【判旨】
 本願商標は、商標法3条1項3号に該当するとした点に誤りはないが、同条2項の適用により登録を受けられるべきものに該当しないとした点には誤りがある。
【キーワード】
立体商標、商標法3条1項3号、商標法3条2項、Yチェア、自他商品識別力

 


【事案の概要】 %E7%84%A1%E9%A1%8C.JPG
(写真は判決別紙商標目録より引用)
本判決は「肘掛椅子」を指定商品とする(平成21年10月28日付補正。当初は「家具」)上記写真の商標の登録出願につき平成21年4月1日付けで拒絶査定を受け、同年7月7日に拒絶査定不服審判を請求したところ、平成22年6月30日に拒絶査定が維持された審決がなされたので、その取消しを求めたものである。
【審決の理由】
本願商標は,立体的に表された「肘掛椅子」を容易に認識させるものであり,本願商標をその指定商品に使用しても,取引者・需要者は,単に商品の一形態を表示するものと理解し,自他商品の識別標識として認識し得ないから,商標法3条1項3号に該当する,また,本願商標は,全国的に,その指定商品である「肘掛椅子」に使用された結果,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるに至っているとは認められないから,同条2項の適用により登録を受けられるべきものにも該当しない,というものである。
【争点】
商標法3条2項によって商標登録を受けられる要件を具備しているか。
【判旨抜粋】
…商標法3条1項3号該当性の判断の誤り…について商品等の形状は,多くの場合,商品等に期待される機能をより効果的に発揮させたり,商品等の美観をより優れたものとするなどの目的で選択されるものであって,商品,役務の出所を表示し,自他商品,役務を識別する標識として用いられるものは少ないといえる。…商品等の形状は,多くの場合に,商品等の機能又は美観に資することを目的として採用されるものであり,客観的に見て,そのような目的のために採用されたと認められる形状は,特段の事情のない限り,商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として,商標法3条1項3号に該当すると解するのが相当である。…同種の商品等について,機能又は美観上の理由による形状の選択と予測し得る範囲のものであれば,当該形状が特徴を有していたとしても,商品等の機能又は美観に資することを目的とする形状として,商標法3条1項3号に該当するものというべきである。…商品等に,需要者において予測し得ないような斬新な形状が用いられた場合であっても,当該形状が専ら商品等の機能向上の観点から選択されたものであるときには,商標法4条1項18号の趣旨を勘案すれば,商標法3条1項3号に該当するというべきである。本願商標の上記形状について考察すると,①…半円形に形成された一本の曲げ木が用いられ②座面が細い紐類で編み込まれて…,③…「背板」…は,「Y」字様又は「V」字様の形状…④後脚は,…「S」字を長く伸ばしたような形状からなること等,特徴のある形状を有している。同特徴によって,本願商標は,看者に対し,シンプルで素朴な印象,及び斬新で洗練されたとの印象を与えているといえる。他方,本願商標の形状における特徴は,いずれも,すわり心地等の肘掛椅子としての機能を高め,美感を惹起させることを目的としたものであり,本願商標の上記形状は,これを見た需要者に対して,肘掛椅子としての機能性及び美観を兼ね備えた,優れた製品であるとの印象を与えるであろうが,それを超えて,上記形状の特徴をもって,当然に,商品の出所を識別する標識と認識させるものとまではいえない。本願商標の商標法3条2項該当性商標法3条2項は,商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として同条1項3号に該当する商標であっても,使用により自他商品識別力を獲得するに至った場合には,商標登録を受けることができることを規定する…認定した事実を総合すると,次の点を指摘することができる。a 本願商標の特徴的形状を備えた原告製品(肘掛椅子)は,参加人により1950年(昭和25年)に発売されて以来,…その形状の特徴的部分において変更を加えることなく,継続的に販売されている。b 原告製品は,日本国内において,昭和33年ころ紹介され,昭和37年ころから平成元年ころまでの間は,百貨店等が輸入し,販売していた…。原告製品の販売地域は全国に及んでおり,資料等により,判明している限りでも,平成6年7月から平成22年6月までの間に,合計9万7548脚が販売されており,…食卓椅子の販売数量全体…と比較すれば必ずしも多いとはいえないものの,1種類の椅子としては際だって多いといえる(なお,原告製品は,既製品であり,注文を受けてから作る受注品ではない。)。c 原告製品は,1960年代以降,日本国内においても,雑誌等の記事で紹介され,日本で最も売れている輸入椅子の一つとの評価がされている。また,原告製品は,インテリア用語辞典,インテリアコーディネーター試験問題集等の家具業界関係者向けの書籍や,中学生向けの美術の教科書に掲載されるなどの実績を残している。さらに,原告により相当の費用を掛けて,多数の広告宣伝活動が行われている。原告は,原告製品について,国内有数の家具展示会等に出展したり,自社ショールーム,百貨店等における展示会を開催したりするなど,原告製品の周知性を高めるための活動を継続して行った。こうした継続的な広告宣伝活動等により,原告製品は,一部の家具愛好家に止まらず,広く一般需要者にも知られるものとなっているということができる。…その結果,需要者において,本願商標ないし原告製品の形状の特徴の故に,何人の業務に係る商品であるかを,認識,理解することができる状態となったものと認めるのが相当である。
【解説】
商標法は3条1項3号で商標登録ができないものを示し、その例外として、同条2項において、使用し続けた結果、一般需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものに関して、商標登録を受けることができることを定めている。 商標法3条1項3号に該当するものとしては、本判決では、①商品等の機能又は美観に資すことを客観的に目的としていると認められるもの、②機能又は美観上の理由による形状の選択と予測しうる範囲のもの、③需要者において予測し得ないような斬新な形状が用いられた場合であっても、当該形状が専ら商品等の機能向上の観点から選択されたものとされている。これでは、まず、同3号に該当しないとされる場合は想起しにくい。 次に同条2項によれば、商標の使用によって自他商品識別力を備えるに至ったか否かで登録されるか否かが定まる。本判決では、特徴的部分に変更を加えず継続的に販売されていたこと、販売数(同種家具との比較)、雑誌・書籍・教科書等への掲載などの実績、継続的な広告活動を挙げ、一般需要者にも知られるものとなったと認定した。また、裁判所は、特許庁により自他商品識別力を否定する評価根拠事実であるとして主張された、①本件肘掛椅子の色彩のバリエーションの存在等については、色彩によるものではなく形状における特徴により識別力を得たものであること、②類似品販売が行われることにより需要者が本件肘掛椅子と区別できず、識別力を有していないことついては、類似品には「ジェネリック製品」等の記載があり、あくまでも需要者がオリジナル製品を識別していることを前提としての販売方法であり、加えて原告による警告状送付などの排除行動が存在していることをもって、これらの主張を排斥した。 本判決で特徴的なことは、本立体商標は肘掛椅子であって、文字等が記載されていないものであるところ、同様に文字等の記載のない事例として、知財高裁判決平成22年11月16日(平成22年(行ケ)第10169号)の「ヤクルト」の立体商標事件では、アンケートが行われ、それが非常に重視されたのに対して、本件ではアンケートが行われていないことである。一般にアンケートは母集団のとり方や質問内容が極めて難しいが、特許庁の「審査基準第3条第2項(使用による識別性)」においても、証拠方法の例示としてアンケートは明示されており、一般的な消費財、食品等の場合にはアンケートは有効であり、通常、アンケートを取り、それに基づき主張する。 本件では、本件肘掛椅子が広く認知されているのは、家具に興味のある特定の需要者に対してであると考えられる。しかし、前出の「ヤクルト」のように、食品等の広くなじみのある分野ではないが、立体商標が認められている。今後、幅広い分野で立体商標の活用の場面を検討することも、選択肢の一つとなりうることを示した裁判例であると考えられる。

2011.7.19 (文責)弁護士 宅間仁志