平成26年1月31日判決(東京地裁 平成25年(行ウ)第467号,第468号,第469号)
【判旨】
特許料及び割増し特許料を納付することが認められなかった事例。
【キーワード】
割増特許料,平成23年改正前特許法112条の2,東日本大震災,追納,その責に帰することができない理由


【事案の概要】
 本件は,原告が,特許第3421184号(平成25年(行ウ)第467号事件「甲事件」という。),特許第3421193号(平成25年(行ウ)第468号事件「乙事件」という。),特許第3421194号(平成25年(行ウ)第469号事件「丙事件」という。)の各特許権(以下併せて「本件各特許権」という。)を有しており,いずれも第8年分までの特許料が支払われていたが,第9年分の特許料の納付期間は平成23年4月18日までであり,平成23年改正前特許法(以下断りのない限り平成23年改正間特許法の条文を用いる。)112条1項の規定による特許料の追納をすることができる期間(以下特許法112条1項の規定による特許料の納付をすることができる期間を「追納期間」という。)は平成23年10月18日までであったところ,原告は,代理人弁理士を通じ,同年11月21日付けで,特許庁長官に対し,本件各特許権につき,それぞれ第9年分の特許料及び割増特許料を納付する旨の特許料納付書(以下「本件各納付書」という。)を提出1 したところ,平成24年5月21日付けで,それぞれにつき手続却下の処分(以下「本件各処分」という。)を受けたため,同年7月30日,特許庁長官に対し,本件各処分について,それぞれ異議申立てをしたが,平成25年1月29日に,同異議申立てがそれぞれ棄却されたので,被告に対し,本件各処分の取消しを求めた事案である。
【特許庁による却下の理由】
 平成23年3月11日の東日本大震災及びその後の電力制限等の影響で特許関連業務に混乱が生じたとしても,そのような状況下で本権の納付手続以外の特許関連業務の手続が可能であったのであれば,特許法第112条の2第1項の規定による適用について当該事情は,年金管理業務をシステム対応としたこと及び東日本大震災等の混乱時に本権に対する納付手続の点検,確認作業ができなかったことは,特許権者側のいわば内部事情とも言うものであって,これをもって特許料の追納期間を徒過せざるを得なかった事由があるとすることはできません。また,『特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律』の適用は・・・,平成23年8月31日を限度として手続期間の延長を行いましたが,・・・『特に大きな被害を受けた者で,発災から今回の措置を求める申出を行うまでの間に特許庁長官への手続を行うことができなかった者』を対象として・・・,延長措置が継続されました。本件の特許料納付の依頼を受けた特許法律事務所(代理人)は,東日本大震災の週明けから執務を開始していることから,『特に大きな被害を受けた者で,発災から今回の措置を求める申出を行うまでの間に特許庁長官への手続を行うことができなかった者』に該当しないため,本件納付手続については同法の適用を受けることはできません。

【争点】
 本件の争点は,本件各却下処分につき取消事由があるかであるが,具体的には,本件各特許権に係る第9年分の特許料及び割増特許料を追納期間内に追納することができなかったことにつき,原告に平成23年法律第63号による改正前の特許法(以下「改正前特許法」という。)112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」があるか,である。

【判旨抜粋】   
改正前特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」の意義について以下のように述べた。
 改正前特許法112条の2は追納期間が経過した後の特許料納付により特許権の回復を認めることとした規定であり,同条1項の定める要件は,拒絶査定不服審判(特許法121条2項)や再審の請求期間(同法173条2項)を徒過した場合の救済条件や他の法律との整合性を考慮するとともに,そもそも特許権の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきものであり,失効した特許権の回復を無制限に認めると第三者に過大な監視負担をかけることとなることを踏まえて立法されたものと認められるから(乙1),改正前特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」とは,通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を尽くしてもなお避けることができないと認められる事由により追納期間内に納付できなかった場合をいうものと解するのが相当である。

以上のように述べた上で,本件に関しては以下のように判断した。

 本件各特許権につき,第9年分の特許料が納付期間内及び追納期限までに適正に納付されなかった原因は,原告代理人事務所(以下「本件特許事務所」という。)において,・・・,適切でないデータ入力の結果,本件特許事務所のコンピュータ上,本件各特許権につき,各納付期限の異常な応答処理と扱われる内容であったために,本件各特許権についての第9年分の特許料の納付に係るオンライン手続での特許料納付や,納付手続の当日に納付書データに基づき出力される依頼者に送付するための送付状,請求書等の出力もされなかったことにあると認められる。
 そして,適切なデータ入力がされたか否かについての最終確認であるはずの本件納付指示書との適切な突合せがされなかった原因も,本件納付指示書自体が,本来整理されるべき書類群とは別の書類と共に整理されて紛れてしったまま同年11月に至り,原告から本件各特許権についての第10年分の特許料の納付に関する記載がないことの指摘を受けて捜索し発見されるまで,本件特許事務所において,突合せに必要な書類として分類整理されていなかったことによるものである。
 以上によれば,・・・計画停電や放射性物質の影響等も含めた東日本大震災による混乱の続く状況下でのことであるとはいえ,本件各特許権の第9年分の特許料等不納付に係る上記一連の不手際は,本件各特許権の特許料の納付期限のデータ入力が適切でなかったことに加え,本件納付指示書自体が他の書類と紛れてしまって適切な管理がされなかったという,本件特許事務所における手続上の単純な人的な過誤によるものといわざるを得ない
 そうすると,本件において,本件各特許権の特許料等の納付ができなかったことは,通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を尽くしてもなお避けることができないと認められる事由により追納期間内に納付できなかった場合に当たるということはできない。よって,本件各特許権に係る第9年分の特許料等を追納期間内に納付することができなかったことに
ついて,原告に,改正前特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」があったと認めることはできない。

【解説】
 本件は,平成23年改正前特許法第112条の2に基づく特許料の追納が許されるかが争われた事案である。なお,原告の特別措置法に基づく主張に関しては,本件特許事務所が東日本大震災後の週明けから執務を開始していることを理由として行った,特許庁の処分に違法はないと判断した。
 平成23年改正によって,特許法第112条の2は,改正され,「その責めに帰することができない理由」ではなく「正当な理由」の有無によって,特許料及び割増特許料の納付が認められるか判断されることとなった。
 図示すると以下のようになる。

(特許庁HP2 より抜粋)
 ここで正当な理由とはガイドラインによると,「手続をするために出願人等が講じていた措置が,状況に応じて必要とされるしかるべき措置(以下「相応の措置」という。)であったといえる場合に,それにもかかわらず,何らかの理由により期間徒過に至ったときには,期間内に手続をすることができなかったことについて「正当な理由」があるものとして,期間徒過後の手続を許容」するとしている。
 人為的なミスに関しては,特許庁のガイドラインによれば,基本的には,出願人等は相応の措置を講じていなかったと判断されるが,「出願人等が講じていた措置により,通常であれば当該ミスによる事象の発生を回避できたにもかかわらず,特殊な事情があったことによりそれを回避できなかったといえるときは,その措置は相応の措置であったと判断されることもあ」るとしている。特殊な事情としては,「例えば,出願人等が家族経営の小規模の会社の場合であって,家族の一員であり,かつ知財関係の業務を担当する者の突然の死亡により,葬儀の準備等の混乱期の中で,当該業務に不慣れな新担当者が,特許庁に送るべき書類を誤って異なる宛先に対して送付してしまった事情等」と極めて特殊な事例があげられている。
 以上のように,人為的なミスに関して,正当な理由があると認められるためのハードルは極めて高いと考えられる。
 平成23年改正法によっても,救済範囲が大幅に広がるかは不透明であり,今後の事例の蓄積が待たれるところではあるが,実務的には,特許料等の期限管理について最大限の注意を払う必要がある。
                                      
1 特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律(以下「特別措置法」という。)3条3項の規定による追納期間の延長の措置の適用を申し出た。
特別措置法
(行政上の権利利益に係る満了日の延長に関する措置)
第三条  次に掲げる権利利益(以下「特定権利利益」という。)に係る法律,政令又は内閣府設置法 (平成十一年法律第八十九号)第七条第三項 若しくは第五十八条第四項 (宮内庁法 (昭和二十二年法律第七十号)第十八条第一項 において準用する場合を含む。)若しくは国家行政組織法 (昭和二十三年法律第百二十号)第十二条第一項 若しくは第十三条第一項 の命令若しくは内閣府設置法第七条第五項 若しくは第五十八条第六項 若しくは宮内庁法第八条第五項 若しくは国家行政組織法第十四条第一項 の告示(以下「法令」という。)の施行に関する事務を所管する国の行政機関(内閣府,宮内庁並びに内閣府設置法第四十九条第一項 及び第二項 に規定する機関並びに国家行政組織法第三条第二項 に規定する機関をいう。以下同じ。)の長(当該国の行政機関が内閣府設置法第四十九条第一項 若しくは第二項 又は国家行政組織法第三条第二項 に規定する委員会である場合にあっては,当該委員会)は,特定非常災害の被害者の特定権利利益であってその存続期間が満了前であるものを保全し,又は当該特定権利利益であってその存続期間が既に満了したものを回復させるため必要があると認めるときは,特定非常災害発生日から起算して六月を超えない範囲内において政令で定める日(以下「延長期日」という。)を限度として,これらの特定権利利益に係る満了日を延長する措置をとることができる。
一  法令に基づく行政庁の処分(特定非常災害発生日以前に行ったものに限る。)により付与された権利その他の利益であって,その存続期間が特定非常災害発生日以後に満了するもの
二  法令に基づき何らかの利益を付与する処分その他の行為を当該行為に係る権限を有する行政機関(国の行政機関及びこれらに置かれる機関並びに地方公共団体の機関に限る。)に求めることができる権利であって,その存続期間が特定非常災害発生日以後に満了するもの
(中略)
3  第一項の規定による延長の措置のほか,同項第一号の行政庁又は同項第二号の行政機関(次項において「行政庁等」という。)は,特定非常災害の被害者であって,その特定権利利益について保全又は回復を必要とする理由を記載した書面により満了日の延長の申出を行ったものについて,延長期日までの期日を指定してその満了日を延長することができる。
(以下略)
 2 http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/kijun/kijun2/kyusai_method.htm

(文責)弁護士 宅間仁志