【判旨】
原告商標に顧客吸引力が全くないとはいえず,被告標章の使用が売上げに全く寄与していないとはいえない場合には,損害不発生の抗弁は認められないが,被告販売商品(商品名称は紛争対象標章とは異なる)の著名性が認められ,売上げに大きく寄与している場合には,損害額は著しく低額となる。
【キーワード】
商標法38条,損害不発生の抗弁

【争点】
損害不発生の抗弁が認められるか。損害不発生の抗弁が認められる要因は何か。当該要因は,損害額の認定にも影響を与えるか。

 【事案】
 本事案は,原告が有するMONCHOUCHOU(モンシュシュ)という商標権(本件商標目録)と称呼を同じくする標章9つ(被告標章目録)を被告が包装,店舗(看板,壁面),広告(ウェブ上など)において使用したという事案である。原被告間において,商標権の帰属,類否について争いはなく,原告商標に顧客吸引力はなく,原告に損害が発生していないなどと争われた。 

 

【裁判所の判断】
・・・
5 争点6(原告の損害の発生の有無)について
(1) 登録商標に類似する標章を第三者がその製造販売する商品につき商標として使用した場合であっても,当該登録商標に顧客吸引力が全く認められず,登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは,得べかりし利益としての実施料相当額の損害も生じていないというべきである(最高裁平成9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。
 そして,被告は,本件商標について,顧客吸引力が全く認められず,被告商品の売上げに全く寄与していないことが明らかであるから,原告には損害が生じていないと主張するので,以下検討する。
(2) 本件商標の顧客吸引力
 本件商標が付されたバレンタイン用チョコレート(原告商品)は,ビアンクールが販売するバレンタイン用チョコレートの主力商品であり(甲72~94),売上げの6割前後を占めていたと認められる(甲96,113)。
 そして,ビアンクールのバレンタイン商戦時期の売上げは,原告商品の販売が開始された昭和61年こそ3107万9000円であったものの,昭和62年は1億2508万円,昭和63年は1億8029万7000円と増加しており,平成元年から本件商標の使用が中断される直前の平成16年までの間,少ない年(平成12年,13年)でも1億7000万円を超え,多い年(平成3年)では3億1000万円を超えていたものである(甲96)。これは,被告商品のうちチョコレート(バレンタイン商戦時期のみ販売)の売上げが,平成18年度(当年8月~翌年7月。以下同じ。)において32万4996円,平成19年度において353万7346円,平成20年度において1063万5000円,平成21年度において3741万0834円であったことや(乙213),被告の年間売上げが,被告や被告商品がメディアで頻繁に紹介され,新たに3店舗がオープンするなど(甲3),業績が伸びていた平成18年度でさえ,4億円程度であったことと比較しても,十分多額であるといえる。
 また,証拠(甲71~95)によると,本件商標は,原告商品の包装やそのパンフレットに使用され,しかも,比較的目立つ位置に表示され,原告商品の購入者の注意は,本件商標に自然と注がれることが認められる。
 確かに,本件商標の使用が中断された平成17年及び平成18年に,ビアンクールの売上げが減少した事実は認められず(甲113),原告商品の売上げに対する寄与が,本件商標の使用のみによるものであるとは考えられない。
 しかしながら,本件商標は,上述したとおり,本件訴訟提起以前から,原告商品を示すものとして使用されており,その使用態様や,売上げに照らすと,原告商品の売上げに本件商標の寄与がないとは認め難く,本件商標に顧客吸引力が全く認められないということはできない。
(3) 被告商品の売上げへの寄与
 前記1(1)のとおり,被告各標章は,チョコレートを含む洋菓子である被告商品の包装,被告各店舗の表示,被告商品ないし被告の宣伝広告など,被告商品の販売にあたって広く使用されていることが認められる。
 そうすると,本件商標に類似する被告各標章を使用することが,被告商品の売上げに全く寄与していないことが明らかであるとはいえない。
(4) 以上のとおりであるから,被告の抗弁は採用できない。
・・・
7 争点8(原告の損害)について
・・・
(4) 使用料率
 ア 原告は,本件商標の使用料は,売上げの2%を下らないと主張する。
 もっとも,商標権は,特許権や実用新案権等のようにそれ自体が財産的価値を有するものではなく,業務上の信用が付着し顧客吸引力が発生することによって財産的価値を生ずるものであるから,以下,本件商標の顧客吸引力について検討し,併せて,それが被告の売上げにどの程度寄与しているかを検討する。
 イ 本件商標の顧客吸引力
 ビアンクールが,バレンタイン用チョコレートについて,平成元年から平成16年までの間,毎年2億円程度から3億円程度を売り上げており,このうち本件商標を付したもの(原告商品)が,売上げの6割前後を占めていたことは,前記5(2)認定のとおりである。また,平成19年以降も,原告商品は,平成19年に2億0382万7000円,平成20年に2億1913万8000円,平成21年に2億3278万8000円を売り上げており(甲96),本件商標権には,業務上の信用が付着し顧客吸引力が発生しているといえる。
 もっとも,前記5(2)のとおり,本件商標の使用を中断することによって,ビアンクールの売上げが減少した事実は認められないし,本件商標の認知度は低い(乙206,211)。
 したがって,本件商標権のバレンタイン用チョコレートの売上げに対する寄与は大きいとはいえず,その顧客吸引力も高いとはいえない。
 ウ 被告の売上げへの寄与
 被告の総売上げは前記(1)のとおりであり,約4億円であった平成18年度を基準にすると,平成19年度は約4.7倍,平成20年度は約10倍,平成21年度は約14.5倍と,急激に増加している。そして,この売上げの増加は,堂島ロールの販売によるところが大きい(乙208,213)。
 ところが,平成18年度から平成20年度まで被告の売上げの80%以上を占めていた,堂島ロールを含むロールケーキ類の売上げは,平成21年度には73.5%に低下し,逆に,13%前後を占めていたに過ぎない他の洋菓子(ロールケーキ類・チョコレート以外)の売上げは,21.6%に上昇している(乙213)。これは,堂島ロールが頻繁にメディアに取り上げられた結果,その製造販売元である被告の知名度が上がり,店舗数も増えたため,堂島ロール以外の被告商品も,多く購入されるようになったからと考えられる。
 したがって,被告の売上げについては,平成18年度から平成20年度までは,堂島ロールの知名度が大きく寄与しており,平成21年度以降も,堂島ロールの製造販売元である菓子店としての,固有の顧客吸引力が寄与していたといえる。
 また,被告商品は,原告商品とは異なり,洋菓子全般であって,通年販売されていたものであるから,需要者が被告商品を購入する場合,被告各標章がその購買動機の形成に寄与することは,それほど多くないと考えられる。
 エ 前記イ,ウの事情及び本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば,使用料相当額を算定するにあたって採用すべき本件商標の使用料率は,0.3%と認めるのが相当である。
(5) 損害
 前記(3),(4)からすれば,被告の支払うべき使用料相当額は,次のとおり,合計3562万2146円となり,これが原告の損害であると認められる。
   ア 平成18年度 118万4959円(円未満切り捨て。以下同じ。)
     計算式:3億9498万6666円×0.003
   イ 平成19年度 553万7722円
     計算式:18億4590万7645円×0.003
   ウ 平成20年度 1171万8568円
     計算式:39億0618万9424円×0.003
   エ 平成21年度 1718万0897円
     計算式:57億2696万5977円×0.003

 【解説】
 本件は,有名な堂島ロールを販売しているモンシュシュの,いわゆるハウスマークが差し止められた事例であるが,ここでは損害不発生の抗弁について論じたい。いわゆる小僧すし事件として知られている最判平成9年3月11日では,損害不発生の抗弁につき以下のように述べている。 

上記最高裁判例では,商標法38条3項は,原告(商標権者)の損害の発生について推定しており,損害の発生していないことが被告(侵害者)の抗弁になるとしている。その理由として,①登録商標に顧客吸引力が全く認められず,②被告の売り上げに全く寄与していないことから,使用料相当額の損害も生じていないと述べている。すなわち,損害不発生の抗弁が認められるか否かについては,①登録商標に全く顧客吸引力が認められず,②登録商標に類似する標章の使用が第三者の商品の売り上げに全く寄与していないかどうかにより決定される。①と②の双方を満たさなければ,損害不発生の抗弁が認められないのか否かは不明であるが,本件裁判例では,①について,原告商標に顧客吸引力がないとはいえないと判断し,②について,被告標章の使用が売り上げに寄与していないとはいえないと判断していることから,①と②のどちらかを満たせば損害不発生の抗弁が認められると判断しているように思える。原告は登録商標を使用しており,被告も登録商標に類似の標章を使用している場合,①又は②のどちらかを主張立証することは,相当困難であるといえる。
 私見ではあるが,被告標章が著名であって,原告商標の知名度が被告標章の知名度よりも著しく低い場合には,原告商標の出所表示機能が損なわれるわけではないから,原告商標に全く顧客吸引力がないという主張は可能であると考える。かかる場合の被告の訴訟戦術としては,上記①と②のうち,①に絞って攻撃するという構造になろう。または,被告の売上げに寄与したのが,被告の標章の使用ではなく,他の要因であることを主張立証することで,②に絞って攻撃するということも可能である。
 本件では,損害不発生の抗弁は認められなかったものの,①原告の登録商標の顧客吸引力は高いとはいえないこと,②被告の売上に対する寄与要因としては,被告の主力製品である「堂島ロール」の販売が大きく,被告の使用標章は小さいと認定して,最終的に商標法38条3項の使用料率を0.3%と認定している。使用料率が0.3%であるというのは相当に低料率であるといえるから,損害不発生の抗弁が認められたに等しいといえる。本件では,「堂島ロール」が著名であることが被告の売上げに大きく寄与している事実が,上記使用料率の認定に影響を与えており,上記私見に沿う見解となっている。被告としては,売上の寄与要因を洗い出し,登録商標類似の標章の使用という要因とは異なる要因を探し出すことが必要になる。

以上
2011.10.3 (文責)弁護士 溝田宗司