平成23年11月8日判決(東京地裁平成20年(行ウ)第415号)
【キーワード】
営業秘密、顧客情報、帰属、秘密管理性
【判旨】
●顧客情報の帰属について
「被告A及び同Bの携帯電話や記憶に残っていた本件顧客情報は,いずれも原告ネクストでの投資用マンションの販売業務に関連して取得されたことが認められるから,勤務先の原告ネクストに帰属するとともに,前記のとおり,原告コミュニティにも帰属するものといえる。」
●秘密管理性について
「原告らは,本件顧客情報に接し得る者を制限し,本件顧客情報に接した者に本件顧客情報が秘密であると認識し得るようにしていたといえるから,本件顧客情報は,原告らの秘密として管理されていたということができる。」

第1 はじめに -顧客情報の帰属と秘密管理性-

  本件は、投資用マンションに関する顧客情報についての営業秘密としての保護の可否が問題となった事案です。
従業員が業務の過程で得た顧客情報や研究結果は会社のもの,あるいは従業員のものどちらでしょうか?仮に従業員ものだとすれば,従業員は転職先でこれらの情報を好きなように使用できます 。
  周知のとおり,特許法や著作権法には職務の過程で行った発明や創作について,その権利の帰属を定める規定があります。しかし,営業秘密に関してはこの種の規定はありません。そのため,この点は解釈に委ねられているのですが,本判決は,会社の業務に関連して得られた情報であることを理由に,顧客情報は従業員ではなく会社のものだ,と判示しています。
また,ある情報が営業秘密としての保護を受けるためには,その情報が「秘密として管理」されていなければならないのですが(不正競争防止法2条6項),どの程度の管理が行われていれば「秘密として管理」されていたといえるのかについて,種々議論があります。
本稿では上記争点に焦点をあてて紹介します。

第2 事案
 1 概要

  本件は,投資用マンションの販売等を業とする原告株式会社エフ・ジェー・ネクスト(以下「原告ネクスト」という。)とその完全子会社で投資用マンションの管理・賃貸等を業とする原告株式会社エフ・ジェー・コミュニティ(以下「原告コミュニティ」という。)が,原告ネクストの営業社員であった被告A及び同Bにおいて,原告らからは不正の手段により,秘密保持義務を負った原告らの元社員からは悪意重過失により,原告らの営業秘密である顧客情報を取得し,被告Aが原告ネクストを退職した後に設立した投資用マンションの賃貸管理等を業とする被告株式会社レントレックス(以下「被告レントレックス」という。)で,上記顧客情報を使用して原告らの顧客に連絡し,図利加害目的で賃貸管理の委託先を原告コミュニティから被告レントレックスに変更するよう勧誘して賃貸管理委託契約を締結したとして,営業秘密の不正取得・使用等に基づく損害賠償等を求めた事案である。

2 当事者
(1)原告ら
ア 原告ネクスト

  投資用マンション「ガーラマンション」を中心とした不動産の売買等を業とする資本金の額が18億5897万円の株式会社であり,平成19年3月以来,東京証券取引所市場第2部に上場している。

イ 原告コミュニティ

  原告ネクストが販売した不動産の管理及び賃貸等を業とする資本金の額が5000万円の株式会社であり,原告ネクストの完全子会社である。

(2)被告ら
ア 被告レントレックス

  投資用マンションを中心とした不動産の賃貸管理,仲介等を業とする資本金の額が990万円の株式会社であり,平成20年11月14日,被告Aによって設立され,代表取締役を被告Aが務めている。原告コミュニティと被告レントレックスとは,競争関係にある。

イ 被告A

  平成14年3月,原告ネクストに営業社員として採用され,営業部に所属して投資用マンションの販売業務に携わり,平成18年2月,課長に就任したが,平成20年4月のカスタマーサポートグループへの異動を経て,同年7月9日に原告ネクストを退職した後,同年11月14日に被告レントレックスを設立した。

ウ 被告B

  平成15年2月,原告ネクストに営業社員として採用され,営業部に所属して投資用マンションの販売業務に携わった後,平成20年10月27日,原告ネクストを退職し,同年11月ころ,被告レントレックスに入社した。

3 本件で問題となった顧客情報

  本件では,被告らが,原告らが保有する「原告ネクストから投資用マンションを購入して原告コミュニティに賃貸管理を委託した顧客の氏名,年齢,住所,電話番号,勤務先名・所在地,年収,所有物件,借入状況,賃貸状況等から構成される情報(以下「本件顧客情報」という。)」を不正使用したかが問題となった。

4 本稿で取り上げる争点と当事者の主張
(1)本件顧客情報の帰属先
ア 原告らの主張

  「原告らの顧客情報は,売買契約書や住宅ローン申込書,営業報告書等,書類に記載されているものと,顧客管理システムに電子データで保存されているもの,営業社員が営業活動の必要上管理しているものに大別され,顧客の氏名,年齢,住所,電話番号,勤務先名・所在地,年収,所有物件,借入状況,賃貸状況等から構成される情報である。被告A及び同Bの携帯電話や記憶に残っていた顧客情報も,両被告が原告ネクストの社員であるからこそ得られた情報であり,原告らに帰属する。」

イ 被告らの主張

  「被告A及び同Bの携帯電話や記憶に残っていた顧客情報は,当該携帯電話が個人所有のものである上,両被告が顧客から個人的に得た情報であるから,原告らに帰属しない。」

(2)顧客情報の管理の程度(秘密管理要件を充足するか)
  ア 原告らの主張

   「顧客情報が記載された書類については,営業本部によって一元的に管理されており,具体的には,営業本部フロアの入口部分に監視カメラが設置された上記フロア内の施錠式倉庫に保管され,営業副本部長だけが鍵を管理するとともに,鍵を借りて倉庫に入室することができる者も5名だけに限定されている。上記書類は,営業活動に必要なため,閲覧や複写を認めているものの,使用する書類や使用する目的を記載した申請書を提出し,所属長と営業本部の両承認を得ることが求められるとともに,使用後に破棄する旨の確認印が求められていた。また,顧客情報に係る電子データが保存されているサーバーについても,営業本部長による管理の下,監視カメラが設置されて施錠されたサーバー室に保管され,そのアクセス権者は,カスタマーサポートグループか顧客管理グループに所属する社員に限定されている。サーバーへアクセスするには、コンピュータへのログイン時と顧客管理システムへのログイン時の2度にわたって個別のIDやパスワードが求められ,IDやパスワードの有効期間も90日と短期間に設定されている。さらに,営業社員が営業活動の必要上管理している顧客情報についても,関係書類の机上への放置を禁じていた上,いつでも閲覧可能な就業規則や誓約書によって社員に秘密保持義務を課し,情報セキュリティに関する社内講習や試験を行っていた。加えて,原告らは,適時に内部監査を行うとともに,外部審査も受けてISMSやISOの各登録更新を受け続けている。このため,原告らの顧客情報は,秘密として管理されていた情報といえる。」

 イ 被告らの主張

   「顧客情報が記載された書類について,その複写の申請は,使用後に破棄する旨の確認印を求められていなかった。また,営業社員が営業活動の必要上管理している顧客情報についても,関係書類が机上に放置されていたり,写しが上司等に配布されたり,上司の指導で休日等における営業のために自宅に持ち帰られたりしていた。就業規則は周知されていなかったし,誓約書にもその説明がなかった。情報セキュリティに関する社内講習や試験は,年1回形式的なものが行われるだけであった。営業社員は,手帳等で顧客情報を管理するだけであり,成約後も顧客情報を破棄することなく,買い増しに向けた営業のために手帳等での管理を継続している。このため,原告らの顧客情報は,特に営業社員が営業活動の必要上管理しているものを中心に,ずさんな方法で管理されていたものであり,秘密として管理されていた情報といえない。」

第3 判旨 -請求一部認容-
 1 本件顧客情報は会社に帰属

  裁判所は以下のとおり判示し、顧客情報は会社に帰属すると判断した。
   「前記認定の事実によれば,原告ネクストから投資用マンションを購入して原告コミュニティに賃貸管理を委託した顧客の氏名,年齢,住所,電話番号,勤務先名・所在地,年収,所有物件,借入状況,賃貸状況等から構成される情報(以下「本件顧客情報」という。)は,いずれも原告ネクストの従業員や同コミュニティの従業員が業務上取得した情報であるから,これを従業員が自己の所有する携帯電話や記憶に残したか否かにかかわらず,勤務先の原告ネクストや同コミュニティに当然に帰属するというべきである。そして,証拠(略)によれば,原告らは,原告ネクストが販売した投資用マンションを完全子会社の原告コミュニティが賃貸管理するとともに原告ネクストが適宜買い取ったりする関係にあることが認められ,本件顧客情報を相互に提供していることを容易に推認することができるから,本件顧客情報を提供したのが原告ネクストであるか原告コミュニティであるかを問うことなく,本件顧客情報は,原告ら双方に帰属するものといえる。
   証拠(略)によれば,被告A及び同Bの携帯電話や記憶に残っていた本件顧客情報は,いずれも原告ネクストでの投資用マンションの販売業務に関連して取得されたことが認められるから,勤務先の原告ネクストに帰属するとともに,前記のとおり,原告コミュニティにも帰属するものといえる。
   したがって,本件顧客情報は,被告Aや同Bの携帯電話や記憶に残っていたものを含めて,原告らに帰属するというべきである。」

 2 秘密管理性について 
  (1)裁判所は以下のとおり判示し、顧客情報の秘密管理性を肯定した。

   「原告ネクストは,資本金の額が18億円を超える東京証券取引所市場第2部の上場企業であり,原告コミュニティも,資本金の額が5000万円の株式会社ではあるものの,本件顧客情報を共同して保有する原告ネクストの完全子会社として,両者併せて相応の情報管理体制が求められるというべきところ,本件顧客情報は,原告ネクストの営業部を統括する営業本部により,顧客ファイルや顧客管理システムに保管された電子データとして,一元管理されている。そして,顧客ファイルや顧客管理システムは,いずれも入室が制限された施錠付きの部屋に保管されている上,その利用も,前者は営業本部所属の社員と所定の申請手続を経た営業部所属の社員に限定され,後者も所定のログイン操作を経た営業本部所属の社員に限定されている。この点,本件顧客情報は,営業部所属の社員によっても契約内容報告書の写しとして保管されてはいるものの,これは,顧客からの問合せに迅速に対応したり買い増し営業が見込める顧客を絞り込んだりするという営業上の必要性に基づくものである上,原告らにおいては,就業規則で秘密保持義務を規定するとともに退職時に秘密保持に関する誓約書を提出させたり,各種の情報セキュリティを実施してISMS認証やISO/IEC27001認証を取得し,毎年行われる審査に合格したり,従業員に対する「ISO27001ハンドブック」の配布やこれに基づく研修・試験といった周知・教育のための措置を実施したりしていたのであるから,原告らは,原告ネクスト営業部所属の社員を含む原告らの従業員に本件顧客情報が秘密であると容易に認識し得るようにしていたものといえる。
  以上を総合すれば,原告らは,本件顧客情報に接し得る者を制限し,本件顧客情報に接した者に本件顧客情報が秘密であると認識し得るようにしていたといえるから,本件顧客情報は,原告らの秘密として管理されていたということができる。」

  (2)被告の主張については、以下のとおり判示して退けている。

「これに対し,被告らは,本件顧客情報について,関係書類が机上に放置されていたり,写しが上司等に配布されたり,上司の指導で休日等における営業のために自宅に持ち帰られたり,手帳等で管理されて成約後も破棄されなかったり,就業規則が周知されていなかったりするなど,ずさんな方法で管理されていたことから,本件顧客情報は秘密管理性を欠く旨主張する。しかしながら,上記関係書類が上司等に配布されたり自宅に持ち帰られたり手帳等で管理されて成約後も破棄されなかったりしていたとしても,それは営業上の必要性に基づくものである上,原告らの営業関係部署に所属する社員以外の者が上記関係書類や手帳等に接し得たことをうかがわせる事情も見当たらず,原告らがその従業員に本件顧客情報を秘密であると容易に認識し得るようにしていたことは前示のとおりである。また,本件顧客情報の関係書類が机上に放置されていたことは,これを認めるに足りる証拠がない。さらに,証拠(甲66)によれば,就業規則が各部内に常備されていたことが認められる。したがって,本件顧客情報が秘密管理性を欠くとの被告らの上記主張は,採用することができない。」

第4 若干の検討
 1 顧客情報の帰属先について

   営業秘密の不正使用をめぐる訴訟では、問題となっている技術情報や顧客情報が会社のものか従業員のものかが争われることがあります。従業員からすれば,自ら集めた顧客情報(研究・開発した技術情報)を転職先で自由に使いたいと思うはずですが,他方,会社からすれば,従業員が会社の業務として収集した顧客情報(研究・開発した技術情報)を流出させられては困るはずです。ここに従業員と会社の利害の対立が生じます。
本判決は、この点について、「(原告ら)の従業員が業務上取得した情報」であること等を理由に、本件顧客情報は使用者である原告ら(会社)に帰属するとしています。
   なお、本判決と異なり、技術情報の帰属について論じた判決として、大阪地裁平成10年12月22日判決があります。この判決では、フッ素樹脂シートの溶接技術に関するノウハウ(本件ノウハウ)の不正使用が問題となりました。被告(元従業員)側は、本件ノウハウは被告が原告の従業員であったときに開発したものであり、被告に帰属すると主張しましたが、裁判所は以下のとおり判示し、被告の主張を退けています。

確かに、前記認定のとおり、被告西村は、三井デュポン清水研究所に出向き、同社が開発したPTFEにガラスクロスを裏貼りしたシートを使用して、従来の ルーズライニング方式に代わる接着ライニング方式の技術指導を受けて技術を習得し、原告において自らノズル等溶接用の器具の加工をしていたのであるが、こ れは、被告西村が原告に入社した後のことであるから、被告西村はその業務の内容として三井デュポンから技術指導を受けたものと認められる。したがって、そ の後、被告西村が原告を退職するまで溶接用ノズルの加工等をしており(証人洞)、本件ノウハウ(筆者注:フッ素樹脂シートの溶接技術に関するノウハウ)の 確立等に当たって被告西村の役割が大きかったとしても、それは原告における業務の一環としてなされたものであり、しかも、同被告が一人で考案したものとま で認めるに足りる証拠はないから、本件ノウハウ自体は原告に帰属するものというべきであり、被告西村個人に帰属するものとは認められない。

2 顧客情報の秘密管理性について

  法律上,「営業秘密」としての保護を受ける情報は,①秘密として管理されている,②有用な,③非公知の情報です(不正競争防止法2条6項)。このうち裁判例で必ずといっていいほど争点となるが,①の秘密管理性です。
秘密管理性の要件を巡っては,どの程度の管理を行っていれば同要件の充足性が認められるのかについて争いがあります。この点,経産省の営業秘密管理指針1 は,非常に厳格な管理をしていなければ秘密管理性の要件を充足しないようにも読めてしまいますし2 ,裁判例の中には,業務効率等を意識することなく過度に厳格な秘密管理を要求するように読めるものもあります。
  しかし,最近の裁判例はそこまで厳格な管理は要求せず,情報に接した者が当該情報が秘密として管理されていることを認識し得る程度の管理が為されていれば良い,とするものが主流になりつつあります。
本判決も上記のような近時の裁判例の主流に沿うものといえそうです。原告らは,各種の情報セキュリティを実施してISMS認証やISO/IEC27001認証を取得するなど,厳格な情報管理を行っていたとも言い得ますが,裁判所は秘密管理性を肯定する際,「本件顧客情報に接した者に本件顧客情報が秘密であると認識し得るようにしていた」と結論付けているためです。
  なお,先に挙げた営業秘密管理指針については,近時,改訂に向けた動きが見られます3 。営業秘密管理指針は文字通り「指針」に過ぎず,裁判所を拘束するものではありませんが,企業での営業秘密管理で参考にされていたりしますので,その内容が明確かつ合理的なものになることが期待されます。


1http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/111216hontai.pdf
2もっとも,このような解釈は営業秘密管理指針の意図するところではないと考えられます。
3産業構造審議会 知的財産分科会 営業秘密の保護・活用に関する小委員会(第1回)-議事要旨参照。 http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/chitekizaisan/eigyohimitsu/001_giji.html

以上
(文責)弁護士 高瀬亜富