平成26年9月25日判決(知財高裁 平成25年(行ケ)第10326号)
【判旨】
  特許権の存続期間の延長登録に係る特許法67条の3第1項1号により延長登録の出願を拒絶すべき場合の要件について,医薬品の成分を対象とする特許については,薬事法14条1項又は9項に基づく承認を受けることによって禁止が解除される「特許発明の実施」の範囲は,薬事法14条2項3号が定める審査事項のうち,効能又は効果によって特定される医薬品の製造販売等の行為であると解するのが相当である旨判示した。
【キーワード】
イレッサ、ゲフィチニブ、延長登録、特許法67条2項、特許法第67条の3第1項第1号

【事案の概要】
  本件は、まず、原告が、厚生労働大臣から、販売名「イレッサ」という肺癌に対する癌剤の医薬品輸入承認(以下「本件先行処分」という。)を受け、当該処分に基づき、発明の名称を「キナゾリン誘導体、その製法及び該キナゾリン誘導体を含有する抗癌作用を得るための医薬調剤」とする特許第2994165号の特許(以下「本件特許」という。)に係る発明の実施に特許法67条2項の政令で定める処分(本件先行処分)を受けることが必要であったとして、本件特許につき存続期間の延長登録出願を行い、存続期間の延長登録がされた。
  その後、原告は、同大臣から医薬品製造販売の承認事項の一部変更処分(以下「本件処分」という。)を受け、原告は、上記同様に本件処分を根拠として、本件特許につき存続期間の延長登録出願を行ったところ、拒絶査定を受け、これに対する不服の審判を請求したが、請求は成り立たない旨の審決を受けた。原告が、当該審決の取消しを求めたものが本件訴訟である。
  本件先行処分と本件処分との変更点は、「効能又は効果」に係る部分である。本件先行処分においては効能又は効果が「手術不能又は再発非小細胞肺癌」であり、本件処分はこれが変更され、「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」とされた。

【争点】
 ⑴ 争点の概要
  本件特許発明は、医薬品の成分を対象とする発明であるが、その医薬品に関連する製造販売等の行為について本件先行処分がされているから、本件において、本件特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないとき(特許法67条の3第1項1号)の要件の有無が問題となり、これを判断するに当たり、本件先行処分を受けたことによって既に禁止が解除されていると評価判断することができるかが争点となった。

 ⑵ 争点の詳細
  具体的には、本件先行処分の効能又は効果が「手術不能又は再発非小細胞肺癌」であるところ、本件処分では、「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」とされており、単純に文言を比較すると、本件処分では「EGFR遺伝子変異陽性の」との限定が付されただけであるから、本件先行処分によって既に禁止が解除されていたと評価することができ、審決も当該考え方に沿ったものであった。
  これに対して、原告は以下のような事実経過を基に、以下に述べる本件注意に係る内容は,本件先行処分の承認書自体には直接記載されていないものの,その内容を特定するものであり,実質的に本件先行処分の一部を成すものであって、本件処分がこれを解除したと主張した。

  ア 本件先行処分に係る事実経過
本件先行処分における「効能又は効果」は「手術不能又は再発非小細胞肺癌」とされていたところ、当該処分を受ける際に、医薬品輸入承認申請の審査を行った医薬品医療機器審査センター(以下「センター」という。)とのやり取りにおいて、原告は、センターから申請資料からは、「化学療法既治療の手術不能非小細胞肺癌」のように対象を絞るべきではないかと尋ねられ、これに対して「使用上の注意として『○○に対する有効性及び安全性は確立されていない』のように制限を設けることで対処可能である」旨及び「従来の抗癌剤による化学療法には適さない患者に対しても有用であると考えられるが,効能・効果を『化学療法既治療例』と限定することにより,これらの患者が本件医薬品による治療の機会を失う」旨回答した。
当該回答を踏まえ、センターは、最終的に、「効能・効果につき,申請時の『非小細胞肺癌』を『(本文ママ)非小細胞肺癌(手術不能又は再発例)と改訂し,『本薬の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立していない。』旨の効能・効果に関連する使用上の注意(本件注意)を付した上で,本件医薬品の品目を承認しても差し支えないと判断し」た。最終的に、効能・効果をより明確にした形で「手術不能又は再発非小細胞肺癌」とされた。なお,同承認には,承認条件が付されているが,そこには本件注意に関する記載はない
    一方で、本件医薬品の添付文書 には,<効能・効果に関連する使用上の注意>として本件注意が記載された。

  イ 本件処分に係る事実経過
    その後、原告は,厚生労働大臣に対し,本件先行処分による本件医薬品の効能・効果を「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」と変更することを内容とする本件医薬品の製造販売承認事項一部変更承認申請をしたところ、センターによる審査の結果、当該一部変更を承認しても差し支えないとされるとともに,これに伴い,本件医薬品の添付文書から本件注意の記載を削除することが適切であると判断され、本件処分が下された。
    本件処分は,本件先行処分において承認された本件医薬品の効能又は効果を,「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」と変更することを変更内容とする,薬事法14条9項に基づく,医薬品製造販売承認事項一部変更承認である。本件処分に伴い,本件医薬品の添付文書の効能・効果に関する記載も改められた。

【判旨抜粋】
   本件先行処分と本件処分の各承認に係る内容を比較してみると,本件処分における本件医薬品の上記効能又は効果は,本件先行処分において承認された本件医薬品のそれ,すなわち,「手術不能又は再発非小細胞肺癌」の範囲を限定したものという関係に立つものと認められる。そうすると,本件処分において禁止が解除された範囲は,本件先行処分の禁止の解除の範囲に包含されるものということになる。
   すなわち,本件先行処分は,EGFR遺伝子変異陽性か陰性か,ないしは,化学療法未治療例か化学療法既治療例かを問うものではないから,本件処分の「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」との効能又は効果によって特定される使用方法による本件医薬品の使用行為,及び上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等の行為の禁止は,本件先行処分によって既に解除されていたものというほかない。
   そうすると,本件処分については,「本件先行処分を受けたことによって既に禁止が解除されている」と評価判断することができるものであるから,本件処分を受けたことは,特許法67条の3第1項1号の「その特許発明の実施に第67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」の拒絶要件に該当するものというべきである
(中略)
本件注意の(筆者注:添付文書への)記載は,「本薬の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立していない。」というものであって,その文言に照らしてみても,飽くまでも本件医薬品の効能・効果に関連した使用上の「注意」にすぎず,化学療法未治療例に対しては記載された効能・効果がない旨を表示し,あるいは使用を制限する趣旨の記載とは認められない。

【解説】
  本件は、特許法第67条の3第1項第1号の存否が争われた事件であり、対象となった医薬品は販売当初、副作用について社会問題となったイレッサに関するものである
医薬品等の場合製造や販売を行うためには、実効性の確認や安全性確保等の目的により薬事法に基づく製造承認等の許認可が必要であり、当該許認可を得るまでの間、特許発明を独占的に実施できないにもかかわらず、特許権の存続期間が進行してしまい、特許権の存続期間が浸食されてしまう。この不都合を解消する制度が特許権の存続期間の延長制度であり、特許法67条の2は「法律の規定による許可その他の処分であつて・・・政令で定めるもの 」を受けることが必要であった場合には、延長登録を認めるとしている。
  そして特許法第67条の3第1項第1号 において、「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」には延長登録が認められないとされている。
  本件においては、同号の要件の有無が問題となったが、裁判所は、本件処分の「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」という範囲については、本件先行処分の「手術不能又は再発非小細胞肺癌」の範囲に含まれ、すでに禁止が解除されていたと判断した。本件の特徴的な判断としては、「本薬の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立していない。」との添付文書に記載された効果・効能に関する注意は、「政令で定められる処分」に原則的に含まれないとし、この削除によって本件特許の実施に係る禁止の解除がなされたとは言えないとしたことである
  一般に、医薬品の製造承認において、当業者は、できるだけ効果・効能を広くするよう努力する。本件においても原告はセンターとのやり取りの中で、効果効能に「抗癌剤既治療例の」という限定を付さないように働きかけている。しかしながら、その後に続く本件処分との関係においては、当該働きかけが結果的に不利に働いている。
実務的には、当業者が、医薬品の製造承認における効果・効能を検討するに当たっては、当該効能・効果を変更する可能性がある場合には、本件のように先に広く範囲を取ることのリスクも十分に考慮する必要があることを示しており、実務上意義のある判決であるため、ここに紹介するものである。


平成14年法律第96号による改正前の薬事法の規定に基づくものであり,同改正に係る法律附則8条5項の規定により,同法律による改正後の薬事法14条の規定による承認を受けたものとみなされる。
薬事法第52条
イレッサとの名称は商品名であり、有効成分はゲフィチニブである。なお、本件解説には直接関係ないために、判旨を抜粋していないが、本判決では、イレッサの販売後、同薬剤の投与が原因と思われる重篤な間質性肺炎や急性肺障害が次々と報告(厚生労働省の集計では、平成15年4月22日現在,間質性肺炎ないしは急性肺障害が616例にみられ、うち246例が死亡)され、その後、「ゲフィチニブ使用に関するガイドライン」(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/02/dl/s0201-4c.pdf)が発表されるなどしている事実関係についても、詳細に認定している。
特許法施行令3条に薬事法に係る処分が定められている。
その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。
本判決はなお書きにおいて、「承認を受けることによって禁止が解除される「特許発明の実施」の範囲は,薬事法14条2項3号(平成14年法律第96号による改正前の薬事法においては,同法14条2項)が定める審査事項のうち,成分,分量,用法,用量,効能,効果によって特定される医薬品の製造販売等の行為であると解するのが相当である」と述べ、本件では審査対象とならなかった、成分,分量,用法,用量についても、本件と同様である旨判示しており、この点も注目する必要がある。

(文責)弁護士 宅間仁志