【判旨】
特許権の譲渡を受けた者が同特許権の年金納付を法律事務所に依頼したところ、同事務所が追納期間内に特許年金等を納付できなかったことにつき、「その責めに帰することができない理由(特許法112条の2第1項)」はなく、特許権が抹消登録された事案。
【キーワード】
特許権の移転、特許料の追納、特許料の追納による特許権の回復、責めに帰することができない事由、特許法第122条、第112条の2第1項

【事案の概要】
特許権の譲渡を受けた原告が、同特許権の特許料の追納期間経過後に当該特許料及び割増特許料を納付する旨の納付書を特許庁長官に提出したが、同納付書に係る手続を却下する旨の処分を受けたため、追納期間経過後の納付となったことにつき「その責めに帰することができない理由」がある(特許法112条の2第1項)として、同処分の取消しを求めた。 

【争点】
特許料及び割増特許料を追納期間内に追納することができなかったことにつき、原告に特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」があったか。 

【判旨抜粋】
・特許法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」の意義
「その責めに帰することができない理由」とは、通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を尽くしてもなお避けることができないと認められる事由により追納期間内に納付できなかった場合をいうものと解する・・・また、当事者から委託を受けた者に「その責めに帰することができない理由」があるといえない場合には・・・「その責めに帰することができない理由」には当たらないと解すべきである(最高裁昭和33年9月30日第三小法廷判決・・・)。すなわち、特許権者は、特許料の納付について、特許権者自身が自ら又は雇用関係にある被用者に命じて行うほか・・・第三者に委託して行うこともできるところ・・・特許権者自らの判断に基づき第三者に委託して特許料の納付を行わせることとした以上、委託を受けた第三者にその責めに帰することができない理由があるとはいえない状況の下で追納期間を徒過した場合には・・・「その責めに帰することができない理由」があるということはできないからである。
・本件における「その責めに帰することができない理由」の有無
 原告は・・・特許料を納付することができなかった事情として、A法律事務所(前権利者・・・が・・・特許料の支払を委託していた法律事務所)がB法律事務所(原告が・・・特許料の支払を委託した法律事務所)からの再三の要求にもかかわらず、本件特許権に関する一件記録の送付に応じなかったことから、B法律事務所において適切に特許維持管理を行うことができなかったことが原因であり、原告及びB法律事務所には何ら責任がなく、「その責めに帰することができない理由」がある旨主張する。
 しかしながら、仮に・・・原告の主張するとおりであったとしても・・・B法律事務所は、受託者として、善良な管理者としての注意義務を負うものであるから、A法律事務所に対し、本件特許権の特許番号、特許料の支払期限、支払状況等が記載された一件記録の送付を求めたというだけで、その注意義務を尽くしたことになるとは解されない。すなわち・・・相当期間が経過してもA法律事務所から一件記録が送付されなかった場合には、本件特許権に係る特許料の追納期限が到来する可能性についても当然に配慮し、特許権者である原告に対して本件特許権に係る詳細な情報の提供を求めるとか、あるいは自ら特許原簿を閲覧するなどして、本件特許権に係る特許料の納付状況を調査することが求められているというべきであり、このような調査を尽くすことは、本件特許権の管理を委託された者に通常期待される注意義務の範囲内のことというべきである。
 本件において・・・B法律事務所は・・・平成20年6月5日頃には、A法律事務所に対し・・・一件記録の送付を求めていたことになる。本件特許権に係る・・・特許料の追納期限は平成21年1月17日であり・・・少なくとも半年以上の期間が残存していたことを考慮すると、B法律事務所は、その間、A法律事務所からの一件記録の送付を漫然と待つにとどまらず、自ら本件特許権に係る特許料の納付状況を調査した上、本件特許権の維持に必要な処置を講じることが求められていたというべきである。したがって、このような調査を行わず・・・特許料の追納期限・・・を徒過させたB法律事務所は、本件特許権の管理者として通常期待される注意を尽くしたものということはできない。
 そして・・・特許権者・・・から委託を受けた・・・B法律事務所に「その責めに帰することができない理由」が認められない以上・・・原告についても「その責めに帰することができない理由」があると認めることはできない。 

【解説】
 特許法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」については、「天災地変のような客観的な理由にもとづいて手続をすることができない事情が含まれるのはいうまでもないこととして通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってなお納付期間を徒過せざるを得なかったような場合は、主観的な理由による場合であってもその責めに帰することができない場合に含まれよう。」とされている(特許庁編 工業所有権逐条解説〔第18版〕 同条の解説参照)。他方、知財高裁は「原判決は、天災地変,あるいはこれに準ずる社会的に重大な事象の発生により,通常の注意力を有する当事者が『万全の注意』を払っても,なお追納期間内に特許料を納付することができなかったような場合を意味すると判示するが,特許法112条の2の規定の文言の通常有する意味に照らし,そのような場合に限らず,通常の注意力を有する当事者が『通常期待される注意』を尽くしても,なお追納期間内に特許料を納付することができなかったような場合を意味するものと解するべき」と、若干緩やかに解釈しており(平成22年9月22日判決 平成22年(行コ)第10002号)、本判決も知財高裁と同様の解釈に立つものと考えられる。
 上記知財高裁判決は、年金納付を委託した管理会社に過失があるとの事案であった。同判決では、「委託を受けた第三者に過失がある場合には,特許権者側の事情として・・・『その責めに帰することができない理由』には当たらない」とされている。
 他方、本件では、受託者たるB法律事務所は一件記録を送付するようにA法律事務所に依頼していた(原告によれば再三依頼をしたとのことである。)が、この事情だけでは、通常の注意力を有する当事者の通常期待される注意が尽されたとはいえないと判断された。さらに進んで、例えば、特許権者に対して本件特許権に係る詳細な情報の提供を求めるとか、あるいは自ら特許原簿を閲覧するなどして、本件特許権に係る特許料の納付状況を調査することが求められている、と指摘されている。
 本判決では明示されていないが、前特許権者は米国法人ゆえ、年金管理も同国内のA法律事務所に委託していたものと考えられる。こうした事情もあり、B法律事務所としては一件記録の入手に苦慮したものと推測される。特許権の譲渡が国境をまたいで行われる場合には、必要書類の入手に時間と手間がかかるのは致し方のないところである。そこで、追納期間が徒過するおそれがある場合には、利害関係人として特許料を納付する(特許法110条)ことも検討の余地があるのではないだろうか。

2011.9.12 (文責)弁護士 栁下彰彦