【判旨】
商標権侵害訴訟において,原告(商標権者)が商標権に基づいて権利行使可能となったときから実際の権利行使までの間が3年程度の期間であれば,権利行使に遅延したとはいえないこと及び信頼形成が短期間のうちに行われたとしても,信頼形成がなされた後に商標権の権利行使を行う必要があるとはいえないことから,権利濫用にあたるとはいえない。また,原告の登録商標使用開始時期に,被告使用標章にフリーライドするほどの知名度がない場合には,原告による商標権に基づく権利行使は,権利濫用にあたるとはいえない。
【キーワード】
商標,権利濫用の抗弁,フリーライド

 


【争点】
権利濫用の抗弁が認められるか。 

【事案の概要】
 本事案は,原告が有するMONCHOUCHOU(モンシュシュ)という商標権(本件商標目録)と称呼を同じくする標章9つ(被告標章目録)を被告が包装,店舗(看板,壁面),広告(ウェブ上など)において使用したという事案である。原被告間において,商標権の帰属,類否について争いはなく,専ら,原告の権利行使が速やかに行われなかったことや,原告が登録商標を使用再開したのが,被告の売上げが伸びた時期であることなどをもって,原告による商標権の権利行使が権利濫用に該当するかどうかなどが争われた。  

    

【裁判所の判断】
・・・ 
 6 争点7(原告の請求は権利濫用か)について
 (1) 登録商標の商標権者であっても,登録商標の商標権の侵害を主張することが,客観的に公正な競争秩序を乱す場合は,権利の濫用に当たり許されないというべきである(最高裁平成2年7月20日第二小法廷判決・民集44巻5号876頁参照)。
 そして,被告は,① 原告の権利行使が速やかに行われなかったこと,② 「モンシュシュ」は一般に被告の店舗名として認知されていること,③ 原告が被告各標章にフリーライドしていることなどを理由に,原告の請求が権利濫用であると主張する。
 しかしながら,上記②の事実が認められないことについては,これまで述べたところであるので,以下,上記①,③の点について検討する。
 (2) 権利行使時期(上記①)について
 本件訴訟前において,原告と被告が交渉を行ったのは,平成21年5月以降であるところ(争いがない。),被告は,原告は,平成16年末には被告の存在を知り,遅くとも,平成18年には権利行使が可能であったと主張する。
 しかしながら,上記被告の主張を認めるに足りる証拠はない。
 また,平成18年に,原告の権利行使が可能になったとしても,実際の権利行使までには3年ほどしか経過していないのであり,この程度の期間経過をもって,権利行使が遅延したということも困難である。そして,被告に係る業務拡大,売上増,消費者の信頼形成が,短期間のうちに行われたからといって,それ以前に権利行使を行う必要があり,それ以後に行われた権利行使が濫用的なものであるということはできない。
 (3) 本件商標の使用状況(上記③)について
 原告は,本件商標について,昭和56年8月31日に登録を受け,昭和61年から平成16年まで継続使用していたところ,平成17年及び平成18年に使用を中断し,平成19年から使用を再開している(前提事実(2),(3),前記5(2))。
 もっとも,バレンタイン商戦時期に商品を販売するためには,前年の3月ころから準備を行う必要があると認められるから(甲115),平成19年のバレンタイン商戦時期に原告商品を販売するにあたり,原告は,平成18年3月ころには,本件商標の使用再開を決定していたと考えられる。
 そして,平成18年というと,被告が,同年1月に,従業員を大幅に増やして,新たに開設した工場での製造を開始し,同年3月に,現在の本店(被告店舗1)に移転し,洋菓子の販売を本格的に開始した時期であるが(甲3),このころ,被告各標章に,原告によるフリーライドが行われるほどの知名度があったとは認められない。 

【解説】
 本件は,有名な堂島ロールを販売しているモンシュシュの,いわゆるハウスマークが差し止められた事例であるが,ここでは権利濫用の抗弁について論じる。
 いわゆるPOPEYE事件として知られている最判平成2年7月20日では,権利濫用の抗弁につき,以下のように述べている。当該事件では,「POPEYE」の登録商標を有する原告(被上告人)が,「ポパイ」の漫画の著作権者の許諾を得て,「ポパイ」の標章を付した商品を販売している者に対して,商標権を行使したところ,当該登録商標が,ポパイの著名性を 無償で利用しているものにほかならず,客観的に公正な競業秩序を維持するという商標法の法目的に照らして,権利濫用であると判断したものである。

  本件では,原告の権利行使時期及び本件商標の使用状況からして,原告による本件商標権の行使が権利濫用には当たらないと判断している。前掲最高裁判決の事例でも「POPEYE」という著名度の高い標章について,いわばフリーライド防止の観点から権利濫用の抗弁を認めたものであって,「堂島ロール」であれば格別,被告使用標章がそれほど知名度を獲得していない以上は,権利濫用の抗弁が認められないのは当然といえよう。
 権利行使時期について本件裁判例では,①権利行使可能となったときから実際の権利行使までの間が3年程度の期間であれば,権利行使に遅延したとはいえないこと,②信頼形成が短期間のうちに行われたとしても,信頼形成がなされた後に商標権の権利行使が権利濫用にあたるとはいえないことを述べている。これらの判断からすると,商標権者としては,できるだけ長期間商標権の権利行使をしない状態を放置しないこと及びできるだけ相手方標章の信頼形成がなされる前に商標権の権利行使を行うことが重要であろう。 
 また,本件裁判例では,原告が本件商標の使用を再開した時期に,被告使用標章がそれほど知名度を有していなかったことを理由に権利濫用の抗弁が認められないとしている。つまり,商標権者の商標使用開始時期に,相手方の使用標章が著名等相当程度の知名度を有している場合には,商標権者のフリーライドが認められる可能性があるということである。もっとも,登録商標にも相当程度の知名度が認められる場合には,フリーライドの意思が認められないと考えられる。したがって,商標権者が権利行使するためには,商標権者の商標使用開始時期における登録商標と相手方使用標章の知名度の相対評価が求められるといえよう。

以上
2011.9.5 (文責)弁護士 溝田宗司