平成27年1月29日判決(知財高裁平成26年(ネ)第10095号)不正競争行為差止等請求控訴事件
原審平成26年8月29日判決(東京地裁平成25年(ワ)第28860号)不正競争行為差止等請求事件
【判旨】
X書籍の題号『バンド1本でやせる! 巻くだけダイエット』『スーパーChihiroバンド 巻くだけダイエット』における『巻くだけダイエット』との表示は,数あるダイエット手法の中において,控訴人が提唱しているダイエットの方法を表示したもの,すなわち控訴人の業務の内容を需要者に示しているものにすぎず,『巻くだけダイエット』が控訴人の業務を表示するもの,すなわち控訴人の業務の出所を指し示すものとして使用されていたとはいえない。
【キーワード】
著名な商品等表示、不正競争防止法2条1項2号、巻くだけダイエット


【事案の概要】

  1.  本件は,被控訴人Y1が著述し,被控訴人会社Y2が発行するY書籍における表示(「お腹が凹む! 巻くだけダイエット」との題号)又はその形態(折り畳んだバンドを書籍に添付したもの)が,Xの著名な商品等表示(「巻くだけダイエット」との表示及び折り畳んだバンドを書籍に添付した形態)を冒用するものであるとして,Yらに対し,不正競争防止法3条(2条1項2号適用)に基づき,Y書籍の製造,販売又は販売のための展示の差止め及びその廃棄を求めるとともに,不正競争防止法4条(5条1項適用)に基づき,損害賠償金386万1000円及びこれに対する不法行為後の日である平成25年5月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
  2.  Xは、カイロプラクターであり、「Chihiroバンド」と称するゴム製バンドを使用したダイエット法に関するX書籍1「バンド1本でやせる!巻くだけダイエット」及び「スーパーChihiroバンド」と称するゴム製バンドを使用したダイエット法に関するX書籍2「スーパーChihiroバンド 巻くだけダイエット」を著作し、X書籍1については平成21年6月25日に、X書籍2については平成22年3月10日に、それぞれ株式会社幻冬舎から出版した。Y書籍発行(平成25年4月22日)時点で、X書籍1は累計180万7000部、X書籍2は27万部の合計207万7000部が発行されていた。
     Y1は、内科診療所の所長を務める内科医師であり、バンドを使用したダイエット法に関するY書籍「お腹が凹む!巻くだけダイエット」を著作し、Y2会社から、平成25年4月22日に出版した。
  3.  原判決は,Xの主張する表示及び形態は,いずれも,不正競争防止法2条1項2号の著名商品等表示とは認められないとして,Xの請求をいずれも棄却した。
  4.  なお、本件では、書籍に「折り畳んだバンドを添付する形態」の著名表示冒用行為(不正競争防止法2条1項2号)の成否も争点となっている。
     一審判決は、知財高裁平成24年12月26日判決[眼鏡型ルーペ事件]を引用した上で、商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しておらず(特別顕著性)、またその形態が特定の事業者によって長期間独占的に使用され、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっている(周知性)とも認められないとして、X書籍の形態が商品等表示であるとは認められないとした。知財高裁も東京地裁の判断を支持している。この形態に関する著名表示性の論点についての詳細は割愛する。

【争点】
 「巻くだけダイエット」の著名表示冒用行為(不正競争防止法2条1項2号)の成否。

【判旨】

    知財高裁は、東京地裁の判断を支持して控訴を棄却した。

  1.  まず、Y1がY書籍において「巻くだけダイエット」を「自己の商品等表示として」(不正競争防止法2条1項2号)使用したといえるかについて、知財高裁は、「Y1が,被控訴人書籍発行前に『巻くだけダイエット』との表示を使用した商品の販売に関与したり,同人が『巻くだけダイエット』との表示を使用して業務を行った事実は認められず(証拠略),また,Y書籍の『お腹が凹む! 巻くだけダイエット』との表示が,書籍の内容を表示することを超えて,その著者又は発行元など,その出所を識別する態様で用いられていることをうかがわせるような事実も認められない。」として、Yらが,「巻くだけダイエット」を自己の商品等表示(不正競争防止法2条1項2号)として使用しているとは認められないと判示した。
  2.  次に、「巻くだけダイエット」がXの業務を表示するものとして「著名な商品等表示」(不正競争防止法2条1項2号)であったといえるかについては、まず以下の事実を認定した上で、Xが「巻くだけダイエット」と称されるダイエット手法を提唱していることは広く知られていたとした。
  3. 書籍の発行
      ・ 「松永式テープ巻くだけダイエット!」(平成15年12月10日発行)
      ・ 「バンド1本でやせる! 巻くだけダイエット」(平成21年6月25日発行)
      ・ 「スーパーChihiroバンド 巻くだけダイエット」(平成22年3月10日発行)
     セミナーの開催
      ・ 「Xの巻くだけダイエットセミナー」(平成22年3月29日)
      ・ 「X 巻くだけダイエットセミナー」(平成22年5月21日)
      ・ 「巻くだけダイエット」(平成22年7月)
      ・ 「Xの健康キレイ塾」(平成22年当時毎月1回)
     ウェブサイトへの掲載
      ・ 「Xの健康キレイ塾」(NTTドコモ、au、ソフトバンク)(平成22年10月18日以降)
      ・ オンラインショッピングサイト「dinos」の「話題沸騰! “巻くだけダイエット”にチャレンジ!」と題するウェブページ(平成26年5月13日当時)
     テレビ出演
      ・ TBSの「中居正広の金スマ」(平成21年9月18日及び同年10月23日放送)
      ・ 日本テレビの「メレンゲの気持ち」(平成21年10月31日放送)
      ・ テレビ東京の「ソロモン流」(平成22年1月17日放送)
     しかし、知財高裁は次の通り判示して、X書籍のタイトルにおける「巻くだけダイエット」という部分は、Xの業務の出所を表示するものではないため「商品等表示」に該当せず、需要者の間で著名であったとも認められないとした。
     「バンド類を巻くことのみを強調したダイエット手法は,X書籍発行時(平成21年6月25日)よりも前に,相当程度,広まっていたものと推認されるほか(証拠略),Xの立ち上げたウェブサイトやホテル又は六本木ヒルズで開催したセミナーの名称は,『Xの健康キレイ塾』又は『X(の)巻くだけダイエット(セミナー)』と,あくまでX自身の名称を含むものであり(証拠略),Xが商標登録したものとうかがわれる商標も,『Chihiro』(証拠略)である。また,X書籍の題号も,『バンド1本でやせる! 巻くだけダイエット』『スーパーChihiroバンド 巻くだけダイエット』と記述的度合いが高いものであり,『巻くだけダイエット』との部分が,書籍の内容を表示することを超えて,その著者又は発行元など,その出所を識別する態様で用いられていることをうかがわせるような事実も認められない。
     以上からすると,『巻くだけダイエット』との表示は,数あるダイエット手法の中において,Xが提唱しているダイエットの方法を表示したもの,すなわち,Xの業務の内容を需要者に示しているものにすぎず,『巻くだけダイエット』がXの業務を表示するもの,すなわちXの業務の出所を指し示すものとして使用されていたとはいえないというべきである。しかも,『巻くだけダイエット』が,Xの業務を表示するものとして,需要者の間で著名であったことも認められない。」

【解説】

  1.  不正競争防止法2条1項2号は、「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為」について不正競争に該当すると規定する。同号は平成5年の改正で新設された条文であり、著名なブランドに対するフリーライド(ただ乗り)、ダイリューション(希釈化)、ポリューション(イメージの汚染)などの行為を防止することが目的とされている。ただし、あくまでブランド等の商品等表示を保護するものであり、商品等表示以外にブランド等が有する全ての価値を保護するものではない(例えば同ブランドが広告宣伝にあたって使用するキャッチフレーズなどは、本号の保護の対象外である。)。
     判決文に示された事情からすれば、本件のY書籍は、巻くだけダイエット本のブームに便乗するものと思われる。しかし、不正競争防止法2条1項2号はこのような便乗ビジネスを全てカバーするものではなく、あくまで「巻くだけダイエット」が商品等表示に該当すること、すなわちXの商品、役務の出所を表示する機能を有する場合に限り、不正競争行為の差止め等が認められることになる。
  2.  一般に、ある標章が、商品等表示として出所を表示する機能を果たす否かについては、その内容によって「強いマーク」と「弱いマーク」に分類して考えることができる。この「強さ」「弱さ」を最も強いものから弱いものの順に挙げると①独創的マーク=商標として機能すべき明確な意図をもって創造された語、②恣意的マーク=商品又はサービスとの関係では意味を持たない一般の用語、③暗示的マーク=商品又はサービスの品質、機能等を記述するわけではないが示唆する語、④記述的マーク=商品又はサービスの色、匂い、機能等の特徴を示す語、⑤総称的なマーク=商品又はサービスの総称を表す語という順になるとされている(「新・注解不正競争防止法【第3版】」(2012年)青林書院454頁)。
     知財高裁が認定するように、「巻くだけダイエット」は、「数あるダイエット手法の中において、Xが提供するダイエットの方法を表示したもの」であるから、仮に「巻くだけダイエット」を商品等表示であると仮定しても、上記④のとおり記述的マークにとどまり、出所表示機能は弱い。しかも、実際のX書籍における表記は、「バンド1本でやせる! 巻くだけダイエット」「スーパーChihiroバンド 巻くだけダイエット」というもので、書籍の内容を表すもの、すなわち記述的度合いが高いものであった。このような弱いマークに保護を与えると、第三者が表示として使用できないことによる不利益の方が大きい。よって、知財高裁が「巻くだけダイエット」が商品等表示にあたらないとして不正競争防止法2条1項2号の該当性を否定した判断は妥当な判断である。
  3.  他方、Xとしては、X書籍が207万部あまり売れていることや、Xがテレビに出演したことから、不正競争防止法1条1項1号に基づく主張をすることも考えられたところである。同号は、商品等表示が「著名」であることという要件の代わりに「需要者の間に広く認識されているもの」であることが要件となっている。ただし書籍の場合には、著者や出版社が異なることはすぐにわかることであり、出所の混同が生じることは通常は少ない。よって本件の場合には、同項1号の「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」という要件に該当しないと考えられる(ただし本の装丁やタイトルが特徴的であり、需要者が出版社や著者よりも装丁やタイトルに着目する場合には、これらが極めて類似していれば出所を混同する可能性がありうる。)。
以上
(文責)弁護士 山口建章