【平成26年3月26日(東京地裁平成23年(ワ)第3292号)】

【判旨】(下線は筆者による)
 「被告は,東京瓦斯に納入した製品のうち,被告型式名SA-173E,SA-173Ea,SW-106E及びSA-156Eb(販売型式名SC-K921B-K,SC-K922B-K,SC-K921B-CK及びSC-K920B-K)については,東京瓦斯の自己実施と同視すべきものであるから,東京瓦斯が本件特許権の共有特許権者であった平成24年2月26日までの間については,上記被告製品の製造及び東京瓦斯への納入は,特許法73条2項により本件特許権侵害を構成しないと主張する。」
 「確かに,証拠(乙73ないし82)によれば,東京瓦斯は,平成16年6月17日付けオリエンテーションにおいて被告を含む警報器メーカー各社に対し,技術仕様書を示して製品検討を依頼し,その後,平成17年11月25日から平成18年9月26日までにかけて,被告との間で定期的に打合せを行い,販売型式名SC-K920B-K,SC-K920B-CK等の製品について詳細な仕様検討を行ったものであることが認められる。
 しかし,上記製品のうち,SA-156Eb(販売型式名SC-K920B-K)及びSA-173Ea(販売型式名SC-K922B-K)の取扱説明書(甲5,13)には,製造者として被告の名称のみが記載されている上,被告は,上記製品(いずれもロ号製品に含まれるものである。)と本件特許に関する構成において同一の製品である,その他のロ号製品を製造し,自社製品として市販しているものと認められる(甲14,16)。また,上記製品の製造に当たり,材料の調達,品質管理等において東京瓦斯が関与したことはうかがわれず,東京瓦斯に対する上記製品の納入についても,通常の売買契約によるものであったことがうかがわれる。
 これらの事情に照らすと,上記製品の製造及び納入を東京瓦斯の自己実施と同視することはできないものというべきである。」

【キーワード】
 特許,共有,自己実施,下請け,ハブメイド,特許法73条3項

第1 事案の概要
 本件は,「電池式警報器」との名称の特許権(以下「本件特許権」という。)の共有特許権者(平成24年2月27日以降は単独特許権者)である原告が,別紙被告製品目録記載の製品(以下,それぞれ「イ号製品」などという。また,これらを併せて「被告製品」ということがある。)は,本件特許の請求項1ないし4の各発明(以下,それぞれ「本件発明1」などといい,これらを併せて「本件発明」という。)の技術的範囲に属するから,被告による被告製品の製造,販売は本件特許権を侵害するものであると主張し,被告に対し損害賠償請求を求めた事案である。
 被告は,被告製品を共有特許権者たる東京瓦斯に納入していたことから,東京瓦斯が本件特許権の共有特許権者であった平成24年2月26日までの上記製造販売は,共有特許権者による自己実施(特許法73条2項)に当たり,本件特許権侵害を構成しない等と主張して争った。

第2 判旨(下線は筆者による)   
 (1)ア 被告は,東京瓦斯に納入した製品のうち,被告型式名SA-173E,SA-173Ea,SW-106E及びSA-156Eb(販売型式名SC-K921B-K,SC-K922B-K,SC-K921B-CK及びSC-K920B-K)については,東京瓦斯の自己実施と同視すべきものである から,東京瓦斯が本件特許権の共有特許権者であった平成24年2月26日までの間については,上記被告製品の製造及び東京瓦斯への納入は,特許法73条2 項により本件特許権侵害を構成しないと主張する。
   イ 確かに,証拠(乙73ないし82)によれば,東京瓦斯は,平成16年6月17日付けオリエンテーションにおいて被告を含む警報器メーカー各社に対し,技術仕様書を示して製品検討を依頼し,その後,平成17年11月25日から平成18年9月26日までにかけて,被告との間で定期的に打合せを行い,販売型式名SC-K920B-K,SC-K920B-CK等の製品について詳細な仕様検討を行ったものであることが認められる。
 しかし,上記製品のうち,SA-156Eb(販売型式名SC-K920B-K)及びSA-173Ea(販売型式名SC-K922B-K)の取扱説明書(甲5,13)には,製造者として被告の名称のみが記載されている上,被告は,上記製品(いずれもロ号製品に含まれるものである。)と本件特許に関する構成において同一の製品である,その他のロ号製品を製造し,自社製品として市販しているものと認められる(甲14,16)。また,上記製品の製造に当たり,材料の調達,品質管理等において東京瓦斯が関与したことはうかがわれず,東京瓦斯に対する上記製品の納入についても,通常の売買契約によるものであったことがうかがわれる。
 これらの事情に照らすと,上記製品の製造及び納入を東京瓦斯の自己実施と同視することはできないものというべきである。
  (2) 他方,証拠(各認定事実の末尾に摘示する。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
   ア 原告は,平成14年7月16日,原告の単独出願として本件発明につき特許登録出願を行った(甲1,乙5の2)。
   イ 原告は,本件特許出願後,東京瓦斯に対し,本件特許出願に係る発明の内容につき提案を行い,東京瓦斯からの要請を受けて,平成15年9月18日頃,上記発明につき特許を受ける権利を一部譲渡し,同年10月2日,特許庁に対し,その旨の届け出をした(甲31,乙5の3ないし6)。     
   ウ 東京瓦斯は,平成16年6月17日,原告,被告を含む火災警報器メーカー各社に向けて,「住宅用火災警報器設置義務の法制度化を踏まえた06年度までの『警報器 商品戦略』について」と題するオリエンテーションを開催した(乙73)。
 上記オリエンテーションにおいて配布された資料に添付された「煙式火災警報器仕様」には,「電池切れ・故障時」の警報方式に関し,「緑LED点滅」,「点検スイッチ作動時『ピピ 電池切れなどが発生しています販売店に連絡して下さい』」との記載があるところ,上記記載は,東京瓦斯が,原告の提案を受けて,エンドユーザー等の意見聴取及び社内検討を加えた上で,各メーカーに対し,望ましい商品仕様として提示したものであった(甲31,乙73)。
   エ 被告は,上記オリエンテーションを受けて東京瓦斯との間で定期的に製品仕様等に関し打合せを行い,電池切れ報知に関し,上記仕様に沿った方式とすることに加えて,電池電圧低下から1週間経過後に「ピッ」音を発生させること等を決定し,製品仕様を決定してその製造を開始した(乙74ないし82)。
   オ 以上の経緯に加え,東京瓦斯が,自ら火災警報器の製造を行うものではなく,各社から火災警報器の納入を受け,これを販売等するものであること(乙73)を考慮すれば,東京瓦斯は,本件特許権を製造各社に実施させる趣旨で本件発明につき特許を受ける権利の持分譲渡を受けたものと解されるのであって,原告はこれを認識していたものと認められる。加えて,上記ウのとおり,東京瓦斯は,原告からの提案を受けて,本件発明に係る構成を含む技術仕様を製造各社に提案しており,上記提案が行われた会合には,原告も出席していたのであるから,原告は,東京瓦斯が本件発明に係る構成を含む製品を他社に製造させる蓋然性が高いことを十分に認識していたものと認められる。にもかかわらず,原告が東京瓦斯に対し異議を述べた形跡がみられないことに照らせば,原告は,東京瓦斯が他社に本件特許権を実施許諾するに当たり,黙示に同意していたものと認めるのが相当である。これは,原告が平成24年2月27日付けで東京瓦斯から本件特許権の共有持分の譲渡を受けていること(甲33)を考慮しても左右されない。
   カ この点に関し,原告は,原告と東京瓦斯との間には,本件特許権の実施品の製造は原告のみが行い,第三者への実施許諾は原告と東京瓦斯との間の協議によることとする旨の明示の合意があるから,原告が東京瓦斯による実施許諾につき黙示に合意することは,上記明示の合意に反するものであって,あり得ない旨主張する。
 しかし,被告製品のうち,東京瓦斯に納入されたものが本件特許権侵害を構成するものであるか否かに関し,当裁判所は,平成24年1月16日の第6回弁論準備手続期日において,原告に,乙73ないし82号証に基づく被告の主張に対し反論するよう促すとともに,東京瓦斯に特許を受ける権利の持分を譲渡した経緯について明らかにするよう求め,原告は,これを受けて主張及び証拠(甲31ないし33)を補充した。その上で,当裁判所は,平成24年4月18日の第8回弁論準備手続期日において,原告及び被告から,充足論・無効論に関する主張立証は終了した旨を聴取して,侵害論に関する審理を終結し,本件に関する裁判所の見解を示して和解を勧告するとともに,損害論に関する審理に入ったものであるところ,原告の上記主張及び証拠(甲37号証)は,上記のとおり損害論に関する審理に入った後である平成24年7月6日付けで提出されたものである(第6ないし8回,第10回弁論準備手続調書,当裁判所に顕著)。
 以上の経緯に照らせば,原告の上記主張は,重大な過失により時機に後れて提出された防御方法に当たり,これにより本件訴訟の完結を遅延させることとなると認められる。したがって,民訴法157条1項に基づき,原告の上記主張は却下する。また,甲37号証については,上記主張を裏付けるものとしてはこれを採用しない。
   キ 以上によれば,被告が東京瓦斯に納入した製品については,本件特許権侵害を構成しない

第3 若干のコメント
1 共有特許権者による自己実施の範囲について
 一般的に,下請業者の製造販売行為が,共有特許権者の一機関としての実施と認められるためには,①製品の製作につき共有特許権者から下請けに工賃が支払われていたこと,②共有特許権者が原料の購入,製品の販売,品質,模様等について指揮監督していたこと,③その製品すべてが共有特許権者に納入されていたことといった事情が認められる事案においてこれが認められた1 ことから,当該3要件が必要と考えられている。
 これに対して,本件では,ロ号製品と同一構成の製品が共有特許権者以外にも納入されていたこと(③を満たさない。)や,共有特許権者は製品仕様を示して被告と仕様検討を行ったものの,材料の品質管理等に関与した形跡がなかったこと(②を満たさない。),製品の納入が通常の売買契約によるものであったこと(共有特許権者から下請に支払われた代金は工賃ではなく売買代金と考えられるため,①を満たさない。)に加え,被告製品のカタログには製造者として被告名が記載されているといった被告が主体的に製造を行っている事情が認定され,共有特許権者の一機関としての実施ではないと判断されている。
 以上のように,本件は①~③の事情を満たさないばかりか,主体的に製造を行っているような事情もあった事案であって,一機関としての実施が認められなかったのは正当といえよう。
2 黙示の実施許諾について
 以上のとおり,共有特許権者の自己実施とは認められなかったものの,本件では原告が黙示の実施許諾を与えていたものと認定され,一部被告の行為は本件特許権を侵害するものではないと判断されている。かかる判断においては,共有特許権者が本件発明に係る構成を含む技術仕様を製造各社に提案した会合に原告が出席していたという事情が,大きなポイントであったように思われる。
 もっとも,本件においては,原告と共有特許権者との間に「本件特許権の実施品の製造は原告のみが行い,第三者への実施許諾は原告と東京瓦斯との間の協議によることとする」旨の明示の合意があったため,本来的には黙示の実施許諾が認められるべき事案ではなかったのではないだろうか。かかる主張・立証が損害論に入った後になされたものであったため,時機に遅れた攻撃防御方法として認められなかったことが結果を分けた事案といえよう。


大判昭和13年12月22日・民集17巻24号2700頁等

 以上

(文責)弁護士 山本真祐子

→トピックス一覧へ戻る