【知財高裁平成23年4月21日・平22年(行ケ)10386号】

【キーワード】
立体商標,香水瓶,L’EAU D’ISSEY,ローディッセイ,ISSEY MIYAKE,三宅一生,第3条1項3号,3条2項,4条1項18号

第1 事案の概要
 本件は,原告が,下記の本願商標にかかる登録出願に対する手続において,原告の拒絶査定不服審判請求について特許庁が同請求は成り立たないとする審決をしたことについて,当該審決には取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。


本願商標

第2 判旨(下線は筆者による)
   裁判所は、以下のとおり判示し、特許庁が不服2008-650045号事件について平成22年8月5日にした審決を取り消さず,原告の請求を棄却した。

1 商標法3条1項3号該当性
「商標法3条1項3号は,「その商品の産地,販売地,品質,原材料,効能,用途,数量,形状(包装の形状を含む。),価格若しくは生産若しくは使用の方法若しくは時期又はその役務の提供の場所,質,提供の用に供する物,効能,用途,数量,態様,価格若しくは提供の方法若しくは時期を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は,商標登録を受けることができない旨を規定し,同条2項は,「前項3号から5号までに該当する商標であっても,使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては,同項の規定にかかわらず,商標登録を受けることができる」旨を規定している。その趣旨は,同条1項3号に該当する商標は,特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに,一般的に使用される標章であって自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないものとして,商標登録の要件を欠くが,使用をされた結果,自他商品識別力を有するに至った場合に商標登録を認めることとしたものである。
 商標法は,商標登録を受けようとする商標が,立体的形状(文字,図形,記号若しくは色彩又はこれらの結合との結合を含む。)からなる場合についても,所定の要件を満たす限り,登録を受けることができる旨規定するが(同法2条1項,5条2項),同法4条1項18号において,「商品又は商品の包装の形状であって,その商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標」は,同法3条の規定にかかわらず商標登録を受けることができない旨を規定していることに照らすと,商品及び商品の包装の立体的形状のうち,その機能を確保するために不可欠な立体的形状については,特定の者に独占させることを許さないものとしたものと解される。」
「商品及び商品の包装の形状は,多くの場合,商品等に期待される機能をより効果的に発揮させたり,商品等の美感をより優れたものとする等の目的で選択されるものであって,直ちに商品の出所を表示し,自他商品を識別する標識として用いられるものではない。このように,商品等の製造者,供給者の観点からすれば,商品等の形状は,多くの場合,それ自体において出所表示機能ないし自他商品識別機能を有するもの,すなわち,商標としての機能を果たすものとして採用するものとはいえない。また,商品等の形状を見る需要者の観点からしても,商品等の形状は,文字,図形,記号等により平面的に表示される標章とは異なり,商品の機能や美感を際立たせるために選択されたものと認識するのであって,商品等の出所を表示し,自他商品を識別するために選択されたものと認識する場合は多くない。
 そうすると,客観的に見て,商品等の機能又は美感に資することを目的として採用されると認められる商品等の形状は,特段の事情のない限り,商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として,商標法3条1項3号に該当することになる。
 また,商品等の機能又は美感に資することを目的とする形状は,同種の商品等に関与する者が当該形状を使用することを欲するものであるから,先に商標出願したことのみを理由として当該形状を特定人に独占使用を認めることは,公益上適当でない。
 よって,当該商品の用途,性質等に基づく制約の下で,同種の商品等について,機能又は美感に資することを目的とする形状の選択であると予測し得る範囲のものであれば,当該形状が特徴を有していたとしても,同号に該当するものというべきである。」
「他方,商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠とまでは評価されない立体的形状については,それが商品等の機能を効果的に発揮させ,商品等の美感を追求する目的により選択される形状であったとしても,商品等の出所を表示し,自他商品を識別する標識として用いられ,又は使用をされた結果,その形状が自他商品識別力を獲得した場合には,商標登録を受けることができるものとされている(商標法3条2項)。」
「本願商標は,指定商品に含まれる香水等の容器(包装容器)の立体的形状に係るものであり,その形状は,縦に細長く,容器の部分はやや丸みを帯びた円錐形で,その上部にある金属製の蓋の頂上には,ボール状のつまみがあるというものである。」
「本願の指定商品の1つである香水等の容器には,洗練されたデザインからなる多種多様な形状があるところ,円筒,楕円柱状や水筒状のものが多いことは,原告が自認するところである。
 また,香水の容器として,本件審決時点で,縦に細長く,容器の部分は円錐形で,その上部にある蓋の頂上に,ボール状のつまみがあるものが複数存在し(乙2の1~8,弁論の全趣旨),その中でも特に,レジェンドフォーレディEDP・SP(乙2の1)及びヒッピーナイトミニ香水EDP・BT(乙2の7)の立体的形状は,縦に細長く,容器の部分はやや丸みを帯びた円錐形で,その上部にある金属製の蓋の頂上には,ボール状のつまみがあって,本願商標と酷似する形状のものである。
「本願商標の立体的形状のうち,上部の蓋の部分は,液体である香水を収納し,これを取り出すという容器の基本的な形状であり,その下の容器部分の形状は,容器の輪郭の美感をより優れたものにするためのものであることが認められる。
 そうすると,本願商標の立体的形状は,本件審決時を基準として客観的に見れば,香水の容器について,機能又は美感に資することを目的として採用されたものと認められ,また,香水の容器の形状として,需要者において,機能又は美感に資することを目的とする形状と予測し得る範囲のものであるから,商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として,商標法3条1項3号に該当するというべきである。」
「原告は,本願商標のような形状は,機能を犠牲にして審美性を追求しているから,一般的に使用されるものではなく,自他商品識別力を有すると主張する。
 しかし,原告の上記主張自体,美感を高めるための形状であることを自認しているものであるし,仮に,原告の主観的な意図が,本願商標の形状に自他商品識別力を持たせることを目的とするものであったとしても,そのことにより,本願商標の立体的形状が有する客観的な性質に関する判断が左右されるものではなく,本願商標の形状が予測し得る範囲を超えるということはできない。」
「原告は,本願商標の立体的形状が,水滴を想起させるなどと主張し,雑誌等にも,本願商標に係る香水が水のしずく又は水をイメージしているなどと記載しているものが見られる(甲13,20,25,67)。
 しかし,原告の提出した本願商標に係る写真(甲1,2)は,いずれも不明瞭で,容器の内部の形状は目立たないものである上,上記主張は,本願に係る事後通報における商標に関する記述にもないものである(乙1の1)。そして,上記雑誌の記載も,L’EAU D’ISSEY(イッセイの水)という香水の名称からの連想を記載したものとも解され,原告の上記主張を採用するに足りない。」

2 商標法3条2項該当性
「前記1のとおり,商標法3条2項は,商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として同条1項3号に該当する商標であっても,使用により自他商品識別力を獲得するに至った場合には,商標登録を受けることができることを規定している。
 そして,立体的形状からなる商標が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは,①当該商標の形状及び当該形状に類似した他の商品等の存否,②当該商標が使用された期間,商品の販売数量,広告宣伝がされた期間及び規模等の使用の事情を,総合考慮して判断すべきである。
 なお,使用に係る商標ないし商品等の形状は,原則として,出願に係る商標と実質的に同一であり,指定商品に属する商品であることを要するが,機能を維持するため又は新商品の販売のため,商品等の形状を変更することもあり得ることに照らすと,使用に係る商品等の立体的形状が,出願に係る商標の形状と僅かな相違が存在しても,なお,立体的形状が需要者の目につきやすく,強い印象を与えるものであったか等を総合勘案した上で,立体的形状が独立して自他商品識別力を獲得するに至っているか否かを判断すべきである。
「前記1のとおり,本願商標は,指定商品である香水等の容器(包装容器)の立体的形状に係るものであり,その形状は,縦に細長く,容器の部分はやや丸みを帯びた円錐形で,その上部にある金属製の蓋の頂上には,ボール状のつまみがある。本願の指定商品の1つである香水等の容器としては,洗練されたデザインからなる多種多様な形状があるところ,本願商標は,香水の容器の形状として通常採用されている範囲を大きく超えるものとまではいえない。
 しかも,香水の容器として,本件審決時点で,縦に細長く,容器の部分は円錐形で,その上部にある蓋の頂上にボール状のつまみがある形状のものが複数存在し,特に,レジェンドフォーレディEDP・SP(乙2の1)及びヒッピーナイトミニ香水EDP・BT(乙2の7)の形状は,縦に細長く,容器の部分はやや丸みを帯びた円錐形で,その上部にある金属製の蓋の頂上には,ボール状のつまみがあって,本願商標と酷似する形状のものであることも,前記1のとおりである。」
「そして,本願商標に係る“L’EAU D’ISSEY”(ローディッセイ)の香水が販売開始された平成5年以降,雑誌等において,そのボトルデザインについて,シンプル,簡潔といった評価がされている(甲10,12~14,16,78)。」
「原告は,フランスに本社を置く化粧品会社であり,資生堂のグループ会社である(甲3~5)。原告は,「ISSEY MIYAKE」(イッセイミヤケ)という香水のブランドを有している。」
「原告は,平成4年,本願商標に係る立体的形状の容器に入れた“L’EAU D’ISSEY”(ローディッセイ)の香水の販売を開始し,我が国においても,平成5年に販売を開始して,本件審決時まで販売を継続している(弁論の全趣旨)。
 我が国における上記香水の売上高は,平成16年以降,年間1億円を超える年もあったが,平成21年は約1740万円,平成22年は約3060万円となっている(甲8の1・2)。」
「“L’EAU D’ISSEY”(ローディッセイ)については,販売開始後15年余りの間に,少なくとも約70回香水専門誌やファッション雑誌等に掲載され紹介されたり,広告されたりした(甲9~79)。」
「我が国で販売され,雑誌等に掲載された“L’EAU D’ISSEY”(ローディッセイ)の形状は,本願商標とは僅かな形状の相違が存在するものもあるが(甲30,57,70),実質的にみてほぼ同一の形状である。」
「上記のとおり,本願商標に係る香水が,一定期間一定程度売り上げられ,雑誌等に掲載されたとしても,その立体的形状がシンプルで,特異性が見いだせず,類似の形状の香水も複数存在し,酷似する形状の香水すら存在することに照らすと,本願商標の立体的形状が,独立して自他商品識別力を獲得するに至っているとまではいえない。
 しかも,本願の指定商品には,香水とは必ずしも取引者や需要者が一致するとはいえない「洗濯用漂白剤その他の洗濯用剤,清浄剤,つや出し剤,擦り磨き剤及び研磨剤」等の商品をも含まれている。
 以上の諸事情を総合すれば,本願商標は,上記指定商品に使用された場合,原告の販売に係る商品であることを認識することができるとはいえず,商標法3条2項の要件を充足するとはいえないといわざるを得ない。」
「原告は,本願商標に係る立体的形状は,フランスを始めとする複数の国で登録されていると主張する。
 しかし,本願商標に係る立体的形状が諸外国で登録されているとしても,そのことによって,我が国における商標法3条2項の要件を充足することになるわけではない。
「原告は,本願に係る指定商品は,香水と同じ生産者により製造され,同じ場所で販売されるものであると主張する。
 しかし,原告は,資生堂の香水・フレグランス市場での存在を強めるために設立され,香水を中心とする化粧品事業を行っており(甲3~6),原告の業務は,商業登記簿上,「香水,オードトワレ,ファッション製品,化粧品及び付属品の購入,販売,輸入,輸出,代理店業務及びサービス提供全般」とされ,「洗濯用漂白剤その他の洗濯用剤,清浄剤,つや出し剤,擦り磨き剤及び研磨剤」等の商品についての業務を行っていることを認めるに足りる証拠はない。また,本件審決において,本願商標がパルファム又はオードトワレ以外の商品に使用されたことの証拠がない旨判断され,本訴においても被告が同様の主張をしているにもかかわらず,原告は,香水以外の商品についての使用を主張せず,これを証する証拠も提出しない。
 さらに,デパートや専門店で販売される香水と,「洗濯用漂白剤その他の洗濯用剤,清浄剤,つや出し剤,擦り磨き剤及び研磨剤」等の商品の販売場所とが同一であることを認めるに足りる証拠もないし,両者の生産者が同一であることを認めるに足りる証拠もない。」

第3 コメント
本判決は,本願商標について,3条1項3号該当性を認めたうえで,3条2項該当性を認めず,すなわち立体商標登録を認めなかった。
まず,3条1項3号の適用について,①客観的に見て,商品等の機能又は美感に資することを目的として採用されると認められる商品等の形状は,特段の事情がない限り,また②当該商品の用途,性質等に基づく制約の下で,同種の商品等について,機能又は美感に資することを目的とする形状の選択であると予測し得る範囲のものであれば,当該形状が特徴を有していたとしても,同号に該当するという規範を定立している。当該規範は,出願に係る商標の形状が新規であることや特徴的であることを強調して同条同号該当性を否定したGuyLiANチョコレート事件(知財高裁平成20年6月30日,平成19年(行ケ)第10293号)よりも厳しい一方で,上記①②と同様の規範のほかに「当該形状が専ら商品等の機能向上の観点から選択されたものであるとき」は同号に該当するとしたコカ・コーラ立体商標事件(知財高裁平成20年5月29日・平成19年(行ケ)第10215号)よりは緩やかな規範であると位置づけることができる 。1
 つぎに,3条2項については,「本願商標に係る香水が,一定期間一定程度売り上げられ,雑誌等に掲載されたとしても,その立体的形状がシンプルで,特異性が見いだせず,類似の形状の香水も複数存在し,酷似する形状の香水すら存在することに照らすと,本願商標の立体的形状が,独立して自他商品識別力を獲得するに至っているとまではいえない。」としている。このことから,シンプルな形状の場合,いかに商品が宣伝広告され,販売されていようと,3条2項の適用が困難であることが分かる。
また,「本願の指定商品には,香水とは必ずしも取引者や需要者が一致するとはいえない「洗濯用漂白剤その他の洗濯用剤,清浄剤,つや出し剤,擦り磨き剤及び研磨剤」等の商品をも含まれている。」ことも,3条2項適用を阻む事情として挙げられている。
これに対して,本判決と同日に出された知財高裁平成23年4月21日(平成22年(行ケ)第10366号)では,香水瓶の立体的形状にかかる商標の3条2項の適用について,使用実績についての立証が「香水」に関するものであったにもかかわらず,その他の香水と「極めて密接な関係にある化粧品等」の指定商品についても3条2項の適用が認められているが,同判決においても「洗濯用漂白剤その他の洗濯用剤,清浄剤,つや出し剤,擦り磨き剤及び研磨剤」といった香水との関係性が必ずしも高いとはいえない商品についてまでは3条2項の適用が認められているわけではない。
このことから,3条2項の適用を主張する場合には,本願商標の指定商品を,使用実績を立証し得る商品と「極めて密接な関係にある」ものに限定することが重要であることが分かり,実務上参考になると思われる。

以上

(文責)弁護士 山本真祐子


 1青木大也「香水等の容器の立体的形状に係る立体商標登録の可否」(ジュリスト1457号・2013年)参照。