平成26年12月17日判決 (知財高裁平成25年(ネ)第10025号)  特許権侵害差止等請求控訴事件
平成25年2月28日判決 (大阪地裁平成23年(ワ)第11104号) 特許権侵害差止等請求事件
【判旨】
箱底から遠い外側側板の一部を切欠した乙7発明から、内外いずれの側板であってもその一部だけを切欠するという上位概念化した技術思想を抽出し、乙13発明の内側に折り返した内側側板に適用しようとすることは、当業者にとって容易とはいえず、これを容易想到とする考えは、まさに本件発明の構成を認識した上での「後知恵」といわなければならない。
【キーワード】
特許法29条2項、進歩性、容易想到、設計事項、金属製ワゴン事件、大阪地方裁判所平成25年2月28日判決 、判例タイムズ1401号317頁

【事案の概要】

  1.  本件は、発明の名称を「金属製棚及び金属製ワゴン」とする特許第4473095号の特許権(本件特許権)を有する控訴人X(原告)が、被控訴人Y(被告)らによるY製品の製造販売等が本件特許権を侵害すると主張して、Yらに対し、特許法100条1項、2項に基づき、Y製品の製造販売等の差止め及び廃棄等を求めると共に、特許権侵害の不法行為に基づき、損害賠償金及びこれに対する平成23年9月21日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
  2.  本件特許権の内容は下記のとおりである(以下、下記の特許を「本件特許」という。また、本件特許に係る明細書を「本件明細書」といい、下記特許請求の範囲【請求項2】の発明を「本件発明」という。)。
  3. 【請求項2】 「複数枚の直角四辺形の金属製棚板と、山形鋼で作られた4本の支柱とからなり、各棚板の四隅のかど部を支柱の内側面に当接し、ボルトにより固定して組み立てることとした金属製棚において、上記棚板は直角四辺形の箱底の四辺に側壁と内接片とがこの順序に連設されていて、各側壁が箱底のかどから支柱の幅の長さ分だけ切欠された形状に金属板を打ち抜き、内接片を折り返して側壁に重ね合わせるとともに、内接片が箱の内側へくるように側壁を起立させて浅い箱状体としたものであって、側壁の切欠部内に延出している内接片を支柱の内側に当接し、切欠によって作られた側壁の側面で支柱の両側面を挟み、内接片を支柱にボルトにより固定し、各支柱の下方にキャスターを付設して金属製棚を移動可能としたことを特徴とする、金属製ワゴン」

     下記の図3からわかるように、本件発明の実施例では、棚板(21)の壁を形成するにあたり2回折り曲げることとしている(破線が折り曲げ線)。まず棚板の外側の部分「内接片」(41~44)を180°折り曲げてその内側部分「側壁」(31~34)に重ね合わせる。その後に同じ側へ90°折り曲げることにより棚板の壁を形成する。棚板の壁の外側部分(31~34)のうち、支柱が取り付けられる部分を切り欠いて、段差を設けることにより、当接面(321、331)において支柱(52)の動きを抑制し、支柱が傾かないという効果を得ている。

    【図1】

    ※特許明細書より(以下同じ)
    【図2】

    【図3】

    【図4】

  4.  原審において、Yは、引例として乙13発明(実開昭62-85140号公報のマイクロフィルム)及び乙7発明(特開2000-60656号公報)を示した上で、本件発明と乙13発明の相違点に乙7発明を適用して、相違点にかかる構成を得ることは、当業者にとって容易に想到しうると主張した。
  5.   ここで、引例である各特許発明について説明する。
    (1)乙13発明
     下図では見づらいが、棚板(6)の側壁(7)を、内側へ折り込み、側壁を二重とする構造となっている。

    (2)乙7発明
     図5からわかるように、乙7発明の実施例では棚板(11)の壁を形成するにあたり2回折り曲げることとしている(破線が折り曲げ線)。まず棚板の外側の部分(16~19)を180°折り曲げて棚板の内側部分(12~15)に重ね合わせる。その後に反対側へ90折り曲げることにより棚板の壁を形成する。棚板の壁の外側部分(16~19)のうち、支柱が取り付けられる部分を切り欠いて、段差を設けることにより、当接面(161、171)において支柱(62)の動きを抑制し、支柱が傾かないという効果を得ている。

    【図5】

    【図6】

    【図7】

    【図8】

  6.  原審の大阪地裁は、次のとおりYによる特許法104の3に基づく抗弁を認め、平成25年2月28日、Xの請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した。
  7. (1)まず、本件発明と乙13発明の相違点について、「〈1〉 本件発明は、外側側壁(「側壁」)について、「箱底のかどから支柱の幅の長さ分だけ切欠された形状に金属板を打ち抜」いた上で、「当該切欠部内に延出している内接片(注:内側側壁)を、支柱の内側に当接し、切欠によって作られた側壁(注:外側側壁)の側面で支柱の両側面を挟」むことによって、棚板と支柱を接続するのに対し、乙13発明は、外側側壁について、切欠された形状に打ち抜かれた部分を有さず、単に、外側側壁を支柱の内側に当接することによって、棚板と支柱を接続する点」と認定した。
    (2)次に、乙13発明に乙7発明を適用することが容易といえるかについては、「乙13発明は、上記のとおり、簡単な取付作業で棚板と支柱とを強固に連結することができる組立式棚を提供するものであるところ、乙7発明は、金属板製棚又は金属板製ワゴンに横方向から力を加えても、支柱が傾かないようにすることを目的とするものであって、いずれも棚板と支柱との接続を強固にするための解決方法を提示するものであり、課題に共通性が認められる(なお、このような課題を解決するための発明は多数存在しており、周知の課題であるともいえる。証拠略)。
      b また、乙13発明の棚板は、棚板の展開図において、箱底の中心から外側に向けて(以下、これを単に「外側に向けて」という。)、外側側壁と内側側壁が順に連設され、内側側壁を折り返して外側側壁に重ね合わせるとともに、外側側壁が箱の外側へくるように起立させて浅い箱状体としたものであるところ、乙7発明の棚板は、外側に向けて内側側壁と外側側壁の順に連設され、両者は、側壁を内曲げにするか外曲げにするかが異なるものの、箱底と外側側壁、内側側壁からなる棚板である点では共通している。そして、本件発明の上記相違点〈1〉に係る構成(外側側壁の切欠部)を設けるに当たっては、連設順序は重要ではなく、側壁が二重(外側側壁及び内側側壁)であることが重要であるといえることから、乙13発明には、上記課題の解決手段として乙7発明を適用することについての示唆があるということができる。
     なお、乙13発明の外側側壁に切欠を設ける場合、上記のとおり連設順序が相違することに伴い、乙7発明とは、棚板の展開図において、切欠部を設ける場所が異なることになる。しかしながら、切欠部を設ける場所が異なることによって技術的な困難性に違いが生じるとはいえないから、このことは、乙13発明に乙7発明を適用することに影響を与える事情とは認められない。
     c したがって、乙13発明に乙7発明を適用することは容易であったと認められる。」 「なお、乙7発明と本件発明を対比すると、前述のとおり、外側側壁と内側側壁の連設の順(側壁の内曲げ・外曲げの別)、展開図における切欠の位置といった相違点は存するものの、実際に使用する状態で見た場合には、箱底の外側を二度折り返すことで形成された内側側壁と外側側壁が存在し、外側側壁に切欠を設けることによって外側側壁の側面と内側側壁に支柱を当接させるという構成においては同一であって、支柱が傾かないようにすることを目的とする点においても同一である。
      乙13発明で、底板に近い方の側壁に切欠を設けることに格別の不都合があるとは認められず、曲げ加工の方向や側壁の幅、長さについては、当業者が自由に定め得るものであるところ、このような乙13発明に乙7発明を適用して本件発明の構成を想到するのが当業者にとって容易であることは、乙7発明の上記内容に照らしても明らかである」とした。

  8.  これに対しXが全部控訴した。

【争点】
 乙13発明に乙7発明を適用することが容易といえるか(本件特許が無効とされるべきものか。)。

【判旨】

  1.  控訴審の知財高裁は、乙13発明に乙7発明を適用して、本件発明の相違点2に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得るものではないとした上で、Yによる特許権104条の3に基づく無効の主張を認めなかった(その他の無効事由の主張も全て排斥した。)。そして原判決を破棄し、XによるY製品の差止め及び3207万0121円及び遅延損害金の範囲で損害賠償請求を認容した。
  2.  まず、知財高裁は本件発明と乙13発明の相違点について新たに認定し直した。
  3. 「 相違点2:本件発明は、側壁の内側の板が「内接片」であり、棚板は「各側壁が箱底のかどから支柱の幅の長さ分だけ切欠された形状に金属板を打ち抜き、内接片を折り返して側壁に重ね合わせるとともに、内接片が箱の内側へくるように側壁を起立させて浅い箱状体とした」ものであり、棚板と支柱との固定は「側壁の切欠部内に延出している内接片を支柱の内側に当接し、切欠によって作られた側壁の側面で支柱の両側面を挟み、内接片を支柱にボルトにより固定」するのに対し、乙13発明はそうでない点。」

  4.  次に、容易想到性の判断については、以下の通り判示した。
  5. 「乙7には、縁片と金属板小片とが重なっていて、箱状の棚の側面部分を形成する構成が記載されているが、金属板小片は、あくまでも縁片の外側へ折り返して付設されているのであって、縁片の内側に折り返して付設されるという技術思想は示されていない。また、金属板小片は、支柱の幅に等しい矩形部分が切り取られたことによって、内側にある縁片と金属板小片の厚み部分が支柱に当接して、支柱を挟みこんでいるのであって、それとは異なる支柱の挟み込みの方法に関する技術思想は示されていない。」「乙7には、「箱底」の四辺に「側壁」と「内接片」が、この順序で連接されていて、四辺に近い方の「側壁」が、「支柱の幅の長さ分だけ切欠」かれている構成が示されているとはいえない。」 「乙13発明と乙7発明とは、金属製棚という共通の技術分野に属している上に、支柱と棚板をボルトで固定するだけでは十分強固に支柱に固定できないという従来技術の持つ課題を解決するための手段を共に示す発明であるから、乙13発明に乙7発明を適用することは、当業者が容易に着想し得ることである。
      しかしながら、上記(b)で説示したように、乙7には、「箱底」の四辺に「側壁」と「内接片」が、この順序で連接されていて、四辺に近い方の「側壁」が、「支柱の幅の長さ分だけ切欠」かれている構成が記載されているとはいえないから、本件発明の相違点2に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得ることとはいえない。」 「乙7には、「箱底」の四辺に「側壁」と「内接片」が、この順序で連接されていて、四辺に近い方の「側壁」が、「支柱の幅の長さ分だけ切欠」かれている構成は、開示されていない。箱底から遠い外側側板の一部を切欠した甲2発明(乙7発明の誤記と思われる。筆者注)から、内外いずれの側板であってもその一部だけを切欠するという上位概念化した技術思想を抽出し、乙13発明の内側に折り返した内側側板に適用しようとすることは、当業者にとって容易とはいえず、これを容易想到とする考えは、まさに本件発明の構成を認識した上での「後知恵」といわなければならない。
       したがって、被控訴人の主張は採用できない。 」

【解説】

  1.  本件は、発明の容易想到性(特許法29条2項)が問題となり、一審の大阪地裁と控訴審の知財高裁における判断が正反対となった事案である。もともと、発明の容易想到性については、既に発明がなされた後に第三者が事後的に判断するものであるから判断が難しい。いわゆる「逆転の発想」のようなものは、えてして後から見れば単純なものに見えるものである。判断にあたっては、事後分析的な思考は排除されなければならず、いわゆる「後知恵」にならないように十分に注意を払わなくてはならない。
  2.  引例として主張されている乙13発明は、本件特許と発明者が同一の特許発明である。そして本件特許の明細書には乙13が先行例として記載されており、出願経過において審査官も了知する機会があったものである。その上で当時の審査官は進歩性を肯定して登録査定を行っている。その点からして、もともと本件においては、裁判所が事後的に審査官の判断を覆すにあたって慎重でなければならない。知財高裁の判断は妥当と思われる。
  3.  ただし、知財高裁の判決文からは、側壁の折曲げ方向を外側から内側に変更すること、また、それに伴い切欠き部の場所を変えることにつき、なぜ容易想到ではないのか、その理由づけは説得的とは思えない。例えば、知財高裁は乙13発明に乙7発明を適用することは当業者が容易に着想できると判示していながら、結論として容易想到性を否定している。
      思うに、大阪地裁も知財高裁も、本件発明の課題の把握において十分ではないと考えられる。本件特許の明細書の段落【0008】では、従来技術(乙7)の問題点として①棚板を外側に折り曲げるために商品として見栄えの悪いものになること、②棚板を手際よく取扱うことが困難となること、③外側に折り曲げた棚板は側面の高さよりも幅の狭いものとなるから、棚板が支柱側面に接触する当接面の長さが棚板側面よりも小さいものとなり、当接面に隙間を生じ易くなることが挙げられていた。
     これに対し両裁判所は①~③の課題に言及せず(当事者が主張しなかった可能性がある)、本件特許権における上記の具体的な課題とは無関係に、「十分強固に支柱を固定できない」という棚であれば極めて一般的な課題として把握し(一審判決は「周知の課題」と判示している。)、乙13及び乙7特許発明の課題の共通性を認定するにとどまっている。
     容易想到性の判断プロセスにおける課題の共通性については、問題となる本件特許発明における具体的な課題をもとに、引例間で共通するか否かを、まずは検討すべきであろう。
  4.  知財高裁は、「箱底から遠い外側側板の一部を切欠した乙7発明から、内外いずれの側板であってもその一部だけを切欠するという上位概念化した技術思想を抽出し、乙13発明の内側に折り返した内側側板に適用しようとすることは、当業者にとって容易とはいえ」ないと判示しており、切欠き部を設ける場所に関して容易想到性を否定している。
  5.  その背後には、切欠き部の場所を変更することによる、「十分強固に支柱を固定」するという課題への影響もあったように思われる。というのも、乙13発明においては、支柱のボルト穴が設けられた部分が棚板の底板と直接つながっており、支柱は強固に固定されうる。これに対し本件発明においてはボルト穴が設けられた部分は、横持ち梁のような形状となっており、底板と直接つながっておらず、側壁を介して支持されているにとどまる。明らかに後者の方が、支柱の固定としては弱くなろう(それゆえY製品では、ボルト穴部を下から補強するような金具が追加されている。)。すなわち切欠き部を変更する際には、棚板の板厚の検討や補強金具の要否など、さらに検討すべき技術的ハードルがある程度生じていたと思われ、必ずしも当業者にとって容易想到ではなかったと考えられる。
      一審判決は「切欠部を設ける場所が異なることによって技術的な困難性に違いが生じるとはいえない」とするが、そこまで裁判所が言い切れるものではないと思われる。
       【乙13発明】          【本件発明】

  6.  近年、特許を無効とする裁判例が多くなる傾向にあったが、一旦は特許として登録されたものが、事後的に裁判手続において効力が否定されることは、本来的には望ましくないことである。知財高裁が「後知恵」に基づく判断について言及したことは意味のあることであり、進歩性の判断における一事例として実務上参考になるものである。
以上
(文責)弁護士 山口建章