【平成29年3月3日(東京地裁 平成26年(ワ)7643号[引戸装置の改修方法及び改修引戸装置事件]】

【判旨】

原告の特許権の侵害を理由とする差止請求について、文言侵害が肯定された。

【キーワード】

充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1.事案の概要(特許発明の内容)

(1)特許請求の範囲
A 建物の開口部に残存した既設引戸枠は,アルミニウム合金の押出し形材から成る既設上枠,アルミニウム合金の押出し形材から成り室内側案内レールと室外側案内レールを備えた既設下枠,アルミニウム合金の押出し形材から成る既設竪枠を有し,前記既設下枠の室外側案内レールは付け根付近から切断して撤去され,
B その既設下枠の室内寄りに取付け補助部材を設け,その取付け補助部材が既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる背後壁の立面にビスで固着して取付けてあり,
C この既設引戸枠内に,アルミニウム合金の押出し形材から成る改修用上枠,アルミニウム合金の押出し形材から成り室外から室内に向かって上方へ段差を成して傾斜し,室外寄りが低く,室内寄りが室外寄りよりも高い底壁を備えた改修用下枠,アルミニウム合金の押出し形材から成る改修用竪枠を有する改修用引戸枠が挿入され,
D この改修用引戸枠の改修用下枠の室外寄りが,スペーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持されると共に,前記改修用下枠の室内寄りが,前記取付け補助部材で支持され,
E 前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり,
F 前記改修用下枠の前壁が,ビスによって既設下枠の前壁に固定されている
G ことを特徴とする改修引戸装置。

(2)明細書

2.争点

 構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」の充足性

3.判旨(下線部は当職が付した)

 本件発明の意義

構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」の解釈

(1)  構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」の程度に関しては,本件特許の特許請求の範囲請求項4には,背後壁の上端と改修用下枠の上端が「ほぼ同じ高さ」である旨の記載があるのみであって,具体的にどの程度同じであるかについての記載はない。
  そして,広辞苑第六版(乙2)によれば,「ほぼ」とは「おおかた。およそ。大略。あらあら。」を意味するものと認められるから,「ほぼ同じ高さ」とは「大略同じ高さ」という意味をいうにすぎないというほかないから,ある程度幅のある概念であって具体的な数値を意味するものではないと解釈せざるを得ない。
 (2)  そこで,本件明細書等の記載をみるに,本件明細書等にはどの程度の高さの範囲を「ほぼ同じ高さ」というかについて,具体的な数値に係る限定は何ら記載されていない
  しかし,前記1(2)のとおり,本件発明が,(ア) 改修用下枠が既設下枠に載置された状態で既設下枠に固定されるので,改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅が小さくなり,有効開口面積が減少してしまうという問題と,(イ) 改修用下枠の下枠下地材は既設下枠の案内レール上に直接乗載され,その案内レールを基準として固定されているため改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅がより小さくなり,有効開口面積が減少してしまうという問題(課題)に対して,①既設下枠の室外側案内レールを切断して撤去する(構成1),②既設下枠の室内寄りに取付け補助部材を設けるとともに,この取付け補助部材を既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる背後壁の立面にビスで固着して取り付け,改修用下枠の室内寄りを取付け補助部材で支持し,取付け補助部材を基準として改修用引戸枠を既設引戸枠に取付ける(構成2)ことにより上記課題を解決し,改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅が大きく,広い開口面積を確保できるという効果を奏するものであること及び本件特許の審査経過において,「広い開口面積を確保する本願の課題に対応した構成が記載されていない」という拒絶理由通知を受け,構成要件Eに対応する部分を追記する補正をしたことによって特許査定を受けていることに照らすと,背後壁の上端と改修用下枠の上端を「ほぼ同じ高さ」とするのは,広い開口面積を確保するという効果を得るための構成であるということができる。
そして,上記課題及び効果からすると,背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が,少なくとも従来技術における改修用下枠の上端と背後壁の上端の差よりも小さいものである必要があると認められる。すなわち,改修用下枠が既設下枠に載置された状態で固定されたり,改修用下枠の下枠下地材が既設下枠の案内レール上に直接乗載されて固定されたりした場合の改修用下枠の上端と背後壁の上端の高さの差異よりも,改修用下枠の上端と背後壁の上端の差が相当程度小さいものであれば,「ほぼ同じ高さ」であると認められるというべきである。
 (3)  この点に関して被告は,「ほぼ同じ高さ」について,双方の高さの差が,背後壁の高さの1/13未満であるとか,バリアフリー住宅の段差なしといえる場合と同等の3mm以下であるとか,かぶせ工法における誤差範囲である2mm以下であるとか,10mmを超えることはないなどと主張する。
  しかし,本件明細書等をみても,背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差と背後壁の高さの比に関する記載はなく,双方の高さの差が,背後壁の高さの1/13未満であると解釈すべき根拠となる記載は存しない。なお,当初明細書等には本件明細書等記載の図面が全て掲載されているから,本件特許の審査経過及び特許法17条の2第3項に照らしても,「ほぼ同じ高さ」を解釈するにあたって,本件明細書等記載の【図14】のみを基準にすべきとする理由はないばかりか,そもそも同図の縮尺が正確なものであるとも認められないから,【図14】を根拠とする被告の上記主張は採用することができない。
  また,バリアフリー住宅の実現は本件発明の課題ではないから,そのことを理由として,「ほぼ同じ高さ」が,双方の高さの差が3mm以下の場合を意味すると解すべき理由はない。そして,前記本件発明の効果からすれば,誤差範囲といえるほど「同じ高さ」であることを要求するものと解することは相当ではなく,さらには,10mm以下を意味すると解すべき理由もない。
 むしろ,本件明細書等の【図10】及び【図11】をみると,改修用下枠の上端を室内側レールが構成しているが,同室内側レールのほぼ全体が,背後壁の上端の高さより,上方に突き出ていることが認められる。そして,上記各図記載の形態について,本件発明の技術的範囲から除外されることをうかがわせる記載はなく,本件発明の技術的範囲に含まれる実施形態であることが認められるから,背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が,室内側レールの高さ程度である場合も,構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」に当たるということができる。
    (4)  以上からすると,構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」とは,背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が,改修用下枠が既設下枠に載置された状態で固定されたり,改修用下枠の下枠下地材は既設下枠の案内レール上に直接乗載されて固定されたりした場合の改修用下枠の上端と背後壁の上端の高さの差よりも相当程度小さいものであれば足り,室内側レールの高さ程度の差異がある場合も,「ほぼ同じ高さ」といえるというべきである

4.検討

 クレーム解釈は、特許請求の範囲を基準になされ(特許法第70条第1項)、明細書及び図面の記載が参酌される(同2項)。明細書の参酌においては、明細書中の課題(正確には、課題の他に、作用効果、技術的意義、技術的思想も含まれるため課題等)の記載が与える影響が大きいとの指摘がされている[1]
 本判決では、課題等の記載を直接の根拠として、クレーム解釈をした。確かに、判決が認定した発明の意義との関係では、「背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が,少なくとも従来技術における改修用下枠の上端と背後壁の上端の差よりも小さいものである必要がある」と、発明の意義を解釈できなくはないが、明細書に記載された課題と、「ほぼ同じ高さ」との関係が明確でないことから、上記を根拠に、従来技術における改修用下枠の上端と背後壁の上端の差よりも小さければ、「ほぼ同じ高さ」であると認めてよいかは、論理飛躍あるように思える。判決もその点を踏まえてか、課題の記載以外にも、実施例の裏付けとして、図10,図11をあげている。
 一方で、控訴審では結論が覆っており、図10、図11もクレームに対応する実施例でないことが認定されている。そうすると、やはり、上記の課題等の記載から、「ほぼ同じ高さ」を解釈することは根拠が薄弱であるものと思われる。
 本判決では、課題等の記載を重視し過ぎた余りに、クレーム解釈を適切に行われなかったものと考えられる。

(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一


[1] 「特許権侵害訴訟において本件発明の課題が与える影響」(パテント2020 Vol. 73 No. 10)