平成26年4月24日判決(東京地裁民事46部 平成23年(ワ)第29033号 損害賠償等請求事件)
口頭弁論終結日 平成26年2月4日
【キーワード】
特許法70条1項、2項

【事案の概要】
 本件は,原告が、被告に対し、被告による被告製品の製造及び販売が原告の特許権の侵害に当たる旨主張して、被告製品の製造等の差止め及び損害賠償を求める訴訟である。

【特許庁における手続の経緯】

H12.9.4 原告,名称を「車椅子」とする発明につき,特許出願
特願2000-266850号
H17.5.27 特願2000-266850号につき,特許権の設定登録
特許第3680160号
H25.8.9 原告,被告が請求した特許無効審判の手続において、訂正請求

【発明の概要】(下線は筆者が付した)
 車椅子における従来のリクライニング機構は、背フレームをサイドフレームに対して傾倒可能に構成することによって構成されていた。しかし、背フレームをサイドフレームに対して傾倒可能に構成することは、背フレームの傾倒支点と障害者の屈曲支点とが異なることとなることから、障害者の臀部がずれて臀部を移動させなければならなかった。この動作は、重度な障害者によっては極めて困難な動作を強いられることになっていた。(【0002】)
 従来の公報に示されているリクライニング機構、例えば、特開平7-457号に示されているものは、背フレームの傾倒支点部を本体に対して傾倒可能に支持するとともに、座を背フレームの傾倒支点より下方の位置で回動可能に支持して、座のステップ側を、本体に回動自在かつ摺動自在に支持している。これによって、障害者が車椅子に搭乗している際に、背フレームを傾倒しても、座を前方に移動することから、障害者は臀部をずらすことなく安定した姿勢を保持することができた。(【0004】)
 しかし、上記の公報に示される場合においては、背フレームが座(又はサイドフレーム) に対して傾倒することから、障害者は座位した姿勢を崩さずにリクライニングすることはできない。そのため重度な障害者では、身体を動かすことができずにリクライニング動作が困難となることがあった。しかも、いずれのリクライニング機構においても、背フレームは座(又はサイドフレーム) に対してピンのみで支持するように構成されていることから、ピンで障害者の重量を受けることとなり、ピンが破損しやすく、障害者に危険を伴うことになっていた。(【0006】)
 この発明は、上述の課題を解決するものであり、障害者の安定した姿勢を保持した状態でリクライニング作用が行なえるとともに、堅固に構成されたリクライニング機構を有する車椅子を提供することを目的とする。(【0007】)
 本発明の車椅子は、座席フレーム体の背フレームを、車輪フレーム体に対して傾倒させる際、座席フレーム体は、車輪フレーム体のガイドフレーム部に案内されながら、左右一対の車輪フレーム体に対して揺動される。車輪フレーム体は、背フレームとサイドフレームと脚フレームとを備えて構成されていることから、座席フレーム体に座位する障害者は、座位姿勢のままでリクライニング作用を行なうことができ、身体を動かせない重度な障害者であっても、安定した姿勢でリクライニングすることが可能となる。しかも、座席フレーム体が、車輪フレーム体に対して揺動する際、揺動支点部のピンだけでなくガイド手段で支持されて摺動することができることから、障害者の体重を十分に支持することができて、障害者を安心して車椅子に搭乗させてリクライニングさせることが可能となる。(【0013】)


【請求項1】
A  前輪と後輪とを支持する車輪フレーム体が,介護者用のハンドル部を有する背フレーム・サイドフレーム・脚フレームを有して障害者を座位可能に支持する座席フレーム体を間にして左右一対に配置されて構成される車椅子であって,
B  それぞれの前記車輪フレーム体は,
B-1  前記座席フレーム体の両側において,前記座席フレーム体に軸着して前記座席フレーム体を揺動可能に支持する上部フレームと,
B-2  前記上部フレームの下方に配置される下部フレームと,
B-3  前記座席フレーム体の両側部において前記座席フレーム体の揺動時に前記座席フレーム体を支持して摺動可能なガイド手段を構成するガイドフレームと,
を有して枠体状に構成されている
C  ことを特徴とする車椅子。

【主な争点】
 被告製品が構成要件B-3における「支持して」を充足するか。

【判旨抜粋】(見出し及び下線は筆者が付した)
 被告製品は,車輪フレーム体に,内側に座席フレーム体の底フレームが挿通され,座席フレーム体の両側部において車輪フレーム体の間隔を規制する構成を有する間隔規制枠を備えている。原告は,この間隔規制枠が構成要件B-3にいう「ガイド手段を構成するガイドフレーム」に当たり,上記のような間隔規制枠の構成は,下向きにかかる力を支えるものでないとしても,構成要件B-3の「支持」を充足する旨主張するので,以下,検討する。
(1) 特許法70条1項からの解釈
 まず,特許請求の範囲の記載についてみるに,「支持」とは,その文言上,支えること,支えて持ちこたえることをいうところ(広辞苑〔第6版〕1221頁参照),本件特許の特許請求の範囲の請求項1には,ガイドフレームが座席フレーム体を「支持」すること(構成要件B-3)に加え,上部フレームが座席フレーム体を「支持」すること(構成要件B-1)が記載されており,ガイドフレームが上部フレームと共に座席フレーム体を支持するものであることが本件発明の構成要件とされている。そして,座席フレーム体は障害者を座位可能に「支持」するものであり(構成要件A),障害者の体重が座席フレーム体に対して下向き(重力方向)にかかることは明らかであるから,ガイドフレーム及び上部フレームが座席フレーム体を「支持」するとは,下向きにかかる障害者の体重及び座席フレーム体の重量を支えることを意味するということができる。そうすると,特許請求の範囲の文言上,「支持」の具体的な構成についての記載はないものの,下向きにかかる力を支えない場合には「支持」に当たらないと解することができる。
(2) 特許法70条2項からの解釈
 次に,本件明細書の記載(図面を含む。)を考慮すると(特許法70条2項参照),構成要件B-3にいう「支持」の意義は次のように解釈することができる。(中略)
 本件明細書の上記記載を総合すると,本件発明は,従来の車椅子には,リクライニング時に,① 座位した姿勢を崩さずにリクライニングすることができず,重度な障害者ではリクライニング動作が困難となることがあり,また,② ピンで障害者の重量を受けることから,ピンが破損しやすく危険を伴うという問題点があったので,これらを解決するため,① 座席フレーム体については,背フレームとサイドフレームと脚フレームとを備え,その全体が車輪フレーム体に対して揺動するように構成するとともに,② 車輪フレーム体は,座席フレーム体が車輪フレーム体に対して揺動する際に,座席フレーム体と車輪フレーム体が軸着される上部フレームの揺動支点部のみならず,ガイドフレームでも障害者の体重を支えて摺動することができるとの構成を採用したものであると認められる。したがって,構成要件B-3にいう「支持」とは,ガイドフレームが上部フレームと共に障害者の体重(下向きの力)を支えることをいうもの,換言すると,上部フレームの揺動支点部にかかる障害者の体重による負荷を軽減するために,ガイドフレームにも上記負荷がかかるものであることを要すると解釈することができる。
(3) まとめ
  以上によれば、構成要件B-3にいう「支持」に当たるというためには,ガイドフレームが座席フレーム体にかかる障害者の体重,すなわち重力方向(下向き)の力を支えるものであることを要すると判断することが相当である。
(4) イ号製品の構成要件B-3充足性
 被告製品の間隔規制枠は,別紙イ号物件目録及び同ロ号物件目録の各写真7A,7B,8A及び8Bにみられるとおり,内側に座席フレーム体の底フレームが挿通され,座席フレーム体の両側部において,車輪フレーム体の間隔を規制する構成であり(検乙1,2),その構成に照らし,座席フレーム体にかかる障害者の体重を支えるものと認めることはできない。そうすると,被告製品は,構成要件B-3の「支持」を充足しないと解すべきものである。

【解説】
1 技術的範囲の解釈
 特許発明の技術的範囲の解釈手法は、特許法70条に規定されている。すなわち、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載にもとづいて定めなければならない(特許法70条1項)。その場合、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈する(同条2項)。
2 裁判所の判断
 裁判所は、まず特許法70条1項から、「支持」の意義を、特許請求の範囲に基づいて解釈している。裁判所は、構成要件B-3の他に、B-1にも「支持」が用いられていることから、ガイドフレーム及び上部フレームが座席フレーム体を「支持」するとは,下向きにかかる障害者の体重及び座席フレーム体の重量を支えることを意味するとした。
 そのうえで、特許法70条2項により、明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈している。裁判所はまず、本件特許発明における従来技術の問題点及び解決方法を認定した。すなわち、従来の車椅子には,リクライニング時に,① 座位した姿勢を崩さずにリクライニングすることができず,重度な障害者ではリクライニング動作が困難となることがあり,また,② ピンで障害者の重量を受けることから,ピンが破損しやすく危険を伴うという問題点があったので,これらを解決するため,① 座席フレーム体については,背フレームとサイドフレームと脚フレームとを備え,その全体が車輪フレーム体に対して揺動するように構成するとともに,② 車輪フレーム体は,座席フレーム体が車輪フレーム体に対して揺動する際に,座席フレーム体と車輪フレーム体が軸着される上部フレームの揺動支点部のみならず,ガイドフレームでも障害者の体重を支えて摺動することができるとの構成を採用したものであると認められる、とした。
 したがって,構成要件B-3にいう「支持」とは,ガイドフレームが上部フレームと共に障害者の体重(下向きの力)を支えることをいうもの,換言すると,上部フレームの揺動支点部にかかる障害者の体重による負荷を軽減するために,ガイドフレームにも上記負荷がかかるものであることを要すると解釈することができる、とした。
 他方、被告製品における間隔規制枠は、障害者の体重を支えるものではないから、「支持」にあたらないとした。
  
3 考察
 本件における裁判所の判断は、非常にオーソドックスではあるが、王道パターンに沿った解釈がなされており、非常に参考になる。すなわち、特許法70条1項から、特許請求の範囲の記載に基いて「支持」の意義を解釈し、そのうえで、特許法70条2項により「支持」の意義が1項の解釈と整合するものであることを認定した。特許法70条2項の解釈においては、従来技術の問題点及び問題点の解決方法を明細書の記載から参酌し、そのうえで、「支持」とは、障害者の体重を支えるものでなければならないとした。
 「支持」の形式的意味からすれば、必ずしも下向きの力を支えるものではないものも含まれうるものの、本件発明の技術的思想からすれば、「支持」とは下向きの力を支えるものであるとしたのである。明細書の記載を参酌すれば、ガイドフレームが座席フレーム体を支持するとは、下向きの力を支えることであると解釈するのが自然であり、裁判所の判断は妥当である。
 技術的範囲の解釈については、特許侵害訴訟において最も激しく争われる争点である。筆者は、技術的範囲を限定解釈して、実施例に限定するような解釈をするのは妥当でないと考える一方、形式的に文言該当すれば技術的範囲に含まれるとするのも妥当でないと考える。技術的範囲の解釈を行うためには、発明の技術的思想を参酌することが不可欠であり、裁判所も技術的思想を把握したうえで属否を判断している。よって、原告側としては、訴訟を提起する前に、被告の反論に耐えうる議論が展開できるかを、技術的思想を参酌したうえで検討すべきであるし、被告側としては、原告が形式的な充足性を主張してきたとしても、技術的思想を参酌して、イ号製品が含まれない解釈をとりうるかを検討すべきだろう。
 本件はオーソドックスではあるが技術的範囲の解釈手法として非常に明快な事案であったため紹介する次第である。

(文責)弁護士 幸谷泰造