【平成26年9月24日(知財高裁(平25年(行ケ)10255号))】
【キーワード】
新規性、用途発明、内在的同一
1 事案の概要
本件は、原告の特許出願(発明の名称を芝草品質の改良方法」、特願2005-20775号)について、拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をし、手続補正書により特許請求の範囲を補正したが、特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
◆争点:本願請求項1に係る発明における用途(芝草の密度,均一性及び緑度を改良するための)に基づき、引用発明(刊1発明)との関係で新規性が認められるか
※:本件では、進歩性についても争点となっているが、本紙では上記争点(新規性)についてのみ取り上げる。
2 裁判所の判断
第4 当裁判所の判断
……
(3) 刊1発明に基づく新規性判断の誤りに対する判断
ア 「芝草の密度,均一性及び緑度を改良」の意義について
(ア) 「均一性」及び「緑度」の文言及び技術的意義
本件審決は,刊1発明の「芝生を全体的に均一な緑色に着色するために顔料(銅フタロシアニン等)を含む芝生用着色剤を芝生に散布する方法」は,本願発明の「芝草の均一性及び緑度を改良するためのフタロシアニンの使用方法であって,銅フタロシアニンを含有する組成物の有効量を芝草に施用することを含み」に相当するとして,刊1発明の「均一な緑色に着色」を本願発明の「均一性」及び「緑度」に相当すると認定し,本願発明と刊1発明は,芝草の均一性及び緑度を改良するためのフタロシアニンの使用方法である点で一致するとした。
しかしながら,芝草管理用語辞典(126頁。甲30)によれば,芝草の品質は,肉眼観察で判断できる葉色,密度,均一性など利用目的に適合しているかどうかの度合いなどを総合評価して判断するとされていることからすると,芝草管理においては,「密度」「均一性」などの用語は,芝草の植物としての品質を評価する指標として用いられるものであると認められ,各指標の内容は一義的に明らかとはいえないものの,本願の特許請求の範囲の請求項1における「芝草の密度,均一性及び緑度」は,芝草の植物としての品質を意味するものと認められる。そして,「改良」は,悪いところを改めて良くするという意味であることからすると,本願発明の「芝草の密度,均一性及び緑度を改良する」とは,芝草に対して生理的に働きかけて,芝草の品質を良くすることを意味すると認められ,この点については,本願明細書において,芝草の植物としての品質を生理的に改良することがもっぱら記載され,着色などの人工的な加工については記載されていないことからも明らかである。
一方,前記(2)の刊行物1の記載からすると,刊1発明の「芝生を全体にきれいな緑色に着色」は,晩秋から春にかけて自然現象で薄茶色に変化する芝生を美しい緑に見せるために,緑色顔料又は青色顔料と黄色顔料の組み合わせを含む着色剤を芝生の表面に散布して,全体的に緑色を着けることを意味することは明らかである。
そうすると,刊1発明の「芝生を全体的に均一な緑色に着色するために顔料(銅フタロシアニン等)を含む芝生用着色剤を芝生に散布する方法」と,本願発明の「芝草の均一性及び緑度を改良するためのフタロシアニンの使用方法」とでは,技術的意義が異なることは明らかである。
(イ) 次に,本件審決は,本願発明の「芝草の密度,均一性及び緑度を改良」は,芝草の品質を表す密度,均一性及び緑度という3つの要素のうちの少なくとも1つを改良することを意図していると解釈し,本願発明と刊1発明とに実質的な相違がない旨判断した。
しかしながら,本願の特許請求の範囲の請求項1における「芝草の密度,均一性及び緑度を改良」が,芝草の品質のうち,密度,均一性及び緑度という3つの要素の全てを改良することを意味することは,文言上明らかであって,これを3つの要素のうちの少なくとも1つを改良することを意図していると解することはできない。
したがって,本件審決の上記判断には,その前提に誤りがある。
(ウ) 以上によれば,刊1発明と本願発明は「芝草の均一性及び緑度を改良」する点で一致するとした上で,「芝草の密度,均一性及び緑度を改良」の意義が3つの要素のうちの少なくとも1つを改良することを意図していると解釈し,本願発明と刊1発明とで実質的な差異はないと判断した本件審決の認定判断には誤りがある。
イ 「芝生の緑が常に美しい」ことの意義について
次に,本件審決は,刊1発明は,常に芝生の緑が美しい方が望ましいという課題を,銅フタロシアニンを含む組成物の有効量を施用することで解決するものであり,芝生の緑が常に美しいということは,芝生が健康,すなわち有益な密度と均一性であることが明らかであるから,本願発明と刊1発明とには実質的な差異がない旨判断した。
しかしながら,上記アで判示したとおり,刊1発明は,晩秋から春にかけて自然現象で薄茶色に変化する芝生を美しい緑に見せるために,緑色顔料又は青色顔料と黄色顔料の組み合わせを含む着色剤を芝生の表面に散布して,全体的に緑色を着けることで解決するものであって,刊1発明でいう「芝生の緑が常に美しい」ということが,芝草に対して生理的に働きかけて,芝草の品質を良くすることを意味しないことは明らかである。
したがって,本願発明と刊1発明に実質的な差異がないということはできない。
ウ 新しい用途を提供する点について
さらに,本件審決は,本願発明も刊1発明は,銅フタロシアニンを含む組成物の有効量を芝生に施用するという手段において区別できず,刊1発明においても芝生の均一性及び密度の改良という作用効果が得られていると解されるから,本願発明と刊1発明は実質的に同一である旨判断した。
しかしながら,上記ア(イ)で判示したとおり,本願発明は「芝草の密度,均一性及び緑度を改良するためのフタロシアニンの使用方法」であるから,「芝草の密度,均一性及び緑度を改良するための」は,本願発明の用途を限定するための発明特定事項と解すべきであって,銅フタロシアニンを含む組成物の有効量を芝生に施用するという手段が同一であっても,この用途が,銅フタロシアニンの未知の属性を見出し,新たな用途を提供したといえるものであれば,本願発明が新規性を有するものと解される。
そこで,刊1発明における銅フタロシアニンの用途について検討すると,前記アで判示したとおり,刊1発明は,銅フタロシアニンを着色剤として用いて芝草を緑色にするという内容にとどまるものであって,刊行物1には,芝草に対して生理的に働きかけて,品質を良くするという意味での成長調整剤(成長調節剤)としての本願発明の用途を示唆する記載は一切ない。加えて,着色剤と成長調整剤とでは,生じる現象及び機序が全く異なるものであって,証拠(甲48,50,52~55,57)によれば,①植物成長調整剤は「農作物等の生理機能の増進又は抑制に用いられる成長促進剤,発芽抑制剤その他の薬剤」(農薬取締法1条の2第1項)に該当する「農薬」であるのに対して,着色剤はこれに該当しないこと(甲50),②文献上も両者は異なるものとして分類されていること(甲48),③商品としても,両者は区別されて販売されていること(甲52~54,57),④成長調整剤は芝草の生育期に使用されるのに対して,着色剤は芝休眠時に使用されるなど使用時期も異なること(甲53~55)などからすると,本願発明における芝草の「密度」,「均一性」及び「緑度」の内容は必ずしも一義的に明らかではないものの,本願発明は,刊1発明と同一であるということはできないものと認められる。
エ 被告の主張について
被告は,用途発明として取り扱って新規性等を判断することができるのは,例えば,「・・・を用いた芝草の緑度,密度及び均一性改良方法」「有効量を芝草に施用する,フタロシアニンを有効成分とする芝草の緑度(密度,均一性)改良剤」のように用途発明の形式で特定されている場合に限られると解すべきであって,本願発明において,「芝草の密度,均一性及び緑度を改良」は,フタロシアニンを含有する組成物を製造し施用する方法の奏する作用効果にすぎないなどと主張する。
しかしながら,上記ウで判示したとおり,特許請求の範囲の記載からすれば,「芝草の密度,均一性及び緑度を改良するための」が用途を特定していると解され,被告が例示するような表現でなければならないという理由はない。
オ 以上によれば,本願発明における「芝草の密度,均一性及び緑度を改良するための」という銅フタロシアニンの用途は,刊1発明に記載されているということはできないので,その余の点について判断するまでもなく,本願発明と刊1発明とは実質的に同一であるということはできない。
したがって,本件審決には,刊行物1に基づく新規性の判断誤りがあり,原告主張の取消事由1は理由がある。
(以下略)
3 コメント
本件では、本願請求項1に係る発明は、引用発明との関係で、物としての構成については相違がないことは前提に、本願請求項1に記載された「用途(芝草の密度,均一性及び緑度を改良する)」が、新規性の根拠となるかが問題となっている。
本願請求項1に係る発明も、引用発明も、芝生に施用するためのものである点でも共通しているから、引用発明を実施すれば、(実施した者の認識はともかく)本願請求項1に係る発明の効果も得られていたはずであるという点で、典型的な用途発明とは異なる論点が生じている。
この点裁判所は、「刊行物1には,……成長調整剤(成長調節剤)としての本願発明の用途を示唆する記載は一切ない。加えて,着色剤と成長調整剤とでは,生じる現象及び機序が全く異なるものであって,証拠……によれば,①植物成長調整剤は……「農薬」であるのに対して,着色剤はこれに該当しないこと……,②文献上も両者は異なるものとして分類されていること……,③商品としても,両者は区別されて販売されていること……,④……使用時期も異なること……など」を理由として、本願請求項1に係る発明の新規性を肯定した。
このような判断は、既存の製品の上に特許の成立を認めるものとして、パブリックドメインを侵食するおそれがあるものともいえる。他方で、裁判所が考慮要素において上記①~④の事由(商品カテゴリ・文献上の取扱い・販売上の取扱い・使用時期の違い)を挙げているように、裁判所としてもそのような問題に発展しないように意識しているようにもみられる。
本件裁判例のその後の平成28年(2016年)4月には、特許・実用新案審査基準が改正され、従前は新規性の根拠として認められていなかった、食品についての用途限定が、新規性の根拠に認められるようになっている。
食品における用途限定では、上記したような「引用発明を実施すれば、(実施した者の認識はともかく)本願請求項1に係る発明の効果も得られていた」という条件に該当し、かつ、上記①~④の事由(商品カテゴリ・文献上の取扱い・販売上の取扱い・使用時期の違い)がない事例が多く生じているものと思われる。
このような事例が問題となったとき、裁判所が改めてどのような判断を下すのかは注視すべき点と考える。
以上
弁護士・弁理士 高玉峻介