平成26年1月16日判決(大阪地裁 平成24年(行ワ)第8071号)
【判旨】
原告が販売する薬剤分包用ロールペーパー(原告特許権の実施品)の使用済み芯管(分包紙が費消された芯管)を回収し、これに分包紙を巻き直して被告製品として販売していた被告の行為は、特許製品の新たな生産にあたり、被告製品について原告特許権の消尽を認めることはできない。
【キーワード】
消尽論、実施、再生産、特許法2条3項1号、インクカートリッジ事件(最高裁平成19年11月8日判決)、大阪地裁第26民事部判決

【事案の概要】
 本件は,薬剤分包用ロールペーパ(以下「原告製品」という。)を製造販売している原告が、被告に対し、原告製品の分包紙が費消された後に残った使用済み芯管を回収してそれに分包紙を巻き直して被告製品として販売している被告の行為が、原告特許権及び原告商標権を侵害するとして、被告の行為の差止め及び損害賠償等を求めた事案である。

 本稿での議論とは深く関係しないものの、原告特許権は以下のとおりのものである。
   特許番号 : 4194737号
   発明の名称: 薬剤分包用ロールペーパ
   出願日  : 平成12年6月2日
   登録日  : 平成20年10月3日
  【請求項1】(本件特許発明)

  1. 非回転に支持された支持軸の周りに回転自在に中空軸を設け,中空軸にはモータブレーキを係合させ,中空軸に着脱自在に装着されるロールペーパのシートを送りローラで送り出す給紙部と,2つ折りされたシートの間にホッパから薬剤を投入し,薬剤を投入されたシートを所定間隔で幅方向と両側縁部とを帯状にヒートシールする加熱ローラを有する分包部とを備え,ロールペーパの回転角度を検出するために支持軸に角度センサを設け,上記中空軸と上記支持軸の固定支持板間で上記中空軸のずれを検出するずれ検出センサを設け,分包部へのシート送り経路上でシート送り長さを測定する測長センサを設け,ロールペーパを上記中空軸に着脱自在に固定してその固定時に両者を一体に回転させる手段をロールペーパと中空軸が接する端に設け,角度センサ及び測長センサの信号に基づいてシート張力をロールペーパ径に応じて調整しながら薬剤を分包するようにし,さらに角度センサの信号とずれ検出センサの信号との不一致により上記中空軸に着脱自在に装着されたロールペーパと上記中空軸とのずれを検出するようにした薬剤分包装置に用いられ,
  2. 中空芯管とその上に薬剤分包用シートをロール状に巻いたロールペーパとから成り,
  3. ロールペーパのシートの巻量に応じたシート張力を中空軸に付与するために,支持軸に設けた角度センサによる回転角度の検出信号と測長センサの検出信号とからシートの巻量が算出可能であって,その角度センサによる検出が可能な位置に磁石を配置し
  4. その磁石をロールペーパと共に回転するように配設して成る
  5. 薬剤分包用ロールペーパ。

争点は以下のとおりである。
争点1:被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか
争点2:原告が被告製品につき本件特許権を行使することの可否(特許権消尽の成否)
    争点2-1 原告製品の芯管に関する譲渡の有無等
    争点2-2 被告製品と原告製品の同一性
争点3:原告が被告製品につき本件各商標権を行使することの可否(商標権消尽の成否)
争点4:損害額等
 本項では、紙幅の関係から争点2-1、2-2、及び3について紹介する(争点1については、被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するものとされた。)

【判旨抜粋(下線筆者)】
2 争点2-1(原告製品の芯管に関する譲渡の有無等)について
 被告は,原告製品が芯管を含め譲渡されており,被告製品は原告製品の使用済み芯管をそのままの状態で再利用したものであるから,被告製品について本件特許権は消尽している旨主張する。しかし,次のとおり,原告製品が芯管を含め譲渡されたものと認めることはできない。
(1)特許権の消尽
特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばない(最高裁判所平成9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照)。
(2)認定事実
・・・省略・・・
(3)検討
 前記(2)のとおり,原告は,原告装置を販売する際に,顧客との間で,原告製品の芯管について無償で貸与するものであり,その所有権を原告に留保する旨の合意をしていること,原告製品自体やその梱包材,広告等においても芯管の所有権が原告にあることを明記していることが認められる。また,実際に,最近3年間で約97%もの原告製品の芯管を回収していることから,最終的な顧客である病院や薬局だけでなく,卸売業者も含め,これらの表示を十分に認識していることが認められる。
 これらのことからすれば,原告が,顧客に対し,原告製品の分包紙を譲渡したことは認められるものの,原告製品の芯管を譲渡しているとまでは認めがたいというべきである(原告製品は芯管と分包紙に分けることができ,原告は,芯管に巻いた分包紙のみを譲渡し,芯管については,所有権を留保し,使用貸借をしていると認めるのが相当である。)。
 そうすると,原告製品のうち分包紙は顧客の下で費消されており,この部分について本件特許権の消尽は問題とならないし,芯管については消尽の前提を欠いているから,この点に関する被告の主張には理由がない。

3 争点2-2(被告製品と原告製品の同一性)について
 原告製品の芯管に関する譲渡の成否にかかわらず,次のとおり,被告製品と原告製品の同一性を認めることはできないから,被告製品について本件特許権の消尽を認めることはできない。
(1) 特許製品の新たな製造
 特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許される。
 特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合において,当該加工等が特許製品の新たな製造に当たるとして特許権者がその特許製品につき特許権を行使することが許されるといえるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断すべきである(最高裁判所平成19年11月8日第一小法廷判決・民集61巻8号2989頁)。
(2) 検討
 まず,特許製品の属性についてみると,原告製品及び被告製品の分包紙が消耗部材であるのと比較すれば,芯管の耐用期間が相当長いことは明らかである。他方で,分包紙を費消した後は,新たに分包紙を巻き直すことがない限り,製品として使用することができないものであるから,分包紙を費消した時点で製品としての効用をいったんは喪失するものであるといえる。
 また,証拠(甲10)によれば,原告製品は,病院や薬局等で医薬品の分包に用いられることから高度の品質が要求されるものであり,厳密に衛生管理された自社工場内で製造されていることが認められる。同様に,証拠(甲12~14,乙5)によれば,被告製品も,被告が製造委託した工場において高い品質管理の下で製造されていることが認められる。これらのことからすれば,顧客にとって,原告製品(被告製品)は上記製品に占める分包紙の部分の価値が高いものであること,需要者である病院や薬局等が使用済みの芯管に分包紙を自ら巻き直すなどして再利用することはできないため,顧客にとって,分包紙を費消した後の芯管自体には価値がないことも認められる。
 そうすると,特許製品の属性としては,分包紙の部分の価値が高く,分包紙を費消した後の芯管自体は無価値なものであり,分包紙が費消された時点で製品としての本来の効用を終えるものということができる。芯管の部分が同一であったとしても,分包紙の部分が異なる製品については,社会的,経済的見地からみて,同一性を有する製品であるとはいいがたいものというべきである。
 被告製品の製造において行われる加工及び部材の交換の態様及び取引の実情の観点からみても,使用済みの原告製品の芯管に分包紙を巻き直して製品化する行為は,製品の主要な部材を交換し,いったん製品としての本来の効用を終えた製品について新たに製品化する行為であって,かつ,顧客(製品の使用者)には実施することのできない行為であるといえる。
 以上によれば,使用済みの原告製品の芯管に分包紙を巻き直して製品化する行為は,製品としての本来の効用を終えた原告製品について,製品の主要な部材を交換し,新たに製品化する行為であって,そのような行為を顧客(製品の使用者)が実施することもできない上,そのようにして製品化された被告製品は,社会的,経済的見地からみて,原告製品と同一性を有するともいいがたい。これらのことからすると,被告製品は,加工前の原告製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。被告製品を製品化する行為が本件特許発明の実施(生産)に当たる旨の原告の主張には理由がある。

4 争点3(原告が被告製品につき本件各商標権を行使することの可否)に対する判断
 前記3のとおり,原告製品及び被告製品は,いずれも病院や薬局等で医薬品の分包に用いられることから高度の品質が要求されるものであり,厳重な品質管理の下で,芯管に分包紙を巻き付けて製造されるものである。顧客にとって,上記製品に占める分包紙の部分の品質は最大の関心事であることが窺える(なお,前記3(2)のとおり,需要者である病院や薬局等が使用済みの芯管に分包紙を自ら巻き直すなどして再利用することもできない。)。
 そうすると,分包紙及びその加工の主体が異なる場合には,品質において同一性のある商品であるとはいいがたいから,このような原告製品との同一性を欠く被告製品について本件各登録商標を付して販売する被告の行為は,原告の本件各商標権(専用使用権)を侵害するものというべきである。
 実質的にみても,購入者の認識にかかわらず,被告製品の出所が原告ではない以上,これに本件各登録商標を付したまま販売する行為は,その出所表示機能を害するものである。また,被告製品については原告が責任を負うことができないにもかかわらず,これに本件登録商標が付されていると,その品質表示機能をも害することになる。
 これらのことからすると,原告は被告製品につき本件各商標権を行使することができるものと解するのが相当である。

【解説】
 争点2-1につき、裁判所は、「原告製品は芯管と分包紙に分けることができ,原告は,芯管に巻いた分包紙のみを譲渡し,芯管については,所有権を留保し,使用貸借をしていると認めるのが相当である」と判示している。つまり、原告製品のうち譲渡されているのは分包紙のみで、分包紙のみでは本件特許発明の全構成要件を充足しない(構成要件B中の「中空芯管」が充足しない)から、本件は、原告製品につき特許権が用い尽くされたという事案ではないことになる。
 このため、裁判所は「原告製品のうち分包紙は顧客の下で費消されており,この部分について本件特許権の消尽は問題とならないし,芯管については消尽の前提を欠いているから,この点に関する被告の主張には理由がない」と判示し、原告製品につき消尽が成立する前提を欠いているとした。したがって、理論的には、消尽論についてこれ以上判断する必要はないことになる。
 ただ、裁判所は、「原告製品の芯管に関する譲渡の成否にかかわらず」と一歩踏み込んで、被告製品の製造が新たな特許製品の製造をいえるかについても判断した。具体的には、インクカートリッジ事件(最高裁平成19年11月8日判決)の規範を挙げた上で「特許製品の属性」、「加工及び部材の交換の態様」、「取引の実情」の3つの考慮要素(上記「判旨抜粋」で下線を引いた。)について詳細な検討を行っている。裁判所の詳細なあてはめは実務上大変参考になる。

 次に、本件では商標権の消尽が問題となっている(争点3)。商標権の消尽という考え方は実務ではあまりなじみのない考え方である。実際に、名古屋高裁平成25年1月29日判決(平成24年(う)第125号)は、商標権侵害罪に関する刑事事件ではあるものの、以下のとおり判示し、消尽論は商標権に関する裁判実務では採らないとしている(下線部)。

「商標権者又はその許諾を得た者により、適法に商標が付され、かつ、流通に置かれた商品(真正商品)が、転々と譲渡等される場合は、商標の機能である出所表示機能及び品質保証機能は害されないから、このような場合における各譲渡等による商標使用は、実質的な違法性を欠き(最高裁平成15年2月27日第一小法廷判決・民集57巻2号125頁参照)、商標権侵害の罪は成立しないものと解すべきである。所論(当審弁論を含む。以下同じ。)は、同様の結論を導く根拠を、当該商品について商標権者により一度は商標権が行使され、これが用い尽くされていることにより消滅しているという、いわゆる消尽論に求めているが、上記判例及び現在の商標権に関する裁判実務は、そのような解釈を採用していないから、これにくみすることはできない。そして、上述の観点からすれば、当初は、商標権者又はその許諾を得た者により、適法に商標が付され、かつ、流通に置かれた真正商品であっても、それら以外の者によって改変が加えられ、かつ、その改変の程度が上記出所表示機能及び品質保証機能を損なう程度に至っているときには、これを転売等して付されている商標を使用することにつき、実質的違法性を欠くといえる根拠が失われていることも自明である。」

 この裁判例は、被告人が、任天堂株式会社が商標登録を受けている「Wii」及び「Nintendo」の各商標を付した家庭用テレビゲーム機Wiiについて、Wiiのファームウエアを改変した上で、上記各商標を付したまま第三者に販売して譲渡した行為が、任天堂の商標権を侵害する行為として商標法78条の罪(商標権侵害罪)に該当する等と判断された事案に関するものである。
 こうした裁判実務があるため、争点3に関する裁判所の判断が注目されるところであるが、裁判所は商標権の消尽を正面から論じてはいないような印象を受ける。裁判所は、

「分包紙及びその加工の主体が異なる場合には,品質において同一性のある商品であるとはいいがたいから,原告製品との同一性を欠く被告製品について本件各登録商標を付して販売する被告の行為は,原告の本件各商標権(専用使用権)を侵害するものというべき」

と判示するが、この判示は、消尽論の成否に関する議論というよりは、指定商品に登録商標を付したことになるかという商標権侵害の議論をしているようにもみえる。
 商標法では、「商標権者は、指定商品・・・について登録商標の使用をする権利を専有する」とされ(商標法25条1項)、商標の使用の一態様として「商品に標章を付する行為」が規定されている(同法2条3項1号)から、商標権者でない者が指定商品に商標権者の登録商標を付する行為は商標権侵害となる。本件においては、「分包紙及びその加工の主体が異なる」被告が、原告の登録商標が付された芯管を用いて被告製品を製造することで、「原告製品との同一性を欠く」被告製品に原告の登録商標が付された状態となるため、消尽論を持ち出すまでもなく、被告の行為は商標権侵害を構成すると考える。

 本件は、インクカートリッジ事件の規範を用いたあてはめを詳細に行っている点、及び商標権の消尽が問題となっている点で実務上非常に興味深い案件ゆえ、紹介した次第である。

(文責)弁護士 柳下彰彦