平成26年1月29日判決 (知財高裁 平成25年(行ケ)第10257号)
【判旨】
商標権の不使用取消審判について,前訴で積極的に争われなかった事実関係に基づく信頼は保護されないと判断された事例。
【キーワード】
不使用取消審判,信義則,権利濫用,商標法50条


【事案の概要】
1 本件商標
 原告は,平成13年8月24日,「エコルクス/ECOLUX」の文字を横書きしてなり,第11類「電球類及び照明器具」を指定商品とする商標(以下「本件商標」という。)について,商標登録出願を行い,平成14年8月16日に設定登録(以下「本件商標登録」という。)を受けた(登録第4595454号)。
2 特許庁における手続の経緯等
(1) 被告は,平成21年4月14日,本件商標の指定商品のうち第11類「LEDランプ」について,本件商標登録の不使用取消審判(取消2009-300446号事件(以下「前件審判」という。))を請求し,成り立たないとの審決があったため,審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成22年(行ケ)第10013号。以下「前件訴訟」という。)を経て,特許庁は,平成23年3月23日,本件商標の指定商品のうち第11類「LEDランプ」について,本件商標登録を取り消す旨の審決(以下「前件審決」という。)をし,同審決は,その後,確定した
(2) 被告は,平成22年6月14日,本件商標の指定商品のうち第11類「LEDランプを除く,電球類及び照明器具」について,本件商標登録の不使用取消審判を請求し,同月30日,審判の請求の登録がされた。特許庁は,これを取消2010-300652号事件(以下「本件審判」という。)として審理し,平成24年2月13日,本件審判請求が成り立たない旨の審決(以下「第一次審決」という。)をした。
 被告は,これを不服として審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成24年(行ケ)第10103号。以下「第一次訴訟」という。)を提起し,同裁判所は,同年9月12日,第一次審決を取り消す旨の判決(以下「第一次判決」という。)を言い渡し,同判決は,その後,確定した。
 そこで,特許庁は,平成25年8月9日,本件商標の指定商品のうち第11類「LEDランプを除く,電球類及び照明器具」について,本件商標登録を取り消す旨の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月19日,原告に送達された。
(3) 原告は,平成25年9月10日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
【本件審決の理由の要旨】
 商標権者である原告及び通常使用権者である株式会社アイリスプラザ(以下「アイリスプラザ」という。)は,平成21年8月4日頃から本件審判の請求の登録の日(平成22年6月30日)までの間に,本件商標と同一又は社会通念上同一のものというべき「エコルクス」又は「ECOLUX」との標章を,防犯等を目的として室内又は室外に設置するために作られた,人の動きを探知して自動的に点灯する乾電池を電源とするセンサーライトであって,LEDを光源とする「乾電池式LEDセンサーライト」(以下「本件商品」という。)の包装に付して,日本国内で第三者に譲渡した。
 しかるところ,「LEDランプ」の用語は,第一次審決が説示するようにLED電球類を指称するものに限定して使用されているものとは認め難く,むしろ取引者により,本件審判の請求の登録前3年間において,光源としてLEDを使用した多様な商品又は部材を指称するものとして広く使用されており,それ以上に対象に応じて厳密に使い分けられているものではないばかりか,少なくとも,防犯等を目的として室内又は室外に設置するために作られた,人の動きを探知して自動的に点灯する乾電池を電源とするセンサーライトであって,LEDを光源とするものも指称すると認識されていたものと認められる。
 したがって,本件商品は,前件審決の確定により前件審判の請求の登録の日(平成21年4月30日)に本件商標の指定商品から消滅したものとみなされる「LEDランプ」に該当するから,同日から本件審判の請求の登録の日までの間において,本件商標の指定商品に該当しない。そして,原告は,上記期間内における本件商品に対する本件商標の使用のほかに,本件商標又はこれと社会通念上同一の商標を本件商標の指定商品について使用したとの事実を何ら主張立証していない。
 以上によれば,原告は,本件審判の請求の登録前3年以内に日本国内において,商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品「LEDランプを除く,電球類及び照明器具」について,本件商標を使用していたことを証明していない。
 したがって,本件商標は,その指定商品中,「LEDランプを除く,電球類及び照明器具」について,商標法50条の規定により,その登録を取り消すべきものである。

【争点】
 被告による本件審判請求が権利の濫用に当たるか(他の争点は省略する)。

【判旨抜粋】   
 裁判所は,まず,以下のように事実を認定した。

「被告は,かねてより訴外会社の代表取締役を務めており,同社は,遅くとも平成19年7月10日頃には,光源としてLEDを使用する電球類のほか,LEDを光源として使用する青色防犯灯を販売するようになり,平成20年8月11日頃,当該青色防犯灯を「ECOLUX エコルクス」と命名するに至り,その後,現在に至るまで,「ECOLUX」の商標(被告商標)を継続して使用している。
 被告は,同年10月23日,特許庁に対して,訴外会社のために被告商標を登録するため,登録出願(商願2008-89732号)をしたが,平成21年3月13日,本件各商標の存在を理由として拒絶理由通知を受けた。
 そこで,被告は,被告商標を登録してこれを訴外会社の商品に使用する目的で,本件商標の不使用取消審判を請求することとした。当時,「LEDランプ」の用語は,取引者により,光源としてLEDを使用した多様な商品又は部材を指称するものとして広く使用され,それ以上に対象に応じて厳密に使い分けられているものではなかった。そのため,被告は,「LEDランプ」とは,光源としてLEDを使用するものであれば,電球類のほか,青色防犯灯を含めて照明器具一般を意味するものと考え,平成21年4月14日,本件商標の指定商品のうち「LEDランプ」について,本件商標登録の不使用取消審判(前件審判)を請求し,同月30日,審判の請求の登録がされた
(中略)
 前件審判及び前件訴訟において,原告は,特定のLED電球の包装に本件商標
を付したとの事実を主張し,それ以外の使用に関する事実を主張しなかったため,被告は,原告によるLED電球に関する本件商標の使用事実を否認して争ったものの,それ以上に,「LEDランプ」との用語が,例えば防犯等を目的として室内又は室外に設置するために作られた,人の動きを探知して自動的に点灯する乾電池を電源とするセンサーライトであって,LEDを光源とするもの(本件商品)を含むものである旨を主張はしなかった。」

その後,

 「被告代理人から,・・・,前件訴訟において本件商標の指定商品のうち「LEDランプ」についてのみ審決取消訴訟で勝訴したとしても,本件商標の禁止権の範囲から被告商標を使用することはできない旨の指摘を受けた。」

 このため,被告は,本件審判を請求した。その上で,前件審判及び前件訴訟において,原告が「LEDランプと」との用語について争わなかった事実について,裁判所は以下のように判断した。

 「原告は,前件審判及び前件訴訟において,特定のLED電球の包装に本件商標を付したとの事実を主張し,それ以外の使用に関する事実を主張しなかったため,これを争う被告は,原告によるLED電球に関する本件商標の使用事実を否認して争えば足り,それ以上に「LEDランプ」との用語が,乾電池式LEDセンサーライト(本件商品)のようなものを含むものであることを主張する理由も必要もなかったのであって,被告が前件審判及び前件訴訟において,「LEDランプ」の用語についてこの点を明確に主張していないからといって,そのことは,何らかの意味において原告の信頼の根拠となるものではない。また,訴外会社は,平成19年7月10日頃には,LEDを光源として使用する青色防犯灯を販売するようになり,平成20年8月11日頃から,当該青色防犯灯に被告商標を付し継続して使用しており,被告は,前件審判の請求に当たり,「LEDランプ」との用語が光源としてLEDを使用する防犯灯を含む意図を有していたものである。
 そうすると,原告において,LED電球以外の照明器具については,前件審判の取消しの対象である「LEDランプ」には当たらないと信じ,本件商標を本件商品その他の照明器具について使用し,平成22年ないし平成24年6月までの期間に,総額16億円以上の費用を負担して宣伝広告を行い,その結果,取引界において,本件商標が原告の出所を表示するものとの幅広い信用が形成されていたとの原告の主張を前提としたとしても,被告による本件審判請求が権利の濫用に当たるということはできず,他に被告による本件審判請求が権利濫用に当たることを基礎付けるに足りる事実を認めることはできない。
 したがって,原告主張の取消事由・・・は理由がない。」

【解説】
 本件は,被告が,本件商標について,まず,第11類「電球類及び照明器具」のうち「LEDランプ」について前件審判及び前件訴訟において取消し,その後,本件商標の指定商品のうち第11類「LEDランプを除く,電球類及び照明器具」について,本件審判及び本件訴訟において取消したものである。
 原告は,本件訴訟において,前件審判及び前件訴訟において「LEDランプ」の用語について争われなかったために,被告は,LED電球以外の照明器具については「LEDランプ」には当たらないと考え,これを本件商品に用いて出所表示機能を有するに至り,当該状況を前提とすれば,被告の本件審判請求は権利濫用である旨主張した。
 しかしながら,裁判所は,「LEDランプ」の用語を明確に主張しなかったからといって,これが信用の基礎となるものではなく,また,すでに被告が代表者を務める「訴外会社は,平成19年7月10日頃には,LEDを光源として使用する青色防犯灯を販売するようになり,平成20年8月11日頃から,当該青色防犯灯に被告商標を付し継続して使用しており,被告は,前件審判の請求に当たり,「LEDランプ」との用語が光源としてLEDを使用する防犯灯を含む意図を有していた」ことが明白である旨のべて,原告の主張を排斥した。
 本件訴訟は,そもそも被告が前件審判及び前件訴訟において,第11類「電球類及び照明器具」全体について取消をしていれば,起きなかった訴訟である。これら一連の訴訟だけでも莫大な時間と経費がかかっているはずである。
 自らの販売したい商品と,当該商品販売戦略上必要な商標の確保のために取消審判請求等を行う場合には,事前に,専門家を交えて,慎重な検討を要することを示す事例であるといえ,実務的に参考になると考えられるため,ここに紹介する。

(文責)弁護士 宅間仁志