平成26年10月8日判決(東京地裁 平成26(行ケ)第10127号)
【判旨】
本件審決取消訴訟は,実質において,本件商標と引用商標との類否判断につき,既に判決確定に至った別件審決取消訴訟を蒸し返すものといえ,訴訟上の信義則に反し,許されないものというべきである。
【キーワード】
商標権、無効審判、商標法4条1項11号、民訴法2条、114条、知財高裁2部判決


【事案の概要】
1 概要
 本件は,引用商標(以下参照)の商標権者である被告の請求に基づき,原告の有する本件商標(以下参照)がその指定商品の一部に関して商標法4条1項11号(他人の先願登録商標と同一又は類似の商標)に該当するものとしてその登録を無効とした特許庁の審決の審決取消訴訟である。

2 背景事情
(1) 本件商標について
 原告は,以下の本件商標の商標権者である。

①登録番号 商標登録第5244937号
②出願日  平成20年11月28日
③登録日  平成21年 7月 3日
④登録時における商品及び役務の区分並びに指定商品
第14類
 身飾品,キーホルダー,宝石箱,宝玉及びその模造品,貴金属性靴飾り,時計
第18類
 かばん金具,がま口口金,皮革製包装用容器,かばん類,袋物,携帯用化粧道具入れ,傘,革ひも,毛皮
第25類・・・※
 被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,運動用特殊衣服,運動用特殊靴
※・・・第25類の指定商品のうちの「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物」については、平成25年11月8日登録を無効とする旨の審決が確定している(詳細は後述する。)。

(2) 引用商標について
 被告は、以下の引用商標の商標権者である。

①登録番号 商標登録第5155384号
②出願日  平成18年10月30日
③登録日  平成20年 8月 1日
④商品及び役務の区分並びに指定商品
第14類
 貴金属,キーホルダー,身飾品(「カフスボタン」を除く。),貴金属製のがま口及び財布,宝玉及びその模造品,宝玉の原石,時計
第18類
 かばん類,袋物,傘,革ひも,原革,原皮,なめし皮,毛皮
第25類
 洋服,コート,セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽,和服,エプロン,えり巻き,靴下,ゲートル,毛皮製ストール,ショール,スカーフ,足袋,足袋カバー,手袋,布製幼児用おしめ,ネクタイ,ネッカチーフ,バンダナ,保温用サポーター,マフラー,耳覆い,ずきん,すげがさ,ナイトキャップ,ヘルメット,帽子,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,乗馬靴

(3) 特許庁等における手続の経緯
 ア 別件無効審判請求事件
 被告は,平成24年8月6日,本件商標の指定商品中,第25類「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物」(以下「別件審判の請求に係る指定商品」という。)についての登録無効審判請求をした(無効2012-890067号。以下「別件無効審判請求事件」という。)。
 特許庁は,同年12月3日,本件商標の指定商品中,別件審判の請求に係る指定商品についての登録を無効とする旨の審決(以下「別件審決」という。)をした。
 原告は,別件審決の取消しを求めて審決取消訴訟(平成25年(行ケ)第10008号。以下「別件審決取消訴訟」という。)を提起したが,知的財産高等裁判所は,平成25年6月27日,原告の請求を棄却するとの判決を言い渡した(以下「別件判決」という。)。原告は,別件判決を不服として,上告及び上告受理申立てをしたが(平成25年(行ツ)第391号,同年(行ヒ)第411号),最高裁判所は,同年11月8日,上告棄却及び上告不受理の決定をし,別件判決及び別件審決が確定した。

 イ 本件無効審判請求事件
 被告は,平成25年8月5日,本件商標の指定商品中,第14類「身飾品(「カフスボタン」を除く。),キーホルダー,宝玉及びその模造品,貴金属性靴飾り,時計」及び第18類「かばん類,袋物,傘,革ひも,毛皮」(以下「本件審判の請求に係る指定商品」という。)についての登録無効審判請求をした(無効2013-890053号。以下「本件無効審判請求事件」という。)。被告主張の無効理由は,①本件商標は,外観において後記引用商標と類似する商標であること,②本件審判の請求に係る指定商品は,同引用商標の指定商品と同一又は類似するものであること,③同引用商標は,本件商標の登録出願よりも前に登録出願され,登録された商標であることから,本件商標は,商標法4条1項11号に該当する,というものである。
 特許庁は,平成26年4月10日,本件商標の指定商品中,本件審判の請求に係る指定商品についての登録を無効とする旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。

【争点】
争点は,①本件商標が引用商標に類似するか否か,②両商標が非類似とする原告の主張が,前件訴訟の蒸し返しであるか否かである(裁判所は②のみ判断し、本件審決取消訴訟を不適法却下した。)。

【判旨抜粋】
2⑴ 本件審決取消訴訟は,本件審決の取消しを求めるものであり,別件審決の取消しを求める別件審決取消訴訟とは訴訟物が異なる。
 もっとも,前記1のとおり,本件審決及び別件審決はいずれも,原被告間における本件商標の登録に係る無効審判請求事件につき,本件商標が引用商標と類似し,商標法4条1項11号に該当する旨を認定した。したがって,本件審決取消訴訟及び別件審決取消訴訟のいずれも,原被告間において,上記認定をした審決の判断の当否を争うものであり,①当事者及び②本件商標と引用商標との類否という争点を共通にしている。
 ⑵ この点に関し,本件審決取消訴訟における原告の主張の骨子は,前述したとおり,両商標の外観につき,「ジョリー・ロジャー」又は「頭蓋骨と骨のハザードシンボル」から由来する「基本的構図」という概念を掲げ,「基本的構図」が既に出所識別力を失っているとして,それ以外の構成要素によって類否を決すべきであるというものであるのに対し,別件審決取消訴訟における原告の主張の骨子は,そのような概念を用いず,頭蓋骨及び骨片の位置,眼窩部の形状などといった両商標間の9つの相違点を個別に挙げるというものであり(乙1),両主張の内容に差異があることは,明らかである。
 しかしながら,上記差異は,本件商標と引用商標との類否について異なる観点から検討したことによるものにすぎず,いずれの主張も,両商標が類似している旨認定した審決の判断の誤りを指摘するものであることに変わりはない。そして,本件審決取消訴訟と別件審決取消訴訟との間に,各商標の外観な
ど類否判断の前提となる主要な事実関係について相違があるとは,認められない(前述したとおり,特定の指定商品についてのみ妥当するような判断もない。)。
 ⑶ 以上によれば,本件審決取消訴訟は,実質において,本件商標と引用商標との類否判断につき,既に判決確定に至った別件審決取消訴訟を蒸し返すものといえ,訴訟上の信義則に反し,許されないものというべきである(最高裁昭和51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号799頁,同昭和52年3月24日第一小法廷判決・集民120号299頁,同平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1147頁参照。)。
 したがって,原告による本訴の提起は,不適法なものとして却下を免れない。

【検討】
 本判決は、信義則(民訴法2条)により後訴を遮断したものである。こうした遮断については、訴権の濫用であると説明する考え方や(伊藤眞 民事訴訟法第3版再訂版 p.297)、判決理由中の判断に対する拘束力(信義則に基づく拘束力)の一類型と説明する考え方がある(同 p.494~497、民事訴訟法判例百選(第三版) 88事件)。ただ、いずれの考え方においても、原告が訴訟物についての紛争解決を求める正当な利益を有しないという利益考量が必要であるという点では共通するようである。
 後者の考え方、すなわち信義則に基づく判決理由中の判断に対する拘束力が認められるための判断枠組みとして、伊藤眞先生は「信義則適用の前提として、(a)前訴と後訴とが同一紛争にかかわることのほかに、(b)後訴の主張が前訴でなされた主張と同視できる事情や、(c)訴え提起までの時間の経過などの事情を考慮し、後訴における主張を制限しても、前訴の相手方の信頼を保護すべきであるとの判断が要求される」としている(伊藤眞 民事訴訟法第3版再訂版 p.496~497 (a)~(c)は小職加筆)。
 上記判断枠組みに基づき、本件裁判例を以下検討する。
 まず、上記判断枠組みの(a)の該当性については、「同一紛争」の範囲をどの程度認めるかが問題とはなるものの、知財高裁は、「本件審決取消訴訟は,本件審決の取消しを求めるものであり,別件審決の取消しを求める別件審決取消訴訟とは訴訟物が異なる」としつつも「本件審決及び別件審決はいずれも,原被告間における本件商標の登録に係る無効審判請求事件につき,本件商標が引用商標と類似し,商標法4条1項11号に該当する旨を認定した。したがって,本件審決取消訴訟及び別件審決取消訴訟のいずれも,原被告間において,上記認定をした審決の判断の当否を争うものであり,①当事者及び②本件商標と引用商標との類否という争点を共通にしている」と判示しているので、(i)同じ商標権についての争いであること、(ii)当事者が共通していること、(iii)争点が共通であること、をもって「同一紛争」と判断したものと考えられる。
 次に、上記判断枠組みの(b)の該当性については、知財高裁は、本件審決取消訴訟と別件審決取消訴訟における原告の主張の骨子が異なっていたものの「上記差異は,本件商標と引用商標との類否について異なる観点から検討したことによるものにすぎず,いずれの主張も,両商標が類似している旨認定した審決の判断の誤りを指摘するものであることに変わりはない」と判示し、本件審決取消訴訟の主張は、別件審決取消訴訟における主張と同視できるとしている。
 最後に、上記判断枠組みの(c)の該当性については、本判決で引用されている最高裁昭和51年9月30日第一小法廷判決(民集30巻8号799頁)では、問題となった買収処分から20年経過後に後訴提起がなされたとの事情を取り上げ、法的安定性の観点を後訴遮断の一つの考慮要素とするものである。
 この点、本件では、別件無効審判請求事件(平成24年8月6日:審判請求)と本件無効審判請求事件(平成25年8月5日:審判請求)とは1年しか期間が空いておらず、知財高裁は「法的安定性」の観点は考慮していないようである。

 なお、本判決においては、「当事者の同一性」を控訴遮断の一事情として取り上げているが、本判決が引用する上記最高裁判決は、前訴で当事者とならなかった者との関係においても後訴が遮断された事案である(当事者が同一ではない事案)。平成23年の法改正で特許法167条(一事不再理)が緩和され、基本特許等のビジネス上重要な特許については同様の争点を争う無効審判が複数提起される傾向が強くなっていくことが容易に予想できる状況にあることに鑑みれば、今後は、当事者が共通せずに特許法167条が適用されないような事案であっても、信義則に基づく後訴の遮断という判断もされることも考えられよう。

(文責)弁護士 柳下彰彦