号製品が123%,ハ号製品が121%,ニ号製品が141%,ホ号製品が140%,ヘ号製品が,134%伸び得るものであることが判明するのみであり,この結果から直ちに「120~140%まで自由に伸びて縮む」ことがいえるわけでもない。
イ 甲6等試験
 原告は,甲6等試験が,甲12等試験と同じ意義を有する試験であり,本件製品が,いずれも「120~140%まで自由に伸びて縮む」ことの根拠となると主張する。
 しかし,甲6等試験は,その主張するところによっても,製品ごとに加える荷重を変えたり,試験片の大きさやつかみ間隔が異なったりしており,試験条件が異なるのであるから,そもそも比較対象の根拠とすることが困難である。」
「(ウ) 上記(3),(4)に認定した本件特許において構成要件とされる不織布の特性を考慮すると,実際に用いられる幅の不織布の一端を磁石及び面状ファスナーで「仮固定」して他端を引っ張り,磁石がずれたとき(「仮固定」状態から逸脱したとき)の伸びを測定する丙3,丁8試験※は,その想定に最も近似し,かつ,客観的かつ再現性の高い判定手段であるというべきである。
(6) まとめ
 以上によると,甲12等試験,甲6等試験及び甲19試験をもって,本件製品が「120~140%まで自由に伸びて縮む」ことを証明する証拠と評価することはできないし,他にこれを立証する的確な証拠はなく,かえって,丙3及び丁8の各試験の結果に照らすと,本件特許の構成に即した本件製品の伸び率は,最大でも114%にとどまると認められる。したがって,本件製品に使用される不織布が,構成要件Bの「120~140%まで自由に伸びて縮む」不織布であると認めることはできない。」
※参加人らの提出した試験結果にかかる証拠

【解説】
原告・被告双方から提出された実験結果を基に、構成要件Bの「120~140%まで自由に伸びて縮む」不織布であるか否かが争われた。結論としては、原告提出の実験結果は、客観性・再現性のある試験とはいえないこと、試験条件がまちまちであり、構成要件Bとの比較対象の根拠とするのが困難であることから、同要件の立証に足りるものとはいえないと判断した。一方で、被告側提出の実験結果が、クレームの求める要件が想定するものに近く、かつ客観性・再現性が高いものであるから、これら事件結果に照らすと、同文言を充足しないと判断した。
数値限定を付加する場合、出願段階においては、当該数値限定を立証する(実験する)方法を明細書に特定することが重要であり、当該方法は、客観性・再現性を有するものであることが必要である。一方、紛争段階では、数値限定の趣旨に合致した立証(実験)方法を選択することが肝要である。

(文責)弁護士・弁理士 和田祐造