平成26年5月16日判決(東京地裁 平成25年(ネ)第10043号)
【キーワード】
消尽論、特許法101条1号、通常実施権者、BBS事件(最高裁平成9年7月1日判決)、インクカートリッジ事件(最高裁平成19年11月8日判決)

1 はじめに
本件は、Apple Japan合同会社(以下「アップル」という)が、三星電子株式会社(以下「サムスン」という)のUMTS規格に関する特許権を侵害していないことの確認 を求めた訴訟(不法行為に基づく損害賠償債務の不存在確認訴訟)である。本判決の論点は多岐にわたるが、本稿では実務に与える影響が大きいと思われる「特 許権の消尽」を取り上げる。

2 事案と判旨
(1) 事案
 サムスンは、同社のUNTS規格に関するデータ送信装置の特許権(以下「本件特許」という)のいわゆるのみ品(特許法101条1号)であるベースバンドチップ(以下「本件ベースバンドチップ」という)について、訴外インテル社に対して通常実施権を設定していた(以下、「本件ライセンス契約」という)。そして、本件ライセンス契約は、訴外インテル社の子会社における販売をも許諾するものであった。
 一方、アップルの被疑侵害製品(以下「アップル社製品」という)に使用されていた本件ベースバンドチップは、アップルが、訴外インテル社の子会社であるインテル・アメリカ社を通じて購入したものであった。
 そこで、アップルは、同社がインテル・アメリカ社を通じて購入した本件ベースバンドチップについては、サムスンが本件ライセンス契約を締結した際に、「特許発明の公開の代償を確保する機会」が保障されていたから、当該のみ品を用いて製造したアップル社製品に関しても本件特許が消尽していると主張した。

(2) 判旨
 裁判所は、(a)アップルがインテル・アメリカ社から購入した本件ベースバンドチップは、本件ライセンス契約の終了後に製造されたものであったこと、(b)仮にアップルがインテル・アメリカ社から購入した本件ベースバンドチップが、本件ライセンス契約の有効期間中に製造されたものであったとしても、アップル社製品に使用された本件ベースバンドチップは本件ライセンス契約の許諾対象ではなかったこと(本件における許諾対象は「インテル社自身が製造するベースバンドチップ」であるところ、アップル社製品に使用されている本件ベースバンドチップは訴外IMC社が製造したものであった。)を認定して、アップル社の消尽の主張は前提を欠くものであるとして早々に排斥した。
 もっとも、その上で、裁判所は「念のため」として、仮に①②のような事情がなく、アップル社製品に使用された本件ベースバンドチップが本件ライセンス契約に基づき製造・販売されたものであったとしても、本件特許権の権利行使は制限されないとの判断を示した。以下に当該判示部分を紹介する(題目及び下線は筆者によるものであり、又判示部分は適宜省略して記載する。)。

ア 一般論
 特許権者又は専用実施権者(この項では、以下、単に「特許権者」という。)が、我が国において、特許製品の生産にのみ用いる物(第三者が生産し、譲渡する等すれば特許法101条1号に該当することとなるもの。以下「1号製品」という。)を譲渡した場合には、当該1号製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該1号製品の使用、譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず、特許権者は、当該1号製品がそのままの形態を維持する限りにおいては、当該1号製品について特許権を行使することは許されないと解される。しかし、その後、第三者が当該1号製品を用いて特許製品を生産した場合においては、特許発明の技術的範囲に属しない物を用いて新たに特許発明の技術的範囲に属する物が作出されていることから、当該生産行為や、特許製品の使用、譲渡等の行為について、特許権の行使が制限されるものではないとするのが相当である(BBS最高裁判決(最判平成9年7月1日・民集51巻6号2299頁)、最判平成19年11月8日・民集61巻8号2989頁参照)。
 なお、このような場合であっても、特許権者において、当該1号製品を用いて特許製品の生産が行われることを黙示的に承諾していると認められる場合には、特許権の効力は、当該1号製品を用いた特許製品の生産や、生産された特許製品の使用、譲渡等には及ばないとするのが相当である。
 そして、この理は、我が国の特許権者(関連会社などこれと同視するべき者を含む。)が国外において1号製品を譲渡した場合についても、同様に当てはまると解される(BBS最高裁判決(最判平成9年7月1日・民集51巻6号2299頁参照))。
 次に、1号製品を譲渡した者が、特許権者からその許諾を受けた通常実施権者(1号製品のみの譲渡を許諾された者を含む。)である場合について検討する。
 1号製品を譲渡した者が通常実施権者である場合にも、特許権の効力は、当該1号製品の使用、譲渡等には及ばないが、他方、当該1号製品を用いて特許製品の生産が行われた場合には、生産行為や、生産された特許製品の使用、譲渡等についての特許権の行使が制限されるものではないと解される。さらには、1号製品を譲渡した者が通常実施権者である場合であっても、特許権者において、当該1号製品を用いて特許製品の生産が行われることを黙示的に承諾していると認められる場合には、特許権の効力は、当該1号製品を用いた特許製品の生産や、生産された特許製品の使用、譲渡等には及ばない。
 このように黙示に承諾をしたと認められるか否かの判断は、特許権者について検討されるべきものではあるが、1号製品を譲渡した通常実施権者が、特許権者から、その後の第三者による1号製品を用いた特許製品の生産を承諾する権限まで付与されていたような場合には、黙示に承諾をしたと認められるか否かの判断は、別途、通常実施権者についても検討することが必要となる。
 なお、この理は、我が国の特許権者(関連会社などこれと同視するべき者を含む。)からその許諾を受けた通常実施権者が国外において1号製品を譲渡した場合についても、同様に当てはまると解される。」

イ あてはめ
(ア)権利行使の可否
 インテル社は、アップルとインテル社間の本件ライセンス契約によって、本件ベースバンドチップの製造、販売等を許諾されていると仮定されるから、特許権者からその許諾を受けた通常実施権者に該当する。また、「データを送信する装置」(構成要件A)及び「データ送信装置」(構成要件H)に該当するのは本件ベースバンドチップを組み込んだ本件特許製品であると解される一方、本件ベースバンドチップには、本件発明の技術的範囲に属する物を生産する以外には、社会通念上、経済的、商業的又は実用的な他の用途はないと認められるから、本件ベースバンドチップは、特許法101条1号に該当する製品(1号製品)である。アップルは、インテル社が製造した本件ベースバンドチップにその他の必要とされる各種の部品を組み合わせることで、新たに本件発明の技術的範囲に属する本件特許製品を生産し、これを輸入・販売しているのであるから、サムスンによる本件特許権の行使は当然には制限されるものではない。
(イ)黙示の許諾の成否
 控訴人においてこのような特許製品の生産を黙示的に承諾していると認められるかを検討する。
 この点、サムスンとインテル社間のライセンス契約は、サムスンが有する現在及び将来の多数の特許権を含む包括的なクロスライセンス契約であり、本件特許を含めて、個別の特許権の属性や価値に逐一注目して締結された契約であるとは考えられない。また、サムスンとインテル社間のライセンス契約の対象は、(a)半導体材料、(b)半導体素子、又は(c)集積回路を構成する全ての製品であって、控訴人の有する特許権との対比における技術的価値や経済的価値の異なる様々なものが含まれ得る。そうすると、かかる包括的なクロスライセンスの対象となったライセンス対象商品を用いて生産される可能性のある多種多様な製品の全てについて、サムスンにおいて黙示的に承諾していたと解することは困難である。そして、インテル社が譲渡した本件ベースバンドチップを用いてデータを送信する装置やデータ送信装置を製造するには、さらに、RFチップ、パワーマネジメントチップ、アンテナ、バッテリー等の部品が必要で、これらは技術的にも経済的にも重要な価値を有すると認められること本件ベースバンドチップの価格とアップル社製品との間には数十倍の価格差が存在すること、いわゆるスマートフォンやタブレットデバイスであるアップル社製品はライセンス対象商品には含まれていないことを総合考慮するならば、控訴人が本件特許製品の生産を黙示的に承諾していたと認めることはできない。
 なお、このように解したとしても、本件ベースバンドチップをそのままの状態で流通させる限りにおいては、本件特許権の行使は許されないのであるから、本件ベースバンドチップを用いて本件特許製品を生産するに当たり、関連する特許権者からの許諾を受けることが必要であると解したとしても、本件ベースバンドチップ自体の流通が阻害されるとは直ちには考えられないし、サムスンとインテル社間のライセンス契約が、契約の対象となった個別の特許権の価値に注目して対価を定めたものでないことからすると、サムスンに二重の利得を得ることを許すものともいえない。
 次に、インテル社が特許製品の生産を黙示的に承諾する権限を有していたかについて検討する。サムスンとインテル社間のライセンス契約は、1号製品を含めてライセンス対象商品についてインテル社に特許権の実施行為を許したものにすぎず、同契約には、これを超えて、インテル社に、1号製品を用いた特許製品の生産を承諾する権限まで与えたことを裏付ける条項は存在しない。
 以上よりすると、本件では、サムスンが特許製品の生産を黙示的に承諾しているとは認めるに足りず、また、インテル社にその権限があったとも認めるに足らないから、本件ベースバンドチップを用いて生産されたアップル社製品を輸入・販売する行為について本件特許権の行使が制限されるものではないと解される。

3 検討
(1)黙示の実施許諾が認められる場合
 本判決は、消尽の論点について、いわゆる傍論で「物の特許ののみ品を製造販売することについて許諾がなされても、完成品の特許権行使は制限されず、例外的に、当該のみ品を用いて完成品を製造することについてまで黙示的に許諾されていたと考えられる場合には、完成品の特許権行使も制限される」旨判断したものである。傍論であるとはいえ、知財高裁が当該論点について初めて判断したものであることからすると、今後の実務において重要な意義を有するといえる。
 なかでも、実務的には「いかなる場合に黙示の実施許諾があったといえるか」が特に重要であるといえよう。したがって、本判決において、どのような事実関係を考慮して黙示の実施許諾の有無が判断されているのかについて簡単に検討してみたい。
 この点、本判決は、本件ライセンス契約が包括クロスライセンスであったことや、特許製品を完成させるためには、のみ品のみならず様々な部品が必要であり、のみ品と特許製品との間には相当な価格差が存在すること、本件ライセンス契約においてスマートフォンやタブレットデバイスといったアップル社製品に対応する製品はライセンス対象商品には含まれていないこと等を考慮して、黙示の実施許諾が認められないとの結論を導いている。これらに照らすと、(i)対象製品が明確に特定されているようなライセンス契約であること、(ⅱ)特許製品を完成させるためにのみ品以外に必要な部品がそう多くはないこと、(ⅲ)のみ品と特許製品との間にほとんど価格差がないこと、(ⅳ)ライセンス契約において許諾対象製品に完成品と同様の製品が含まれていること等は、黙示の実施許諾が認められる方向に働く事実関係といえよう。
 本件においては黙示の実施許諾が認められていないものの、個別事案においてこれが認められるかを検討するにあたっては、上記事実関係の有無が有効な指標になろう。

(2)契約における対策とその効力
 特許権が「消尽」する場面においては、当事者の意思によりその効果を排除することはできないが1 、「黙示の許諾が認められるような場合に権利行使が許されない」というだけであれば、許諾しない旨を明示的に意思表示することにより、当該権利行使制限がなされる事態を避けることが可能であると考えられる2 。この点、本判決は、のみ品の実施許諾により特許製品が「消尽し得る」とは述べておらず、「黙示の実施許諾があると認められるような例外的な場合には権利行使が許されない」と述べているにすぎない。そのため、特許権者の立場である場合には、特許製品ののみ品についてライセンスをする際に、「ライセンス対象製品を用いて特許製品を生産することまでをも認める趣旨のものではない」旨を契約で明確にしておくといった方策をとることが考えられるだろう。
 もっとも、上記のような文言を契約で規定してしまえば、どのような場合においても特許製品に対する権利行使が可能とするのは、特許権者の保護に重きが置かれすぎているようにも思われる。例えば、特許権にかかる発明の本質的部分がのみ品にも備わっているような場合に、これについて既にライセンスしているにもかかわらず、完成品への権利行使をも認めることは行き過ぎであろう。この点、本判決は、このようなケースにおいてライセンス契約に上記文言があるような場合に、権利行使が制限されることを想定しているのか否かは定かではない。当該ケースの取扱いについては今後の判断が待たれるところである。


1中山信弘『工業所有権法(上)〔第2版増補版〕』(2000年・弘文堂)361頁、仙元隆一郎『特許法講義〔第4版〕』(2003年・悠々社)161頁
2
角田政芳「無体財産権法における属地主義と用尽理論」国士舘邦楽18号(1985年)78頁、前掲中山信弘361頁

以上
(文責)弁護士 山本真祐子