【判旨】
半導体装置の製造方法に係る本願発明につき、当業者が,引用発明(引用例1に記載された発明)に引用例2及び引用例3に記載された発明を組み合わせることにより,本願発明と引用発明との相違点に容易に至るとは認められず、この点を容易想到と認定した審決は取り消されるべきである。
【キーワード】
進歩性、特許法29条2項、1部判決
【事案の概要】
本件は、拒絶審決の取消訴訟である。
特許出願人(原告)は、発明の名称を「半導体装置の製造方法」とする本願発明について特許出願をしたものの拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判を請求したが不成立審決がされたため、当該審決の取消訴訟を提起した。本願発明の請求項1に係る発明は以下のとおりのものである。
[請求項1]
半導体装置を金型中に載置して,該金型と該半導体装置との間に供給した硬化性シリコーン組成物を圧縮成形することによりシリコーン硬化物で封止した半導体装置を製造する方法であって,前記硬化性シリコーン組成物が,
(A)一分子中に少なくとも2個のアルケニル基を有するオルガノポリシロキサン,
(B)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合水素原子を有するオルガノポリシロキサン,
(B)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合水素原子を有するオルガノポリシロキサン,
(C)白金系触媒,および
(D)充填剤から少なくともなり,
前記(A)成分が,式:RSiO3/2(式中,Rは一価炭化水素基である。)で示されるシロキサン単位および/または式:SiO4/2で示されるシロキサン単位を有するか,前記(B)成分が,式:R‘SiO3/2(式中,R‘は脂肪族不飽和炭素-炭素結合を有さない一価炭化水素基または水素原子である。)で示されるシロキサン単位および/または式:SiO4/2で示されるシロキサン単位を有するか,または前記(A)と前記(B)成分のいずれもが前記シロキサン単位を有することを特徴とする,半導体装置の製造方法。
【争点】
争点は、進歩性の有無であるが、本願発明と、引用発明(引用例1(主引例)に記載された発明)との一致点及び相違点の認定(下記参照)に争いはなく、この相違点が、引用例2、3に記載された発明より容易になし得るか否かが争われた。
(一致点)
「半導体装置を金型中に載置して,該金型と該半導体装置との間に供給した組成物を圧縮成形することにより封止した半導体装置を製造する方法」である点
(相違点)
本願発明では,「シリコーン硬化物」で封止し,封止用の「組成物」が,「硬化性シリコーン組成物」で,
「(A)・・・アルケニル基を有するオルガノポリシロキサン,(B)・・・ケイ素原子結合水素原子を有するオルガノポリシロキサン,(C)白金系触媒,および(D)充填剤から少なくともなり,前記(A)成分が・・・で示されるシロキサン単位を有するか,前記(B)成分が・・・で示されるシロキサン単位を有するか,または前記(A)と前記(B)成分のいずれもが前記シロキサン単位を有する」組成を持つものであるのに対し,
引用発明には,「シリコーン硬化物」で封止する点と,封止用の樹脂の組成に関する記載がない点
【判旨抜粋】
「1 事実認定
・・・省略・・・
2 判断
(1) 本願発明と引用発明の解決課題における相違について
・・・本願発明は,封止樹脂の厚さを精度良くコントロールし,ボンディングワイヤーの断線や接触等の発生を防止し,封止樹脂にボイドが混入することを防止するため,金型中に半導体装置を載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形する方法に関するもので,半導体装置を樹脂封止するに当たり,半導体チップや回路基板の反りが大きくなるのを防止するとの課題を解決するために,封止樹脂である硬化性シリコーン組成物として特定の組成物を選択することにより,比較的低温で硬化性シリコーン組成物を圧縮成形することを可能にした発明である。なお,『封止』とは,半導体などの電気電子部品を包み埋め込んで,湿気,活性気体,振動,衝撃などの外部環境からこれを保護し,電気絶縁性や熱放散性を保持するために行われるものである・・・。そして,封止が行われる前に,半導体素子等に,電気特性の安定化,耐湿性改良,応力緩和,ソフトエラー防止を目的として,表面保護コーティングが行われる・・・。
これに対し,引用発明は,本願発明と同様に,半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形するという樹脂封止方法に関する発明であって,引用例1には,半導体チップや回路基板の反りが大きくなるのを防止するという課題に関し,何らの記載も示唆もなく,また,樹脂材に関しては熱硬化性樹脂でも熱可塑性樹脂でも使用可能であるとの記載があるものの・・・封止用樹脂の組成については何らの限定もない。
(2) 本願発明の相違点に係る構成の容易想到性の有無について
ア 引用例2及び引用例3には,硬化性シリコーン組成物として,本願発明における硬化性シリコーン組成物と同じ組成を有する組成物が開示されている。しかし・・・引用例2における硬化性シリコーン組成物は,LED表示装置等の防水処理のための充填剤や接着剤として使用するものであること,LEDや外部からの光を反射しないよう,艶消し性に優れているという特性を有することが示されている。半導体装置の封止用樹脂とLED表示装置等の充填剤や接着剤とは,使用目的・使用態様を異にするものであり,引用例2には,上記のような硬化性シリコーン組成物を,半導体装置の樹脂封止に使用するという記載も示唆もない。したがって,引用発明に接した当業者が,引用発明に引用例2に記載された技術的事項を組み合わせ,引用発明における封止用樹脂として引用例2に開示された硬化性シリコーン組成物を使用することを,容易になし得るとはいえない。
また,引用例3における硬化性シリコーン組成物は,半導体素子の表面を被覆するための半導体素子保護用組成物として使用するものであり,前記のとおり,半導体素子の表面被覆は封止の前に行われる工程であって,半導体などを包み埋め込む『封止』とは,その目的等において相違する。引用例3には,硬化性シリコーン組成物の硬化物による被覆の後,同工程とは別個独立に樹脂封止が行われることを前提とした上で,硬化物と封止樹脂との熱膨張率が異なることによって生じる問題点を解決する組成物として,耐湿性及び耐熱性が優れた半導体装置を形成できる半導体素子保護用組成物である硬化性シリコーン組成物が示されている。『被覆』と『封止』とは,その目的等において相違する工程であることに照らすならば,引用発明に接した当業者が,引用発明に引用例3に開示された硬化性シリコーン組成物を組み合わせることを,容易になし得るとはいえない。
以上のとおり,当業者が,引用発明に引用例2及び引用例3に記載された発明を組み合わせて,本願発明における相違点に係る構成に至るのが容易であるとは認められない。
イ 被告の主張に対して
この点に関して,被告は,引用例2,引用例3及び甲4文献記載の組成物は,半導体装置を保護する組成物であり,シリコン系樹脂により半導体装置を封止して保護することは,周知慣用の技術手段であり,半導体装置を封止するために,シリコン系樹脂として周知である本願発明における硬化性シリコーン組成物を用いることは,当業者が容易になし得ることであると主張する。
しかし,以下のとおり,被告の主張は,理由がない。
樹脂封止は,半導体装置の封止手段として一般的に行われている方法であり,樹脂封止のうち,ポッティング法,キャスティング法,コーティング法,トランスファ成型法において,封止用樹脂としてシリコン系樹脂を使うことは,当業者に周知な技術であると認められる・・・。しかし,引用発明のように,半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形する樹脂封止方法において,封止用樹脂としてシリコン系樹脂を使うことが当業者に周知な技術であると認めるに足りる証拠はない。被告が本訴において提出する乙1及び2には,ICチップを樹脂封止する際,シリコン系樹脂で封止することが通常行われている旨の記載があるが・・・これらの記載から,半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形するという樹脂封止方法においても,シリコン系樹脂を用いることが当業者に周知な技術であると認めることはできない。
したがって,引用例2,引用例3及び甲4文献から,本願発明における硬化性シリコーン組成物が当業者に周知な組成物であると認められるとしても,引用発明の樹脂にこの硬化性シリコーン組成物を使用することが容易になし得ると認めることはできない。」
※・・・上記抜粋中、下線部は筆者が付したものである。
【解説】
本件は、①本願発明の課題と、引用発明(引用例1:主引例に記載された発明)の課題とが相違し、引用発明には硬化性シリコーン組成物を用いる旨の開示はなく、②副引例である引用例2、3には本願発明と同様の硬化性シリコーン組成物が記載されているもののいずれも樹脂封止に関するものではないので、引用発明に引用例2、3に記載の発明を組み合わせることは容易ではないとされた。
①における課題の相違については、本判決での事実認定によれば、本願発明は、引用発明を採用した場合に新たに発生する課題を解決するという位置づけにあり、引用発明の一歩先を行くものとなっている。
すなわち、引用発明は、「従来技術では,樹脂が硬化するまでに時間がかかる,的確な樹脂モールドができない,ボイドを小さくすることができない」という課題に鑑み、「樹脂封止金型を用いて被成形品又は半導体ウエハを的確に樹脂封止する」との解決手段を採用するものである。他方、本願発明は、「金型中に半導体装置を載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形することにより、樹脂封止した半導体装置を製造する方法によると,半導体チップの薄型化,回路基板の薄型化などにより,半導体チップや回路基板の反りが大きくなる」との課題に鑑み、「金型中に半導体装置を載置して半導体装置を樹脂封止する際,硬化性シリコーン組成物を特許請求の範囲に記載の特定の組成物に限定することにより,比較的低温で硬化性シリコーン組成物を圧縮成形することを可能」とするものである。
ここで、本願発明が前提とする「金型中に半導体装置を載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形することにより、樹脂封止した半導体装置を製造する方法」は、引用発明が採用する解決手段と同様のものである。すなわち、本願発明の課題と、引用発明の課題とは、単に異なるということではなく、本願発明が引用発明の一歩先を行く課題を解決するという関係にある。このため、半導体チップや回路基板の反りが大きくなるとの課題につき引用発明(引用例1)には記載も示唆もなかった。
知財高裁の過去の裁判例(例えば、平成20年(行ケ)第10096号、平成20年(行ケ)第10261号)に照らせば、上記課題の相違という点だけをとっても、引用発明から本願発明の進歩性を否定することは難しかったように考える。
他方、②に関連して、本願発明が採用する硬化性シリコーン組成物自体は周知であるとの事情があった。それゆえ、被告(特許庁)は、引用例2,3等から、「シリコン系樹脂により半導体装置を封止して保護することは,周知慣用の技術手段」ゆえ、引用発明において「半導体装置を封止するために,シリコン系樹脂として周知である本願発明における硬化性シリコーン組成物を用いることは,当業者が容易になし得る」と主張した。しかし、知財高裁は、「封止用樹脂としてシリコン系樹脂を使うことは,当業者に周知な技術であると認められる」ものの、「半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形する樹脂封止方法において、封止用樹脂としてシリコン系樹脂を使うことが当業者に周知な技術であると認めるに足りる証拠はない」とし、より緻密な検討・認定をしている。
こうした判示は、プロパテント傾向に運用されている近時の知財高裁の実務を反映したものと考えられ、特許庁(被告)にとっては厳しい判断となっている。ただ、上記判示を逆手にとれば、(a)本願発明の硬化性シリコーン組成物自体が周知であること(引用例2,3で立証済みと考える。)に加え、(b)半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形する樹脂封止方法において,封止用樹脂としてシリコン系樹脂を使うことが周知であること、が立証されれば、上記課題の相違にもかかわらず、本願発明の進歩性が否定された可能性はあったと考えられる。
本件は、進歩性に対する近時の知財高裁の実務・考え方を反映してなされたものであって、実務上参考になると考えられるので紹介をする次第である。
2012.6.11 (文責)弁護士 栁下彰彦