平成26年1月29日判決(知財高裁 平成25年(ネ)第10072号)
【ポイント】
被告製品が技術的範囲に属しないとして特許権侵害を否定した。クレームの文言解釈につき自白が成立せず,禁反言の法理に反するものではないとした。
【キーワード】
技術的範囲,自白,禁反言の法理


【事案の概要】
X(控訴人・原告):特許権者
Yら(被控訴人・被告):Xの有する特許権を侵害するとして提訴された者 

 Xが,Yらに対し,本件特許権に基づき,Y製品の製造・輸入等の差止め,同製品及びその半製品の廃棄を求めるとともに,特許権侵害の不法行為に基づき,Y1(ジャパンレントオール)に対しては450万円の損害賠償及び遅延損害金,被控訴人Y2(ジャパンイベントプロダクツ)に対しては270万円の損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた。
 原判決は,Y製品は本件特許発明の技術的範囲に属するとは認められないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。そこで,原判決を不服として,控訴人が控訴した。

【争点】
(1)被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか(争点1)
(2)本件特許は,下記無効理由を有しており,特許無効審判により無効とされるべきものか(争点2)
(3)原告の損害(争点3)

【結論】
 Y製品は本件特許発明の技術的範囲に属しないから,控訴人の本訴請求は棄却すべきである。

【判旨抜粋】
1 当裁判所も,被告製品は構成要件Cを充足せず,本件特許発明の技術的範囲に属しないから,控訴人の本訴請求は,いずれも理由がなく,これを棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり付加,訂正するほかは,原判決の「第4当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決31頁9行目の「若干の隙間があるにとどまる場合を除外するものではないと解される。」を,「「緊密に挿嵌」という文言は,「嵌合突起8の外周面と嵌合孔10の内周面に回動のために必要とされるもの以上の隙間がないこと」を意味するものと解するのが相当である。」と改める。
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ウ 控訴人は,当審において,構成要件Cにいう「緊密に挿嵌」とは,「脚部2の回転軸の位置決め効果を実現可能な程度の緊密さで挿嵌されていること」を指すから,被告製品は構成要件Cを充足すると主張する。
しかし,前記認定のとおり,被告製品における嵌合孔10と嵌合突起8との挿嵌が締め付けを開始する時点から脚部2の回転軸の位置決めを行うという作用効果を奏するものとは認められないから,控訴人の上記主張は採用することができない。
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2 結論
 以上によれば,控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから,これを棄却した原判決は相当である。

【解説】
1 特許請求の範囲の文言解釈
 原審と同様,Y製品は本件特許発明の構成要件C「脚部2の上端に設けられて,前記嵌合突起8を緊密に挿嵌させる嵌合孔10を備える被固定部5とから成り,」を充足しないものであり,その技術的範囲に属しないから,特許権侵害は成立しないと判示した。
 問題となったのは,「緊密に挿嵌」の文言の解釈である。原審では,「嵌合突起8を緊密に挿嵌させる嵌合孔10」とは,その文言から,「嵌合突起8」を「嵌合孔10」に挿嵌させた際,「嵌合突起8」の外周面と「嵌合孔10」の内周面がほぼ一致し,全面にわたって隙間のない状態となることを意味すると解されるとした上,若干の隙間があるにとどまる場合を除外するものではないと解釈した。控訴審では,「若干の隙間があるにとどまる場合を除外するものではない」との記載を削除した上,「緊密に挿嵌」という文言は,「嵌合突起8の外周面と嵌合孔10の内周面に回動のために必要とされるもの以上の隙間がないこと」を意味するものと解するのが相当であるとしたうえ,Y製品は当該隙間があるとし, 構成要件Cの充足性を否定している。

2 自白,禁反言の法理
 Xは,構成要件Cの充足性につき,Yが争わなかったのであるから,Y製品が「緊密に挿嵌」との構成を備えていることについては自白が成立している以上,これを後日争うことは禁反言の法理に反し許されないと主張した。
 原判決は,[1]自白(民訴法179条)は,具体的な事実について成立するものであり,ある事実を前提とした抽象的な評価について成立するものではなく,「緊密に挿嵌」との文言は,ある構成の状態を評価したもので,事実そのものではないこと,[2]Xが嵌合突起の外周面と嵌合孔の内周面とは接触せず,隙間ができるような状態も「緊密に挿嵌」に該当するとの認識であったところ,当該Yと同一の認識で同文言を用いて表現したものであり,「緊密に挿嵌」は事実そのものを摘示したというより,物理的状態を評価するものであること,の2点から,嵌合突起や嵌合孔の形状等の事実関係につき自白が成立したと見る余地はあるものの,挿嵌時の状態が「緊密に挿嵌」と表現されるべきものとの点につき自白が成立したといえないし,ましてや構成要件Cの一部である「緊密に挿嵌」を充足するとの点につき自白が成立したともいえないとし,X主張を排斥した。
 禁反言の法理に反するとのX主張もともに排斥しており,その理由として,[1]Yが充足性を弁論再開前に構成要件Cの充足性を積極的に争う主張をしなかったといえ,その充足性を明示的に認めていたわけではないから,これを後日争ったとしても矛盾した主張をしたとは言い難いこと,[2]Xが本件特許が進歩性を欠くとの判断を回避するため,「緊密に挿嵌」の意義を限定的に解釈するに至ったため,Yらが「緊密に挿嵌」の充足性を積極的に争う至ったことから,Yに十分に合理的事情があり,禁反言の法理など信義則に反する訴訟活動を行ったとはいえないことを挙げている。
 控訴審も,当該原判決の判断を是認した。
 特許発明の技術的範囲は,自白や当事者の主張立証によって認められた事実により裁判所が特許請求の範囲に法的評価を加えて導き出されるものである。本件における「緊密に挿嵌」との文言の解釈も,法的評価の問題である。嵌合突起や嵌合孔の形状等の事実関係につき自白が成立する余地はあるものの,限定的な解釈(隙間がないこと)を前提とした場合についてまで,「緊密に挿嵌」と表現されるべきものとまではYは認めておらず,自白が成立していないとしている。また,権利者の相手方である被告が認めれば,権利自白が成立する余地もあるが,当該文言解釈につき,Yが認めたとまでは読み取れないため,権利自白も否定している。
 特許侵害訴訟の被告側としては,安易に自白したものと認定されないよう,可能な限り早期の段階で,被告側の文言解釈を示したうえで,否認すべき構成要件につき否認しておくことが必要だが,無効審判・無効の抗弁での主張における文言解釈と整合させておくことが肝
要である。

(文責)弁護士・弁理士 和田祐造