平成26年9月11日判決(知財高裁 平成26年(ネ)第10022号)
平成26年1月30日判決(原審・東京地裁 平成21年(ワ)第32515号)
【判旨】
本判決は、特許権侵害の損害賠償請求事件である。第1審は、特許権者が当該特許権にかかる発明を自己実施しない場合に102条2項の推定規定の適用を認め、侵害者が得た利益の75%の割合で推定を覆滅した。これに対し、本判決は推定の覆滅の割合を65%に変更した。
【キーワード】
損害論、特許法102条、推定の覆滅、寄与度

【事案の概要】
 原告X(株式会社クローバー・ネットワーク・コム)が、被告Y(株式会社ジンテック)による装置(以下「Y装置」という。)の製造及び使用が、Xの有する下記特許権(特許第38998284号。以下「本件特許権」という。)の侵害に当たると主張して、Yに対し、特許法100条1項及び2項に基づき、Y装置の製造及び使用の差止め並びに廃棄を求めるとともに、特許権侵害の不法行為に基づく平成19年8月17日から平成21年月31日までの間の損害賠償金のうち5億円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。

番   号  特許第3998284号
発明の名称  「電話番号情報の自動作製装置」
出願年月日  平成8年10月9日
登録年月日  平成19年8月17日

第1審は、不法行為に基づく損害賠償金2748万5556円及びこれに対する遅延損害金の支払いを命ずる範囲で請求を認容した(Yが途中で対象装置につき設計変更をしたことにより、差止めと廃棄の請求は棄却された。)。
 裁判所は、Y装置のうち装置2~4は本件発明(本件特許の請求項1に記載された発明のこと)の技術的範囲に属するとしたのに対し、装置1、5及び6は、文言上本件発明の技術的範囲に属せず、均等のものともいえないとした。
Xの損害額については、「特許法102条2項は特許権者における損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であるから,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合にはその適用が認められ,特許権者が特許に係る発明を実施していないことは,その適用を排除する理由にはならないと解される。」と判示して、102条2項の適用を肯定した。
 そして、装置2~4にかかるYの売上高は合計2億7530万2800円であり、そこから外注費、拠点費用、通信料、消耗品費等、営業人件費、営業交通費、販売促進費及び個別原価は侵害行為による利益を得るために追加的に要した費用であるとして、全額を控除すべきとした。また、開発人件費もその32~40%の範囲で控除すべきであるとした。以上から装置2~4の製造及び使用による利益は合計9994万2225円であるとした。
 その上で、第1審裁判所は、特許法102条2項により損害の額を算定するにあたり、Yが得た利益のうちに本件発明の実施以外の要因により生じたと認められる部分があるときは、同項による推定を一部覆滅する事情があるとして、その分を損害額から減ずることが相当であるとした。推定を覆滅する事情について、①Yは利益を得るためにYの保有する3件の特許権に係る特許発明を実施していること,②本件発明と同様の代替的な方法があることに照らすと、本件発明の技術的意義はさほど高くなく,Yの得た利益に対する本件特許の寄与は限定的なものであり,③特許権侵害期間のYの顧客のうち6割以上(55社のうち35社)は本件特許権の特許登録前からのYの顧客であること,④Xの事業やY事業と同種のサービスが多数存在していることなどの一切の事情によれば,損害の推定を覆滅する事情があると認められ,その割合は75%であると評価するのが相当であるとした。そして、特許法102条2項に基づいて算定される損害額は,9994万2225円に25%を乗じた2498万5556円であり,Xがこれを上回る損害を被ったことを認めるに足りる証拠はないと判示した。
 これを不服としてX、Yの双方がそれぞれ敗訴部分につき控訴した。
 なお、Xはその事業において本件発明を実施していなかったが、第1審はそのことと特許法102条2項の関係に言及しなかった。

【争点】
 本件の争点は下記の通りであるが、本稿では紙幅の関係から(4)の損害賠償に絞って検討する。
(1)平成19年8月17日から平成21年8月31日までのY装置(以下「損害賠償対象装置」という。)の構成
(2)損害賠償対象装置が本件発明の技術的範囲に属するか
(3)差止め及び廃棄の可否
(4)Yが賠償すべきXの損害額
  ・ 特許法102条2項の規定の適用の可否
  ・ 損害額の算定
  ・ 被告が得た利益額
  ・ 推定の覆滅事由及び本件発明の寄与度

【判旨】
 控訴審である知財高裁は、基本的に第1審の結論を支持し、原判決に部分的に補正する他は原判決のとおりとした。ただし、Yの利益がXの損害額であるとの推定を一部覆滅する事情につき,その割合は65%と認定した(第1審は75%)。
 知財高裁が、Yが賠償すべきXの損害額の争点について原判決を補正した部分は次の通りである。
「イ 特許法102条2項は,特許権者における損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であるが,損害の発生の事実を推定するものではないから,同規定を適用するためには,特許権者において損害発生の事実が認められることが必要であるところ,同規定が置かれた趣旨に照らすと,特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在することをもって,損害発生の事実があるものとして,同規定の適用が認められるものと解される。
 そこで検討すると,Xは,電話番号の調査を必要とする顧客に対し,X装置を使用して蓄積された電話番号の利用状況履歴データベースを提供しているが,X装置は電話番号の一部を調査対象から除外するものであるから,それ自体は構成要件Aを構成要素とする本件発明の実施品には当たらないとしても,本件発明の実施品を使用したサービスと競合するサービスの提供をしているものであること,Yは本件発明を実施して顧客にサービスを提供していること,XとYとは市場において同種の事業を行っており,取引先も競合していることなどの事情を勘案すると,Xによるサービスの提供が本件発明を実施して得られたデータに基づかないものであるとしても,本件において,Xには,侵害者による侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情があるものと認めるのが相当である。」
「特許法102条2項の規定により損害の額を算定するに当たっては,Yが得た利益のうちに当該特許発明の実施以外の要因により生じたものと認められる部分があるときは,同項による推定を一部覆滅する事情があるものとして,その分の額を損害の額から減ずるのが相当である。
 これを本件についてみると,Yの侵害の態様は前記・・・で認定したとおりであるが,Yは本件特許の登録前から同種サービスを提供しており(略),Y装置1は本件特許を侵害するものではなかったこと(略)、Yは保有する3件の特許権に係る特許発明を実施しており,その提供するサービスについて,能率と費用の面でより効果的なものとしていること(略)、本件発明と同様の調査データを取得し得る方法として,本件特許の侵害とならない方法によることが困難なものとは認められないこと(略)などからすると,本件発明の技術的意義はさほど高いものではなく,Y事業による利益に対する本件特許の寄与は,相当限定的な範囲にとどまるものと認めるのが相当である。
 加えて,特許権侵害期間におけるYの顧客55社のうち35社(約63%)が本件特許権の特許登録前からの顧客であり,また,固定電話分の売上げの約8割がこれらの顧客によるものであるところ(略),Yによる本件発明の実施の影響が新規顧客のみに限定されるものではないとしても,本件発明の実施に対応して需要者が何らかの具体的な選択をしたことをうかがわせるような証拠もないことに照らすと,上記の顧客の状況については,Y事業の利益に対する本件発明の寄与を更に限定する要素と認めざるを得ない。
 Xは,寄与割合を判断するに当たっては,需要者の選択購入の動機が基軸的な要素として重視されるべきであると主張するが,上記のとおり,その主張を認めるに足りる証拠はなく,本件においては,Xの上記主張は採用することができない。
 また,本件においては,市場に同種のサービスを提供する業者の存在が認められる(略)。しかし、定期的に行った電話番号の利用状況の調査データと特定の電話番号を照合することにより利用状況を調査するサービスに関しては,XとYのほかにサービスを提供する業者は、ほとんど見当たらないこと(略)からすると、上記の点は,推定を覆滅する要素として重視することはできない。
 以上の各事情に加え,X及びYの主張に照らし,本件の証拠上認められる一切の事情について検討すると,上記Yの利益が特許権侵害によるXの損害額であるとの推定を一部覆滅する事情があると認められ,その割合は65%と認めるのが相当である。
 そうすると,特許法102条2項の規定に基づいて算定される損害額は・・・利益額9994万2225円に35%を乗じた3497万9779円となり,Xがこれを上回る損害を被ったことを認めるに足りる証拠はない。」

【解説】
 特許法102条2項は「特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。」と規定する。
 知財高等裁判所平成25年2月1日判決(ごみ貯蔵機器(大合議)事件判決)は、特許法102条2項の趣旨について「民法の原則の下では,特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには,特許権者において,損害の発生及び額,これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張,立証しなければならないところ,その立証等には困難が伴い,その結果,妥当な損害の塡補がされないという不都合が生じ得ることに照らして,侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは,その利益額を特許権者の損害額と推定するとして,立証の困難性の軽減を図った規定である。」としている。
 従来、102条2項の適用の前提として、特許権者において自ら実施していることが必要であるか否かについて議論があったが、ごみ貯蔵機器(大合議)事件判決は「特許法102条2項の適用に当たり,特許権者において,当該特許発明を実施していることを要件とするものではないというべきである。」と判示した。本判決はこの大合議判決に続き、特許権者が自ら特許発明を実施していない場合に、102条2項の適用を認めた裁判例である。
 ところで、実務上は特許権者と侵害者のどちらに立証責任があるかは極めて重要である。訴訟において求められる立証の程度は本証であることを要するため(裁判官に事実が存在することの確信を抱かせることが必要)、推定を受けると、その覆滅は本来容易ではない。従前は、102条2項の適用を肯定する判決と否定する判決に分かれており、特許権者が自ら実施していない場合には適用を否定する判決も出ていた(その上で覆滅を簡単には認めないためオール・オア・ナッシング的な解決がされがちであった。)。これに対し、特許権者が自ら実施していない場合でも102条2項の適用を認めることが前提となると、事案によっては侵害者が得た利益と特許権者の逸失利益の対応関係が認めにくくなるため、覆滅を広く認めていくことが必要となる。
 ただし、覆滅を広く認めるようになると、102条2項が立証責任の転換を通じて有するもともとの実質的な意味、すなわち当事者間の公平(主に権利者側の救済)が失われかねない。本判決では65%の覆滅を認めている(一審は75%)が、あまりに賠償額を減額しすぎると侵害行為への抑制効果すら失うおそれがあることに注意を要する。
 第1審と控訴審で、判断の基礎となる事実関係がほとんど異ならないにもかかわらず、覆滅割合に10%の差が生じた点も気にかかる。田村教授は、「もともと、102条2項に対しては、特許発明による利益は実施者や実施の仕方によって大幅に異なるものなのだから、経験則の問題として、侵害者の利益額をもって権利者の逸失利益としての損害額と推定することには無理があることが指摘されている。このように規定の合理性が見えないということは、逆にいったん推定してしまうと、どのように推定を覆していくのか、推定の覆滅過程を規律する合理的指針を欠くということをも意味している。」と指摘されているが(田村善之「侵害による利益を損害額と推定する特許法102条2項の適用の要件と推定の覆滅の可否」知財管理63巻7号1118頁)、たしかに第1審と控訴審とで割合が異なった理由は判旨から明確ではない。
 本判決は、102条2項の適用がある場合に、覆滅事由としてどのような事情が考慮されるかにつき実務上参考になる裁判例である。

以上
(文責)弁護士 山口建章